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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.3 ■ ある日の出来事―U







「それで、店の調子はどうかね?」
「えぇ、お陰様で慎ましくですがやっていける程度には」
「ハッハッハッ、君程の人間で慎ましいと言うなら、世の中の多くの人間が細々と生活していると言えてしまうだろうに」

 飛鳥さんと“蘭(あららぎ)”さんの言葉に耳を傾けながら、私は緊張したまま席に座っていた。

 蘭さんは、いわゆる投資家だと言う。
 トイレに立った際に、飛鳥さんから聞かされた。

 “蘭財閥”という名前は、私も聞いた事があった。
 財閥とは、親会社が中心となって子会社に多種の経営をさせている企業集団だ。大規模な寡占的市場の独占。それを担う一角。

 日本の三大財閥程の名はないそうだが、それでも社会的な地位や名声を得ている存在だそうだ。

 そんな財閥のトップである事から、蘭社長は自らを投資家だと公言しているそうだ。
 私にとってはずいぶんと遠い世界の話である。

「おぉ、来たか」
「おまたせしました、お父さん」

 蘭社長の言葉に振り返った私の前に立っていたのは、一人の男性だった。
 年の頃は30前後といった所だと思う。でも、見た目の雰囲気とは異なる、存在感。何かが普通とは違う、という様な印象。

 蘭社長の事をお父さんと呼んでいるぐらいだ。大物が出て来るのは予想していたけど……。

「紹介しよう。こちらが私が懇意にしている飛鳥と、彼女の店の従業員の美紀さんだ。こっちは私の息子の慎太郎だ」

「初めまして。飛鳥さんのお噂は僕も聞いています」
「初めまして、飛鳥です。お噂だなんて、あまり良い噂ではないでしょう」

「そんな事はありません。若くして水商売から大成なさったと聞いています。是非その手腕にあやかりたいものです。
 美紀さん、でしたね。初めまして」

「あ、はい」

 突然私に話を振ってきた慎太郎さんが、笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
 だけど、一瞬。

 ――その目に、明らかに侮蔑めいた光が宿った気がした。

「慎太郎、こっちに座れ」
「はい」





 食事はフランス料理のコース料理だった。
 飲み物はワイン。それも、かなり高級な銘柄だそうで、飛鳥さんや蘭社長、それに慎太郎さんの会話は、今年のワインの味は当たりになるか、とか。

 正直、まったくついて行けず、愛想笑いばかりで頬が引き攣りそうだった。

 食事もようやく堪能し終わった頃――って言っても、私は緊張の連続で味の記憶がないけど――、蘭社長が口を開いた。

「さて、美紀さん。君の処遇についてなんだが」
「え……?」

 しょぐう?
 一体何のことだろう。と言うよりも、その顔で真っ直ぐ睨まれると怖いです……。

「飛鳥、美紀さんには教えていなかったのか?」
「えぇ。サプライズ、ですもの」

「まったく。相変わらずだな、君は。
 美紀さん。君に今日来てもらったのは他でもない。飛鳥に君の引受を頼まれたのだよ」

「引受……?」

「えぇ、そうよ。
 美紀ちゃんはいつまでもこっちにいる娘じゃない気がしたのよね。だから、どうせなら普通のまともな世界に飛び込んで、やれる所までやってみたらどうかなって思って、今日はセッティングをお願いしたのよ」

 ……それって、つまり……?

「私を、雇ってくれる、って事ですか?」

「正確には僕が、ね」

 慎太郎さんが口を開いた。

「最近秘書が妊娠してしまって、退社が決定してしまったんだ。僕の仕事のスケジュールを把握している人だったんだけど、穴埋め出来る人材もいるんだけど、既に他の仕事にまわっているからね。そちらから引き抜いても構わないんだけど、どっちにしても人手が足りないんだ」

「美紀さんがそういった細かい作業には適任だと飛鳥に言われてね。それで今回、こうしてお互いの利益になる紹介が出来た、という次第なのだよ」

 ……なんでこんな話になってるんだろう。
 思わず私が飛鳥さんを見ると、飛鳥さんは私に向かって微笑んだ。






◆◇◆◇◆◇◆◇





 慎太郎と美香が仕事の説明を書類を見せながら行うと言い、ホテルの一室へと向かった後。飛鳥と蘭は場所を変え、ラウンジバーへと訪れていた。

「それにしても、君はたいした女だ」

 カウンター席に並んだ二人。蘭は飛鳥に向かって口を開いた。

「彼女の経歴については私も知っている。その上で、何故君は彼女を選んだんだ?」

「染まり切らない心を持っているから、ですわ」

 クスッと笑みを浮かべた飛鳥は蘭に告げた。



 ――蘭は今回の慎太郎の秘書が妊娠した件で、慎太郎に疑いを抱いている。

 秘書に手を出し、利益にならない恋沙汰にうつつを抜かすなど、この蘭財閥の人間にはあってはならない事なのだ。
 その上、その秘書は知らぬ存ぜぬを通している慎太郎を訴えるとまで言い出している始末だ。

 その事について言及した蘭に、慎太郎はシラを切っていた。
 そして今回、飛鳥に相談してみた結果、美香をあてがってみようと言うのだ。

 蘭は知っている。
 美香が騙されて水商売の世界に足を突っ込んでしまった事も、普通のOLやキャリアウーマンなどに憧れを抱いているだろう事も、全ては飛鳥から聞かされた事なのだ。



 その上で蘭は飛鳥に尋ねたのだ。
 飛鳥の真意が、一体何処にあるのか。それをはかりかねているのが本心であった。

「騙す様な真似をするのは、私も決して初めてではない。そうして今を築いてきた先代達も私も、それに対しては何らかの慣れを感じている。
 しかし、君が協力してくれるという今回の厚意は、私にはありがたいものだ。だが、彼女には決して良い事ではないのではないか?」

「……フフ、社長。何も今回の事で、あの子を潰すつもりも信用を失うつもりもありませんわ」

「どういう事だ?」

 手に持ったブランデーのグラスを傾けながら、飛鳥は口を開いた。

「夜の業界に足を踏み込んだ彼女を引き抜こうとする人間は、これから先も決して少なくはないでしょう。もちろんそれがあの子にとってプラスになるなら、止めるつもりもありませんわ。

 ――でも、誰もが彼女の器量や実力で引き抜こうとするとは思えませんもの。

 騙され、利用される可能性は多い。昔の私がそうであった様に、ですわね。

 その点、今回は私の目も社長の目もついた場所に、彼女を送り込める。そういった人間がいるのだと知る事が出来るのであれば、これは彼女にとって僥倖です」

 蘭は嘆息する。
 隣でグラスを傾けている飛鳥という存在は、それを全て理解し、段取りを取った上で、美香という一人の女を育てあげようとしているのだと、悟らされたのだ。

「……一つ、聞かせてくれるかね?」

 蘭の問いに、飛鳥は無言で肯定を示した。

「どうしてそこまでするのだ? 痛い目を見て泣きつかせ、自分の下に囲い込んでおきたいだけならば、ここまで手の込んだやり方はしなくても良かったのではないか?」

 蘭はそれが気になったのだ。

 痛い目を見せ、世界に絶望させる事で自分を絶対的な信頼のおける存在に引き立てる。それは酷く残酷なやり口であるかもしれないが、それと同時に実に効果的な方法だ。

 それをするのであれば、「そういう頭の弱い女だ」と吹聴すれば良いのである。

 しかし飛鳥はそれをせず、こんな面倒な事態に巻き込んだのだ。

「そうですわね。強いて言うのであれば、あの子は絶対に私とは違うタイプだから、ですわね」

 クスッと笑みを浮かべて告げる飛鳥の言葉を、蘭は朧げにしか理解出来ずにいた。






◆◇◆◇◆◇◆◇





「――え?」
「脱げ、と言ったんだ」

 ホテルの一室に入った私に、慎太郎さんが告げた。
 その目はやはり、侮蔑の込められた目。さっき感じたのは間違いじゃなかったみたいだった。

「お前みたいな底辺の人間を傍に置くんだ。それぐらいのメリットがなきゃやってられるか。それに、使えるかどうかはともかくとして、身体も顔も悪くはないからな」

 下卑た笑みを浮かべながら、私を見つめる慎太郎さんに、私はどうしようもなく困惑していた。
 飛鳥さんの紹介で、普通の世界に入れるという切符。それを目の前にしたと思ったら、相手はこんな事を言っているのだ。

 仕事としてなら、私だってそれを受け入れる。
 だけど、これは違う。

「わ、私は……。私はそんな事、したくありません……」

「はぁ? 水商売の女なんだから、そんなの問題ないだろ? 何綺麗ぶってんだ。
 ったく、アイツも妊娠なんか絶対しないって言ってたクセに……。フザけやがって……」

「アイツ……?」

「さっき言っただろうが。秘書の女だ。避妊薬を飲むって言ってたくせに、何を勘違いしやがったのか子供が欲しかったとか言いやがって。その点、アンタはそういう感覚ねぇだろ? そういう仕事してんだからよ」

 くつくつと笑みを浮かべて、慎太郎さんは告げた。

 ――私は水商売の女、なんだ。

 そんな現実をまざまざと見せつけられた様な気分がして、どうしようもなく悔しい。震える肩。今にもビンタでもしてやりたいぐらい、この人がムカつく。

 だけど、飛鳥さんの紹介に泥を塗ってしまって良いのだろうか。

 蘭財閥。そんな存在を敵にしてしまえば、お店は。飛鳥さんはどうなるんだろう。
 言うまでもなく、デメリットだらけだ。

 ここは、言われた通りに脱いで矛先を静めるしかないのかもしれない。

 ――なのに……。

「おいおい、何泣いてんだよ」

 悔しい。
 こんな人間に、下に見られる事も。無力過ぎる自分も。

「……あなたは、それで満足なんですか……?」
「はぁ?」

「一人の女性を不幸にして、用がなくなったからって捨てる様な真似をして、それで満足なんですか……?」

「当たり前だろ? 俺みたいな人間は普通の連中とは違うんだ。そうする事に、何も感じちゃいない。それが自然の摂理ってやつだろうが」

「何が、何が自然の摂理ですか……! それはただの獣と同じ……。そんなの、動物以下です!」

「……フザけんなよ、売女が!」

 慎太郎さんが私のドレスの胸ぐらを掴んで、手をあげた。
 殴られる。そう思った瞬間だった。

 部屋に、その人が入って来たのは……。





to be countinued...




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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回はちょっときな臭いお話になってしまっていますが、
これもまた美香さんの成長には不可欠かな、と。
次話でこのお話も完了予定です。

めけんこのお話は、その次ぐらいを予定してますw
まさかのめけんこ再登場w

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共よろしくお願い致します。

白神 怜司