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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.36 ■ 踏破と迷い






「――答えは《K》。法則は、長さの単位ミリメートル、センチメートル、メートル、そしてキロメートルのKです」

 淀みなく淡々と答えた美香の言葉に、僅かに生まれた静寂。それはまるでクイズ番組のワンシーンであるかの様な間である。

 思考はその間に揺らぐ。
 もしかしたら、違った答えもあったのではないだろうか。
 そんな疑問が、淀みなく答えた自身の答えを間違いだったのではないかと揺るがす。

 ――それでも、美香は小さく頭を振ってモニターを見つめた。

 間違いだったというなら、また踏破してやれば良い。
 そんな彼女の意志の強さが、彼女の目に灯っている。

『――正解ッ!!』

 永遠とも思えた数秒後、ついに放たれた言葉に美香は「よしっ」と小さく拳に力を込めた。

『……ねぇ、美香?』
「……言わないで。悪ノリしてるって自分でも解ってる、から……」
『……そ』

 ユリカに皆まで云われる前に、あえて自分で口にしながら美香は徐々に我に返っていくのであった。






―――
――







「……予想以上の早さ、ですね」
「私の勝ち、で良いのかな?」

 空が夕闇に染められようとしていた、時刻はまだ十八時に差し掛かろうとしている所であった。実に、実際の所では九時間もかかっていないのだ。つまり、アイの記録を三〇分程度は抜いた、という事になる。

「いやー、見事だったねぇ」
「まったく、予想外過ぎるで、ホンマに」

 突如背後から聞こえてきた声に、美香が振り返る。

「え……?」
「あぁ、楽にしてくれへん? うちら、手ぇ組んだんや」
「……え……」
「そういう事なんだよねぇ」
「……えぇえぇえ!!?」

 招かれるはずがないと思っていた相手が自室で憂と共にいるこの突然の状況に、美香は思わず柄にもない大声を漏らすのであった。





 憂とアイの中で執り行われた話し合いの内容を憂から説明されている最中、ちらりとアイに視線を移した美香は、何処からか用意したチェスをアンジェリータと共に勝負している様であった。

「――それじゃあ、『七天の神託』はもう以前から虚無の境界に操られていた、という事ですか?」
「そうなるね。つまり虚無の境界と手を組んでいるのはIO2そのものじゃなくて、IO2の頭脳とも呼べる『七天の神託』達自身だったって事だねぇ」

 今まで敵の本拠地だと思っていたIO2内部。しかし蓋を開けてみれば、敵と呼べるのはそれらの上層部のみであり、『七天の神託』と巫浄霧絵の結託こそが敵であったという事になるのである。
 敵の全体像がようやく明るみになった事に対して安堵するかの様に表情を緩ませた美香であったが、そんな美香に向かってアイが口を開いた。

「IO2そのものが敵っちゅー状況よりも、厄介な事やで」

 長考するアンジェリータに痺れを切らしたのか、アイが背もたれに身体を預けながら美香へと告げた。

「どういう事……?」

「あんの老害共はIO2の頭や。それこそ、うちら“異能の子供達”を作っても管理下におけるだけの手札は持ってるんや。こないな状況で、IO2は敵ではなくなったかもしれへんけど、味方には成り得へん。

 それはうちらの監視も含まれてるやろうな。

 ただこんな状況やからこそ、うちらは自分らと接触出来たっちゅーんも事実なんや。今は表立って敵対関係。それでも裏では協力しようってこっちゃ。ここまでは解るやろ?」

 アイの言葉に美香が頷くと、アイは美香の腰かけていたソファーに勢い良く座り込み、その小さな身体に似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべて美香を見つめる。

「せやから、これからうちらは派手にぶつかり合わなあかん。敵対関係やっちゅー事をもう一度改めて見せつけるんや。その上で、うちは本気で自分らを捕らえようと演出する。その意味も解るやろ?」

 再び頷いた美香に、アイはクツクツとこみ上げて来る笑みを噛み殺しもせずに美香へと続ける。

「せやったら、自分らは何をするべきや?」

 それは、箱庭を自分よりも短い時間で踏破した美香に対するアイのテストである。

 美香は思考を巡らせる。
 『七天の神託』はアイ達――“異能の子供達”を心情的には敵に回している。しかしアイ達はそんな彼らに逆らえない規制がかけられている。それは憂から聞いた話であった。
 虚無の境界とIO2を止めるには、どちらかの勢力を無力化し、巫浄霧絵の計画を頓挫させる事が一番手っ取り早いだろう事は明白である。

 ――では、どちらを無力化するべきか。それは明白な問題であった。

 今、虚無の境界に実質立ち向かっているのは百合や武彦、それに翔馬やスノーと自分達であり、その戦力の圧倒的な少なさは明らかである。
 ならば、IO2の中に味方がいる状況を最大限利用し、こちらの牙城を切り崩すのが先決である事は明白であった。

 だからこそ、美香は再び思考を巡らせる。

 “異能の子供達”とは、アイを筆頭にしたアンジェリータを含む数名の構成員によって築かれた組織であり、そんな彼女達を自由にすれば、対『七天の神託』も対『虚無の境界』も構図としては成り立つ。

 先んじて手を打つのであれば、『七天の神託』への急襲と、“異能の子供達”の解放。これこそが解決へのチェックメイトへと繋がるだろう。

 それらの答えを導き出すだろう事を信じたアイは、美香の次の言葉が自分の計算と違わぬ事を知っている。だからこそ、僅かな時間の中で考えを纏めた美香に、アイは告げる。

「“そういう事や”。うちらの本気は、必ず僅かな綻びを作っておく。そこを突いてうまい事老害共を騙し、うちらの手を掻い潜るんや」

 美香の行き着いた答えを、アイはわざわざ訊くまでもない。
 それは、自分と同じラインに立つと認めたが故であり、自分が有能であると自負してるが故である。
 ここにいるアイ、美香、憂は常人では比較にならない程の頭の回転の良さを誇っているのだ。

 ちなみに、アンジェリータは今もまだチェス盤を前に長考している。

「下準備はこっちでやったる。頼むから失望させへんでくれな。ほら、行くで」
「……私の負け」
「当たり前や。もう何処に動いても詰んどるんやからな」
「……あとでもう一回勝負」
「お断りや」

 突然の来訪者とのやり取りに、美香自身も僅かに身を走った震えに身体をギュッと抱きしめる。

 ――武者震いだ。

 ここまでの信頼を寄せられた。そして、ようやく見えてきた糸口。それらを前にして、どうして平然としていられようか。

 美香は笑う。
 今まさに、全ての解決への糸口が見えて来たのだ、と。




◆◇◆◇◆◇





 一方、美香の部屋を後にしたアイもまた、その獰猛な笑みを噛み殺せずにはいられなかった。

 ――ずっと待っていた存在。それが美香の存在であった。

 『七天の神託』と敵対しつつ、かつ自分が信用出来る程の頭のキレを持ち、外部に味方を備えている存在。その全てが、アイが待ち望んでいた、まさに“最高”のパートナーの存在であった。

「アンジェ、うちらもそろそろゲームクリアせなあかんな」
「ゲーム……?」

 共に歩いているアンジェリータに向かって、相変わらずの笑みを浮かべたまま、アイは軽快な足取りのままそう告げた。

「せや。うちらをずっと囚えとった“箱庭”は、もうすぐ壊れるんや」

 それは、自らの命を握られている自分達の念願である。
 今回の騒動が終われば、アイ達は自分達を取り囲う偽りの“箱庭”からの脱却が可能となるのだ。

 ――いつまでも望んでいた自由。

 ――いつからか諦めていた自由。

 それが初めて眼前に一縷の望みとなって現れたのだ。これを笑わずして見ている事など出来ない。

「その為に、これからが本番や……」





◆◆◆◆◆◆






 一方、虚無の境界の侵略は本格的な物へと変革しようとしていた。

「東京の主要部全てを、襲うわ」

 盟主たる霧絵から放たれたその言葉は、これまで影で動いてきた虚無の境界の幹部達に突き付けられた。
 ある者は歓喜し、ある者は多いに笑う。そしてある者は迫り来る待望に、天を仰ぎながら涙を零した。

「既に下準備は整ったわ。IO2のご老人方も、これさえ済めば後は用無しね……」

 月下の廃墟でクスっと笑みを孕んだ霧絵の言葉に、周囲の者達は雄々しく声を荒げた。



 ――次第に局面は、最終段階へと駒を進めているのであった。







to be countinued....





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いつもご依頼有難うございます、白神 伶司です。

『箱庭』は少々強制的な終了となりましたが、
ついに舞台は終盤へと進もうという所に入りました。

これから先、百合や武彦達と“異能の子供達”。
そして美香さん達の行動が一斉に動き出す予定です。

お楽しみ頂ければ幸いです。

続いて頂きました新連載の方も、お届けさせて頂きます。
今後とも宜しくお願いいたします。

白神 伶司