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<東京怪談ノベル(シングル)>


修道女様のお気に召すままに

新緑の香りが心地よく、柔らかな日差しを浴びながら瑞科はセレクトショップが多く立ち並ぶ通りを軽い足取りで散策していた。
このところの任務や通常業務に追われ、まとまった休みを取れるのは実に久しぶりで、自然と浮足立つのは言うまでもない。

「あら、こんなかわいらしい新作が出たのね」

海外の雑貨―特に北欧の品を主に扱う輸入専門店のウインドウに飾られた小さなトロールのぬいぐるみを目に留め、瑞科はしばし眺めた後、店のドアをくぐった。
店内のあちこちに品よく飾りつけられたトロールや妖精たちの置物やぬいぐるみが出迎え、テーブルには北欧の伝統的な模様の織り込まれたショールやカップが並べられていた。
自然と頬が緩み、瑞科はうれしそうにその一つ一つを覗き込み、特に気に入った品は手に取って丁寧に見定める。
中でも淡いグリーンを基調に細かい刺繍を施したストールが気に入り、うきうきとした様子で店内の奥にあるフィッティング用の鏡に立つと肩にかけてみた。
胸元にゆるいリボンを結んだ白い七分丈のブラウスに細かな花柄をプリントしたミニのプリーツスカート。足元は戦闘用とは違い、デザイン性に飛んだライトブラウンのロングブーツ。
少々合わないかな、と心配していたが、いざ合わせてみるとよく似合う。
サテンではなく生成りの布を染めていたもので、カントリー調のイメージが気に入った。

「お気に召しましたか?こちらの品は職人が一つ一つ手作りで作っているんですよ」
「あら、そうですの。でしたら、いただきますわ」

愛想よく笑う店員に瑞科は最上級の笑顔でストールを差し出した。

ありがとうございました、との声を背に受け、瑞科は紙袋を嬉しそうに抱え込んで店を出るとそのまま通りに沿って歩き出す。
一年の中で最も気持ちの良い季節の―しかも天気の良い平日ということもあってそれほど込み合っておらず、瑞科はのんびりとショーウィンドウを見てまわる。
朝顔や菖蒲、金魚に猫といった伝統的な和風の風呂敷や小物にハンカチを並べた小物店に色とりどりのビーズ類や生地を専門に扱う手芸店。
帆布でつくられた財布やバックで人気を集める雑貨店。
そういった店をただ覗いて回るだけでも自然と瑞科の心が弾む。
普段は武装審問官としての任務でやや殺伐とした空気に慣れてしまっていても、やはり女性。
気分が晴れやかになっていくのも無理はない。
しばし歩いてまわったところで、瑞科の目に飛び込んだのは落ち着いた空気のモダンな町屋作りのカフェ。
そっと覗いてみると、やや混んでいるがせわしなさはなく、外観の雰囲気そのままに落ち着いた空気の店と女性一人の入りやすさが気に入り、店のドアをくぐった。

洒落たデザートをつつきながら楽しげに笑いあう大学生たち。
香ばしいコーヒーを片手に午後のひとときに浸るキャリアウーマンらしき女性。
そんな彼女たちを横目に瑞科もゆったりと食事を楽しんでいた。
京風クリームパスタとたっぷりの新鮮野菜と豆のサラダに舌つづみを打ちながら、ふと気になってバックからこの日初めてスマートフォンを開く。
幸い、一件のメールもなく、緊急の任務も入っていない。
ほっとしながらも、瑞科は心のどこかでは気を張り巡らせていることに気づき、苦笑した。

「このところ、任務が多かったからかしらね」

誰ともなくつぶやきをこぼし、瑞科はタッチパネル画面に指を滑らせ、ネットから流れ込んでくる情報に一通り目を通すとスマホをバックに戻して食事に専念する。
任務の時はもちろんだが、通常業務でもゆっくりと空気を楽しみながら食事をしている時間の余裕はなく、軽食などで済ませてしまうことも多々ある。
休暇の時ぐらい楽しまなくては損ですわね、と瑞科は思い直すと優雅な手つきでパスタをフォークに巻き取り、口に運ぶ。

「そんなにしつこくなくておいしいですわね。まさに女性の好みですわね」

ふんだんに使われたきのこと湯葉の風味が濃厚なクリームとよくあい、淡泊なパスタがいっそう引き立てる。
好みの味付けに瑞科に自然と笑みが浮び、自然と食が進んだ。

小一時間ほど食事を楽しみ、軽い足取りでカフェを出ると瑞科は迷うことなく店の立ち並ぶ通りを脇に逸れ、細い小道を進む。
昔ながらの日本の情景を思わせる街並みを通り抜け、最奥の突き当たりとそこにはこぢんまりとたたずむ古い店。
出入り口を隠すようにかけられた暖簾を慣れた様子でくぐると、ふわりとつくのは独特の香りを漂う薬草類や小道具の数々。
それらに埋もれるようにカウンターに座っていた老婆を認めると瑞科はにっこりとほほ笑んで、彼女に近づいた。

「こきげんよう、御店主。ご機嫌いかがです?」
「おや、誰かと思ったら『教会』の武装審問官様じゃないか。いつもの服じゃないから見違えたよ」

大げさに驚く老婆―店主に肩をすくめながらも瑞科は笑みを崩さず、カウンターの手を置いた。

「今日は休暇ですの。でも、ちょっと欲しいものがありましたので寄らせていただきましたわ」
「ふ〜ん……いつもの退魔薬と聖別を受けたナイフあたりが切れたんだろう?この間からゴブリンやガーゴイルとかの魔物やら妙に力をもった上位悪魔が暴れたっていうからね」
「あら、早耳ですこと。さすがは情報屋を兼ねているだけはありますわ」

やれやれと大儀そうに背後の大きな棚から濃紺の小瓶に詰められた薬数本と1ダースごとにまとめられたナイフの箱を3,4個出す店主に瑞科はやや大げさに驚いて見せると、キッと睨まれた。

「この業界で生きていくには当然の事だろうが、全く。それでよくもまあ武装審問官のトップを張れるね。呆れて物も言えないじゃないか」

悪態をつきつつ、小気味よく言い返しながら店主はカウンターに出した品を積み上げると、困り顔をした瑞科にすっと右手を差し出した。

「あの?」
「何しているのだい?さっさとお代を出しな。こっちとら商売なんでね。あとで『教会』につけてやっても構わないが値引きするから一括払いのがいいだろう?」

ニッと笑う商売上手な店主に瑞科は完全に白旗を上げて、素直に代金を全額払う。
ごねて値切っても構わないと言われているが、実際にそれをやって出入り禁止を食らった仲間を数人見たことがあり、店主に逆らうのは得策でない。
何よりこの店で扱う品は質が良く、効果は保証済み。
別のルートで同じものを手に入れることが出来ても、ここほどの質を求めるのはまず無理だ。
それらをくだらない目先の欲で失うなんて馬鹿げているから、あっさりと瑞科は従った。
代金の紙幣を数えながら、品を受け取る瑞科を横目で見ながら店主はごく普通の―世間話をするかのように口を開く。

「ちょいとおまけしといたよ。アンタならまず心配はないと思うが、一応ナイフをいつもより多め。薬の方は最近作られた―ちょいとばかし効果の強いのをまぜてあるから上手に使いな」
「よろしいのですか?御店主」
「まあね。上位悪魔に一騎打ちの勝負挑まれたって聞いたからさ……過信しないといえ、さすがに備えたほうがいい。そういう連中に目をつけられてやられた審問官を見たことがあるからね」
「己の力をむやみに過信はしませんし、そう簡単には負けたりしませんわ。何事も引き際を見極めるように気をつけます」


ぶっきらぼうな物言いに秘められた店主の心遣いに瑞科は感謝しながら、極上の笑みを浮かべると、受け取った品をひとまとめにして店を後にする。
店主の心配はもっともなことだ。けれど悪しき力から人々を守るためには誰かが戦わなくてはならない。
その闇に潜むものからの魔手が及ばぬように願いながら、瑞科は初夏の光に満ち溢れた澄み渡った空を振り仰ぎ、この美しさを守る決意を静かに固めるのだった。


FIN