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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.19 ■ 因縁に決着を







 大都会東京。
 馨のいた研究施設のある島からクルーザーで脱出後、武彦と凛、そして勇太は東京湾から本島へと上陸した。
 本来であれば人目につき、そんな強行手段は取れないだろう。しかしながら、それはあくまでも平時の話である。

「……ッ」
「酷い……」

 遠目に見えた本島の観光名所として名高い大きな橋と、その先にある球体を模した造りのあるテレビ局。

 ――そして、立ち上る黒煙。

 戦場の光景を発信している写真を、なんとなしに見た事がある程度である勇太や凛は、自分達の知っている有名な観光スポットが、今正にそれらと同じ様に荒れ果てている姿を見て、思わず苦虫を噛み潰した様に顔を顰めたのであった。

「生き残っている方がいるかもしれません……」
「いや、IO2がこの辺りの住民は避難させたそうだ」
「そうなの?」
「あぁ。馨の所から鬼鮫に連絡して、状況は聞いている」
「状況?」

 凛と勇太の問いに、武彦は頷いて答えた。

「活発化した虚無の境界の動きに合わせて、警察庁と政府はIO2の指揮下に入った。
 現在はどうやら、一般市民を地下のシェルターに避難させ、対策を練っているらしいが、今の所まともな反撃は行えていないらしい」

「そんなに危険な状態なんですか?」

「東京の主要部は既に戦場だ。
 以前俺達が対峙した時と同じ様な魑魅魍魎どもだけじゃないらしくてな。どうやら虚無の境界に同調している能力者共が暴れ回ってるらしい。

 ――が、それだけじゃないみたいだ。

 今までIO2が管理下におけなかった野放しになっていた能力者達が動いているせいで、IO2もそれらが敵か味方かの見極めが難しい状況になっているらしい。

 一般人を助ける能力者と狩る能力者。そんな在野の連中がそれぞれ、組織に関係なく動いてやがるんだとよ。
 詰まる所、混乱をきたしたIO2は一度戦線を引き、情報を収集し分析しているそうだ」

「面倒だね……。せめて味方になってくれる人達だけでも、IO2と協力してくれれば楽になるかもしれないのに」

「そいつは無理だろうな。
 IO2ってのは能力者を積極的に引き込もうとはしてきたが、その過激なやり口のせいで敵だと認識された事もある。

 それは勇太、お前も昔はそうだっただろ?」

 武彦の言葉に、勇太は数年前の騒動を思い出す。
 確かに最初は武彦や鬼鮫を敵だと認識した事もある。過激なやり口と武彦が称したのは、鬼鮫と初めて対峙した時の勇太への攻撃などを考えれば容易に想像出来るだろう。

「……確かに、ね」
「それじゃあ、どうするんですか?」

 凛の問いかけに、武彦が海上でクルーザーを停め、煙草に火を点けて携帯電話を操作する。

「勇太、IO2と合流する。お前にとってはあまり良い印象はないかもしれないが――」
「――解ってる。大丈夫だよ」

 危惧する武彦の言葉を遮った勇太は、真剣な眼差しで武彦に向かって告げた。

 楓の暴走とも言える行為のせいで、勇太も凛もIO2には多少なりとも不審感を抱いている。それを気遣った武彦であったが、どうやらそれが杞憂であったのだと勇太を見て悟らされた。

「……ったく、成長してるな。中身は」
「背だって伸びてるんだからねっ!?」

 武彦の言葉にシリアスさを失ったツッコミを入れた、ちょっと気にしてる多感なお年頃の勇太であった。





◆◇◆◇◆◇





 ――IO2、東京本部。
 幸い、東京の中でも山間部に近い場所に位置している東京本部は虚無の境界の攻撃や侵略を受けておらず、作戦を展開すべく戦力が結集し、今回の虚無の境界との大規模な戦闘の対策本部が設けられていた。

「凛!」
「エスト様!」

 武彦達一行の到着を出迎えたのはエストと鬼鮫の二人であった。凛を見て駆け寄ったエストが凛を抱き締め、頭を撫でる。その後ろから、鬼鮫がゆっくりと武彦と勇太のもとへと歩み寄った。

「……どうやら、怪我はもう良いみたいだな」
「うん」

 相変わらずのサングラス越しではあるが、鬼鮫は鬼鮫なりに勇太の容態を心配していた様であったらしく、勇太の頭に乱暴に手を置き、ぐしゃぐしゃっと撫でてみせた。

「鬼鮫、状況に変化はないか?」
「あぁ、その事でお前と俺。それにエストに招集がかかってる。作戦会議だそうだ」
「分かった。勇太、そういう訳だから俺達はそっちに顔を出す」
「ん、分かった。待ってる間、どっか人のいない訓練部屋みたいな所って借りれるかな? ちょっと身体がしっかり動くか試したいんだよね」
「あぁ、それなら案内させるぞ」
「エスト様。私も勇太と一緒に行ってきます」
「えぇ。積もる話もありますが、まずはこの災厄を取り除いてから、ですね」
「はい」






◆◆◆◆◆◆◆






「……驚いた。アンタがここに来るなんて」
「……それはこっちのセリフよ、ユリ。未だにおめおめと生に縋っているなんてね。それとも、この場所には命の終わりをここで迎える為に来ていたのかしら?」

 閑散とした山間にひっそりと佇んだ、今では廃墟となってしまった場所。
 百合がかつて、家族とも呼べる人々をあっさりと殺された忌まわしい場所だ。

 新たな一歩を踏み出すべく訪れていた百合は、エヴァの挑発に小さく笑みを浮かべ、エヴァへと振り返った。

「ねぇ、エヴァ。アンタはあの盟主と一緒に世界を終わらせようと考えているのよね?」
「そうよ。この腐った世界を虚無へと還し、全てを終わらせる為に」
「……哀れな野望、よね」

 百合の小さく囁く様な言葉に、エヴァは僅かに顔を顰めた。

 ――この短期間で、一体何があった?

 エヴァはつい先日までの様子とは全く違う百合の様子を見て、その疑問が真っ先に脳裏に浮かんだ。

(余裕、じゃないわね……。諦め?)

 推察するエヴァに構う事もなく、百合は廃墟となった孤児院を見つめていた。

「世界を終わらせる。終わらせてやりたい。私もかつてはアンタと同じ様に、そう叫んでいた。でも、その先には何があるのかしらね」
「何もありはしないわ。それで十分よ」
「だから哀れだと、私は言ったのよ」

 振り返った百合の目は、真っ直ぐエヴァの身体を射抜く様に向けられた。

「アンタは私を失敗作だと言ったけど、私はそれで良かったと本当に心からそう思ってるわ。じゃなかったら、アイツと一緒に苦しんだり、アイツと同じ様に生きる事を選ぼうとは思わなかった」

 ――百合は続ける。

「アンタと違って、私はそうして前を向ける。未来を見つめる事が出来る。現実を認めずに、ただ拒む様に世界を拒絶し、虚無へと還そうとするアンタは、かつての“アタシ”と一緒よね」
「……気に入らないわね」
「そうでしょうね。私も“アタシ”だった頃は、そういう意見が気に入らなかったわ。だけど、アイツはそれでも“アタシ”に手を差し伸べようとした。だから、“私”は変わらなくちゃいけないの」
「詭弁はそれぐらいにしてもらおうかしら、ユリ。変わろうとしても、ここで死ぬユーにはそれは無理よ」

 エヴァが霊子を取り込み、大鎌として具現化しながら百合に向かってそう告げる。

「どうかしらね?」

 そして百合は、そんなエヴァの様子を微動だにせずに真っ直ぐ見つめていた。

 ――どうしてこんなに、余裕でいられる?

 かつて訓練の中で何度も戦い、全て百合に勝ってきたエヴァには百合の余裕が釈然としなかった。
 本来であれば、自分が何度も負けた相手には一種の「勝てない」という心理的負担がのしかかる。身体が緊張し、本来の実力を発揮する事すら難しくなるというものだ。

 しかし、今の百合からはそれを感じる事はない。

 だからこそ、エヴァは百合の姿を見て困惑していた。
 それでも過去の勝利が、エヴァを後押しする。

 弾ける様に飛び出したエヴァは、その華奢な体躯にはおおよそ似つかわしくない黒い鎌を身体と一緒に回転させ、百合へと振るう。

「――ッ!?」

 一回転しながら遠心力を乗せた大鎌が虚空を切る。寸前までそこにいた百合の姿がなかったのだ。

 ――直後に首筋にチリっと走った強烈な悪寒。それとほぼ同時に響き渡った銃声に、エヴァは身体を捻って横へと飛び、着地して構えた。

「さすがね」
「…………ッ」

 百合の能力として与えられていた、“空間接続”の能力。勇太の転移には及ばない性能であり、発動までは本来、僅かなタイムラグが発生する。
 にも関わらず、エヴァの一瞬のスピードについて行けるだけの動きを見せた百合。

 ――今までの百合の、乱暴な戦い方とは違う。

 力に任せ、暴れる様に戦ってきた百合の動きとは違う事に、エヴァの困惑は更に深く、淀む。
 対する百合は、まるで水面の様に静かだ。戦っている最中とは思えない程の冷静さ。そして、憎しみを抱かれたも良いはずの自分をまるで興味がないかの様にあしらっていると言うのだ。

 そんな現実、エヴァは認める訳にはいかなかった。

「失敗作風情が……ッ! 何を、何を余裕ぶって――!」

 ――吼えるエヴァの頬を、銃弾が掠める。

「――……な、何をした、の……?」
「“空間接続”は、アイツの能力と違って部分的な接続を可能にする。つまり、アンタは何処からでも狙えるって事。単純な仕掛けだけど、避けれるかしら?」

 百合がスッと取り出した、三寸釘の様な鋭利な針。それを投げつける。
 慌てて横へと逸れたエヴァを見て、百合が小さく口を開いた。

「“接続《コネクト》”」

 突如自身の飛んだ先に現れた針が、エヴァの肩を射抜く。
 予期していない位置からの攻撃。それがエヴァには読めるはずもない。

「今までの“アタシ”は、アイツの力に頼って戦ってきた。それこそ、アイツ程の力量があった訳でもないのに、ね。圧倒的な攻撃力や機動力は、確かにアイツの方が上よ。だけどね……――」

 不意に投げられた三寸釘の様な針が三本。それが宙に消え、再びエヴァの死角となっていた左後方上部から肩と膝、そして鎌を握っていた手の甲に向かって飛来する。
 瞬時に横へ飛んだエヴァのふくらはぎを掠める釘に顔を顰めながら、自分の立っていた場所に刺さった“二本”の釘を見つめ、エヴァの顔から血の気が引いた。

 ――あと一本は何処に……!?

 そんな疑問と同時に、鎌を握っていた手の甲に感じる激痛に、エヴァは小さく悲鳴をあげた。避けたはずの攻撃が、何故ここに当たるというのか。エヴァの思考は掻き乱される。
 激痛と共に巡らせた思考が、ある一つの答えを導き出す。

「まさか……」
「“空間接続”はね、エヴァ。綿密な軌道計算がないと攻撃には向かないの。だから私は、冷徹になる。何処によけても、推進力を失っていないなら更に“接続”して獲物を仕留めれば良いのよ」

 ぞわり、と走った悪寒にエヴァは冷や汗を流した。

 ――まずい。拙すぎる能力だ。

 エヴァの焦りを察したかの様に、百合は小さく笑い、さらに両手に四本ずつの釘を握り締める。

「これ以上やるなら、容赦はしないわ」







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