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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.32 ■ ゲームスタート





 部屋の中に招き入れる形となったルークこと、ゴシック&ロリータファッションをした少女。
 美香は彼女がアイの差し金である可能性を抱きながらも、何故か自分の部屋に招いたあげくにお手洗いを貸し、そして今は紅茶の準備をしている。冷静に考えればおかしな状況ではあるのだが、容姿が少女である以上、荒事にはなりにくいだろうというのが美香の判断であった。

 もちろん、これが大人の男であったならこうはいかなかっただろう。

 お手洗いから出て来た銀髪の少女は、先程の涙に滲んだ表情ではなく、何処か安堵した様な表情を見せながら美香に促されて椅子に座り込む。

 ちなみに、ここの視界を歪ませる能力は彼女には効いていない上に、美香自身がそんな効果がある事をすっかり忘れている為に、会話がこじれる事もない様だ。

 紅茶を受け取ったルークはゆっくりと喉を潤して、その紅い瞳で美香を見つめた。

「……飲み物とトイレ、ありがとう」
「い、いえいえ。どういたしまして」

 ゆったりとした口調でお互いに頭を下げて挨拶をする美香とルーク。そこには戦いの予兆は一切感じられない、ただ穏やかな雰囲気が流れていた。

「えっと、お名前は?」
「アンジェリータ」
「アンジェリータちゃん……? 私の名前を知ってるって事は、やっぱりアイって子の差し金だったりするのよね?」

 美香の質問に、ルークことアンジェリータはこくりと首を縦に振って肯定を示した。

 この反応に唖然とした美香は、未だ姿を見せていないユリカに頭の中で声をかけた。

『ユ、ユリカ? どうすれば良いと思う?』
『そんな事言われても、アタシにも解らないわよ……。戦うつもりがある訳でもなさそうだけど、相手はアイの差し向けた刺客。警戒しておいて損はないと思うけど……』

 美香とユリカの脳内会議を他所に、アンジェリータはカップを受け皿に置いて美香を見つめた。

「私と勝負、して」
「え?」

 唐突な言葉に美香が身体に力を入れる。いつ襲い掛かってくるのかと身構えたその態勢を見て、アンジェリータはふるふると首を横に振った。

「喧嘩じゃなくて、ゲーム。それで戦って来いって、アイちゃんに言われた」
「ゲーム……?」

 毒気が抜かれる様なおっとりとした口調に、美香は少々困惑していた。
 どうにも隠すつもりがないのか、敵である事を公言したアンジェリータ。つまり、アイは確実に自分を疑っているのだ、と美香は確信した。

 しかし、疑っている相手が近くにいるのであれば、何故消そうとはせずに、ゲームを申し出ると言うのだろうか。

 美香はそう考えていたが、ユリカはまったく違う事を考えていた。

 ゲーム、と言う物がどういった種類なのかは解らないが、何も敵の盤上で戦ってやる義理はないのだ。この場で叩き、向こうの駒を減らせるのであれば、それで重畳。そうして駒を削ってやれば良いのだから。
 シンプルでありながら、それでいて確実な一手を考えているものの、美香自身にその気はないらしい。

 美香が見た目に惑わされ、向こうの手を飲む方向で考えているのであれば、それを制止しなくてはならない、とユリカは口を開こうとした。

 しかし、ユリカがそれを忠告する前に、アンジェリータが先に口を開いた。

「ゲームの内容は、『脱出ゲーム』。私の能力、“箱庭”の中に入って、十二時間以内に脱出すれば貴女の勝ち」
「『脱出ゲーム』……?」
「そう。明日の朝また来るから、それに参加して欲しいの。別に命を取ろうっていうものじゃないけど、どう?」

 命のリスクを伴わない勝負であるなら、美香にとってはその方が有難いというのが本音であった。
 それが嘘や罠である可能性は拭い切れないものの、殺すつもりであれば不意打ちでこの場で攻撃を仕掛けてくるのが妥当だと考えるユリカもまた、その提案は嘘である可能性は低いと考えていた。

 相手は美香の戦闘能力を把握していない。

 それでも手を出して来ないという事は、今は処分されるのではなく、試されていると考えるのが妥当。
 美香とユリカは互いの意見を交わし、逡巡しているかの様に振る舞う。

 対するアンジェリータは、そんな美香とユリカにはお構いなしに紅茶を飲んでホッと一息ついていた。

「分かった。その勝負、乗ります」
「そう。じゃあ、ご馳走様。明日の朝九時に、ここにまた来る」
「はい」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「――乗った、みたいやな」

 暗がりを歩いていたアンジェリータに、アイが声をかけた。腕を組み、壁に背を預けたアイは小さく笑ってアンジェリータを見つめた。

「楽しそうね」
「せやなぁ。自分の能力、『箱庭』は便利やからな。頭脳や判断、それに身体能力。全てにおいて、あの女がどれだけのモン持っとるんか、判断するにはちょうどえぇしな」
「珍しいね。そんなに興味を持つの」

 いつも何処か退屈げに過ごしているアイが、獰猛な笑みを浮かべるその姿に、アンジェリータは素直に驚いていた。

「うちに続いて箱庭の突破の二人目になるんやったら、うちとしては遊び相手に持ってこいや」

 そう告げてアイはアンジェリータに背を向けて歩き去る。

 アンジェリータはアイの言葉を聞いて、思い出す。
 箱庭は、それぞれの脱出ルートをこなさない限り、自分が出すと決めない以上は監獄の様な役割を果たす。

 現実時間の十二時間とは、箱庭の中での倍である、体感時間にして二十四時間を指し示す。
 長いように感じるが、箱庭のトラップは非常に多く難解だ。短いとすら感じるのが常である。

 しかし、アンジェリータは確信していた。
 深沢 美香。彼女は、確実に箱庭を自力で抜け出せるタイプだろう、と。

 だからこそアンジェリータはその時間を判断基準にする。
 かつて、唯一箱庭から脱したアイの所要時間は、現実時間九時間少々。箱庭の中では十八時間半といった所だ。

 出られる事に対して、何故か確信を得ているアンジェリータにとって、所要時間の換算こそが醍醐味だと感じていた。

 ――気が付けば、無表情なアンジェリータも笑みを浮かべる。

 それはまるで、明日を楽しみにする子供が嬉々として眠れない前夜の様な、そんな興奮を伴っていた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 一方、憂はアイの持つ駒について、ある情報を当たっていた。
 それは、『七天の神託』に程近い特務機関だ。表立ってはいない彼らの正体は、言うなれば公安に近しい存在であり、『七天の神託』にもその存在は公にされていない。

 彼らは世界の均衡が崩れる事を危惧し、最近の虚無の境界と『七天の神託』を秘密裏に監視を続けている。

 そもそも憂が彼らを知る理由は、憂のネットワークによって一度は表舞台に引きずり出される寸前に追いやられた事が原因だった。
 互いに情報を提供しあう意味では、互いに協力関係を築けていると言っても過言はない。

 そんな彼らから与えられた、アイに関する情報に目を通した憂はため息を漏らした。

「……厄介な相手だねぇ」
「どうしたんです?」

 書類に目を通していた憂に、メイドちゃんが声をかけた。

「メイドちゃん、これを記憶したら残らない様に処分して」
「これ、ですか?」

 憂から書類を受け取ったメイドちゃんは、文字をスキャンしながら記憶していく。

「……これ、って……」
「『七天の神託』の協力者、あのアイって子達が何者か、だよ」
「……照合完了しました、マスター。この子供達は、かの研究によって造られ、その存在そのものを廃棄したとされる“異能の子供達《アザーチルドレン》”計画に組まれていた子達、です」
「うーん、アイって子はともかく、彼女の配下にその子達がついてるとなれば、ちょっと厄介だよねぇ」
「マスター、“異能の子供達《アザーチルドレン》”計画の真意は何だったのですか? 私のデータには、ありきたりな言葉ばかりが並べられていて、情報が足りていません」

 しばし憂はその回答に逡巡する。

「……良いよ、教えてあげる」




 ――“異能の子供達《アザーチルドレン》”計画。

 今からおよそ五年前、IO2は世界的に“能力者”の可能性がある子供達を拾い集め、IO2のバスターズとして組み込めないかと画策した事から始まった。

 当初の予定では、能力者の兵隊化であったものの、そこである研究者が口を開いた。

「この子供達の脳を調べれば、能力が何かを理解出来るのではないだろうか」

 それは高らかに唱えた言葉ではなく、ただの独り言だったそうだ。
 しかし、それを独り言として片付けるのは惜しいと感じた彼の上司は、秘密裏に子供達を「訓練中の事故」と称して間引き、能力を得る理由を得ようと動いた。

 何人もの子供達が間引かれ、研究されていくその光景は、まさに人体実験に等しい行いだった。

 しかしその計画を嗅ぎ付け、それを辞めさせた者がいる。
 それが彼女、憂であった。

 それ以降は、この一件を闇に葬り、緘口令を敷かせる事となったのだが、当時の子供達は行方を眩まし、その後の消息を辿れなくなってしまった。

 そんな失態が公になるのを恐れた『七天の神託』は、その子供達を処分したと発表したが、その真偽は誰にも解らなかった。




「――多分その時に、“異能の子供達”は『七天の神託』によって引き取られ、今のスタイルを確立したんだろうねぇ」
「そんな事があったんですか……」
「だから、その紙は処分しておいてね」
「はい」

 メイドちゃんの手に握られた、その手にある紙。
 そこには写真が貼られていた。

 それは、明日の朝から美香が対峙するアンジェリータの幼い頃の写真だった。






to be countinued...




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いつもご依頼ありがとう御座います、白神 怜司です。

次回は『箱庭』での対決と、箱庭内部の状況説明などと、
他にもあらゆる情報の補足などになると思います。

謎を色々と作ってみたりするので、
是非挑戦してみて下さいねーw

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司