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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奇跡の代価 後編

 この日、興信所を訪れていたのは初老の女性であった。
 身なりは取り留めて言う事はないが、顔のシワと頭髪に白髪が混じっている所を見ても、その苦労が窺い知れる。
「で、本日はどのような用向きで?」
 来客用ソファの対面に座った武彦が初老の女性に対して話しかける。
 女性は零に出されたお茶をしばらく無言で眺めた後、意を決したように口を開く。
「私も信じている話ではないのですが、こちらはオカルト関連に強い興信所ですとか……」
「え、ええ……」
 その切り出し方に、武彦は嫌な予感を覚える。
 オカルト興信所と呼ばれるのが嫌で仕方ないが、だからと言ってその手の仕事を片っ端から蹴り飛ばすと興信所が立ち行かなくなる。
 それに、この女性は本気で困っているようにも見える。
 威勢の良い依頼主なら『オカルトお断りだぁ!』と突っぱねてもいいが、今回のような手合いはどうにも扱いづらい。
「オカルト関係のご依頼なんでしょうか?」
「ええ、お恥ずかしながら、そうとしか考えられないのです」
 女性がバッグから取り出したのは二枚の写真。
 どちらにも少年と大型犬が写っていたが、明らかにおかしい点がある。
 犬は元気に成長しているのに、少年の方はやつれて見えた。
 そして、もう一点不思議なのは、二つの写真の経年である。
 メモされた日付を見てみると十年近い年月が経っているようだった。
 それにしては、犬の様子がおかしいのだ。
 大型犬はその体躯に見合って、そこそこの寿命を持っているらしいが、それにしても若々しすぎる。
 十年以上歳をとっている犬には見えないのだ。
 やつれている少年と対照的過ぎて、その一人と一匹の写真が異常な空間を切り取った物にしか見えなかった。
「一人息子と飼い犬です。息子は今年で十四歳になります」
「息子さん、育ち盛りにしては幾分元気がなさそうに見えますな」
「そうでしょう。……以前に別の霊能者と名乗る方に鑑定をしていただいたのですが、その際は『手に負えない』と依頼金を突っ返され、さじを投げられました」
 つまり、ガチでヤバい案件だと言う事だろう。
 その霊能者とやらも察しが良い。
 隣に立っている零の顔が険しいのを見るに、信じて良い証言だ。
「もう、私たちにはここしか頼るところがないのです。どうか、息子を助けてください。あの子は何かに取り憑かれているのです!」
 懇願する女性の願いを蹴っ飛ばすほど、武彦の根性は曲がっていなかった。

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 詳しい話を聞いた所、息子さんの様子がおかしくなり始めたのは、つい最近だそうだ。
 今までは普通に過ごしていたのに、急に身体が弱くなり、ちょっとした事で体調を崩し高熱を出す。
 病院にかかってみても原因は不明だと言われ、息子さん本人は入院を頑なに拒否する。
「丁度、その頃からです。左手にあざが出来始めたのは」
「左手のあざ……ですか」
 そう言われて写真を確認すると、確かに切り傷のようなあざが出来ている。
「きっとこのあざの所為なんです。お願いです、どうにかして息子を助けてください!」

 と、涙ながらに懇願してきたのが数十分前の事である。
 女性が帰っていった道を窓から眺めながら、零は不安げに口を開く。
「兄さん、気をつけてください」
「それほどヤバいのか、この案件」
「恐らく、かなり強い魔力をもった存在が介入しています。だから……」
「ヤバくなったら、俺だって尻尾巻いて逃げるさ。命あっての物種ってな」
 ジャケットを羽織り、武彦は興信所のドアに手をかける。
「おら、小僧、行くぞ」
「あー、俺も行くのかぁ」
 声をかけたのは勉強机(仮)で宿題に勤しんでいた小太郎である。
「俺、今ちょっと手が離せなくってさぁ」
「うるせぇ、小間使いがサボろうとしてんじゃねぇよ」
「宿題は大事だろうがよぉ!」
「俺の仕事を手伝うのだって大事だろうがよぉ! いいから来い、っつってんだよ!!」
 ギャーギャー喚く男二人を見ながら、やはり零は不安を募らせるのだった。

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「小太郎! 聞いて驚け! 俺の身長が五ミリ伸びたぞ!!」
 そこへやってきたのは勇太。
 勉強机にしがみついている小太郎と、それを引き剥がそうとしている武彦を見て目を丸くする。
「……なにやってんだ、二人とも」
「おう、勇太。いいところに来た。小太郎を外に連れ出すのを手伝え」
「連れ出してどうするんだよ」
「仕事の手伝いをさせるんだよ。……あ、お前も手伝え」
「なに言ってんだ、アンタ!?」
 興信所へやって来た客人を、いきなり仕事に巻き込む所長。
 だが別に、勇太はそれに反感を覚えるわけではない。
 興信所の仕事を手伝うのはこれが初めてと言うわけではないし、やってみる仕事と言うのは面白い物もあったりする。
 今回も『しょうがないから付き合ってやろう』ぐらいの気持ちで引き受けようとしたのだが……。
「今回の依頼はな、この少年と犬をどうにかするんだ」
 武彦に見せられた写真を覗き込み、勇太の目の色が変わる。

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 そんな勇太に呼び出されたのは慎とセレシュの二人。
 唐突に興信所に呼び出され、何事かと首を傾げている二人に、勇太は写真を差し出した。
「これ! この犬のあざ!」
 指を差したのは写真に写っている大型犬の左前足についているあざ。
 それを見て、二人も得心がいく。
「これって、あの魔獣の傷跡によく似とるやん……」
「じゃあ、もしかしてあの魔獣の正体がこの犬って事?」
「可能性は高いんじゃないかと思う!」
 三人の見解が一致した所で、武彦がタバコをふかしながら会話に割って入る。
「お前ら、この件に関わってるのか?」
「そうやねぇ……。関わってると言うか、前にユリちゃんの手伝いをした時、偶然関わってしまったと言うか」
「俺たちも事件の全貌を把握してるわけじゃないしね」
 慎の言う通り、三人は別に犯人を特定しているわけでもないし、少年と犬に何が起きているのかが判明しているわけでもない。
 今あるのは、この事件と公園の魔獣の件が繋がっているのではないか、と言う推測だけ。
 だが、これほど奇妙な類似点があるのだ。これで無関係だったのなら偶然と言うのを怨もう。
「草間さん、うちらもこの事件を手伝ってもええ?」
「ここで放り出すのは色々後味悪いよね」
 セレシュと慎に言われ、武彦はタダ働きの人手は願ってもない事だ、と二つ返事で答えた。

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「まずは、お前らの知ってる事を教えてくれ」
 と言われ、三人は武彦に公園の事件の事を話した。
 突然現れた魔獣と、戦いの中で起きた幾つかの不可解な事象。
 それらを掻い摘んで説明すると、武彦は神妙な顔をして唸る。
「なるほど、魔獣の足についている傷と、写真に写っているあざ、ね。これだけじゃなんとも言えんが、確かに引っかかる共通点だな」
「だろ? だから、もしかしたらこの犬が魔獣に変化してるんじゃないかってさ」
 勇太の推論もあながち間違いではない気がする。
「うちが見てみた感じ、写真から感じられる魔力も、魔獣に酷似してるし、全く的外れって事はないと思うんやけど」
「それに十年以上生きてる犬にしては、ちょっと違和感あるしねぇ。何か裏があると思って間違いないと思うな」
 公園の魔獣の事件と今回の依頼、状況を見れば関連性は薄くはないはずだ。
 となると魔獣の件で怪しくなってくるのは、この写真に写っている少年。
 彼が何らかの魔術を操り、犬を魔獣に変化させて人を襲わせている可能性もある。
「この少年の事について調べてみる必要があるかもな。地道に情報収集でもしてみるか」

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 勇太とセレシュ、武彦の三人は依頼主の家へとやって来ていた。
 そこは一般住宅外にある一軒家。
 外観からして普通の二階建てである。
 二階にある一室はどうやらカーテンがかかっているようであった。
「日中なのにカーテンを閉めるってのは怪しいかな」
「外から見られんようにカーテンをしてるかもしれへんやろ? 決め付けはよくないで」
 そんな事を話しながら、一行は呼び鈴を鳴らした。

 すぐに対応してくれた依頼主である女性が、家の中へと入れてくれる。
 セレシュは玄関先で依頼人の許可を取り、居間へと入っていた。
「アレが飼い犬のジョンです」
 同伴してきた依頼人に紹介されたのが、居間で大人しく寝そべっている大型犬、ジョン。
 金色の体毛をしたその姿に、歳相応の衰えは見えず、毛並みも艶やかだった。
「あの犬、幾つくらいなんです?」
「今年で十七歳です。平均寿命から考えればかなり長命らしいですが、元気でいてくれることは嬉しいですわ」
「ジョンくんはずっとあの調子なんですか?」
「いえ、少し前は老犬らしく、かなり弱っていたんですが、最近持ち直しましてね。私としても老いたジョンを見るのは心苦しかったですし、喜ばしい話です」
 依頼人の言葉や表情からも、ジョンが家族に愛されている事は伺える。
 だが、それだけに不穏である。
「あの魔力、間違いない……」
 ジョンの左足から感じられる魔力は、あの魔獣のモノと変わりない。
 それにジョンの額を見ると少し火傷の跡がある。
 これは公園での傷だろう。慎が張った結界を無理やり破った時に出来た物だ。
 ジョンがあの魔獣であることは間違いない。
 だが、今のところ、ジョンからは全くの敵意や害意を感じられない。
「魔獣に変化した時だけ人を襲うっちゅう事か? でもだとしても一番近くにいる家人が襲われないのもおかしな話やで」
 一応、恩のある家族に対しては義理を通しているという事だろうか。
 不思議な事もあるもんだ、と、更に詳しい調査をしようと、セレシュはあざに手を伸ばす。
「あら?」
 スッと、左足が避けられる。
 もう一度試してみても、ジョンは嫌がるように左足を避ける。
 さらには静かに立ち上がり、セレシュから離れるように静かに部屋の隅へ移動し、こちらを警戒するように視線を合わせて寝そべった。
「嫌われたんかな……」
「おかしいですわね、ジョンは人懐こい性格ですのに」
 ジョンの様子は依頼人も意外だったらしい。
 犬だったとしてもあのあざが重要な物である事を理解しているのだろうか?
「別にええで、触らんでもある程度はわかるんやしな」
 魔力の流れを窺うと、二階へと伸びている。
 少年の部屋には勇太と武彦が行っているはずだが、恐らくその部屋に向かっているのだろう。
 これでジョンのあざが少年とリンクしている事も確定だろう。
 しかし、おかしいのはこの家全体から魔力が感じられない事。
 魔術を行使するほどの人物が住む家ならば、もう少しなにか違和感などがあってもおかしくない物だが。
「これはやっぱり、誰か知らんヤツが協力してるって線が濃厚やね」
 遠目からの観察のみだが、あのあざが出来上がった時期も判別できた。それは恐らく、つい最近。
 依頼人の証言とも一致しているし、そうなってくると『一度弱って、それから持ち直した』と言うのが気がかりだ。
「息子さんの方も見てみた方がいいかも知れんね」
 ジョンの事は粗方調べたので、セレシュは居間を後にし、階段を上った。

「おじゃましますよっと」
 部屋に入るとそこにいたのは武彦と勇太、そして件の少年。
「おぅ、セレシュ、どうした?」
「こっちの様子も見ておこ思て」
 ニッコリと微笑んだセレシュは、少年へと近づいて挨拶を交わす。
「はじめまして、セレシュ言います。よろしゅぅ」
「あ……はい」
 男ばかりの部屋にいきなり女性が入ってくれば、少年とは言え戸惑ってしまうだろうか。
 少年は少し顔を伏せながら会釈した。
「ちょっとええかな。左手ぇ見せてくれる?」
「え? ……えっと、怪我があるので、すみません」
 チラリと窺うと、確かに左腕には包帯が巻かれていた。
 少年は左手をかばうように布団の中へと隠してしまった。
 どうやら警戒されているらしい。
 少年はどうやら左手のあざが今回の事件に関与していると言う事を自覚しているようだ。
 と言う事はつまり、ジョンとの魔力の繋がりは彼も合意の上で行われているという事。
「ふぅん、そか。すまんねぇ、突然おしかけて」
「いえ……」
 遠巻きに見ただけだが、大体の術式は読み取れた。後はこれをどうするか、帰って話し合うことにしよう。
 セレシュは勇太と武彦を連れて、一度この家を出ることにした。

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 再び、全員が興信所に戻ってくる。
 零が淹れてくれたお茶を飲みながら、武彦が口を開く。
「んでは、各々、わかった事を報告してくれ」
 会議を切り出されて、慎が手を挙げる。
「はーい、じゃあ俺からね。件の少年に怪しい人物は近づいてなかったみたいだよ。変な人が魔術知識を吹き込んだって事はないみたい」
「まぁ、その辺の魔術師から知識を吹き込まれて、中学生が簡単に行使出来る魔法なんかおっかないしな。そんなもんはない方がいい」
「あと、その子の飼い犬だけど、一度死んだって聞かされてたってさ。学校の生徒からの証言」
 話によると、飼い犬は一度死亡し、少年も学校を休むほどショックを受けたそうだが、翌日には犬は死んでなかった事にされて、少年も普通に登校していたらしい。
 それを聞いて、セレシュはなるほど、と頷いた。
「何かわかったのか、セレシュ?」
「まぁね。前回の件からIO2が早々に手を引いたんが気にかかってたんやけど、うちが思ってた通りかなって」
「どういうことだ?」
「もし、犬……名前はジョンって言うらしいんやけど、そのジョンを生き返すために少年と魔術でリンクさせていたなら、少年の命がジワジワ削られてるんやないかってね」
 犬のジョンは齢十七の老犬。
 ジョンの犬種では平均寿命が十三年ほどだと言う事を考えれば、かなりの長命である。
 だが、このジョンが一度寿命を迎えて死んでいたのだとしたら。
 そして少年が何らかの方法でそれを回避しようと、自分の命を分け与えているのだとしたら。
「若い子は生命力が旺盛やけど、一度死んだ老犬を黄泉返して、更に生存状態を継続させるって言うと、かなりの生命力を必要とするんよ。恐らく、今もすごい勢いで少年の命が削られてるんとちゃうかな」
「じゃあ早急に手を打たないとヤバいって事か」
「IO2はこのまま放置していても状況は収束すると思ってるんとちゃうかな。だから、ユリちゃんに継続して捜査をさせなかった……ありえん話ではないと思うけど」
 考えられる話ではある。
 IO2のエージェントも暇ではない。この魔都東京で放置して解決できる事件があるならば放置するだろう。
 だが、そんなセレシュの推論に、武彦は顎を押さえて考え込む。
「草間さん? どないしたん? なんか間違ってた?」
「いや、大筋間違っていないと思う。……だがまぁ、今のところIO2の事は横に置いておく。まずは俺に課せられた仕事をこなすさ」
 今はIO2の話よりも少年を助けなければいけない。
 そうしなければ寝覚めが悪いし、依頼報酬も入ってこない。
「じゃあ、続けてうちが報告するわ。うちが見た感じ、やっぱり少年と犬のジョンは魔力的に繋がってるで」
「でも、その魔術を施術したのは少年ではない、と」
 それは慎の集めた情報からも推察できるし、武彦と勇太が見た少年の部屋の様子からもわかる。
 少年は魔術知識を吹き込まれたわけでもないし、彼が独学で勉強したような風でもなかった。
 恐らくは『第三者』が魔術を施術しているはず。
「その魔術をどうにかしない限りは、少年は助からないって事だな。どうにか出来たりしないのか?」
「あざにかけられていた魔術は割かし簡単な魔術やけど……問題は別の所やね」
 セレシュが話した時の少年の様子を反芻し、彼女は渋い顔をする。
「あの子はあの魔術の効果を理解した上で、それを受け入れてるふしがあんねん」
「自分の命を削るような魔術を受け入れてるって事か?」
「それだけジョンが大切なんやろね。魔術のリンクを解除するのは簡単やけど、それで少年が悲しい思いをするとなると、ちょっと考えてまうわ」
「あー、セレシュさん、それはちょっとヤバいかもしれん」
 セレシュの言葉に、勇太が手を挙げて反応する。
「なにがまずいん?」
「俺はその魔術を施術した黒幕と、少年との契約内容を知れたんだけど……無理やりリンクを解除するとその契約内容に問題があるんだよ」
 勇太がテレパスによって知り得た情報である。
 それには契約の詳細が含まれていたのだ。
「契約は『犬の寿命の延長を少年の命でまかなう事』、だが『外部が原因による犬の死亡に関しては関知しない』。これが契約内容なんだけど」
「つまり、犬と少年のリンクを強制解除すると、その時点で犬の寿命が尽きて死ぬって事だな」
「そう。んで、契約完遂の暁には、少年の魂が持っていかれる。つまり、犬が死ぬと少年も死ぬ」
 少年との魔術リンクが切れれば、犬はその時点で延長されていた寿命を全うする。つまりその時点で死亡する。
 すると契約が完了となり、少年の魂は連れて行かれて死亡する。
 結果、無理やり魔術を解除すれば犬も少年も死ぬ。
 これでは依頼は成功とは言えない。
「じゃあどうしたらいいのさ?」
「これは俺が考えたんだけど、少年が犬に執着する気持ちをどうにかすれば、契約を破棄出来ないかな?」
 少年が契約を結ぼうと思った最初の動機を薄くしてやれば、契約を解除できないか、と考えたわけだ。
 しかし、それには武彦が首を振った。
「それは難しいんじゃないか? 今更契約をうやむやにしても、魔術の効果は発揮されてるわけだし、相手に報酬を払わないってのは道理が通らんだろ」
「じゃあ、報酬として別のモノを用意するとか」
 慎のなんて事ない発言で、周りの空気が止まる。
「あ、あれ? 俺、変なこと言った?」
「いや、そうやね……相手が交渉できそうなんなら、その手もありえるで」
「勇太、その契約相手ってどんなヤツなんだ?」
「ええと……大鎌を担いだ黒い影の……悪魔って名乗ってたかな」

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 後日、依頼人の家にて。
 少年の部屋に集まったのは勇太、慎、セレシュ、そして武彦。
 ついでに依頼人である母親と犬のジョンも同席し、この部屋にいるのは少年も含めて六人と一匹。
「さて、それでははじめようか」
 武彦の言葉を合図に、慎とセレシュが部屋内で魔法を操る。
 その間に武彦が少年に近づいた。
「さて、キミはとある悪魔と契約して、ジョンの寿命を延ばしているな?」
「……な、何のことですか」
「とぼけるのは構わんが、このジョンが人様に迷惑をかけてる事だけは自覚しておいて欲しいな」
 武彦から合図を受けて、慎とセレシュは走らせておいた術式の一つを発動させる。
 すると、ジョンの身体が見る見る膨れ上がり、部屋の一角を埋めるほどに大きくなった。
 いつぞや見た、魔獣の姿そのものである。部屋の構造上、大きさは些か控えめにしてはいるが。
 それを見て、少年と母親は驚いて声をなくしているようだった。
「このジョンの姿はキミが結んだ契約による副作用だ」
「ど、どど、どういう事ですか!?」
「生命力を魔力として受け取ったジョンは、その魔力を消化しきれずに持て余し、身体を変容させてしまい、さらにはそれが暴走してしまうとあの姿になって人を襲う。既に数人、人死にが出ている」
「そ……そんな……」
「本来の寿命を歪んだ形で延長すれば、こう言う不具合も出てくる。……厳しい言い方になるかもしれんが、キミがジョンを苦しめていると言っていい」
 そう言われて、少年は唇をかんだ。
 彼自身にもおかしな事をやっていると言う自覚があったのだろう。
 変わり果てたジョンの姿を見て、その罪悪感が噴出したのだ。
「キミが望むなら、ジョンを元に戻す事が出来る。俺たちはその準備をしてここに来た」
「……で、でも、ジョンが死んじゃったら……」
「キミの身の安全も保障する。どうかジョンのためにも、キミ自身のためにも、ジョンを解放してやってくれ」
 少年はしばらく悩んだ後、静かに首を縦に振った。
 するとその瞬間、部屋の中にもう一人の人影が現れる。
『困りますねぇ。勝手に人の契約者をたぶらかしてもらっちゃあ。悪魔みたいな人だ』
 その人影は大鎌を背負った真っ黒な影のような人物。勇太がテレパスで確認した悪魔だ。
 一行はすぐさま、母親と少年を守るように立つ。
 そんな様子を見て、悪魔はクツクツと笑った。
『警戒しなくても大丈夫ですよ。私は別に荒事をしに来たわけじゃないんですから』
「だったら、何をしに来た?」
『忠告をしに来たんですよ。あなたたちはその犬と少年のリンクを解除しようとしているらしいですが、それだとそこの少年の魂は私のモノになりますよ? 私としてはそれでも一向に構いませんが、せめて命尽きるまで二者を一緒にいさせてはあげませんかね?』
「人生には愛するモノの死を乗り越えなきゃならん時だってあるんだよ。悪魔にはわからんかもしれんがな」
 返答を受けて、悪魔はそれでもクツクツといやらしく笑うだけだった。
 ヤツの笑い方は癇に障るが、悪魔が姿を現してくれたこと自体は、一行にとって喜ばしい事だ。
 直接交渉が出来るのならば、立てた作戦もスムーズに進行できそうである。
「アンタがこの少年の魂を欲しがってる理由はなんだ?」
『人間には理解の及ばない理由ですよ。我ら悪魔は魂を色々な事に使用しますから……そうですね、あなたたちはどうして水を必要とするのですか? と尋ねられるのと一緒です』
「わかった、質問を変えよう。この少年の魂を諦める気はないか?」
『失礼ながら質問で返させていただきましょう。あなたは喉が渇いている時に水の入ったコップを差し出され、それでも諦めろと言われたら素直に従えますか?』
 なんとも皮肉屋な悪魔ではある。……だが会話は成立している。
 となれば、武彦にも戦う術はある。
「昔、どこぞのお姫様が言ったとされるセリフに『パンがなければケーキを食べればいい』と言うのがあるそうだ」
『それがどうしました?』
「お前もそうしてみたらどうだ? 『魂がなければ別の代用品を使えばいい』だろ」
『あなた方にそれが用意できますか?』
 武彦の意図を看破し、悪魔は楽しげに口元を歪める。
 武彦の方も話に乗ってきたのを見て、楽しげに笑った。
「セレシュ。例の物を」
「はい、これやね」
 セレシュが持っていたのは特殊な鉱石。
 彼女が異世界を渡り歩いて適当に拾ってきた……と言っては言葉が悪いが、この世界ではかなり貴重な石である。
 それを見て、悪魔は驚いたように口笛を鳴らした。
『これは興味深い。あなたがたは、これをどこで?』
「それは企業秘密やねぇ」
「で、この石で少年の魂の代わりとしちゃくれないか?」
 悪魔は石を興味深げに眺めた後、ニコリと笑う。
『いいでしょう、これまで犬の寿命を繋いだ分の契約料はこれでまかないます。契約を完遂したとみなし、少年と犬の魔力リンクを解除します。それでよろしいかな?』
「そうした場合、少年はどうなる?」
『私が彼から魂を奪う事はありません。ですが他の要因が降りかかっても、私は関知いたしません』
 今までは契約者として監視はしてきたが、今後はそれもなくなると言う事だろうか。
 とりあえず、すぐに生命力が枯渇するような事はなくなるだろう。
「じゃあ、契約成立だな」
『ふふふ、確かに。ではリンクを解除します』
 石を受け取った悪魔は人差し指をクルクルと回す。
 すると少年と犬につけられていたあざが溶けるように消えうせ、ジョンはすぐに床に伏せて目を閉じた。
 それを見て、今までベッドの上にいた少年は、モゾモゾと這い出てきてジョンの亡骸にすがりついた。
 すすり泣きとジョンを呼ぶ声を聞きながら、武彦たちは部屋を出た。
 いつの間にやら、悪魔もどこぞへと消えていた。

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「草間さんは今回の件、IO2には報告するん?」
 帰り道を歩く途中、セレシュが武彦に尋ねる。
「必要ないんじゃないか? 向こうだって『放置する』って態度だったわけだし、自然解決したと思わせておけばいいさ」
「でも、悪魔なんかが関わってたんやろ? ちょっとは知らせておいた方がええんとちゃう?」
「それとなく、ユリには知らせておくさ。アイツが上に報告するかどうかはまた別としてな」
「ものぐさ……」
「んな事よりも、気になる事があるんだよ」
 そう言って、武彦は難しい顔をする。
「あの悪魔はどうやって出てきたんだ? 零がビビるような魔力を持ってるやつが、その辺をうろついてるとは思えないんだが」
「……言われてみればそうやね」
 全員集合して情報交換をしていた時、武彦が気にかけていたのはそこだ。
「誰かが呼び出したんだとしたら、今回、あの少年と悪魔が契約したのも目論見の内だったってのか?」
「うちが知るわけないやん。そんな事、考えてたってわからんもんはわからんよ?」
「そりゃそうなんだけど……」
 納得行かないような顔をしながら、武彦は興信所へと戻っていった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

【6408 / 月代・慎 (つきしろ・しん) / 男性 / 11歳 / 退魔師・タレント】

【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】


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■         ライター通信          ■
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 セレシュ・ウィーラー様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『わかりやすい伏線をまくのが好き』ピコかめです。
 プレイングの推理が全体的に見て、かなりの正答率だったので、ベストエンドでした。

 今回はセレシュさんに推理パートの根幹を担っていただきました。
 プレイングにてこちらの想定した以上の推理をしてくださって、ベストエンドが迎えられたのはセレシュさんのお陰と言っても過言ではありません。
 そうでなければ少年もジョンも亡くなっていたでしょうから、二人を救ったのはセレシュさんでした。ありがとうございます!
 ではでは、次回も気が向きましたらどうぞ〜。