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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.20 ■ 一歩を踏み出す勇気






 霊鬼兵として生まれ変わったエヴァ・ペルマネント。
 彼女は数多くの被験者達が実験に失敗し、命を落としていく様を見ていく中で、それでも“生きたい”と強く願い、そしてその運を自ら掴み取った。

 それが彼女の抱く最高の矜持でもあり、自信だ。

 しかしながらその自信は過信に繋がり、いつしか彼女は自分達を昔、ただの実験体と被験者としてしか見なかった研究者と同じ様に、百合という存在を見下すようになっていた。

 ――失敗作。

 そういった見方で百合を見てきたエヴァは、それが自分の最も忌み嫌っていた人間達の視線だとは気付かずに生きてきたと言えるだろう。

「これ以上やるなら、容赦はしないわ」

 そう自分に告げてきた百合という存在に対し、エヴァはどうしようもなく後悔と自責の念に駆られていた。
 自分が嫌っていた存在と全く同じ事をしてきた自分に、言い知れぬ嫌悪感が生まれる。

 しかしエヴァはまだ、少女に過ぎない。
 それが何なのかエヴァ自身が気付けず、自らの中に芽生えた感情に彼女は混乱していた。

「……フフ、フフハハハハ……!」

 唐突に笑い出したエヴァに、百合は訝しげに眉に皺を寄せた。
 大きな声をあげて笑っているエヴァを見つめながら、百合はその笑みにある物を感じ取る。

 ――混乱による狂気。

 数年前、勇太とぶつかり合った時の自分と似た様な感情。
 それを感じ取ったからこそ、百合はそんなエヴァの様子にかえって困惑する。

 百合はエヴァという一人の少女を知っていた。
 自らを見下し、そして成功作である自分にたいして並々ならぬ自信を抱いていた事。

 そして、年齢の割には落ち着き払い、可愛げがないとも言える事。

 そんな彼女だからこそ、狂気に取り憑かれるとは到底思えなかったのだ。
 故に百合は警戒心を強める。

「エヴァ、アンタは――」
「――大丈夫よ。狂ってなんかやらない……」

 何かに抗うかの様に、エヴァは百合の言葉を遮り、狂気に染まりつつあった感情を押し殺した。

「……どういう事?」

 対する百合は、エヴァの言葉がどうにも引っかかっていた。
 狂ってなんかやらない、という言葉を聞く限り、まるでそれが何かの引鉄になっている様な、そんな予感すらするのだ。

「……興冷めね。ここは退かせてもらうわ」

 深く深呼吸をしたエヴァが百合に向かって告げると、その場から姿を消す様に飛び上がり、百合の目の前から去っていくのであった。



「……何なの、この感情」

 百合との対峙の中で生まれた自責の念や後悔といった感情が渦巻く胸の中。それが理解出来ないエヴァは、自分の胸元で手をキュッと握り締めて呟いた。

 ――ワカラナイ。

 その場で瞼を閉じて僅かながらに立ち止まったエヴァは、思考をぶっつりと断絶させ、とにかくその場から離れようと再び走り出す。

 何処か遠くに忘れてしまった過去があるような。
 それはとても大事だった様な。

 そんな切ない感情がエヴァの心を掻き乱し、騒がせる。

 エヴァにとっての迷走がここから始まろうとしている事など、この時のエヴァは知る由もなかった。






◆◇◆◇◆◇◆◇






 IO2東京本部。
 地下4階から7階に続く、特訓用のフロアに勇太と凛は案内されていた。

 ここは射撃練習場や、兵器実験場など、様々なフロアに分かれている為、それぞれが確立した一つ一つの部屋となっている。

 そんな中勇太と凛が訪れたのは、およそ小学校の体育館程の広さはあるだろう広間がある、接近戦の訓練に使われる真っ白な部屋であった。

「広いなぁ……」
「そうですね……」

 思わず勇太と凛が零した言葉に、IO2の職員の女性は小さく笑みを浮かべた。

「衝撃・斬撃の耐性を持つ特殊素材で作られた壁と、足元は衝撃を吸収してくれる緩衝材が敷き詰められてるんですよ。
 ここでの特訓なら、思う存分やって頂いても構いません」

 小さなお客相手にでも笑みを絶やさず、丁寧にそう案内をするのは、まだ二十歳にもならない若い職員の女性であった。
 茶色い髪を頭の後ろでヘアバンドで留めている、まだあどけなさを残した女性職員である。

「有難う御座います」
「いえいえー。って言っても、私もまだ配属されたばかりなので何回かここに来ただけなんですけどね……」

 あはは、と乾いた笑みを浮かべながらそう告げた女性に、思わず凛がその姿を見て笑みを浮かべた。
 鬼鮫と一緒にIO2で仕事をこなしているものの、こういった柔らかな雰囲気をもった女性職員は少ないのだ。

「あ、そうそう。お二人の訓練は私、“新崎 香澄”が立ち会う事になりますので。よろしくお願いしますね」
「あ、お願いします」
「別室からモニターしてますので、何かありましたらすぐに駆けつけますね」

 そう言って香澄と名乗った女性は部屋を後にする。

 彼女は知らない。
 この日偶然にも案内をした二人が、彼女にとっての大きな変化をもたらす事を。


 ともあれ、部屋に残された勇太と凛。
 早速二人は部屋の中央に向かって歩いて行くと、凛が声をかける。

「勇太、あれをやるつもりですか……?」

 凛の質問に、勇太は背を向けたまま頭を縦に振った。

「でも、あの力はあまりに――!」
「――うん、解ってる」

 心配する凛を背にしながら、勇太は静かに言葉を遮った。

「確かにこの力は強力だと思う」

 そう言いながらも、勇太は黒い球体を浮かび上げる。
 バスケットボール代の、真っ黒な球体。まるで水蒸気を上げているかの様に黒い煙が天井に向かって伸びては霧散していく。

 それはただ禍々しく、見ているだけで悪寒すら感じるものであった。

「凛。この力を消す事って出来るかな?」
「え……?」

 勇太の問いに、凛は僅かに逡巡する。
 勇太も何も、巫女であった凛だからこそそれが出来ると思っている訳ではない。

 かつてエヴァと対峙した時。そして、魑魅魍魎が跋扈する都内での戦い。

 今勇太が目の前に具現化させているそれと、全く同じ様な力を相手に戦えた凛だからこそ、もしかしたらそれが可能なのではないかと推測しているのだ。

「……多分、私なら……」

 凛が神気を練り上げ、勇太の手元に浮いているそれに触れる。
 すると、黒い球体は霧散し、その場に散っていった。

 何も勇太が弱く具現化させた訳ではない。

 自分の力では抑え切れなかった程の硬質化を施し、その上で具現化させたものを、凛はあっさりと消してみせたのだ。

 勇太は確信する。

 ――これで、この力に勝てる。

「凛。凛の力を、俺にコピーさせて欲しい」
「コピー……?」

「うん。力の複製。身体の中に流れてさえくれれば、俺にも作れるみたいなんだ。だから、手でも触れていれば多分コピー出来ると思う」

 勇太の言葉に、凛は唖然としながらも思考を巡らせた。

(……つまりこれは、勇太からのお願いで私が堂々と触れるチャンス、ですね……)

 普段は恥ずかしそうに逃げ惑う勇太だが、これなら凛は逃げられないと確信出来る。

 数年間、凰翼島から出て以来、ある意味溜まっていた感情が、ここにきて両者同意――もとい、勇太同意の上で発散出来るというのだ。

 これは正に僥倖。
 凛は口角を釣り上げ、小さく笑みを浮かべる。

「……凛? ダメかな?」

 対する勇太は神気のコピーに対して、凛が何かしらの抵抗を抱いているものなのかと勘ぐる。
 神気という神聖な力を、戦う為に使おうとするのは確かに間違っているかもしれない。だが、霧絵と相対する時には確実に必要になるであろう力だ。

「じゅる……」
「じゅる?」
「ハッ……!? いえ、何でもありません。力になれるなら……」

 凛が我に返り、勇太に一歩ずつ近寄る。

「ありがとう、凛」

 両手を差し出した勇太の腕の間を縫う様に、凛が真っ直ぐ勇太の身体に抱きつく。

「――え……ちょっ!?」
「神気は身体から溢れる力です。手先だけでは伝わりにくいかもしれません」

 ここぞとばかりに身体をひっつける凛に、勇太の顔はみるみる赤くなっていく。

(ちょ……、待った! タンマ! なんかやらかいのが当たってる!)

 自分の胸元に触れる柔らかな感触に目眩すら感じながら、勇太はあわあわと両腕をバタバタと振り上げる。

「勇太、神気は身体の中に注がなくてはいけないのでは?」
「そ、それはそうだけど!」
「だったら、良い方法がありますよ」

 顔を離し、勇太の顔を見つめる凛。
 眼が大きく、目鼻立ちがくっきりとした大和撫子といった美少女。そんな凛の顔が眼前に近づき、瞳は僅かに揺れている。

 思わず勇太の視線が、凛の柔らかく艷やかな唇に向けられ、勇太はごくっと喉を鳴らした。

 いくら鈍感とは言え、ここまで来て気付けない筈もない。
 心臓が高鳴り、凛にも伝わってしまっているんじゃないかと思える程に激しく音を立てている。

「勇太……」
「……り、ん……」


「――ちょ……、何してんのよ! アンタ達!」

 今正に、唇が触れようとした瞬間であった。

 空間接続によって勇太と凛の真横に突如として姿を現した百合であった。

 武彦から連絡を受け、この場所にいると聞いた百合は自身の決着をつけた事を報告しようと、意気揚々と帰って来たのだ。
 しかしながら、伝えたい相手はよりにもよって自分とは正反対なタイプ――主に身体のラインだが――と、今正に口づけをしようとしていたのだ。

「ゆ、百合!?」

 空振りに終わった凛の口づけが中空を漂う。
 勇太が殺気を感じ、テレポートでその場から移動したのだ。

 そしてそれと同時に、五寸釘よろしくの武器がその場にカカカッと軽快な音を立てて突き刺さった。

「あ、あ、あぶねぇぇえ!! 殺す気か!?」
「そうよ! そのつもりだったもの!」
「冗談にならないだろ!?」

 勇太と言い合った後で百合が凛に向かって顔を向ける。

「……チッ」
「な……ッ!? ちょっと凛! アンタ今舌打ちしたわね!?」
「あらあら、百合さん? 一体何のことです?」
「とぼけてんじゃないわよ! ドス黒い顔で舌打ちしたでしょーが!」
「嫌ですわね、オホホホ」

 ギャーギャーと喧しい雰囲気に包まれながらも、勇太は自分の身体に神気が作れる事を確認して小さく拳を握った。

「ありがとう、凛。おかげで神気を作れる様になったよ」
「……チッ」
「ほらまたした!」

 凛の本性が顕になりつつあった。

「まぁ冗談はさて置き……。二人共、ちょっと相手してくれない?」
「相手?」

 勇太の一言に、その場の雰囲気が真剣なものに変わる。

「二人でかかって来て良いよ。こっちの力で、仮想巫浄 霧絵戦といこうじゃない」

 そう言いながら、勇太は再び『負』の力を具現化する。

「……ッ、アンタ。そんな力に……」
「さて、百合さん。協力しましょうか」
「な……ッ? ちょっと待ちなさいよ! いくら何でも、まだ勇太だった病み上がりじゃ――」
「――病み上がりの勇太相手に勝てない様では、一緒に戦う事なんて出来ないでしょう?」

 凛の言葉に、百合が嘆息し、そして小さく笑った。

「……まったく。手加減しないわよ?」

 こうして、3人の訓練は始まろうとしていた。





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