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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


宵闇の邂逅






 夕闇に包まれた街。
 高層ビルが立ち並び、スーツ姿の人々が行き交うオフィス街から少し外れた通り。駅の近くは煌びやかなまでにネオンで彩られ、様々な人々が行き交う雑踏。
 活気の溢れるそんな街も、時間が過ぎるにつれてその活気はやがて露と消え、徐々に街並みは静けさに包まれつつある。

 ――閑散としていくその街を歩く、一人の少年。

 既に時刻は丑三つ時を越え、夜の街ですら徐々に静寂に包まれようというのに、その場所を歩く少年の姿があったのだ。

 パーカーにジーンズ姿という、至ってオーソドックスなその少年の姿。しかし、そこから覗いた肌の色は、生気を失っているのではないかと思わせる程の白さ。服装だけを見ればそれが少年であると判断するのは容易いが、フードを被った所為でその顔をしっかりと把握出来る程には見えない。

 フードの隙間からは黒い髪が見えるが、それよりも印象に残るのは、その病的なまでの肌の白さと闇夜の様な黒い髪ではなく、フードの中に見えた、赤い二つの瞳だろう。

 ぎょろり、という表現が似合いそうな程に大きく開かれた瞳が動き、酒に酔った男性をその視界に捕らえると、男性は「ひ……ッ!?」と短い悲鳴を上げ、逃げる様に駆けて行く。

 そんな男性には興味などないかの様に、少年はまた歩き出すのであった。






◆◇◆◇◆◇◆◇





 繁華街を眼下に一望出来る、とある雑居ビルの屋上に姿を現した少年――夕闇・イリエはフードから顔を顕にすると、眼下のネオンに輝く街並みでも、空に浮かび雲にその姿を半分程を隠された満月を見つめるでもなく、その視線を中空に漂わせた。

 綺麗な中性的な顔立ち。
 病的な白さと赤い大きな瞳さえなければ、あるいは少年か少女かを見間違える人もいそうな程に、整った顔立ちがフードという遮蔽物から解放されて顕になっていた。

 五月の後半。
 春が訪れ、直にじめじめとした鬱陶しい雨ばかりの日々が続く梅雨が訪れる事を示しているかの様に頬を撫でた、少しばかり湿った空気。

 ――月を雲が完全にその姿を覆うと、イリエは小さくため息を漏らし、そして口を開いた。

「ここなら、誰も来ないと思うよ」

 抑揚のない声が、そんな事実を敢えて湿った風に乗せた。
 僅かの間に暗闇が支配し、再び月が姿を現すと同時に、イリエの後方には一人の少女の姿が存在していた。

 月に浮かび上げられたその少女に向かってイリエは振り返る。

 透き通る様な白い肌は、イリエと同様に血が通っていないのではないかと思えてしまう程の白さをしており、そんな肌の色と同色に近い、真っ白な髪。顎に差し掛かる程度の所で乱雑に切り揃えられた髪を風に揺らしながら、翡翠の様な緑色をした碧眼でイリエを見つめる少女。

 黒を基調にした、さながらゴシックドレスの様な服装。胸元には銀色の意匠が施された彼女は、その華奢な体躯にはおおよそ似つかわしくない大鎌を手に持ち、ズンッと重々しい音を立ててその場に着地する。

 ――明らかに普通の鎌なんかではないだろう。
 イリエはその鎌の放つ異様な雰囲気を見て、そんな事に気付いた。

 鈍い光を放った刃先とは対照的に、その美しく冷たい放射状の先には、鮫の口を彷彿とさせる様な歯が剥き出しになっている。所々に空いた穴が目にも見えるが、何よりその刃以外の形状は、まるで繊維質が剥き出しになった肉体の様にすら見える。

 一言で言うならば、それはあまりに奇怪だ。

 そんな大鎌を携えた少女は口を開こうともせず、イリエを視線で射抜いている。

《当たりやな、スノー》
「……そうね」

 少しばかり野太い声と共に大鎌の口が動き、その言葉を肯定した白い少女。歳の頃はおおよそイリエと変わらない程度といった所だろう。

「……僕にとってはどうやら外れな日、らしいね」
《ちゃうなぁ、大当たりの日や。言うても、命日っちゅー悲しい大当たりになるんやけどなぁ!》

 イリエに向かって声を荒げた大鎌。そんな大鎌に応えるかの様に少女はその場から弾ける様に飛び出し、イリエに向かって肉薄する。

「……やっぱり外れだね」

 バチィッと電気が弾ける様な音と共に、大鎌の動きが虚空で止まり、周囲に激しい火花をまき散らした。スノーと呼ばれた少女は僅かに舌打ちし、後方へと飛ぶ。

「結界、みたい」
《チィッ、面倒なやっちゃな……》
「諦めて帰らせてもらえるかな?」

 スノーに向かってそう告げながらも、イリエもまた先程の攻撃の所為で僅かながらに緊張していた。
 あの体躯からは想像がつかない動き。そして、まるで何も持っていないかの様に自然と振り下ろしてきた大鎌。

 どう考えても、イリエにとってこれは厄介な相手でしかない。

「……逃がさない」
《ハッ、自分らみたいな“闇の住人”を喰らうんがわしらの仕事やからな!》
「……闇を狩る者達。ダークハンター、だったかな」
「そういう事」

 大鎌を地面に突き刺し、斜めに柄を構えたスノーは大鎌から手を放してイリエに向かって手を翳す。

「――ヘゲル」
《おうよ!》

 スノーの言葉に呼応したかの様に鎌が青白い光を帯びる。
 直後、吹雪が吹き荒れるかの様に大鎌からイリエに向かって中空を駆ける。地面に触れると同時にそのコンクリートですら凍らせ、圧倒的な早さで襲いかかるそれを見たイリエ。

 しかしイリエは微動だにしない。

 そんなイリエの行動が実証されるかの様に、吹雪もまたイリエの眼前で何かによって阻まれたかの様に、イリエの周囲だけを避けて駆け抜けて行った。

《なんやとッ!?》
「無駄だよ。僕にそういうのは効かない」

 告げるとほぼ同時に、イリエがスノーに背を向け、数歩歩き出した。ビルの屋上から、あと一歩で身を投げ出す様な位置へと移動したイリエは、再びスノーに向かって振り返る。

「スノーさん、だったね。悪いけど、僕はまだ消えたくないんだ。だからここは一つ、逃げさせてもらうよ」
「――ッ!」

 イリエの言葉を聞いたスノーは、逃がすまいと大鎌――ヘゲルを持って再び肉薄しようと試みる。
 しかし、スノーの目の前を真っ黒で巨大な闇が覆う。

 あまりに突然の出来事に、スノーは後方へと跳び、攻撃を仕掛けてくるのかと判断し、身構える。

「――さようなら」

 イリエの声に、スノーはイリエが何故こんな真似をしたのかを理解した。

 攻撃してくるのかと思われたイリエだが、どうやら自身の姿を晦ませる為だけに闇を用いた様だ。イリエの声と同時に気配が消え、スノーの眼前を覆っていた闇が消え去り、スノーは慌ててイリエの立っていた場所へと駆け寄った。

 眼下には、相も変わらずネオンの光ばかりが溢れ、イリエの気配は何処にも見当たらない。

「……逃げられた」
《せやな……。しっかし、変わった奴やったな》

 大鎌――ヘゲルの言葉にスノーは肯定も否定もしなかったが、心の中ではそれを同意していた。

 “闇の住人”と呼ばれるイリエ達の様な存在は、人の負の感情によって生まれ、憎しみと欲望のままに人を襲い、喰らう。
 そんな彼らが、攻撃もせずにさっさと逃げるという選択を選ぶ事自体が、スノーにとっては理解に苦しいものであった。

 それでも、例え実害が生じていなくとも、スノーはダークハンターとしてイリエを追う事を決意するのであった。






◆◆◆◆◆◆◆






 
 イリエは闇の中に潜み、先程の邂逅を思い出す。
 ダークハンターと呼ばれる少女。そんな彼女との邂逅があったからこそ、イリエは自身についての想いを馳せる。

 イリエは何故自分が生まれたのか、その生い立ちというものを理解していない。
 ただ漠然と、“消えたくない”――生きたいのだという気持ちだけが胸の中に抱かれている。

 何故自分がダークハンターと呼ばれる存在を知っているのか。

 イリエは一人、その闇の中で自身に問いかけながら目的を定めるかの様に前を向いた。

(……始まりは何処だったかな)

 周囲にスノーの気配がなくなった事を確認したイリエは、そんな事を思い出しながら闇から姿を現した。

 赤い瞳は再び月に向けられた。

「……行ってみよう」

 イリエは歩き出す。
 自身がどうして生まれたのか、そして何を成そうかと迷いながら。

 奇しくも命をかけた邂逅は、ただただ彷徨うだけだったイリエに、新たな目的を与える事となったのであった。






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ご依頼有難うございます、白神 伶司です。

初めてのキャラクター・初めての依頼という形でのご依頼、
有難うございました。

今後の展開としては、まずはきっかけを与えた
プロローグとして書かせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 伶司