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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【特級】エージェント





 狂った様な高笑いを続ける女の銃口が、客達の姿勢を強張らせる。その姿は、いつ迷いもなく引鉄を弾いてもおかしくはない事を誰もが悟れる様子であった。

 そんな中、老夫婦の男性はさらに驚愕させられる事態を見てしまい、予想外に冷静さを取り戻していた。

「落ち着いて」

 そう言われた様な気すらする、ソワソワとしていた東洋人の少年――いや、年齢は定かではないが、幼く見えるのは否定出来ない。
 黒いスーツにシャツ。ネクタイは外されているものの、やはり大人なのだろう。東洋人特有の黒髪と、それなのに緑がかった瞳の色。
 不思議な雰囲気を漂わせた彼が自分達から目を離し、女を見つめた途端、妙齢の男性は思わず安堵してしまった。

(ただの子供、ではないのか……?)

 目つきが僅かに鋭くなり、視線を僅かに動かすだけで状況を悟ろうとするフェイトの姿に、男性は思わず感嘆の声をあげそうになった。



 一方、フェイトは周囲の心の声を聴きながら、乗客に紛れた犯人の協力者を探し出していた。

(……いた)

 かつての犯罪対策マニュアルにあった通り、後方の席に座っている一人の男。その男の心を読み取りながら、フェイトは更に犯人グループの人数や内訳を探る。

 ――精神潜入《サイコハック》。

 昔に比べて能力の幅を増やしたフェイトによる、精神――つまりは記憶を覗き見る為の新しいサイコキネシスである。これは本人の意識とは裏腹に記憶を探る事が出来るという、実にタチの悪い能力だ。
 デメリットとして、多用すれば目まぐるしい情報量に眩暈や吐き気、それに頭痛が伴うが、多用さえしなければ問題はない。

(犯人は全部で6人。後ろに潜んでるのが一人に、それに、この人もか)

 先ほど、自分を見てクスりと笑った自分の前に座る女性。この女も犯人側と精通している様だ。

(ここにいるのは3人か。あとはコックピットとビジネスクラス、ファーストクラスに一人ずつ、か。取り押さえるのは簡単だけど、あの記憶のノイズも気になるな……。能力者って訳じゃなさそうだけど……)

 しばしの逡巡に、フェイトは挑発するという方向で先手を打つ事にした。

「失礼。一つ聞かせてもらいたい。アンタ達の目的は何だ?」

 突如立ち上がり、恐怖を微塵も感じていない様な表情でフェイトが尋ねると、周囲が騒然とした。いつ撃たれてもおかしくない、そんな雰囲気の中で立ち上がって意見するなど自殺行為だ。

 もちろんそれは、一般人の場合は、であるが。





◆◆◆◆





 IO2、イギリス支部に所属していた“ネルシャ・オーフィア”はこの数週間、ツイていなかった。

 突如言い渡されたニューヨークへの出張と、日本での捜査協力。片思いだった相手にフラれ、自暴自棄――つまりはヤケっぱちで引き受けた遠方での仕事だ。
 そんな彼女を更に襲った、ハイジャックである。

(何でよりによって……。って言うか、マズいわよね……。よりによって、指名手配犯がこの機に乗り合わせ、その上ハイジャックなんて……)

 自らの『不幸体質』に彼女は辟易としていた。

 “カーリア・ミデス”。
 前方で銃を突き付けている女は、IO2イギリス支部にて指名手配されている犯罪者である。
 IO2エージェントを殺害した女だ。

 仲間と共に行動していると思われていたカーリアがいると言う事は、当然この機内にも勿論仲間の存在が潜んでいるに違いない。ネルシャはそう考え付くと、カーリアと組んでいた数名の犯罪者を思い出した。

「失礼。一つ聞かせてもらいたい。アンタ達の目的は何だ?」

 不意に背後から聞こえてきた声に、ネルシャは唖然としてしまった。
 先ほど、映画を見ながら号泣していた、自分の後ろに座っていた少年が突如立ち上がり、そんな質問をしたのだ。

(ちょ、ちょっとちょっとちょっと〜! 何カッコつけようとしてんのよ! バカ! 犯人を刺激する様な行動を取るなんて!)

 ――そう思ったネルシャが慌ててフェイトに向き直って座らせようとした瞬間だった。

『動くな』
(……え?)

 不意に脳裏に響き渡る様な声に、ネルシャは戸惑い、身体を強張らせた。

(い、今の何……?)
『アンタがアイツらと顔見知りだってのは判ってる。おかしな真似するなら、アンタから先に倒させてもらう』

 その声の冷淡さに、ネルシャの背筋にぞくりと悪寒が走る。

(ど、どういう事よ……! まさか能力者!? しかも私、敵って思われてるーーッ!?)
『……アンタ、アイツらの味方じゃないのか?』
(えっ!? き、聞こえてんの!? でも私、IO2だし、警察じゃないし……。なんて説明すれば良いのか……――)
『――IO2?』
(聞こえていらっしゃるーッ!)

 ネルシャが声にならない悲鳴をあげた。

『俺はIO2、ニューヨーク本部に所属しているフェイトだ。IO2って言ってたみたいだけど、アンタは?』
(え……、あ、私はイギリスのロンドン本部の一級エージェント、ネルシャよ)

 本来であればあっさり自分の所属を話す事などしないのだが、動転したネルシャにそんな冷静な判断能力はない。完全にフェイトのペースに呑まれていた。

『で、何でアンタはアイツらを知ってるのさ?』
(指名手配してるのよ。カーリア・ミデス。あいつらはチームで動いてるはずだし、他にも仲間がいるはずよ)
『後ろに一人。それにビジネスとファーストに一人ずつ、あとはコックピットだろうな。まずはここを押さえる。合図したらカーリアを押さえてくれ。銃は封じる』
(え、ちょっ……!?)






◆◆◆◆





「失礼。一つ聞かせてもらいたい。アンタ達の目的は何だ?」

 再び場面は戻る。
 同時にネルシャとテレパシーを通して牽制しながらフェイトはカーリアと話しつつ、この場を押さえる算段を立てていた。

「あぁ? なんだ、子供じゃない」
「子供って言うな! これでも俺は22だ!」

 緊迫感のないやり取りである。

「座りな。でないと風穴空けるよ」
「それは勘弁して欲しいなぁ。でも、目的もないのに言う事聞くなんて嫌なんでね。せめて目的ぐらい教えて欲しいんだよね」
「フフ、ハハハハッ! 怖くないのかい!?」

 狂った様な笑みから突き付けられた銃口。銃口が動く度に周囲からは僅かに悲鳴が漏れている。

「俺は日本人だから、銃ってのは現実味がなくってね。モデルガンにしか見えないんだよね」
「……へぇ、ナメたモンだね……」
「それより、今は“ハイ”になってるから気分も良いんだろ? 教えてくれたって良いじゃないか」

 カーリアの表情が険しく歪む。
 フェイトの後方に待機していた男に僅かに目配せしたカーリアの仕草をフェイトは見逃さず、その方向に犯人の正確な位置を特定した。

「……クスリ、興味があるのかい?」
「さてね。おかしなクスリには手を出すなってじっちゃんが言ってたから、俺は手を出さないけどね。気になるんだよね〜……――」

 フェイトの口元が僅かに歪む。

「――その出処とか、もたらす能力とか、さ」

 カーリアの表情が強張り、引鉄が弾かれた。
 フェイトが前の座席に座っていたネルシャの席を後ろから叩き、銃弾を空中で制止させる。

「お返しするよ!」
「な……ッ!?」

 宙に浮かんだ尖鋭状の鉛球が突如軌道を変え、カーリアの周囲と、握られていたライフルに撃ち込まれる。衝撃から銃を投げ出し、身体を吹き飛ばされたカーリアが後方へと倒れ込むと同時に、ネルシャが呆気に取られながらも慌ててカーリアを取り押さえる。
 それを尻目に、フェイトが後方へと走り出し、協力者を睨み付けた。

 その鋭い視線に、自分が協力者だという事がバレたと判断した協力者がハンドガンを懐から取り出し、フェイトに向ける。周囲から悲鳴があがるが、フェイトは既にあと2メートルという所まで迫っている。

「クソッ!」

 銃を弾く寸前、フェイトが身体を折り曲げ、地面に手をつきながら右足を銃の下から蹴り上げる。ふわりとその勢いのまま浮き上がったフェイトは、身体を宙で横に一回転させると右足の膝の裏で男の後頭部をがっちりと挟み込み、そのまま通路の地面へと叩き付けた。
 宙から落ちてきた銃を手に取り、フェイトは銃口を倒れた男に向けつつ、左手で男の手を背の後ろで押し付ける。

「動くな。抵抗すれば、この場でアンタの頭を撃ち抜く」
「……」
「……あ、気絶してる」

 せっかくカッコ良いアクションをしたというのに、台無しの一言であった。

「すみませんが、何か縛る道具に使えそうな物はありませんか?」

 近くに座っていたサングラスをかけた男性にフェイトが声をかけると、慌てて男はヘッドホンのコードを差し出し、更に靴紐を急いで抜き取ってフェイトに手渡した。

「ネルシャ。そっちは?」
「問題ないです!」
「はいよ」

 フェイトはコードと靴紐で手足を縛り終えると立ち上がり、ネルシャの元へと歩み寄り、銃からマガジンを引きぬいて弾数を確認した。

「十二発。装填されているみたいだから13発はあるな。ネルシャ、これを持ってここで見張りを」
「え……、フェイトさんは……!?」
「上の階を制圧する」
「――ッ!? じゅ、銃も持たずに!?」
「さっき見たろ? 俺の能力を、さ」

 自分の席にかけてあった黒いロングコートを身にまとい、フェイトが歩き出す。

「……サイコキネシスを使う、ニューヨークの【特級】エージェント……」

 かつてネルシャが噂で聞いた、ニューヨークに現れた一人のエージェントの噂。
 たった一人でもその戦力は強大であり、その容姿からは想像も出来ない程の実力を持つという、既に誰もがその噂は耳にしているというエージェント。

 フェイトの後ろ姿を見つめながら、ネルシャは思わず呟いた。

「……フェイト……って、まさかあの人、が……?」

 ネルシャとフェイト。
 国の違う二人のエージェントの邂逅は、その後の日本での事件に大きな関わりを持っている事を、その時の二人は知る由もなかった。






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