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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


約束の十字架






 あてどのない旅に、初めて抱いた自身の願い。それらはイリエの心を強く打ち震わせた。自ら願う事によって、自然と俯いてしまっていた表情も真っ直ぐ前を向き、彷徨う様にフラフラと歩いていた彼の足取りは今までのそれとは違っている。

 スノーとの邂逅を果たした夜から、一日が過ぎようとしていた。空に浮かんだ月を見つめながら、スノーは昨夜の少女を思い返す。

 イリエがスノーに抱いた感情は、恐怖ではなかった。
 命を刈り取られるという状況であったとは言え、何故かは解らないが大丈夫だと確信めいたものを感じていた。

 とは言え、侮っている訳でもない。
 恐らく手を緩めれば、気持ちに隙を産めば、あの大鎌はイリエの身体をあっさりと両断するだろう。

 ――真正面からぶつかったとしても、自身の力を消耗する可能性は付き纏う。
 故にイリエは、逃げの一手を選んだのだ。

「……また、会える気がする」

 不意に思いが口を突いて出た。
 命を賭ける邂逅であっても、それがイリエにとっての初めてのまともな邂逅であった事には変わりなかったのだ。






 ――ここが何処なのか、どうやって訪れたのかは解らない。

 イリエは不意に足を向けた先に佇む、小さく異質な空気を放ったアンティークショップの扉の前に立っていた。

 つい先程まで、繁華街から自分の痕跡を辿る様に歩いていたイリエは、自身がどうしてここに辿り着いたのか、そしてどうやって歩いてきたのかさえ分かっていない。

 招かれる様に、意志とは関係なくここへと足が向けられた。
 そんな気さえする。

 目の前に佇んだ、少々古ぼけた重厚な木造りの扉が軋む様な音を立ててひとりでに開いた。

「……おや、こいつは珍しい客人だねぇ」

 店内から響いた声に、イリエの赤い瞳が向けられた。

 店内に佇んでいる一人の女性。チャイナドレスの様に身体のラインを浮き彫りにするドレスに、腰にまで届きそうなスリット。
 安物のチャイナドレスとは光沢も生地のなめらかさも違うと、誰もがその妖艶な様に見惚れ、息を呑むであろう女性の姿がイリエの瞳に映り込む。

 ファーのついたコートを肩にかけ、手に持ったキセルの先端からは煙が立ち上る。

「……ここは?」
「アンティークショップ・レン。あたしが経営しているしがない骨董品屋って所かねぇ」

 突如訪れた客を前にしながらもキセルを口につけ、そしてフゥッと紫煙を吐き出した女性は、イリエに向かって「とりあえず入ったらどうだい?」と中に入る様に促した。
 女性に招かれ、店内に足を踏み入れたイリエは、そこに所狭しと並べられたあらゆる物品に視線を移す。

 店内は奥にあるカウンターに向かって長方形の造りになっている。
 壁沿いと中央には二段構えの棚があり、そこにはあらゆる品々が並べられている。

 見た事もない人形や、木彫りの札。
 年代のありそうな様々な人形。
 不思議な形をしたナイフや銃、そして刀剣などはガラスの向こうに並べられているが、そのガラスには円で囲まれた梵字の様なものが刻まれている。

 そういった物はもちろんの事、そもそも店にすら入った事のないイリエにとってこの光景は不思議な体験をしている様な気分であった。

「初めての客だね。あたしの名は碧摩 蓮(へきま れん)。このアンティークショップ・レンの店主って所さね。あんたは?」

「……夕闇 イリエ」

「イリエ、ね……。どうやらただの人間じゃないみたいねぇ」

 自身の正体に気付いている蓮に、イリエは僅かに構える。
 スノーとの邂逅から、自身を襲ってくるのではないかと推測したのだ。

 しかし、蓮は何喰わぬ顔をしてキセルを咥え、再び紫煙を吐き出すと小さく口角を吊り上げた。

「あたしはあんたにとって敵にも味方にもならないよ。あくまでも客と店主。それ以上にはならないのさ」

 クスクスと笑う蓮の言葉に、イリエは徐々に警戒を解いた。蓮が何を言わんとしているのかははかりかねるが、それでも敵意は見えない。

「それにしても面白い存在だね、アンタ」
「僕が何者か、解るんですか?」

「さてね。それは不思議な質問だねぇ。
 自分が何者かなんてものは、自分にしか解らないんじゃないかい?」

「……僕はそれを探しているんです」

「おかしな子だねぇ。まぁ良いけどさ。
 何か気に入るものがあったら手に取ってみると良いさ。ここにある物はいつだって“持ち主”を待っているからね」

 そう言うとカウンターの奥の椅子へと腰掛けた蓮は、そこに置いてあった木彫りの札を綿毛を使ってなぞり始めた。カタカタと札は音を鳴らし、その場で踊る様に動き出す。その姿に唖然としていたイリエだが、再び店内へと視線を向けた。

 店内に置かれている様々な物品に目を向けるイリエは、それらが放っている不思議な靄の様な魔力に目を向けていた。ただの調度品とは思えない様な、そんな力が宿っている事は一目瞭然であった。

 そんなイリエの目に映ったのは、直径にして10センチ程度の銀の十字架《ロザリオ》だった。青く小さな宝石が、交差する十字架にあしらわれている。
 不意にそれに興味を惹かれたイリエは、そのロザリオを手に取ると、僅かに安堵感を抱いた。

 その様子を見ていた蓮が「へぇ……」と小さく呟きながら、目を細める。

「――その十字架から手を放して」

 不意に重厚な扉が開かれ、そこから響き渡った凛とした少女の声。その声に聞き覚えのあったイリエは、十字架を握り締めたまま声の主を見つめた。

 そこに立っているのは、『ヘゲル』を手にした白髪の少女、スノーであった。

「そいつは無理な相談だね、お嬢ちゃん」

 スノーの言葉に反論を口にしたのは、イリエではなく蓮だった。突然の来訪者が大鎌を持って、今にも斬りかかりそうな雰囲気を放っているにも関わらず、蓮は一切慌てた様子もなく言葉を続けた。

「そいつはその坊やを選んだ。もうそれはその子の物さ」
「もらって良いんですか?」
「あぁ、構わないさ」

 蓮に向かって確認する様に尋ねるイリエに、蓮はそう答えると、カウンターの横に立てかけてあった蛇をモチーフにされた杖を手に取った。

「さて、暴れるなら店から出て行ってもらうよ。こんな店でも、暴れられたら困るからね」

 トン、と地面に杖の先端を叩きつけた蓮。
 それと同時に、甲高いガラスの砕ける様な音と共に、イリエとスノーを残して景色が砕け散り、光の粒子となって消えていく。

「またおいで、イリエ」

 消えていく粒子と共に、どこからともなく蓮の声が響き渡った。

「……その十字架を、返して」
「返す?」

 月に照らされたビルの建築現場に放り出されたイリエとスノーは、そこでようやくお互いに睨み合う様に目を合わせた。

「その十字架は、私の大事な……――」
「――これは僕がもらったものだよ」

 スノーの言葉を遮る様に、イリエが口を開いた。

「悪いけど、渡す訳にはいかない」
「……ッ」

《スノー、何を面倒な事しとるんや。こないなヤツ、ぶった斬って奪ってまえばえぇんとちゃうんか》

「……そう、ね」
「力ずくで奪うつもり?」
「やむを得ない」

 同時、肉薄するスノー。ヘゲルを構え、横薙ぎに一直線に振るった。
 イリエは後方にふわりと跳び、その攻撃をあっさりと躱してみせると、パーカーのポケットに十字架をしまい込み、スノーを見つめた。

「僕もこの十字架が気に入ってる。渡さないよ」
《ハッ、逃げるだけのガキが、何を息巻いとんねん!》

 ヘゲルの言葉と共に、その大鎌に周囲に青白い光が収束し、その鎌を覆った。氷に包まれた大鎌はその巨大な体躯をさらに二回り程大きくし、スノーがそれを振るうと、その風の軌道上が氷によって包まれていく。

「覚悟」

 スノーが再び飛び出す。



 ――イリエは迷っていた。

 今回、アンティークショップ・レンで手に入れたこの十字架は、どういう訳か自分の手にしっくりと馴染んだ。まるで、今までずっと失くしていた何かが、ようやく自分の手の中へと帰って来たのだと言わんばかりに。

 それを手放せ、と言われても、イリエがそれに従う義理はない。

 今までの自分なら、物に対する執着心など一切持つ事はなかっただろう。それこそ、手放せと言われていれば、言われた通りに手放しただろう。

 しかし、どうしてかはイリエには解らないが、この十字架だけは何が何でも自分で持っていたいのだと感じていた。
 そうでなければならないのだ、と。

 このまま逃げるのは簡単だが、それでは諦めてくれないらしい。それは前回の邂逅から今回の再会までを考えれば、理解出来る。

 奇しくもこうして互いに敵視しあう状況で再会する事になるのは心苦しい所ではあったのだが、イリエはそれを理解していない。

 今はただ、十字架を守る為だけに、イリエはスノーを見つめた。



 肉薄していたスノーは、空中を飛ぶかの様に風を操り、上空へと飛ぶ。そのまま落下と同時にイリエを両断する心算だ。
 前回の結界や、闇を操る能力を考えても、ここまで力を込めていれば貫ける。そう判断したのだ。

 心のどこかで、スノーはイリエが攻撃してこないものだと感じていた。

 ――しかし、眼下に佇んでいたイリエから突如として感じられた強大な力に、スノーは表情を強張らせた。

「それでも、これなら……ッ」

 勢いを殺さず、警戒心を顕にしながらスノーはイリエへと攻撃を仕掛ける。
 振り下ろした大鎌。さらに質量を増した鋭利な先端がイリエの身体を引き裂こうとした、その刹那。イリエは身体を横に僅かに逸らすだけでそれを躱した。周囲を巻き込む冷気からは結界で身体を守る。

 ――風圧が、イリエが目深に被っていたフードを脱がし、首もとまで閉じていたパーカーのチャックが僅かに動く。

 鎖骨の下に刻まれた、バーコードの様な黒い線が顕になる。

「――ッ、それ、は」
「闇よ、踊れ」

 突如イリエの言葉と同時にスノーの身体を足元にあった闇が質量となり、大槌の様に具現化し、捉える。ギリギリで対応したスノーが地面に突き刺さっていたヘゲルを抜き、防御に成功するが、華奢なその身体は数メートル後方まで吹き飛ばされる。

「ぐ……ッ」

 なんとか踏み耐えたスノーが顔をあげると、イリエの周囲には地面から生えた真っ黒な闇の槍が、さながら蛇の様に周囲に踊っていた。

「仕方ないよね……。こうするしかない」

 淡々とした口調もそのままに、イリエがスノーを睨み付けた。

「今回ばかりは、戦うよ」

 イリエの誓いとも取れるその言葉と同時に、具現化されていた闇の槍が左右からスノーに向かって伸びていく。






to be countinued...





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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

前回の邂逅の次話という事で、今回は十字架絡み。
徐々に明らかになっていくであろうイリエ君の正体。

お楽しみ頂ければ幸いです。

十字架の設定などについては、希望通りにこちらで
いくつか考えてますので、お話の流れに合わせて明らかに
していく予定です。
希望があればいつでもおっしゃって下さい。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司