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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


水面に渡る波紋―エルアナ






 高度発展を続ける島国、日本。
 地震大国であるかの島国に住まいながら、その天災にも負けない強固な家を造り、大災害を何度も経験しながらも、幾度となく立ち上がる強い国だ。

 私にとって、日本とはそんなイメージしか持たない、言うなれば関係のない国。
 そう、この頭脳に刻まれた一部の情報でしかない。

 まぁ、そんな事はどうでも良いと言えばどうでも良いのだけど。



 そんな島国にも、私が所属するIO2の支部が存在している。
 ディテクターと呼ばれる最高のエージェントがいる国だそうだが、それも所詮は小さな島国での呼び名。

 それなりに実力がある者、実績がある者を英雄視するのは、何時の時代もどの国でも変わらないらしい。

 ――だからこそ、《この子供》に対して、私は興味を抱かなかった。






 初めての任務は、ヨーハンが所属するGUNSとの合同任務だった。

「日本から来た新米エージェントのサポーターをしろ」

 上層部からそう言われた時には、いよいよ嫌われ役も板についてきたと実感させられたものだった。

 16の頃にIO2に所属して以来、私はサポーターの仕事を完璧にこなしていると自負していた。
 だからこそ、エージェントの実力が見合わず、作戦を中断する時はいつも気持ちが荒れていた。

 だからと言って、そんな態度を見せれば「やっぱり子供は子供だ」と馬鹿にされる。
 それが悔しくて、私はいつも周囲には冷徹に当たり、エージェントの失敗部分を指摘しながらコンビを解消してきた。

 私の理想を押し付けてるフリをしながら、私は自分に向かう周囲の劣悪な感情から身を守っていたのだ。





 ――そんな私に、圧倒的な実力者の存在を示したのが、今私の前でベレッタを扱っている少年、『フェイト』だった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 射撃練習場。
 GUNSの若きエースと呼び声高いヨーハン。日本人の血が混ざっている為、フェイトと親しく接している彼は、フェイトに銃の構え方や撃ち方を教えていた。

「違う! 何度言ったら解るんだ!」
「しょっ、しょうがないだろ!? 日本じゃ銃なんて撃つ事ないんだから!」
「ここはアメリカだ! 平和ボケしてると鉛球に身体抉られて死ぬんだぞ!」

 またヨーハンとフェイトの言い合いが始まった。

 フェイトは圧倒的な能力で戦う事が出来る上に、体術もそれなりのセンスを見せている。だが銃の扱いは私の方が断然上だろう。
 ヨーハンがボタンを押して、的の紙を手前に引き寄せると、見事にバラバラな銃弾の跡がついている紙がフェイトの前にひらひらと揺れていた。

「……酷いね」
「お前なぁ。自分の事を他人みたいに言ってる場合じゃねぇだろ。おい、エルアナ。お前から見てどう思う?」

 突如振ってきた話題に、私は胸の下で組んでいた腕を解いて歩み寄った。

「フェイトは銃を撃つ時に力みすぎて、手首が銃の反動を逃がせていないのよ。そんなやり方じゃ、手首を痛めていくだけだわ」
「だってよ」
「う……っ」

 ちなみに、今こうして話しているのは英語だ。
 たかが数日で英語をマスターしたフェイトは頭は良いのかもしれないが、何処か不器用という印象を受ける。

 圧倒的なあの戦闘能力がなければ、私はさっさとこのパートナーを捨てただろう。

「はぁ。エルアナ、ちょっと撃ってみせてやってくれ」

 ヨーハンがフェイトの的を再び奥へと操作し、銃弾を装填したベレッタを私に手渡した。
 12発の銃弾。フルオートに改造出来るベレッタは、銃弾の少ないサブマシンガンの様に連打して放つ事も出来るが、弾詰まり《ジャム》を起こし易い。
 私は的に描かれた頭部に3発、肩に2発ずつ。そして、胸に3発撃ち、的を吊るしている上部を残りの2発で打ち抜き、的を落とした。

「こんなモンね」
「……エルアナ、お前GUNSに入れるんじゃねぇか?」
「嫌よ。私は頭脳派のインテリ系なんだから」

 思わずこんなやり取りをして小さく笑っている自分に最近気付かされる。
 フェイトが来てから、私は初めて人と話す事が「楽しい」と思える様になってきた。

 それもこれも、私に対して言い寄る男連中と、ヨーハンやフェイトは違うからだ。
 若い女を抱きたい。そんな欲望のまま、鼻の下を伸ばして話し掛けてくる連中とは違う。

 そして、《天才》として私を特別視もせずに接してくれる2人が、私にとってはどうしようもなく居心地が良かった。





◆◇◆◇◆◇◆◇




 フェイトが来て半年が経つ頃、私とフェイトは正式にパートナーとして動く機会が増えてきた。

 能力の制限がつけられた時はどうした物かと頭を抱えたが、今では銃の扱いもうまくなっている。
 それに、能力制限なんてものは命の危機を前にしたら易易と無視してしまえば良い。

 そんな考えがあるからこそ、フェイトは銃に対しての『興味』を、『義務』に感じる事もなく成長したのだろう。

「フェイト、その先に標的の反応よ!」
『オーケー!』

 テロを画策している者達がいるという情報から、諜報活動を行なっていた私達は発見され、戦闘を余儀なくされた。

 ――私のミスだった。

 敵勢力をたいして調べもせずにパートナーを死地に追いやり、その先で今まさに救援を待ちながら、戦線を保っている。

「――ッ! いけない、逃げて!」

 サーモグラフィーに映った熱反応。敵がどうやらフェイトを囲んだ様だった。
 万事休す。
 既にフェイトは逃げられない。

 私はその一瞬の間に、とてつもない後悔をした。

 ――彼こそが、私にとって唯一無二のパートナーで、かけがえのない存在なのだ。

 今まさに囲まれたフェイトに、初めて私は自分の気持ちを理解した。
 遅すぎたその理解に、思わず私は叫んだだけだった。

 何処に逃げれば良いか。どうすれば脱せられるか。
 それを伝えるのが私の役割だと言うのに、「逃げて」としか言えなかったのだ。


 ――響き渡った銃声。


 しかし、その後で聞こえて来たのはフェイトの声だった。

『ごめん、エルアナ。能力使っちゃった』
「……え……?」

 モニターを見つめた私は、フェイトの眼前でふわふわと浮いている銃弾を見て、涙目になりながら思わず情けない声をあげた。

 ――そう、彼はそんな簡単に死ぬ様な男じゃない。

 結局、能力を使って一網打尽にしたフェイトと私は、能力の無許可使用に対する始末書を数十枚書かされる事になった。





 机で向い合って2人で始末書を書いている時、私はふとフェイトの顔を見つめた。
 幼い顔だと思っていたら、少しずつ大人びていく顔。理由は話してくれなかったけど、緑色の綺麗な瞳。

 ふと、フェイトが私に視線を移した。

「どうしたの?」
「なっ、何でもないわ!」

 悟られてはいけない。
 私は彼に、多分恋愛感情を抱いている。

 今まで他人に興味を持たなかった私が、恋愛に初心だと言う事。
 それに、私は年上で、フェイトは年下だ。恋愛感情を抱いて素直に甘える事なんて、どうすれば良いのか解らない。

 ――この人を、知りたい。自分だけの物にしたい。

 データとして残っている情報なんかに興味はない。ただ、私はフェイトを知りたくて、どうしても自分だけの物にしたくなった。

 悟られてはいけない。
 私は彼を、どうしようもなく独占したくなっている。

 俯いている私は、多分顔を真っ赤にして、耳まで赤くなっている事だろう。
 顔が熱くて、胸が張り裂けそうな程に高鳴っている。

 息が苦しくて、切ない。



 ――だから私は、彼を誘惑していられる程の良い女で在り続けようと心に決めた。



 本当は、ただ素直に好きだと伝えて、一緒にいたいと言えば良いだけなのかもしれない。
 だけど、日本に帰りたいと言うフェイトを、無理に引き止める事なんてきっと出来ないだろう。

 だから私は、彼が「私と一緒にいたい」と思わせられるぐらい、良い女でいよう。

 それが唯一、私のこの純粋な感情を実らせる為の道のりになると、そう私は感じている。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 フェイトが日本へと発ってから、もう二週間が過ぎた。
 私の感情はやはり傾いていて、彼のいない日々はどうしようもなく空虚だ。

 ――だから私は、動く。

 彼だけを想って過ごしたこの4年、振り向いてはくれなかったものの、彼の事は私が誰よりも一番解っているはずだ。

 これからは、誘惑して「待つ女」ではなく、「落とす女」になってやる。

 彼はきっと、私が今こうして『日本へと』向かっている事など予想だにしていない事だろう。

「頼んだぞ。今回の事件はフェイト・エルアナの看板エージェントを貸すんだ。しっかりとな」
「解ってるわよ、ジャッシュ」

 ターミナルでジャッシュに挨拶を告げ、私は日本行きの飛行機に乗り込んだ。

 日本の女は幼い見た目だと聞いた。
 大人の魅力で、私はフェイトを徹底的に口説き落とす!

 ミッションなんて二の次よ!


 ――私はこうして、フェイトを追って日本へ行くのだった。







                           FIN