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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.34 ■ 実は頭脳派?




 脱出ゲーム。
 単純なフラッシュなどで造られた意地の悪いフリーゲームを彷彿とさせるが、あらゆるゲームにおいてもこれは使われる事が多い。特に近年では、ホラーゲーム内に何故か設置されているギミック解除などが最も目に付く所だろう。

 何処か浮世離れした――いや、実際には現実世界とは違った箱庭の世界であるが、この中の状況をカメラも存在していないにも関わらず、アンジェリータは見る事が出来る。

 そんな彼女は、美香の様子を見つめながら、美香の部屋を自分の部屋かの様に紅茶のお代わりを注ぐ。現実世界の彼女は目を閉じて、何やら妄想に耽っている様に見えるが、それが箱庭を覗く準備である。

 アンジェリータの視界では、まるでゲームの中でキャラクターが独自に動いているかの様に美香を見つめる事が出来る。
 故に、彼女は美香の動きを見つめながら、客観的且つ第三者の視線でそれを見つめている。

 洋館の踊り場、肖像画の前に戻った美香は、あらかじめ大雑把に調べた情報を頭の中で整理し、まずはポケットに入れていた簡素な鍵と知恵の輪についた鍵を取り出した。

「……ギミックはいつも、簡単な所から難易度を引き上げる。それにここは十階層の一階。そう考えると、シンプルに考えるのが無難よね」

 ブツブツと独り言を言う美香を見つめながら、アンジェリータは紅茶を啜る。仄かに香るダージリンの香りを堪能しながら、アンジェリータは少しばかり眉を動かした。

 ――冷静、かも。

 確かに美香の言う通り、この箱庭は上階へと行くにつれて難易度を増すギミックが存在している。一階は言うなればウォーミングアップに過ぎない。

 しかし、ここのギミックは単純とは言え、心理的なトラップが働くのだ。

 こういった脱出ゲームにおいて、人の真理は「トラップ」の存在を危惧する。ましてや第一階層ともなれば、緊張状態も重なり、無意味に全ての部屋を丹念に調べる傾向が強い。
 これはアンジェリータが今までに見てきた、挑戦者のデータに基づいた統計学とも呼べるだろう。

 そんな統計を覆す様に、美香はここに来て、敢えて階段を降りて他の部屋を調べ始めた。
 ――美香は鍵が使える場所を特定する事に行動を絞ったのだ。

 精神的なトラップがある状況でも、さっさと解錠に進む姿を見る限り、彼女は相当な胆力の持ち主なのだろう、とアンジェリータは美香の印象を上方修正した。一度見た場所を入念に調べるではなく、まずは全てをおおまかに見てから推理し、それを試していく。

 見落としはないだろうか。

 もしかしたら、あの変哲もない部屋の何処かに何かヒントがあるのではないだろうか。

 そんな“IF”が頭の中に浮かび易い状況でも、引き返す事も迷う事なく動くその姿には、アンジェリータもずいぶんと驚かされる結果となった。

 アイですら、全ての部屋をもう一度見回し、簡単に手に入れた情報をトラップではないかと危惧していたのだ。それを考えれば、美香のこの動きはある意味、「考えが行き着いていない行動」だ。トラップが出て来ても対処出来るだけの自信でもない限り、これは短慮だと言えるだろう。

 しかしながら、アンジェリータの印象は、後者――トラップに対しても対処出来るという自信に基づいた行動だと見える。

 実際、美香はそれなりに修羅場をくぐっている為に、行動においては考えてばかりという悠長な構えはしていない。これは美香の性格が、ユリカに影響されつつある部分でもあるかもしれないが。





◆◇◆◇◆◇





 アンジェリータにそんな印象を叩き付けている事など露知らず、美香は早速一つの扉の前に行き着いた。先程、入り口に入った時には気付かなかった、簡素な物置。そこは鍵がかけられ、その鍵穴は簡素な鍵とよく似た形状をしている。

 早速美香はその鍵を鍵穴に差し込むと、カチャリと軽快な音を立てて物置を開け、その中に入った一枚の紙を見つめた。

《4つの数字は、世界が泣いた日》

 ――世界が泣く。つまり、何か悲しい出来事があった日だろう。

 美香はこのあまりに稚拙とも言える単純さに、少しばかり安堵した。やはり先程自分で呟いた様に、ここの階はあくまでもウォーミングアップ程度の難易度に設定されているのだろう、と。

『これって没年の事でしょ?』
「うん、そうだね」
『……バカにしてるのかしら』
「一階だから、何ともいえないよ。それに、もしかしたら油断を誘ってるのかもしれないしね」
『……めんどくさ。美香、アンタに任せるわ』

 思わずユリカの一言に苦笑を浮かべながら、美香は物置きを後にする。

 単純に考えれば、この後は数字盤を操作して金庫を開ける事であろうが、知恵の輪の鍵の有効な使い道が解らないのだ。
 階下にあったこの場所以外、鍵を使いそうな場所は今の所見つけていない。調べが不足しているケースもあるが、他には部屋がないのだ。

 ――だとすれば、やはり類似したあの部屋に“何か”の違いがあるのだろう。

 早速美香は二階にあがり、左手にある三つ並んだ部屋を見て回る事にした。

 まずは最初に見た部屋の金庫だ。
 しかしこれにはどうやら簡素な鍵も、知恵の輪の鍵も関係しているとは到底思えない鍵穴の形状である。

「これは後回しだね」
『てっきりこれを開けるのかと思ったのに』
「多分“3つめ”の鍵がこれだね。って事は、知恵の輪の鍵を使う場所はこの近くにありそうだね」
『……?』

 美香はそうユリカに告げると、一番奥へと歩き、そして振り返る。

 入り口から見える視点が死角になっている場合、その対照的な場所から周囲に視線を向けると、意外と違いは分かるものだ。
 一つめの部屋、二つめの部屋においては何も発見する事はなかったが、三つめの部屋で同じ事をした時、美香は小さく口角を釣り上げる。

「みーっつっけた」

 それは、僅かな傷の様な跡であった。

 入り口から反対側のベッドの漆塗りされた脚についた、僅かな穴の様な跡。そこには、何やら歪な円形の穴が空けられている。これは、知恵の輪についた鍵が一致しているのだと美香は悟った。

「ってなると、あとは知恵の輪を外す事から始めなくちゃね」

 美香がそう言って知恵の輪を手に取り、宙へ放り投げる。
 次の瞬間、加速して繰り出した風圧が真空を作り、知恵の輪を断絶する。

 チャリン、と音を立てて鍵をキャッチし、残骸はその場に転がった。

『……ねぇ、美香。それって、有りなの?』
「いちいち解いてたら時間かかるもん」

 意外過ぎる力技に、思わずユリカがツッコミを入れる事になったが、美香は構わずベッドの脚に鍵を差し込み、カチリと音がするまで差し込み、回した。
 すると、ベッドの脚が外れ、木枠の中から紐が姿を現した。美香はそれを引っ張り、一枚の絵画を手に取った。

「これが名誉の盾、かな」






◆◇◆◇◆◇





「1421、と……」

 金庫の隣に設置された文字盤を動かし、数字を打ち込んだ美香があっさりと金庫を解錠した姿を見つめて、アンジェリータは「へぇ」と口角を上げた。

 最期の鍵を手に入れ、さっさと私室となっていた部屋へと向かい、その金庫を開けた美香。その中にある鍵を手に取ると、そのまま書斎に戻り、書斎の金庫を開けて“栄光の刃”を手に入れると、「鍵四つだったね」と独り言を呟く様に笑いながら、階段の踊り場へと戻り、肖像画の横に絵画をセットした。

 ――所要時間は、僅か十五分。これはアイがクリアした最速タイムのおよそ半分以下である。

「……面白くなりそう……」

 アンジェリータは呟いた。
 肖像画が動き出し、次の階層へと続く階段を歩いていく姿を見つめて、アンジェリータはこれから先のギミックに、如何に挑戦していくのか、それに胸を踊らせていた。






                   to be countinued...




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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。

今回は一階のギミックを解錠していく姿となりました。
プレで頂いた通り、少し飛ばしながらの展開にするので、
次のお話では“五階”のお話にしたいと思いますw

意外と力技をした美香さんに、思わず呆れたユリカ。
いつもと逆な描写でしたw

次回は謎の描写になりますが、
プレで何かご希望ありましたら、お気軽にぶつけて下さいねー。

それでは、今後ともよろしくお願い致します。

白神 怜司