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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


バレンタインの想い出






 2月14日。
 誰もが知る恒例行事と言える、バレンタイン。

 そもそもバレンタインとは何か、と言えば、それは千年以上も昔、ローマ時代にまで遡らなくてはならない。

 269年にローマ皇帝の迫害下で2月14日に処刑された、聖ウァレンティヌスの話だ。

 当時、ローマでの2月14日と言えば、ローマ神話で女性の結婚生活を守護する女神であり、全ての女神の女王とも呼ばれたユノの祝日とされていた。

 そもそも、当時の皇帝クラウディウス2世は、「故郷に愛する妻や子供を残している兵士がいては、戦場での士気を下げる」とし、兵士の結婚を禁止していた。

 それに異を発したのが、ウァレンティヌス――後の聖バレンタインと言う一人の司祭だった。

 彼は兵士であっても愛し合う者達などの結婚を率先して執り行っていた。
 しかし、その行為こそが皇帝に対する反逆とみなされ、処刑を宣告された。

 その処刑には、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれたのであった。

 ルベルカリア祭とは、当時男女が別々に暮らしていたローマにおける、豊年や清めを祈願する祭りであり、ユノの祝日の翌日から始まる祭りであった。
 祭りの前日であるユノの祝日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていて、当日には男たちがその桶から札を1枚引く。
 引いた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。

 皮肉にも、そんな恋の祭りの前日に処刑が決定されたのであった。

 その後、ウァレンティヌスは恋人たちの守護聖人として信仰されてきた。
 殉教の日、2月14日がバレンタインデーとされて祝われる様になったのは、496年からとも言われているが、これらのエピソードが語られ始めたのは中世のことであったそうだ。


 起源について話した後で、首を傾げる陽に向かってセレシュは小さく笑った。
 そんな恒例行事を翌日に控え、セレシュはチョコレートを買い出し、湯煎して溶かしながら、現在のバレンタイン事情を話した。

「好きな人にチョコレートをあげて気持ちを伝える日って思っとったらえぇんよ」
「好きな人?」
「せや。まぁうちみたいな年齢になったら、好きやなくても義理チョコ言うて、日頃の付き合いでチョコをあげたりもするんやけどな」
「じゃあ僕も、セレシュにチョコあげるから作る!」
「お、ありがとうな。せやったら一緒にやろか」

 こうして、セレシュと陽のバレンタインデー前日の夜はチョコの甘い匂いに包まれながら更けていくのであった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 翌日、セレシュは買ってきたラッピング用の可愛らしい包装紙やリボンでいくつかの小さなフォンダンショコラを入れたチョコを、鍼灸院のお客さん用に用意していた。

 いつも来てくれるお客さん用に、わざわざ人数分を作り、ラップしたそれを編まれたバスケットの中に入れて冷蔵庫へ。
 お客さんが来たらサービスで手渡す、というのがセレシュにとっての恒例でもあったりする。

 もちろん、一見さん用に小さなチョコの詰め合わせも用意してあるのだが、それの出番はそこまで期待はしていない、というのがセレシュの本音であったりもする。

 例年であれば、誰かの為に他の人とは違う特別な物を作ろうとは思わないセレシュであったが、今年は違った。

 セレシュは陽の為に、甘さを増した少し大きめなフォンダンショコラを作り、特別に用意していた。
 陽は陽で、セレシュに対して用意する姿をニヤニヤと見つめていたセレシュの視線が嫌だったのか、わざわざ工房まで持っていて作る事になったのだが、そんな陽の気持ちもセレシュにとっては恥ずかしく、それでいて嬉しいものだった。




 ――時刻は既に夕刻。

 今日の予定では最後だったお客さんを見送りながらフォンダンショコラを渡したセレシュが、ドアにかけられた札を『CLOSE』に向き直して伸びをする。
 これから陽とチョコレートを交換するのだが、そこでようやくセレシュはホワイトデーを思い出す。

 現在では男性から女性に物を贈る事も珍しくないのだが、セレシュはどちらかと言えば渡す側。ホワイトデーについては見事に失念していたのであった。

「ま、追々説明すればえぇやろ」

 工房にいる陽に声をかけに歩きながら、セレシュは頭を掻きながらそう呟いた。




 お互いにリビングへと歩き、セレシュは陽を座らせてフォンダンショコラにかける生クリームを作りながら、お皿とフォークを用意していた。
 陽は自分でラッピングをしたチョコレートをテーブルの上に置いて、どこか落ち着かない様子でそわそわとしながらセレシュが椅子に座るのを待っていた。

 そんな様子を見つめながら、セレシュは昔の事を思い出していた。





―――
――






 それはおっちゃんと暮らしていた頃の記憶だった。

 古代文明などに詳しく、またそれを調べるおっちゃんによってバレンタインデーの起源を知らされたセレシュは、陽と同じ様に、日頃の感謝を込めてチョコを用意した。

 もちろん、今のセレシュと違ってそういった事を率先してやるタイプではないおっちゃんに、それを手伝ったりする機会がある訳ではなく、セレシュは一生懸命にチョコレートの作り方を学んだ物だ。

 しかし、当時のセレシュはまだ素直に接する事も出来ず、プライドや見栄が強かった。

「なぁなぁ」
「なんや?」

 バレンタインデーを数日前に控え、セレシュはおっちゃんに声をかけた。

「どっか遺跡調査行かんの?」
「んー、せやなぁ。最近はあんまりえぇ情報が入って来へんのや」
「一週間ぐらい行ったりせんの?」
「人の話聞けっちゅーに」
「行って来てもえぇんやで。うちは楽しく過ごしてるから」
「なんやねん、それ。追い出したい理由でもあるんか?」
「う……っ」

 思わず突かれたくない所を突かれてセレシュが声を漏らした。
 実際、セレシュにとってその言葉は痛い所を突かれた物であり、なんとも反論し難いものであった。

「余計な事言っとらんと、たまには行って来ればえぇやろー!」
「なんやねん、さっきから! 別にわしの勝手やないか!」
「今回はうちの勝手でもえぇから行って!」
「めちゃくちゃやないか!」

 どうしても素直に渡す事を伝えられなかったセレシュは、そんな言い合いに発展するハメになったのであった。


 結局、セレシュの希望に応える形もなったのか、或いはセレシュに気を遣ったのか、おっちゃんは数日程留守になると告げて家を空ける事になった。
 セレシュは早速そのチャンスを生かし、なけなしのお金が買ったチョコレートを使って、自分でも簡単に作る事が出来そうな手作りチョコレート作りに挑戦する事にした。

 そこに特別な感情は特にない。
 ただ、日頃の感謝として娘から父親へと渡す様な、そんな気持ちを抱きながらセレシュはチョコレート作りに精を出し、それを完成させた。



 今思えば、やはりセレシュに気を遣っていたのだろう。
 おっちゃんが帰って来たのは、2月14日の夕方だった。



「これあげる」

 帰って来て早速風呂に入り、出て来たおっちゃんにセレシュが無愛想にそう告げながらチョコレートを渡した。
 湯煎で溶かしたチョコレートを型に入れて流し込み、文字を書くだけのシンプルなものであったが、それでもセレシュにしては頑張ったものだった。
 ラッピングされているハート型のそれを見て、おっちゃんが首を傾げる。

「なんや、これ?」
「いっ、いちいち聞かなくても解るでしょっ!?」
「いや、解らへんから聞いとんのやけど……。開けてえぇんか?」
「……うん……」

 そうは言いながらも、セレシュは顔を赤くしておっちゃんのリアクションを窺った。

 こういった状況であれば茶化したがるのがおっちゃんの人柄であった為、渡すのは抵抗があったセレシュ。
 何を言ってきても言い返してやろうとグッと堪えながらセレシュがおっちゃんを見ていると、おっちゃんは中身を見て事態を把握し、その顔をあげた。

「わざわざ作ってくれたんか……。おおきにな、セレシュ」

 その言葉と表情は、いつもの茶化す雰囲気とは違った笑顔を浮かべていた。
 拍子抜けした、とでも言うべきだろうか。セレシュは思わずそんな答えにしどろもどろしながら顔を背ける。

「そ、そんなの簡単だったんだから。バレンタインデーに渡すって言うから、その文化に学術的に興味があって、そう! これはただのお礼! 日頃のお礼って事なだけだから!」
「それでも、嬉しいで。ほんまにありがとうな」
「〜〜ッ、そんなお礼いらないわよ! さっさと食べなさいよ! さっさと!」

 似てきた言葉も、こうして言い合いになるとついつい標準語に戻ってしまっていた事もあったが、そこにセレシュが意識している事はなかった。
 ただ、どうしようもなく恥ずかしくて、茶化される事なく喜ばれた事があまりに驚きで、酷いツンデレぶりを発揮してしまった。

 そんな記憶が、セレシュの脳裏に蘇る。


「それ、試作品の薬も混ぜてあるから」
「何食わせとんねん、自分!」


 苦し紛れの苦言に、おっちゃんは盛大にツッコミを入れていた。





――
―――





「さぁ、食べよか」
「うん。あとね、これ僕からお姉ちゃんに」

 陽がもじもじとしながらセレシュにチョコを渡した。

 ――あぁ、成る程。おっちゃんもこんな気分やったんか。

 セレシュは恥ずかしいながらも、一生懸命作ってくれた陽を自分の恥ずかしさから茶化す様な真似は出来ず、陽に歩み寄ってギュッと身体を抱き締めた。

「ありがとう、陽」
「う、うん」

 かつての自分とは違う、素直な陽の姿にちょっとばかり過去の自分が恥ずかしいと感じながらも、セレシュはお互いにチョコを交換した。

 陽が渡した、シンプルなチョコレートの作り変えは、当時のセレシュがおっちゃんに送った物と同じ、ハート型をしていた。







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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。

バレンタインデーから一週間経ってしまいましたが、
お楽しみ頂けたでしょうか。

まさかのツンデレに、どう展開していこうかと思いながらも、
やはり甘酸っぱさより気恥ずかしさかな、と思いつつ、
今回はこう描かせてもらいました。

お楽しみいただければ幸いです。

ほっこりライフもなかなか日々が新鮮で楽しいですねw

それでは、今後も宜しくお願い致します。

白神 怜司