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舞い込んだ依頼―U
宗教団体・『新光月舎』。
集会には自分達の資金によって建てられた講堂を利用しているらしい新興宗教だそうだ。それでも、収容人数およそ300名程度の講堂を用意出来るという点から、それなりの資金源が用意されていると考えられる。
佑樹は手に持っている『新光月舎』のパンフレットを見つめて嘆息する。
「……講習会参加に必要なものは無し。会費は年会費と月謝制のどちらかを選べる、って事かな」
ありふれたシステムを利用しているらしく、年会費の方が僅かにお得なようだ。
今回の佑樹の選択は、月謝制での入団を視野に入れた、お金のない大学生というスタイルを取るつもりだ。
依頼者は金額の上乗せに承諾してくれたが、だったら経費としてではなく、依頼達成料金に上乗せしてもらった方が有難いというのが佑樹の本音である。
「さて、講習会に行って来るかな」
「が、頑張って下さいね! いつでも私も行ける様に準備しますから!」
「……いや、準備はしなくて良いよ」
「酷いです〜……」
零の激励を空振りさせつつ、佑樹は『新光月舎』の講堂へと向かって歩き出した。
『新光月舎』の講堂として建てられたのは、駅からそう遠くない場所である。近くにあった電柱に貼られた新築一戸建て物件のチラシを見て地価の目星をつけてみたが、やはり駅の周辺だけあってそれなりの値段である。
そんな場所に建てるだけの財力。
新興宗教がそこまでの財力をどこから捻出しているというのか、佑樹は思考を巡らせる。
最初に出て来た要素は、バックについている大手の企業団体の存在だ。
新興宗教ともなれば、それなりの信用性を持っているか、はたまた“教典”がしっかりと形成されていて、信者を増やすだけの代物か。そのどちらかは確実に必要になる。もちろん、両方揃っているのだとすれば重畳だろうが、それも簡単な事ではない。
教典に何が記されているのか解らない以上、バックについている企業か出資者の身辺も調べる必要性があるかもしれない。そうなれば、依頼の経費はそちらに回すべきだ。
それが佑樹の判断であった。
「あの、すみません。講習会に参加したいのですが……」
講堂の入り口に置かれた案内席。そこに腰掛けていた初老の女性に佑樹は声をかけた。
「おやおや、若いのに感心だね。そっちの扉を開けて、空いてる席に座って待ってると良いよ」
「身分証なんかは必要ですか?」
「いいや、そういうものはいらないよ」
「分かりました。ありがとうございます」
佑樹は言われた通りに扉を開き、空席の目立つ場所へと向かって歩いて行く。
若い男が、ポツンとそこに座っているというのは誰もが気にするだろう事を予測した上で、敢えて注目を集める事にしたのだ。
(さて、どんなのが釣れるかな)
自分を餌にした釣り。そんな事を考えながら、佑樹は緊張した面持ちを作りつつ、その講習会の開始を待つ事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
さすがに講習会から全貌が見えるという兆候はなく、他宗派を貶める訳でもない至って普通――言うなれば、ソフトな講習を行っている様であった。
月謝と年会費の説明が行われ、『新光月舎』の講習会は思っていた以上にあっさりとしたものであったと佑樹は小さく息を吐いた。
とは言え、何も収穫がなかった訳ではない。
佑樹が気にしていたのは講習会の最中、しきりに動いていた天井のカメラの存在であった。
どうやら妄信的な要素がある人間や、あるいは救いを求めて縋る様な表情をした人間を探しているらしく、そのカメラは講習会に参加していた一般人を忙しなく映し込んでいる様であったのだ。
もちろん、それに気付いた佑樹は、カメラが自分に向いた時には熱心に聞き入る好青年という立場をアピールした。
――その甲斐あってか、講堂の奥に設けられた喫茶スペースで座り込んでいた佑樹に、一人の若い女性が歩み寄ってきた。
年の頃は二十代前半。長く伸ばされた黒髪に、どこか上品な佇まいをした女性。『新光月舎』の入団者用の制服と思しき、白い生地で造られた質素な修道服さながらの服に身を包んでいる。
(成る程ね……)
気付いていないフリをしながら、佑樹は周囲を見回した。
どうやら他の講習会参加者にも、それぞれ一人ずつがついて回っている。
(女性には若い見栄えの良い男性を。初老の男性には、とっつき安そうな女性を、といった感じか。どうやら俺も脈ありだと判断した、って所かな)
「講習会に参加された方、ですか?」
思考を切り離し、声の主に今気付いたかの様に佑樹は女性を見上げる。きめ細やかな、まだ若い絹肌。そんな表現が似合う、色白の女性だ。
(下心を餌にしよう、って感じかな。えげつない真似をするもんだ)
佑樹はそんな内心をおくびにも出さず、女性に「はい」と返事をした。女性は柔らかな笑みを浮かべると、「隣に座っても?」と小さく尋ねる。
いよいよもって佑樹の考えは当たりであった可能性を強くした。佑樹は女性に隣を空けながら、演技を始める。
「お若い方が、この様な無名の宗教団体の講習会に参加されるなんて、少々珍しいなって思いまして」
隣に腰掛けた女性の言葉に、佑樹は小さく逡巡する。
どうやらこの女性の役割は2つ。
一つは佑樹が本当にこの団体に興味を抱いているかを確認し、入団させる事。
もう一つは、佑樹の素性を知る事。
敢えて無名である宗教団体だと口にする事で、実は自分もあまり信じていないのだと暗に示す。そうする事で、もしも対象――この場合は佑樹が、それに同調する様であれば脈はなし。素性を知る必要もなく、さっさと追い返す心算だろう。
しかし、そんな言い回しをしても動じないのであれば、対象は入団希望者だろう、という一つの言葉のカマをかけた状態だ。
佑樹はどう答えるかを僅かの間の中で整理した。
「実は、母がこういった団体に入っていた経験もあったので。俺も信心には篤い方なのかもしれません」
気さくに答える若い男。そんな印象を与えるつもりで佑樹は乾いた笑いを浮かべて告げる。
家族が宗教団体に関係していたと言う事で、一般人が抱いている印象などは持っていないとアピールする事。そして、自分も入るつもりはあるのだという事を、遠回しにだが表現する。
「そうでしたか。お母様はこちらに?」
「いえ、母は去年事故で……」
「……すみません、立ち入った事を……」
「いえ、お気になさらず。ですが、突然家族を失ってしまったので、何を頼れば良いのかも解らなくて。それで今回、こうして講習会に参加してみたんですが……」
佑樹はそう言って言葉を言い淀ませる。
「どうかしたのですか?」
「せっかく、良い所があったと思ったんですけどね。僕はまだ学生なので、月謝や年会費が支払えそうにないんです……。お恥ずかしい話、なんですけど……」
佑樹の一歩目の賭け。
それは、この言葉を『新光月舎』がどう捉えるか、であった。
もしも金蔓を狙って入団者を増やすつもりであれば、恐らくこのまま可哀想な少年として引き入れようとはしないだろう。
だが、もしも他に目的があって入団者を増やそうと企んでいるのであれば。
それを確認する意味合いを兼ねている。
「そういう事でしたら、私からもお願いしてあげますよ」
「え……、でも……」
「困った方の為に、私達『新光月舎』は存在しているのですから」
笑みを浮かべて答える女性に、佑樹もまた笑みを浮かべ、「有難うございます」と感極まった様子を見せつける。
しかし、内心では佑樹は小さく訝しんでいた。
さっきの質問に対する答え方は、おそらく後者だ。もともと、佑樹はこの団体のパトロンの存在を疑っていただけに、こうなる事は予想出来た範囲だ。
だが、佑樹が不思議に思っているのはそこではない。
それは、相対するこの女性の笑顔だ。
人を騙す様な醜悪な人間の作り笑いではない、本物の笑顔。それは善意から造られているだろう事は、佑樹にも理解出来た。
だからこそ、佑樹は訝しむ。
(……盲信者、であったなら自身の宗教を貶める様な言い回しはしないはずだ。だとすれば、本当に心から信じているという可能性は薄い。なのに、何故こんな笑顔を浮かべられるんだ……?
それこそ、まるで入団するだけで救われるのだと彼女自身が知っている様な……)
そこまで考えて、佑樹はある一つの仮説に辿り着いた。
(……まさか、崇める神は信じていないが、救われた事があるって事か……?)
そんな思考の波に漂う佑樹を他所に、女性は奥へと歩いて行った。どうやら佑樹の月謝などの件を、上に報告するつもりなのだろう。
(……ま、何はともあれ潜入は成功、って事か)
佑樹はそんな事を考えながら、女性を待つ。
――女性の態度のせいで、余計に正体が掴めなくなってしまった、この『新光月舎』が、一体どういった存在なのか。
それに僅かな不安を胸中に抱きながら……――。
to be countinued...
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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
今回は前回の続きという形で、『新光月舎』への潜入の為、
講習会にやってきた佑樹クンが、潜入に成功した、という所で
切らせて頂きました。
お楽しみ頂ければ幸いです。
今後の展開などについてのご要望がありましたら、
またいつでもお申し付け下さい。
それでは、今後とも宜しくお願いいたします。
白神 怜司
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