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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.1 ■ 美香の日常






「お先に失礼します、お疲れ様でしたー」
「おつかれー」
「美紀ちゃん、メールしてね!」
「はーい」

 ただ純粋に夜の仕事をしていた頃は、今頃出勤前の時間を慌ただしく過ごしていただろう時間に美香は仕事を終えていた。
 飛鳥の経営するソープランド『RabbiTail』というこの店は、基本的には昼の12時から夜の0時までしか営業を行わない。早番と呼ばれる昼の12時から夕方の6時までの勤務を終えた美香は、この日も数名のお客と共に夢の世界に足を踏み入れた。

(思ったより身体を使う方が少ないっていうのも不思議……)

 この一ヶ月の間に指名をもらった客は、どのお客も身体を求めない。僅かなマッサージや、世間話ばかりを楽しむ様なお客が多い。
 敷居の高い高級ソープランドとして名を馳せている『RabbiTail』という飛鳥の店には、無理に本番を要求してくる様なチープな客も来なければ、若さ故に付き合いを申し出す男もいない。昼から営業していれば本来営業不振にも陥りかねない業界でありながら、その実は飛鳥の顔の広さから、昼からでも混むのだ。
 僅かな時間を買う。そんな真似が出来る客だからこそ、そこに欲をぶつけようとする者も少ないのは事実であるが、その分女の子――キャスト達の知識や態度は要求される様である。

 ――そんな美香が驚かされたのが、飛鳥から手渡された給与袋の分厚さである。

 夜の商売の時は衣装や化粧品など、自分を着飾る為に費やさなければいけなかった給与であったが、この商売にそれは要求されない。つまり、必要経費と割り切って出費しなくてはいけなかったお水の時代とは訳が違うのだ。

 普段はあまり派手な服を好まない美香にとって、あの無駄とも言える着飾りぶりは要求されない。服を着て髪型を変えていれば、周囲の人間は美香を『RabbiTailの美紀』だとは思わない程である。とは言っても素材の良さは変わらないので、何かと注目を浴びる美香なのではあるが、本人はそれに一切気付いていない。

 寮として一時的に借りた仮住まいから引っ越すには十分過ぎる程のお金を稼げた事に、美香は喜びを通り越して驚きしか感じていない。そんな美香がコンビニでお弁当を買い、自分の部屋に戻って早速手に取ったのは就職情報誌であった。

「……はぁ……」

 やはり、と言うべきだろうが美香はため息を漏らした。

 飛鳥に拾われ、この業界に飛び込んだ。それに対しては後悔などしていないし、もちろん嫌な事はない。最初はその抵抗もあったものの、最近ではある程度のスタンスが決まり、飛鳥の店でも自分なりの『美紀』でいられる。

 それでも将来への不安が残るのは、当たり前と言えるだろう。

 飛鳥の様に、様々な分野にコネクションを持ち、若干三〇歳にして店を築ける者なんて限りある人間だろう。その上、彼女は店以外にも他の風俗店に対してコンサルティングを手がけているそうである。
 風俗嬢からの成り上がりというには、些か大きすぎる舞台で活躍する人物であったのだ。もちろんこれらは、飛鳥を懇意にしているという初めてのお客から聞かされた話であった。

 父からは縁を切られ、美香は既に孤独であった。借金の百万という額は明らかにおかしな利息をふっかけられ、今では十倍にまで膨れ上がろうとしていた。もちろんこれは、お水の業界にいた時などにも滞った返済分が関係していたのだが。
 違法である事は間違いないが、ここで泣き寝入りするというのは些か自分に対して甘くなってしまうのではないか。明らかに間違った考えの基準ではあるものの、美香は自分の矜持を守ると決めている。これは、家を飛び出した自分への戒めなのだ、と。
 美談の様に締めくくろうにも愚かな決断であり、決して賢いやり方でない事は美香自身も理解している。

 そんな彼女だが、いずれは社会復帰してやろうと考えているのも事実だ。
 温かくなったコンビニ弁当を目の前にしながら、就職情報誌を見てため息を吐いたのは、その給与面と労働力のバランスが明らかに自分の今とはかけ離れているものであるからだ。

「大学中退だけど、良いトコ18万から20万って所……。私の今月のお給料は63……。借金の一部返済して生活するのに最低でも35は欲しい所……。無理、かなぁ」

 ちなみに美香の口にした35という数字は、20を借金返済に当てるという意味である。一般的な給与では最低ラインの返済分にすら届いていないというのが現実である。

 そもそも、最初の一ヶ月で60を超える売上を叩きだした美香に対して、さすがに飛鳥でさえも驚いたものであったのだが、それを美香が知るべくもない。

「……うん、まだまだ始まったばかりだもんね。がんばろ……!」






◆◇◆◇◆◇






「……成る程ねぇ。これがあの子が堕ちてきた原因って訳ね」

 雑居ビルの一室で、とある女性が呟いた。口に咥えていた女性特有の細い煙草からは紫煙が舞い上がり、天井へと上っていく。質素な服装に見えるが、上質な素材によって仕上げられたその服は、やはり上流階級にいるべき人間特有のものだと、対峙する男は僅かに洞察力を発揮した。
 そんな女性――飛鳥は、対峙する男の情報把握能力に内心では管を巻いていた。

 眼鏡をかけた、どこか冴えない雰囲気を放つ男。飛鳥と同じく煙草から紫煙を巻き上げたその男は、飛鳥の客から紹介されたとある私立探偵である。

 自殺をしようとしていた少女――つまりは美香の過去を探ったのは、どこかきな臭い陰湿な仕組みが仕込まれている様な、そんな飛鳥の勘から、懇意の客に紹介された探偵を使い、少々藪を突いてみたつもりであったが、ここまで正確な情報を持ちだしてくるとは思わなかったというのが飛鳥の本音であった。

 『怪奇ノ類、禁止!!』と書いてある張り紙を見た飛鳥の感想としては、「この探偵、本当に大丈夫?」という印象であったが、どうやら定評通りの実力であった様だ。

 向かい合った探偵――草間 武彦と言う男は、飛鳥が書類から顔を上げた事に気付き、口を開いた。

「その“霜月”って男は恐らく、『ベリアスコーポレーション』とかいう会社の裏仕事を一手に引き受けている闇ブローカーだろうな。そいつの情報は俺も耳にした事はあるが、今回の依頼にそいつの調査は含まれてなかったんでな」
「えぇ、結構よ。何か裏があるんじゃないかと思ってただけだから」
「女の勘、ってヤツか?」

 武彦の言葉に、飛鳥は小さく口角を吊り上げてそれを否定した。

「いいえ……。経営者の直感、かしら」
「なるほど。そいつは確かに、大事にするべきだろうな」

 どこか楽しげに飛鳥の言葉に納得した武彦であった。

「それで、どうするんだ?」
「どうする、って?」

 武彦の質問に飛鳥は口を開いた。

「アンタが依頼してきた、その深沢美香って女の事だよ。その気になれば、その娘が抱えてる借金を一瞬で消せるぜ?」

 武彦が言った言葉は、ただのハッタリでも背伸びをした格好をつける言葉でもない。
 そもそも『ベリアスコーポレーション』は敵が多く、失脚を狙おうとしている者も多い。これは武彦が、美香の事を飛鳥から依頼されて調べている内に出て来た情報だ。

 しかしながら、飛鳥は首を横に振った。

「あの子がどうしようもない状況なら、お願いするかもね」
「……素知らぬ顔して過ごす、ってのか?」

 武彦にとって飛鳥の印象は、美香という新人を想っている良い上司といった印象である。だからこそ、その飛鳥の答えに武彦は少々困惑した。潰す方向で動くだろう、と踏んでいた武彦の男の勘ならぬ探偵の勘は、外れたと言う訳だ。そもそもそれがいつも当たるのであれば、古臭い雑居ビルに事務所を構える事もなかっただろうが。

「あの子は自分の足で立って、世界を見ようとしているわ。それを私が先回りして救ったとしても、あの子はきっと強くはならないでしょうね。
 だから私は、あの子の裏側を知った上で、知らないフリをするのよ。そしてたまに助言してあげる。自分の足で歩ける様に、ね」

 その言葉は優しさなのか、はたまた厳しさなのか。
 ただ武彦には、その両方を感じ取れた様な気すらする印象を受けた。夜の蝶という言葉よりも、女王蜂か何かに例えるべきだと感じる程に深い包容力と、兼ね備えられた毒針の様な獰猛さ。

 ――なるほど、こいつは大物だ。

 武彦は素直に心の中からそう賛辞を送るのであった。









to be countinued...





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ご依頼有難うございます、白神 伶司です。

第一話という事で、今はまだ序章から始まったばかりになりますが、
0から続けてお読み頂ければと思います。

今後美香がどの様に成長していくのか、
『虚無編』の方とはまた違った物語を作れればと思います。

せっかくなので、武彦の登場もしてみましたw
お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願いいたします。

白神 伶司