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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


待ち続けた声






「――応答願います! 機体番号は不明! こちら、IO2イギリス支部所属エージェント“ネルシャ”。管制塔、応答を願います」

 ネルシャが管制塔に向かって指示を仰ごうと声を張り上げ続けている。顔色は青白く、今にも気を失ってしまいそうな程に弱々しい。
 それでも自分を鼓舞するかの様に張り上げた声に、フェイトは静かにネルシャの肩に手を置いた。

 突然のフェイトの行動にネルシャが身体をビクッと震わせ、フェイトへと振り返った。

「そんなに焦る事ないだろ? 幸い自動運転になってるみたいだ。今は指示を仰ぐだけで良いんだよ」
「……ふぇぇ……」
「……いや、泣かなくても……」

 くしゃっと顔を顰めて情けない声をあげたネルシャに、フェイトは苦笑を浮かべて呆れた様に乾いた笑みを浮かべた。

 フェイトは知らない。

 ネルシャは少しくせっ毛のアッシュ混じり金に近い髪の色で、それが鎖骨にかかる程度まで伸びている。顔立ちはどちらかと言えば可愛らしい少女の様な顔をしている為、服装が私服であり、ジーンズの上に淡い黄色のワンピースを着て、その上に七分丈の茶色いジャケットを羽織っている。
 服装や顔立ちから察するに、恐らく年下だろうと推測したフェイト。

 もちろん、比較対象はエルアナであるのだが。

 そんなエルアナよりも年上であり、26という些か歳の離れたネルシャを、新人エージェントの一人だと思い込んでいるフェイトである。


 ――さて、それが一体どんな事件を巻き起こすのかと言えば、であるが――


 不安げなネルシャの頭を、ヘッドセット越しにポンポンと叩き、フェイトは笑みを浮かべた。

「着陸するまでは、一蓮托生ってヤツだな。心配すんな」
「…………」

 26にもなって頭を軽く叩かれ、その上微笑んで励ましてくれる男の子。
 ネルシャにとって、フェイトは東洋人特有のベビーフェイスでありながら、この危機的状況を共にした、唯一頼れる相棒である。

 そして彼女は、現在絶賛失恋傷心中、という背景を抱いているのだ。

(……東洋人の特級エージェント……、ありなのかも……?)

 相変わらずの天然誑しぶりに、フェイトを知る人間がいれば皆揃ってため息を漏らし、フェイトに詰め寄る所だろう。

「どうした?」
「う、ううん、何でもない……です」
「……?」

 呆けていたネルシャが我に返り、慌てて前方へと視線を戻した所で、管制塔からの声が二人の耳に届いた。

『すみません、応答が遅れてしまいました。こちらはIO2東京本部別働隊、“鳳凰隊”。イギリス支部所属のエージェント、ネルシャ。聞こえますか?』






◆◇◆◇◆◇◆◇





「どうやら、機内のハイジャック班は全て制圧した模様ですね。イギリス所属エージェントのネルシャと名乗る人物から管制塔に連絡。至急取り次いで欲しいとの事です」

 成田空港、特別滑走路。そこに停車する特殊車輌の中で、凛はその報告を聞き、小さく頷いた。

「すみません、応答が遅れてしまいました。こちらはIO2東京本部別働隊、“鳳凰隊”。イギリス支部所属のエージェント、ネルシャ。聞こえますか?」

 ヘッドセット越し“新崎 香澄”に管制塔とのやり取りを任せた凛が声をかける。

『―――ッ!』
「香澄さん、イギリス訛りの英語解るかしら?」

 ネルシャの喋りは典型的なイギリス訛りの英語であり、理解が難しい。ここに来て語学を後回しにしていた凛は、その事を僅かばかりに悔やむ結果となり、香澄へと尋ねたのだが、香澄は乾いた笑みを浮かべて首を横に振った。

「帰国子女とは言え、私もスラングが酷くて……。イギリスってなると、ちょっと……」

 香澄の答えに、凛は逡巡する。
 そんな時であった。

『聞こえるか? 東京本部別働隊。日本語なら俺が話せる』
「――ッ! あなたは?」

 唐突に聞こえてきた声に、凛と香澄が驚きながらも尋ねた。

《IO2ニューヨーク本部に所属しているエージェント、フェイトだ。コードはUSANY80213。通訳は俺が引き受ける。至急、この機の状況を教えて欲しい。
 機は現在、太平洋上空を自動操縦によって航空中。操縦士は既にハイジャック班によって殺されてる》

 捲し立てる様な早い口調に、凛はスピーカースイッチを切り、その様子を見ていた香澄がフェイトの身柄を端末から検索する。

「……ッ、凛さん! これを!」
「な、何ですか、一体……!」

 画面上に映し出されたフェイトの情報。

 性別、年齢、写真は全て情報制限がかかっている。
 しかし、IO2ニューヨーク本部に所属している事は保証され、解決した事件の一覧がずらっと羅列されている。

「こ、こんな大物が乗っているっていうんですか……?」
「……信じられない」
「で、でも声は若いですよね?」

 香澄の言葉に、凛はそんな事を気にしていなかった事に気付いた。

「……こちら鳳凰隊。IO2東京本部所属、一級エージェントの護凰 凛です。エージェント・フェイト。あなたは――」
《――は……? 護凰 凛?》
「……そうですが、何か?」

 スピーカー越しに突如名前を聞き返された事に少々ムッとしながらも、凛は尋ね返した。

 特級エージェントともなれば、一級エージェントなど知らない事もあるだろう。聞いた事がない、と一蹴される可能性もある。それを見越したからこそ、凛は不機嫌そうに表情を歪めたのだ。

 そんな折、東京本部からの連絡を受け取っていた香澄が、慌てて凛に声をかけた。

「凛さん、鬼鮫さんからです!」
「……エージェント・フェイト。少々お待ちを」

 一方的にそう告げて、凛は携帯電話を手に取った。

《悪いな。せっかくの休みがとんだ大事件になったらしい》
「そんな労いの為に、電話してきたんですか?」
《そんなんじゃねぇよ。こうなったのも、アイツの体質のせいだろうしな。まぁお前には正体を教えておくべきだと思っただけだ》

 鬼鮫の物言いは、凛の中で何処か引っかかった。

 この数年、自分の直属の上司として付き合ってきた彼が、そこまでもったいぶる様な言い回しをする姿は初めて見たのだ。そんな鬼鮫が、どこか楽しげな口調でそう言うのだ。

「一体何だって言うんです? それに、今こちらと連絡してる相手はニューヨーク本部の特級エージェントです。あまり待たせる訳にはいかな――」
《――お前が迎えに行く相手はそいつだ》
「……はい?」

 凛の言葉を遮った鬼鮫が、クツクツと込み上がる笑いを噛み殺しきれていないかの様な口調で凛へと告げた。

《IO2ニューヨーク本部で活躍してる特級エージェント、フェイト。お前の相棒に、俺のアクセスコードで閲覧許可を出してある。もう一度調べろ》
「え?」
《それにアイツの事だ。そこまで身構えなくても、何とでも出来るだろ。じゃあ、後は任せた。アイツが着いたら東京本部に連れて来い》
「え、ちょっと……! 鬼鮫さ――!」

 既に電話を切られ、凛が香澄に向かって電話を渡し、鬼鮫に言われた通りに香澄にアクセスさせる。

「――ッ! 凛さん、私この人知ってます!」

 画面を見向きもせず、凛がイライラとしながらブツブツと鬼鮫に文句を呟いていると香澄が大きな声をあげた。

「4年前、虚無の境界事件の時にディテクターと共に戦って虚無の境界を制圧したと言われた少年です!」

「――え……?」

「間違いないですよ! 日本人の顔に、翡翠の様な緑色の瞳!」

 ゆっくりと、凛が画面に振り返る。

「うわ、格好良くなってるなぁー。当時の資料見て、憧れたんですよー」

 ――まさか。彼なのだろうか、と。

「でもやっぱり童顔なんですね!」

 ――そして今、凛の視界に映った、エージェント・フェイトの正体。


 IO2のニューヨーク本部への研修。その間、一切の連絡を禁止された相手。
 理由は、訓練の邪魔になる事だった。

 それでも、凛はずっと待ち続け、そして自分もいつかは背中に守られるのではなく、隣りで戦いたいと願った相手。

 自分が生き、自分の人生を変えてくれた少年が。

 ――今では青年となったその姿で、映像に映されていた。


「……ゆ……うた……」

 堰を切って流れ出した感情。
 歪む視界。

「り、凛さん……!?」
「勇太……、勇太ぁ……ッ」

 ボロボロと流れる涙。そして、そんな表情を見た事すらなかった香澄は、突然の凛の変化に戸惑い、声をあげた。

 スピーカーのスイッチに震えた指先で触れた凛は、小さく息を吸い込んだ。

「……勇太、なの?」
《おー、やっぱり凛だったのか。久しぶり》

 あまりに普通な声に、凛は顔をみるみる赤く染め上げていく。それが怒りなのか、それとも久しぶりに聞いた勇太への想いによる恥ずかしさなのか、凛にも理解出来ていない。

「……まったく、変わってないですね……」
《これでも少しは背だって大きくなったんだぞ!?》
「いいえ、そうじゃありませんよ」

 クスっと笑った凛の笑顔を見ていた香澄は、思わず唖然としていた。

 いつもキリっとした姿で仕事をこなす凛が、そんな表情をする姿を見た事などなかったのだ。
 そんな彼女が、今はまるで普段の冷たい仮面を取ったかの様な表情を浮かべ、愛しげに優しい声を出している。

 そして香澄はある噂を思い出す。

 今では一級エージェントの二人の女性が、当時ディテクターやその少年と共に、虚無の境界を打ち崩した戦いに身を置いていたのだと。

 ――“護凰 凛”。そして、“柴村 百合”。

 ただの噂ではなかったのだと、香澄は思わず息を呑んだ。

「……本当に勇太は……、相変わらず事件に巻き込まれ易いですね。鬼鮫さんの言っている通りでした」
《いやー、今回は俺のせいじゃないと思うんだけどなぁ……》

 フェイト――もとい、勇太の言葉がスピーカー越しに聞こえてくる。その度に小さく頷く凛が涙を拭っている姿を見ながら、ようやく香澄は現状に気づく。

「そ、それよりも! 着陸方法の手筈なんですが!」
《あぁ、そうだったな。指示を頼む》
「は、ハイッ!」

 せっかくの再会を邪魔された事にジトっと視線を送る凛を横目に、心の中で謝りながら香澄は次々に飛行機の指示を告げていく。

「――説明は以上です。どうですか?」




《……うん、さーっぱり解らない》




「「……え……?」」
 フェイトの声を聞き、思わず凛と香澄は情けない声をあげた。

《ま、大丈夫。ネルシャに任せるから》
「だ、大丈夫なんですか!?」
《あぁ、でも難しいってさ》
「そうなんですか!?」

 凛がフェイトに向かって訊き返す。

《だって、もうさ。成田空港の滑走路見えてきたし?》
「ね、燃料をある程度捨てるまで旋回を!」
《あー、うん。そうしたいんだけど、ネルシャがブツブツ言ってて。もう着陸態勢なんだよね》

「「えええぇぇぇ!!?」」







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