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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


再会・そして始まる物語り





《ど、どういう事なんです!? 着陸態勢って……!》

 スピーカー越しに聞こえる数年ぶりの声。先程までの冷淡とも取れる口調とは一転して、凛の声は甲高く、なんだか懐かしい気分になったフェイトはくつくつと込み上がる笑いを噛み殺していた。

「いやぁ、ネルシャが自分の世界に入っちゃってさ」

《笑い事じゃありませんよ、勇太! だいたい、ネルシャさんの資料は見ましたけど、飛行機の運転経験なんてないじゃないですか!》

 凛の声がスピーカー越しに響き渡る操縦室。これだけの大音量を前にしながらも、どうやらネルシャは一切それを気にする様子はない様だ。

「ちゃ、ちゃちゃ、着陸態勢には車輪を出して、侵入角度を維持しつつジェットエンジンを停止……。そ、そその後はぁ……ふぇぇ……」

 半泣きのネルシャが既に機体を滑走路に向けて降下させている。今からわざわざ上空に戻る事は出来ないだろう。

「ネルシャ、大丈夫だよ。機体の角度を維持して、突っ込み過ぎない様にね」
「む、無理言わないで下さい〜〜〜〜〜ッ!」

 悲痛な震える叫びを前にしながら、フェイトは苦笑する。

 「あ」と声を漏らしたフェイトは機内のスピーカースイッチと思われるスイッチを押すと、軽く咳払いして流暢な英語で話を始める。





『機内のハイジャック犯は全部制圧されました。これより着陸態勢に入ります。シートベルトを締めて、舌を噛まない様に歯を食い縛って下さーい』





 このアナウンスを聞いて、誰もが嫌な予感しかしない。
 機長のアナウンスかと思いきや、どう考えてもアナウンスの内容がおかしいのだ。その上、声は若く、機長のアナウンスとは到底思えない。

 しかしながら、この状況でも訓練された客室乗務員達はその焦りを表に出さず、混乱の広がる機内を落ち着かせながら、席に座ってシートベルトを着用させる。

 神に祈る者。
 泣き叫ぶ者。

 まさに阿鼻叫喚である機内がようやく落ち着きを取り戻し、着陸態勢に入る。

 しかし、そこにいた客室乗務員の一人は窓の外を流れる景色の、そのあまりの早さに驚愕する。

(こ、こんなスピードで突っ込んだら確実にオーバーランする!)

 しかし今からその事を告げに行ったとしても、既に眼下には東洋の島国である日本が広がっている。

 ――間に合わない。

 それでも叫ぶ事なく、彼女は目を瞑った。
 それは死への覚悟か、はたまた生きたいと願っての事なのか、当時の彼女は解っていなかったそうであるが。






 ――操縦席に響き渡った、機体の速度への警告は凛と香澄から告げられたものであった。
 幸い、この機には逆噴射のジェットが用意されている為、地面に降り立った時に車輪から摩擦熱による炎上は起きない程度まで減速出来る。

 しかし、それはあくまでも熟練パイロットが下せる判断であり、ネルシャもフェイトも、そんな機能がある事など知る由もない。

 管制塔とやり取りをしていたヘッドセットは既に外され、その指示を仰ぐ事も出来ないフェイト。
 ヘッドセットをつけているものの、持ち前の集中力を遺憾なく違う方向へ発揮させた為に聞こえていないネルシャ。

 まさに最悪の二人が、多数の乗客の命を握っていた。
 管制塔からは素早く救助隊への出動命令がくだされていた為、IO2の部隊と今頃合流している頃合いではあるが、あのスピードのままでは機内の人間は全員命を落とすだろう。

 そう判断せざるを得ない、管制塔職員達。

 ――固唾を飲んで見守る中、彼らは目を疑った。





「え……!?」

 IO2の特別車輌から飛び出して状況を見つめていた凛もまた、その光景には思わず声を漏らした。しかしそれは無理からぬ事だろう。
 なにせその場にいたIO2の人間達だけではなく、管制塔の人間。そして救助隊の人間にいたっては、口を大きく開けながら、眼前の光景を見つめている事しか出来なかったのだ。


 ――飛行機が風を切る音が、一斉にその場から聞こえなくなったのだ。


 そしてそれと同時に、地面に摩擦するタイヤが宙に浮いたままだと言うのに激しく回転している。まるで、見えない地面を走っている様な、そんな錯覚すらする様に。

「み、見て下さい、あれ!」

 唐突に隣から告げられた声に、凛は香澄が指差す方向を見つめる。

「渦巻いている……!?」

 それは飛行機の滑走路を漂う砂の煙。それらが空から地面へと向かってぐるぐると横回転をして漂っている。まるで竜巻を上空から見ている様なその光景に、凛は唖然としていた。

「まさか……、勇太が……!?」

 飛行機の先端がそれに触れるその間際、突如として空気が破裂する様な乾いた音が鳴り響き、その場には強烈か風が吹き荒れた。

 腕で顔を覆いながらも身体にぶつかってきた突風に、飛ばされない様に抵抗する凛がなんとか機体の行方を目で追う。

 横向きの竜巻に機体が押され、地面に押し付けられる。
 強烈な重力にタイヤのサスペンションが軋む音。そして、急激に減速していく機体。

 オーバーランすると誰もが思っていたその機体の動きが、みるみる減速していく。


 ――そして機体は、ついにその動きを制止したのであった。


 辺りを埋め尽くしていた沈黙が、誰の声を皮切りにしたのか歓声に包まれ、それと同時に救助隊が飛行機に向かって進んで行く。

「……い、一体何が……」

 唖然とする香澄を他所に、凛もまた駆け出す。
 あんな常識離れをしてみせた青年を迎えに。





「……と、止まりました……!」
「うん、よくやった」

 フェイトが翳していた手を下ろし、ネルシャの頭をポンと叩いて笑うが、ネルシャは気付いていた。

 眼前に渦巻いた風。
 そして、機体がふわりと浮き、突如コントロールを失った感覚。

 操縦桿を握っていたネルシャだからこそ、それらが隣にいた東洋人の青年がやってのけた事なのだと強く感じていた。

 推進力を殺し、地面との摩擦によって生まれる摩擦熱を起こさぬ為の機体の無重力化。
 そしてそこに、強烈に縦回転を加えた空気の層――言うなればダウンバーストを起こす事によって、まっすぐ進んでいた推進力を相殺させる。
 さらに、恐らく地面と機体の間に、柔らかいクッションの様に空気を圧縮させ、上空から叩き付ける様なダウンバーストの反動を軽減させた事で、機内への衝撃はほぼ皆無と言っても過言ではなかった。

 冷静な思考で、ネルシャは改めてそれらを推測し、改めて隣にいる東洋人の青年を見上げた。

(……これが、特級……)

 身体全体を震わせる程の感動とも言える感情に、ネルシャは息を呑んだ。


 ――フェイトが行ったのは、念動力《サイコキネシス》の応用であった。

 ネルシャの推測通り、周囲を漂う空気を操り、それらを膜にする事で機体を守る。それによって、周囲への音は途切れたのだ。
 そして、減速の必要性を判断したのは、念話《テレパシー》のおかげである。一人の客室乗務員の心の叫びが、その危険性をフェイトに知らせたのだ。

 減速をさせる事。それと同時に、機体を守る事を迫られたフェイトは、空気を操る事だけで、どうにか機体を止めようと考えた。
 そこで思い立ったのが、お菓子の付録についていた昔の玩具である。

 車輪を後ろに回す事で、ゴムが拗られ、手を離すと走る小さな車の玩具。それを止める時に、手で上から押さえる子供の頃の自分。
 言うなれば、フェイトはそれをやってみせたのだ。

 上空から空気を引き寄せる場合、その能力の及ぶ範囲に見当がつかない。故に勇太は、縦回転をさせた大きな竜巻を作ってみせたのだ。

 空気という名のクッションによって推進力を押し付けられ、機体を守っていた空気の層と、地面と機体の間にあった空気の層がそれぞれにぶつかり合い、衝撃を和らげる緩衝材の役割を果たす。

 それによって、この結果が生まれたと言える。

「やれやれ、エルアナに感謝しなくちゃなぁ」

 かつて車で走っていた逃走犯を捕まえる際に、一度エルアナからそう指示をされた経験があったフェイトは、小さく呟くと、機内へとアナウンスをする。



『当機は無事に、現在着陸致しました。

 ――日本へようこそ』



 そう告げたフェイトは、マイクを切って外を見つめた。
 窓の向こうにいる、黒髪の綺麗な日本人の女性。以前見た頃よりも大人となった彼女こそが、凛であると確信したのだ。

 胸ポケットからサングラスを取り出し、フェイトはテレポートする。

 そんな様子を見ていたネルシャは慌てて機内から降りようと駆け出すのであった。






◆◆◆◆◆◆◆◆






 ふわり、と宙に現れた黒いスーツを着て、サングラスをかけた青年。
 相変わらずの髪に、何処か大人びた表情。

 ――本当に、ちょっとだけ背が伸びていた。

 前までは私と同じぐらいの身長だった。もしかしたら私の方が大きかったかもしれないのに、今は少しだけ、目線が上だ。

 まず再会したら、笑顔で「おかえり」と言おう。

 この数年間、何度も何度もそんな事を考えた私だった。
 きっとそんな私に、彼は恥ずかしそうに「ただいま」と言うんだ、と。


 ――なのに、それなのに……。


「凛、ただいま」

 私は、俯いてしまった。
 何も言えない。何も伝えられない。

 込み上がる気持ちが大き過ぎて、胸がつかえてしまって。

 涙。そう、これは涙だ。
 私は、ただ再会出来ただけでこんなにも嬉しくて、泣いてしまうんだ。

 虚無との戦いの時、強く在ろうと思ったのに。

「……ゆ……うた」
「え――?」

 思わず、もう離れて欲しくなくて、私は抱きついてしまった。

 なんだか、昔感じた匂いとはちょっと違う。
 なのに、どうしようもなく胸を奮わせる匂い。それなのに落ち着く匂いだ。

「お帰り、勇太……」
「……あー……、うん。ただいま」

 ここだけは、当たっていた。

 彼は恥ずかしそうに頬を掻きながら、頭を撫でながらそう言ってくれた。






to be countinued....