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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.0 ■ 泡姫、美紀






 “飛鳥さん”。
 それが、私を雨の振るビルの屋上で拾ってくれた人の名前だそうだ。とは言っても、これは所謂源氏名でしかなく、私も本名は知らない。知る必要がないのだ。

 お水の世界でもそうであった様に、私達は源氏名で呼び合い、親しくなる。お水の世界はどちらかと言うと陰湿だそうだが、こちらの世界は随分とあっさりとしたものだそうだ。
 例えば、指名という制度があり、売上を競い合うのがお水の世界の常識。それはそれぞれのお客様から指名をもらう事で初めて成果としてあげられる。その為、擬似恋愛を楽しみたいお客様には擬似の恋を。会話を楽しみたいお客様にはトークスキルを、といった具合に様々なスキルが求められる部分も多い。
 私はどちらかと言えば騙す様な会話は苦手で、あまりお世辞もうまくなかった。それでも半年間のお水の世界での経験は、私の価値観を色々と変えるには十分な時間だったと思う。

 飛鳥さんは私に言い放った。

「キャバクラは言葉のやり取りで気持ちを腐らせる。私の偏見だけど。でもここは、お金で解決した関係だけを求めるわ。私達はお金。お客は性欲の処理だけを求めて、ね」

 それはきっと、飛鳥さんが今まで見てきた現実が導き出した、彼女なりの現実なのだろう。

 私に声をかけてくれた飛鳥さんが経営しているこのお店は、いわゆるソープランドであってお金を貰い、お客様を満足させるのが仕事だそうだ。
 身体を見せるという事に忌避感はあったものの、これは仕事なのだと割り切る様に言われた。研修という名目の下、会ったばかりの男性を前に肌を顕にするという事に慣れるまで、私はどうしようもなく恥ずかしかったのだ。





◆◇◆◇◆◇





 美香が“美紀”としてこの業界に飛び込み、一週間程が経過しようとしていた。
 待機している女の子達をマジックミラー越しに眺める飛鳥の店では、女の子は皆一様に制服を着用している。
 黒いハイレグタイプのレオタードに、黒地のタイツ。頭につけたカチューシャの様なヘアバンドからは造り物の兎耳が伸びている。言うなればバニーガール姿である。

 一時の夢を買う。そんな言葉が似合うこの業界では、そんな非現実的――否、妄想的な格好をしている方が良い。待機している女性はあくまでも一時の夢の十人。私生活に踏み込まれる事はほぼないと言える。

 だからこそ、こうした派手な制服が好まれるのだろう。

(……あの子、化けるわね……)

 待機している女の子達の中、隅に座った初心な少女――美香を見つめていた飛鳥は心の中で独りごちる。
 元々店の中にいた女の子達は、どちらかと言えば自分を派手に見せる為に化粧を施し、髪を染め、自分を飾りたがる。しかしそういった女の子は、“売れてもタカが知れる”というのがこの業界の常識である。
 確かに化粧をした派手派手しい女の子は、引き連れたがる人もいるだろう。特に見栄ばかりを求める二十代の若者は、そういった女の子に惚れ易い。こういう業界に遊びに来る男は、逆に言えばそれなりにナルシストなのだと飛鳥の経験が語る。

(素材が良く、何よりすれていない女の子。本当にお金を持った男は、そういう女の子を可愛がる事を好むのよね)

 ――もしくは自分の様に、この業界を知り尽くしている人間も、か。

 そう付け加えた飛鳥は小さく笑った。
 飛鳥が経営するこのお店は、いわゆる歩合制ではない。こういったピンク業界では、客についたその%が女の子に給与として払われる事も多いのだが、それでは女の子の暮らしも、質の良い店も維持出来ないと飛鳥は感じている。
 だからこそ、高級志向にこだわり、女の子達には待機時間も仕事なのだと教育出来る。とは言え、待機時間中はわざとだらしない格好をして客を扇情するのも、キッチリと座って自分をアピールするのも自由である。





 一週間の研修を終えた美香は、最初の頃に感じた肌を見せる忌避感からは既に脱却していた。仕事だと割り切れ、“美紀”になりきれ。そう自分に言い聞かせながら、美香は“美紀”という一人の泡姫を演じるのだ。

 初めてプロとしてこの場所に座り、これから客に対峙する。そんな緊張感を前に美香は高鳴る心臓を抑える様に胸元でキュッと手を握りしめた。
 そんな折、待機所の扉が開かれた。

「美紀ちゃん、ご指名よ」
「え……?」

 中へと入ってきた飛鳥が美香へと告げた唐突な言葉。そして何より、周囲に待機していた女の子達も、わざわざ飛鳥が美香を連れに来た事に驚いている。
 本来、こうして中に女の子を呼びに来るのはスタッフである男性が行う仕事だ。それを飛鳥が行うという事は、その客は飛鳥が懇意にしているお客である事は間違いない。
 慌てて立ち上がってついて行こうとしている美香にはそんな事は知るべくもないが、美香の先輩達に当たる周囲の女の子がそれに気付かない筈がない。

「初指名、初接客だね。頑張ってね」
「え……、あ、有難う御座います」

 お水の世界では上辺からそんな声をかけられる事もあったが、どうやらここにいる女の子達は違う様で、美香に対して笑顔を向けてそう告げていた。

 美香はこの時は知るべくもないが、ここに在籍している女の子達は、飛鳥の店でくだらないいがみ合いをする事をタブーとしている。それは偏に、飛鳥に対して恩を感じている女の子が多いという事もあるのだが、彼女達は同系列の店から移籍してきたプロフェッショナルばかりであるからだ。
 自分に自信を持ち、懇意にしている多数の客がいる。くだらないプライドを優先しようとはしないのであった。

 この意味を美香が知るのは、もう少し後の事であった。

「緊張してる?」
「はい、ちょっと……」

 飛鳥の後ろをついて歩く美香。店内は少しばかり大きな音量でジャズのピアノミュージックが鳴り響いている。こういった店ではユーロビートなどが用いられる事が多いそうだが、飛鳥はあの音楽を「喧しい」と一蹴し、高級志向のこの店には似つかわしくないと考えている。

 飛鳥が構えるこの店は、雑居ビルの最上階とその下の階をフロアごと借りきっている。そして内装は落ち着いていて、高級感あふれる柔らかな色合いの照明と、シックな色合いの色調で統一されている。それぞれの部屋も監視カメラがついていて、おかしな真似をしようとする輩はいない。というのもダミーの監視カメラではあるのだが、それだけでも十分な抑止力にはなるのである。

 長い通路を歩いている最中、飛鳥が足を止めた。

「美紀ちゃん。貴女は今から、一人の泡姫になるの。その身体を使ってお客様に時間を買ってもらったお礼に、夢へと誘うって所ね。それは解るわね?」
「はい、頑張りま――」
「――そうじゃないわ。貴女もまた、一人の泡姫という夢の時間に足を踏み入れるのよ」
「私も……?」
「えぇ、そうよ。今から会うお客様は、私が懇意にしているお客様だから。色々教えてもらいなさいな」
「……はい。胸をお借りします」

 そう告げた美香を見つめながら、飛鳥は笑みを浮かべた。これから美香が会う客は、飛鳥が懇意にしてくれている上に、飛鳥が店を続けられる背景を作ってくれている存在。危険な暴力系の集団ではなく、本当の意味での権力者の一角である。



 ――こうして美香の、泡姫としての日々が始まろうとしていたのであった。








to be countinued...




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ご依頼有難うございます、白神 伶司です。

さて、始まりました“奮闘編”。
まずはキリ良くプロローグとして始まりを書かせて頂きました。
今回は忘却の手鏡から繋がる序章部分ですね。

これから様々な紆余曲折を経て成長していく物語を
描いていければと思っております。

お水・風俗業に携わっていた知人からも話を聞いたので
背景描写も深くお伝え出来ればと思います。

それでは、続いてのお話も追ってお届けしたいと思います。

白神 伶司