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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


「それなんて無理ゲー?」






 相も変わらぬ工房。
 日々知識を吸収して成長していく陽を尻目に、セレシュは魔具の研究を続けていた。二人にとって、会話は少ないながらも穏やかな時間である。
 知識を吸収していく程に、当然陽の興味のベクトルは以前とは違い、多岐に渡りつつあった。その代表的な例とも呼べるのが、先日の異世界探索などだろう。

 ――冒険と魔法。

 少年の心をくすぐるには相応しい要素。現実の科学的な世界ではなく、魔法という名の未知の力。もちろん、陽は一般的な人間とは異なるが、それでも一般知識の教養とはかけ離れたその世界に、胸を焦がすのも致し方ないというものだ。

「お姉ちゃん」

 魔具研究の手を止めて振り返ったセレシュに、陽が少しばかりもじもじと言い難そうに身体を動かし、陽の顔を見上げた。

「どないしたん?」
「えっと……、それ、触って良い?」

 そう言って陽が指し示した先に置かれたのは、四角い流行のアイテム――所謂スマホである。

「スマホ? なんや、興味あるん?」

 セレシュの言葉に陽はコクコクと頷いて答えた。
 精密機械ではあるものの、普通に使う分には壊れる事もないだろう。それでも、今はちょっとずつ教養を与えている段階であり、あまり大量な情報を得られる端末を渡すのは危惧している部分もある。

 それでもセレシュは、小さく笑ってスマホを手に取った。「陽なら大丈夫」というセレシュの信頼があるからこそだ。

「ちょっとだけやで」
「うん!」

 見様見真似で扱おうとするスマホに苦労する陽を見つめながら、先程過ぎった不安はただの杞憂であった事を実感したセレシュであった。

 ――ここで、冒頭の話に戻る訳である。

 スマホの中にダウンロードされたアプリを色々といじっては楽しそうに目を輝かせている陽が、あるアプリを熱心にやり始めたのだ。

 それが、RPGであった。

 オーソドックスな、剣と魔法の世界に生きる主人公達が敵を倒しながら成長し、世界を救う。そんなありふれたゲームをしている陽を見て、セレシュは少しばかり懐かしい記憶を紐解いていく。

 思わず思い返した、おっちゃんとすら出会う前の話であった。





◆◇◆◇◆◇





「愚かな人間共よ。この神殿を荒らしに立ち入った事、後悔するが良い……!」

 それは遺跡と化した神殿に縛られていた事の話である。

 遺跡に眠るお宝を目当てにした冒険者と呼ばれる四人の人間に、まだ忘れる事のなかった口上を述べたセレシュであった。

 屈強な身体、鍛えられた肉体をした剣を構える戦士の男。
 遺跡探索に必要な、罠発見や解除を得意とした盗賊の男。
 黒いローブを羽織り、木造の杖を手にした魔法使いの女。
 何やら修道着の様な服に身を包んだ、回復魔法を使う僧侶の女。

 その四人を前に、セレシュは冷笑を浮かべた。

「脆弱なる存在めが、この我と戦うつもりか?」

 悪役よろしくセレシュが告げる。
 もちろん、当時のセレシュの知識に悪役もフラグも理解出来る訳もない。これはただのありきたりなセリフではあるが、その言葉の裏には何もない。心の底から本心である。

「う、嘘だろ……。ゴルゴーンじゃねぇか……ッ!」

 対する冒険者の一味は、一様に顔色を蒼白に変え、みるみる絶望していく。戦士が構えた剣の切っ先は震え、盗賊の男は身体を強張らせ、身体を動かせずにいる。魔法使いと僧侶の女性陣の方が、まだ心は強い様であった。

 故に、セレシュはそんな彼らを見下し、「さっさと終わらせよう」程度にしか心を動かす事はなかった。

「――悠久に囚われるが良い」

 今思えば、これこそがまさに中二病の言葉であると思えるが、この世界で生きていたセレシュにそんな意識はない。

 ――閑話休題。

 セレシュの瞳から放たれた石化の光によって、魔法抵抗の低い戦士と盗賊は一瞬で石化した。

「な――ッ!?」

 魔法使いと僧侶の二人はどうやら瞬殺は免れたらしい。しかし、全てを無力化するには至らず、身体の一部から徐々に石化が蝕む。
 解呪の魔法を唱えようと僧侶が魔力を溜めた次の瞬間、金の翼を羽ばたかせ滑空したセレシュが、僧侶の魔法詠唱を破棄させる様に近接攻撃で吹き飛ばす。

「あぁ……ッ!」
「こ、この化け物ォォォ!」

 一連の動きに驚愕しながらも、怒りによって自らを奮い立たせた魔法使いによって生み出された赤く輝く魔法陣から、火炎の球体が放たれる。直径にして一メートル弱。当たればその周囲を灰塵と化すだろう魔法だ。魔法使いの女にとっての一撃必殺の得意魔法である。

「フン」

 避ける事も、手を翳して防御する事もなく、セレシュはそれを見つめた。「諦めたのか」と勝利を確信した魔法使いの女だったが、直撃して巻き起こった爆炎が歪な形に歪み、巻き上げられた風によって吹き飛ばされた。
 傷一つ負わせる事も出来ずに自らの攻撃を消し去られた事に気付いた魔法使いは、表情を強張らせる。

「そ、んな……」
「なんだ、この程度で倒せると思うたか?」

 蒼色の瞳は冷淡さを増長させ、その視線が魔法使いを射抜く。
 円状に張り巡らされたセレシュの身体を覆う結界。魔法使いの魔法はその結界を破るどころか傷つける事すら出来ず、ただ単純に打ち破られたのだ。

「クソ……ッ、クソーーーッ!」

 恐怖か、或いは絶望だろうか。瞳孔を開いた魔法使いの女は連続して魔法を放つが、その全てがセレシュの眼前で結界に弾かれて消え去っていく。
 いよいよもって自分達の命が危ういという事実を突き付けられ、暗い闇の底から何の弊害もなく心臓に魔手を伸ばされているかの様な錯覚に陥った魔法使い。

 延々と続いていた魔法がようやく途切れた頃、魔法使いの女は枯渇しつつある魔力に満身創痍になりながらも、肩で息をしながらセレシュの様子を見つめた。

 そんな淡い期待は、先程の映像を再び見る事によって潰えた。

 舞い上がる砂塵を吹き飛ばした、傷一つ負っていないセレシュ。

 ――こいつには勝てない。どれだけ足掻いても、私達との戦いなど児戯に等しいのだ。

 そんな絶望が「ならば」と、魔法使いの決意の引き金となった。

「この化け物……ッ!」
「――ッ、それはダメよ!」

 魔法使いの女が魔力を練り上げる姿を見て、僧侶の女が叫び声をあげた。
 そんなもの、あっさりと中断させる事も可能ではあるが、セレシュは一切の危機感すら感じていない。ゆっくりと歩み寄るセレシュに、魔法使いは手を翳した。

「せめて、道連れぐらいにはしてやるわ……ッ!」

 幾重にも展開された紫がかった魔法陣から放たれた雷光。先程の炎球に比べ、それは遥かに高い威力を誇るだろう事はセレシュにも理解出来た。
 放つと同時に、魔力を全て枯渇させて命を賭す一撃。そんな魔法を前に、さすがにセレシュも手を翳した。

 ――そう、手を翳しただけである。

 先程よりも強固となった結界に魔法が衝突し、周囲に拡散させる。地面を抉り、穿つ程の余波。しかしセレシュにはそれが届かない。

「眠れ」

 セレシュの無慈悲な一言で、魔法使いの身体を蝕んでいた石化が急速にその侵食速度をあげ、魔法が命を喰らう前に魔法使いは石像と化した。
 結界を撃ちぬいた僅かな攻撃がセレシュの身体を多少は傷つけた様子が見れた僧侶だが、その傷がみるみる回復していく姿を見て愕然としていた。それでも、この一瞬の隙を好機と考えた僧侶は、仲間を救おうと石化を解こうと呪文を紡ごうと口を開ける。

「――……ッ」

 声が出ない事に、僧侶はこの時になってようやく気付くのであった。

 すでに石化によって喉が潰された僧侶は、そこに立ち尽くす無力な一人の人間でしかない。
 そしてその一瞬の好機は、セレシュが振り返ると同時に無残に崩れた。

 力を発揮する事もなく、あっさりと石化させられた戦士と盗賊。
 魔法を放ち、命を賭そうとすらしたにも関わらず、それすらも赦さない石化によって眠らされた魔法使い。
 絶望の中で、一人涙を頬に零しながら石化していった僧侶。

 そんな四人の冒険者を前に、セレシュは先程までの凛とした雰囲気を解き、ふすんと鼻を鳴らして両手を自身の腰に当てた。

「勝った!」

 満足気な少女の一言。先程までの“キャラ作り”を解いたセレシュは、ドヤ顔でそんな事を口にし、冒険者達であった石像を「うんしょ」と言いながら隅っこへと運んでいく。





◆◇◆◇◆◇






 ――(状態異常ばらまき、高HP、高防御力、自動再生、詠唱妨害……。うちみたいなんがボスやったら、まさに「クソゲー」やな……)

 スマホをいじる陽を見つめながら、思わず苦笑いを浮かべたセレシュ。まさにまったくもって酷いボスがいたものである。

 石化を解きさえすれば、冒険者達の命は助かる。当時は解き方に興味もなく、命を刈り取るという趣味も持っていなかったセレシュは、その冒険者達の石像を放っていたのだが、それが後日どうなったのかは別の話であった。

「あ、負けちゃった……」

 不意に陽がそう呟き、セレシュを見上げる。

「大丈夫や。RPGのボスなんて、レベルさえ上がればなんぼでも勝てるんやから」

 実に実感を伴ったセレシュの言葉である。

「もうちょっとやって良い?」
「しゃーないなぁ。えぇよ」

 そんなセレシュの過去を知らない陽は、ゲーム続投に意気込んで楽しそうに顔を綻ばせていた。





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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。

「これなんて無理ゲー」という冒険者達の感想状態ですねw
よくよく考えてみると、セレシュさん最恐――もとい、
最強ですよね……w

先日の異世界探索はただの片鱗でしかなかった、とw
これは異世界のラスボスになれる可能性も……(

お楽しみ頂ければ幸いですw

それでは、今後ともよろしくお願いいたします。

白神 怜司