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Episode.37 ■ 予定通りの“急襲”
「――……で、あるか。して、これからどう動くつもりじゃ?」
暗い室内に響いた老年の男性の声。しがれ気味の声でありながらもその声は重く、威圧感を放っている。
――ここは『七天の神託』が集う円卓を囲んだ部屋。
薄暗い室内に置かれた円柱型のスピーカー機器が、七天の神託の声を流している。本人達の姿はないのだ。
歪過ぎるこの光景にも既に慣れたアイである。
「手探りしとる場合とちゃうんやと思います。せやから、そろそろ動こうかと思うてるんですけど、派手に潰したろうと思うてますけど」
「ふむ……。ならばお主に任せよう。我らは最終段階に差し掛かる所じゃ。報告は全てを終わらせてからで良い」
アイはその言葉に僥倖だとほくそ笑みながらも、それを表情には出さずに口を開いた。
「宜しいのですか?」
「構わぬ。駒は与えられた仕事をこなせ」
「解りました」
部屋を後にするアイは、くつくつと込み上がりつつある笑みをここにきてようやく表情に晒した。
予想以上の追い風の到来に僅かながらの不安は抱きつつも、この期を逃す訳にはいかないと覚悟する。
一方、部屋をアイが部屋を後にした所で七天の神託はまだその場で会話が続いていた。
「それで、虚無の境界はどうする、と?」
「予定通り、東京主要部に攻め込む準備に追われているわ。我々は後手に回ったフリをしつつ、奴らを援護する予定じゃ」
既に虚無の境界が動き出す事を知っている彼らは、その行動を再確認する。
「しかし、虚無の復活は本当に我らにとっての願いを叶える事にも繋がるのですか?」
「そろそろ切り時じゃろう。舞台を整えてくれただけでも、よもや虚無の境界は価値があったと言えるじゃろうしの」
巫浄 霧絵と同様に、七天の神託もまた虚無の境界との関係を切ろうと画策している。それらがアイや美香にとって、一体何を示すというのかなど、この時の美香達は知る由もない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……強引だねぇ……」
「そうですね……」
「フン! あんな奴ら、蹴散らしてやるんだから!」
美香の部屋の前につけていたカメラを通し、美香の部屋のドアを蹴破って侵入した数名の武装集団を見つめつつ、憂と美香、そしてメイドちゃんがそれぞれに感想を漏らす。
「それにしても意外だったねぇ、まさか強硬手段に出るなんて」
「しゃーないやろ? あの老害共がうちに全権任せるって言うたんやから、これを使わへん手はないって事やな」
表向きは敵同士という立場でありながら、アイはのんびりと憂の隣りで紅茶を啜る。この現場を誰がどう見れば敵同士に見えるのかと疑問が浮かんだりもするが、アイは一切その事を意に介してはいない様だ。
「これから、ウチのビショップとナイトがここに来るはずや。って言うても、手ぇ組んだ事は言ってへんから。多分本気やで」
「え……!?」
「あいつらは頭使うタイプやないんよ。せやから力で負かしたってくれんと困るんや。二人とも戦闘特化型能力者やから、多少は苦戦もするかもしれへんけど」
アイはそう告げると、自分の飲んでいた紅茶のカップを持ったまま立ち上がる。
「うちの居場所は七天の神託の近くに敢えて陣取る。そこの場所はアンジェに聞いてくれたらえぇ」
「教えてくれないの?」
「アホ言うなや。迷わずこっちに来られたらいくら何でも胡散臭いやろ。そこんところはちょっとぐらい努力してもらわなあかん。
大きな嘘には小さな真実を混ぜるのがより効果的なんや」
ひらひらと手を振って部屋を後にするアイを見つめながら、美香は思わずため息を漏らした。
「ビショップとナイト……。メイドちゃん、一人ずつ分担する事になりそうだね」
「はぁー? アンタなんかと組むぐらいなら一人で片付けてやるわよ!」
「ダメだよ。メイドちゃんだけをそんな危険な目には合わせられない」
美香の言葉に、メイドちゃんが顔を赤くする。
「ば……、バッカじゃない! 言っておくけど、アンタなんていなくたって余裕なんだからね!? 手伝いたいって言うなら手伝わせてあげても良いけど!」
サムズアップする憂と、顔を赤くするという細かい芸に少々感動した美香。既にツンデレに対しての反応は、今では二人もずいぶんと慣れたものである。
「でも気になる組み合わせだねぇ。ビショップとナイト。奇抜な動きをするナイトと、斜めにのみならいくらでも行動が可能なビショップでしょ?」
「死角のない組み合わせ、かもしれません」
「美香ちんの言う通りなんだよねぇ。あの箱庭を城と称してルークだとするなら、これから来る二人もそういう特徴のある異能持ちだって考えるべきだねぇ」
憂の言葉に美香は神妙な面持ちで頷いて答えた。
確かにその通りだろう。
チェスの駒に例えるなら、ナイトとビショップは特異な行動方法を取れる為、戦略の要となる要員だ。
それが能力を表すのであれば、恐らくアイはそれもまた全力でぶつかる証明として利用するつもりなのだろう。
本格的な敵対とは言い難い、どこか緊張感が欠けてしまいそうな関係性ではあるが、相手の二人がそれを知らないとなれば、美香も本気で取り掛かる必要があるだろう。
少しばかり重い沈黙が流れた三人を前に、突如美香の体から光が生まれ、それが人の形を成した。
「――久しぶりに出て来たわ」
「ユリカ……?」
突如として姿を現したユリカを見たのは、憂もメイドちゃんも初めてであった。
銀にも近い薄い灰色の髪を肩まで伸ばした女性の姿に、思わずメイドちゃんがすぐにでも動ける様に戦闘態勢に入り、憂は「おぉー」と興味津々な様子でそのユリカを見つめた。
「本気で戦うっていうなら、アタシとアンタでやるわよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ユリカの言葉に異を唱えたのはメイドちゃんであった。
「私だって戦闘モデルよ! 装備さえあれば、それなりの戦闘能力だって――!」
「――役不足よ」
一瞬で背後に回ったユリカがメイドちゃんの膝を折ると、力なくその場に倒れ込んだ。ユリカはそのまま説明を続けた。
「相手は異能の使い手。でもあの映像に映ってた連中も来るかもしれないって事でしょ。そうなったら、誰がそこのちびっ子を守るのよ」
「ちびっ子は正義! イエスロリータ・ノータッチだよ!」
「意味解らないわよ」
ユリカの言葉に反論めいたものを告げた憂であったが、ユリカはその手の発言には疎い。よって一蹴される事となった。
「むぅー」
「マ、マスターの悪口は許さないわよ!」
「悪口じゃないわ。でも、そっちにいるのはただの人間。戦いに巻き込まれて無事でいられるか解らないでしょうが」
ユリカの言葉に、憂は納得している。
もしも異能所持者が本気で戦えば、能力を持たない自分などあっさりと命を狩られる事になるだろう、と。
頭がキレるからと言って、自身が何でも出来るとは思っていない憂は、そのユリカの言葉に無意味に反論するつもりも、意地を張るつもりもないのだ。
「ま、そうだねぇ。私はか弱い正義だからねっ」
何故か小さな胸を張って宣言する憂である。
「どっちにしても、アンタはあのちびっ子を守るべきでしょ」
「〜〜ッ、でも……!」
「気に入らないのは解らなくはないけど、アンタが戦えるのはあくまでも能力を使っていない美香だけ。能力者には真正面からぶつかれるか怪しいわ」
ユリカの言葉は、メイドちゃんも計算上弾き出した事がある解答だ。
能力者はその能力によって、どんな兵器よりもタチが悪い。準備がなくても戦えるのだ。
いくらバックパックを背負ってスピードを底上げしても、その世界で戦い続けられるかどうかは、燃料と下準備次第であると言える。
「……メイドちゃん、私からもお願い。憂さんを守って」
「……アンタまで、私は役立たずだっていうの……?」
「ううん、そうじゃない。
ただ、憂さんを助けられるのはきっと、メイドちゃんだけだと思うから」
何処か歯痒さを感じながらも、メイドちゃんはその脳内のコンピュータによって想定した事項を計算させる。
確かに、メイドちゃんがいれば憂は様々なIO2の機関内にもアクセス出来る。それはもしもこの場所のダイブ機械などが壊れた場合、自分が代用も出来る事を示しているからだ。
「……マスター……」
「うん、メイドちゃんには私の護衛を頼むよ。嫌かな?」
「そ、そんな事ありません!」
結局の所、メイドちゃんは憂には頭が上がらないのだ。
そんな事を感じながら、ようやく話が纏まった所に、この研究室に特有の呼び出し音が流れた。
――しかしそれは、その反応を待つつもりはなかったらしい。
研究フロアの入り口から突然鳴り響いた爆音。
その音に驚きながらも、美香とユリカが入り口に向かって走る。
そこに立っていたのは、十代前半の浅黒い肌をした少年と、そんな少年と兄妹の様に同じ様な肌の色をした少女が立っていた。
「みーっけた」
to be countinued...
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いつもご依頼有難う御座います、白神伶司です。
今回からいよいよ始まる、七天の神託との衝突。
その序章的な感じで始まりました。
ユリカの登場と、美香との久しぶりの共闘。
ここでは能力の使用は自由となりますが、心情的には
精密機器を壊すのは得策ではないと考えている美香さん。
そんな私情も踏まえた上での戦闘となります。
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 伶司
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