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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


懐かしい感覚







「皆さん、お静かにお願いします。私達は国際特殊警察機構の人間です。これより機内のハイジャック犯を取り押さえます。皆さんは騒がず、落ち着いて待っていて下さい。他の場所にも犯人の仲間がいるかもしれません。決して騒がずにお願いします」

 エコノミークラスの混乱はネルシャの言葉によってどうにか落ち着きを取り戻していた。先程の銃声でも様子を見に来ない事から察するに、どうやらカーリアは頭に血が昇ると発砲しかねない、というのは彼女らの仲間にとっても想像の範疇であった様だ。

「フェイトさん……」

 ビジネス、ファーストの制圧に向かったフェイトを案ずる様に、ネルシャは小さくそう言葉を漏らした。




―――。




「大人しく投降しなよ。アンタの仲間達ならもう捕らえたよ」
「チクショウ! 何しやがった!」

 フェイトは既にビジネスクラスを制圧し、そのままファーストクラスへと乗り込んでいた。犯人はライフルを手に持ったまま乗客を人質にし、後退りながら声を荒げた。

「動くんじゃねぇ! 動いたらここに乗ってる奴ら全員に風穴空けるぞ!」

 男の声に、周囲に乗っていた者達が小さく悲鳴をあげた。

「大丈夫だよ。アンタには、俺が動いた事すら解らないだろうから」
「な、何言ってやがる……! こっちには人質が――ッ!?」

 僅かな瞬き。
 それと同時に、視界からフェイトの姿は消えていた。抱えていた人質が手を離れ、追いかけようと手を伸ばした男の顔の目の前に、突如として轟ッと音を立てて炎が目の前に生まれ、思わず両手で顔を庇う様に男は後ずさる。

「こっちだよ!」

 後ろから男の肩口の服を掴み、足を払って地面へと叩きつける。背中を直接打ち付けた男の肺からは空気が漏れ出し、息を吸う前にフェイトは男の上に馬乗りになり、両腕を膝でガッチリと押さえ込み、自身の腕を男の喉に当てて体重をかけながら押さえ込んだ。

「答えるんだ。アンタらの目的は?」

 息を吸う事も出来ず、苦しい状態が続く中で男は口を動かした。

「し……らねぇ……! リーダーが……」
「操縦室にいるのか?」

 顔を赤くしながら頷く男。フェイトがゆっくりと腕を離し、ようやく満足に呼吸出来る様になった男の顎を横から肘で勢い良く弾いた。脳が揺れ、男はそのまま気絶した。

「よし、あと少しで片付くかな」

 呆然とする乗客達を横目に、フェイトはそう呟いた。






◆◇◆◇◆◇






 成田空港滑走路。そこには一般的にはあまり知られてはいないが、ハイジャックや不時着の可能性がある飛行機を誘導する特殊な滑走路が存在している。二次災害や、他の便への運行状況に影響を与えまいとしつつ、かつ救助や対応を施す為の滑走路である。
 緑がかったジープが数台に、黒塗りの車もまた同じ程度の数。はたから見れば、これから一体何が起きるというのか疑問が浮かんでも仕方の無い光景である。

 ――そこへ白塗りの車が、独特な唸る様なエンジン音を響かせながら入ってきた。

 周囲の車から一斉に降りてきたエージェントと、今回の救出活動の為だけに呼び出された自衛官達が、白塗りの車に駆け寄り、緊張した面持ちで車から降りて来る人物を出迎える。

 車から降りた、顔立ちの整った女性――凛の姿を見て、自衛隊のメンバーは思わず息を呑んだ。

 自分達の指揮を執るのが小娘だというのか。
 本来ならそう憤ってもおかしくはない彼らだが、そんな文句に行き着く事はない。

 ――何故なら彼女は、明らかに苛立ちを顕にしているのだ。下手な事を口にすれば、あっさりと命を刈り取られそうな予感すらする、ドス黒い空気を生み出している。

 休日を潰された挙句、そんな面倒事に巻き込まれた人間を心から鬱陶しく感じている、というのが凛の本音である。

「IO2一級エージェント、凛です。自衛隊の皆さん、ご協力有難う御座います」

 凛の言葉に、自衛隊員達は敬礼して応える。

「状況は?」
「ハッ! 機内がハイジャックされた後も航路は変わらず、日本に向かっていると推測されています! 自動操縦を切り替えた形跡もなく、また今は犯人側からの要求も来ていません!」

 自衛隊員の隊長格の男が声をあげた。

「分かりました。何か動きがあったら私まで報告して下さい」
「ハッ!」

 そう告げた凛が、用意されていたトラックを改造したIO2の特殊車輌に乗り込んで行く。付き従う様に近くに駆け寄ってきた一人の男が、凛に声をかけた。

「凛さん。貴女と仕事が出来て光栄ですよ」

 気障な振る舞いをする若い男。前々から凛に声をかけてくるこの男は、凛とどうにか仲良くなりたいと考えている様であった。

「そう。私は不快よ」
「え……?」
「休日は返上された上に、その面倒なお客様はハイジャックに巻き込まれる。その上、現場に着いてみたら、貴方の様な男にこうして馴れ馴れしく話しかけられる。これを不快と言わずになんと言えば良いのかしらね」
「……な……」
「何度もやんわりと断ってきたはずですけど、私には心に決めた人がいます。それに、貴方の様に馴れ馴れしい男性は嫌いです」

 不快である凛によって一刀両断された男は唖然として足を止めた。その様子を見ていた一人の女性が、クスっと笑いを噛み殺す。

 男は女性にこれ程までに無下にされた事は滅多にない。顔も悪くなく、凛と同年代の男で三級エージェントとなれたのだ。十分に将来性があると言える。要するにエリートである。
 しかしながら、言い寄る相手が悪すぎるのだ。エリートと呼ばれる彼ですら足元に及ばない、一級エージェント。その柔らかな振る舞いと、落ち着いた雰囲気からIO2の男性陣にとっては高嶺の花と言われている凛を口説こうなどとする者はいない。

 何せIO2にいる凛よりも年上の人間は、凛が“ある男”の事を待っていると誰もが知っているからだ。
 かつて日本を襲った虚無の境界。それらを、当時たった数名のみで制圧し、その主軸となった一人の少年――いや、今はもう立派な大人となった若い青年。

 玉砕された男を見送った女性は、小さく笑って口を開いた。

「凛さん、お疲れ様です」
「さっきぶり、ですね」

 先程まで車を運転しながらスピーカー越しに話していた女性。それがこの、“鳴海 吉乃”という少女である。彼女は能力者でありながらサポートに回っている、若いエージェントであり、この一年程、何かと凛と組む事が多い少女である。

「ご機嫌ナナメですねー」
「それはそうよ。せっかくの休みが返上されたんだもの」
「でも、案外すんなり終わると思いますよー。これ見て下さい」

 吉乃が目の前に設置されたモニターに、人物データを呼び出した。

「イギリスのエージェント……?」
「はい、彼女が同乗している様です。うまく行けば、私達が何かする必要もなく事件は解決してくれるかもしれませんね」

 ――確かにそうなってくれるのであれば、それは重畳であろう。

 そう思い至る凛ではあったが、どうしてもそんなに簡単に片付いてくれるとは思えない、凛特有の“蟲の知らせ”が胸をざわつかせていた。






◆◇◆◇◆◇






「……おいおい、マジか……」

 操縦室への鍵がかけられていた事もあり、フェイトはテレポートによってその中へと足を踏み入れた。中には武装した男と、操縦士と副操縦士の姿がある。

 ――しかしそれらは、物言わぬ遺体となっているのだ。

 操縦室に入った瞬間に感じた、独特な鼻をつく甘い匂い。それが何を意味しているのかは判断出来ないものの、フェイトはこの状況に思わず絶句した。

 過去の自分なら慌てふためいた事だろう。
 しかし、IO2で培われてきた、非常事態での判断に対して要求される冷静な心。場数を踏んできたフェイトは、ひとまず目の前で人が死んでいる状況に対する疑問を頭の隅に追いやると、再び思考を巡らせた。

「こんな鉄の塊飛ばすなんて、いくら今の俺でも難しいよな……」

 自身の力を大きく見積もっても、恐らくは多少の影響を与える程度が限界だろう。見た事もない計器類を前に、フェイトは腕を組んでその場に立ち尽くしていた。

「……そうだ、さっきのネルシャなら、エルアナみたいに機械に強いかも……!」

 思い立ったフェイトが慌ててエコノミークラスへと舞い戻って行く。
 というのも、エルアナは個人でセスナ機を運転する趣味を持ちあわせている様な女である。
 「サポーターと呼ばれる彼女達なら、全員飛行機の運転方法をマスターしているのだろう」と考えたフェイトは、勝手にネルシャのハードルをあげた事になるのであるが、本人に悪気はない。

 



―――。





「……で、出来ませんけどーーッ!!?」

 操縦席に連れてこられたネルシャは悲痛な叫び声をあげた。

「だ、だいたい私小型の飛行機でさえ操縦した事ないんですよ!? それをいきなりこんなジャンボジェット機なんて、出来る訳ないじゃないですかー!」
「運転した事ないのかぁ……」
「そういうフェイトさんはどうなんですか!?」
「あるよ」
「え、あるんですか――」
「ゲームで」
「――うわあぁぁぁん、おかーさーーん!」

 取り乱し過ぎるネルシャであった。

「ネルシャ、落ち着け。今の状況で俺達に出来る事は?」
「ふぇ……、えっと……」

 グジグジと涙を拭きながらネルシャが小さく深呼吸する。

「管制塔に連絡して、指示を仰ぐとか……」
「よし、それをやる」
「え……ええぇええ!?」

 いうや否や、フェイトがサイコキネシスを使って操縦士と副操縦士を操縦席から降ろし、頭につけていたヘッドセットを自分とネルシャの頭に取り付け、一足先に操縦席に座り込んだ。

「俺達で飛ばすぞ」
「……あぁ、先立つ不幸をお赦し下さい……」
「縁起でもない事言うなよ……」



 ――二人の災難は現在も進行中である。







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