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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.38 ■ 驚愕の実力





 十代前半の二人の男女。悪戯に成功したように、ニヤリと口角を吊り上げた少年は、美香とユリカを真正面に見据えた。
 対する少女は、どこか物悲しそうに表情を歪めている。

(好戦的なのは少年だけ、なのかも……)

 その表情と、男女のペアという二人の様子から、少年がナイトであり、少女がビショップであると当たりをつける美香であった。
 駒の名前と役割がそのままなのだと考えていた。

「おぉーッ! ニーナ、見てみろよ! あのお姉さん美人だ!」
「……ルジア、不潔」
「おかしな事言うな! 昨日の夜だって風呂入ったぞ!」
「……バカ」

 二人の会話にどこか拍子抜けしてしまいそうな気分になった美香であった。
 少年はルジアと呼ばれ、少女はニーナ。どうやら親しい様だ。

「双子?」

「あぁ、そーだよ。俺がこいつの兄、“僧侶《ビショップ》”のルジア。んでこっちが妹の“騎士《ナイト》”のニーナだよ」

 ルジアの自己紹介に、美香は認識を改める。
 どうやら男女で考えていたのは甘かった様だ。少女がナイトであり、少年がビショップ。だとすれば、前衛を努めるのはニーナと呼ばれた少女の方だろう。

「二対一ってのは気が引けてたんだけど、そっちのお姉さんも戦うのかな?」

 ルジアがユリカを見つめて尋ねた。

「…………」
「……?」
「美香。アタシはあっちの女の子やるわ」
「無視かよッ!?」

 ユリカの淡々とした態度にルジアが声をあげる。

「どうしたの?」
「相性の問題よ。あの子の爪、見てみなさい」
「爪?」

 ユリカに促された美香が少女の爪を見つめる。
 5本の指にはめられた、指輪。それは指を覆い、先端は刃となっている。独特な意匠が凝らされたそれを見て、美香はそれがただの武器ではないと気付かされた。

「……あれって……」

「恐らくは毒仕込み、でしょ。避ける事に関してはアタシの方が美香より安定するわ。それに、アンタじゃ小さい女の子相手じゃ手を抜きそうだもの」

「へぇ……。お姉さん達、鋭いね」

 ルジアがユリカに向かって口を開いた。

「ニーナの毒爪に塗られてるのは、キロネックスの神経毒だよ。掠りでもしたら死ぬ――と言いたい所だけど、だいぶ中和してるからね。それでも身動きは取れなくなるだろうけど?」

「当てれるものなら当ててみなさいな」

 ルジアの挑発に対して、こちらも挑発する様に言い返すユリカ。そのユリカの言葉にルジアは眉間に皺を寄せた。

「ルジア、戦わなきゃダメ?」
「ダメだ。生きる為に必要なんだから」
「…………」

 ルジアの飄々とした雰囲気が一転し、ニーナを諭すように告げる。

 美香は二人の会話から、彼らもまた『七天の神託』によって自由を奪われている“異能の子供達”の一人なのだと改めて実感させられる。
 アイ、そしてアンジェリータの二人と同じく、籠の中でしか許されない自由に苦しむ子供。それはまるで、かつて家を飛び出た自分と似ている。しかしそんな自身の環境よりも、もっと深い闇の中に生きているのだと実感させられる。

 ――助けなくちゃ。

 そんな事を考えながら、美香は腰を落とす。

 油断も手加減も一切しない。
 早く終わらせる事。

 それが実際に、この少年と少女達を救う、唯一の方法であり、最善手なのだ。

「行くよ、ユリカ」

 言うや否や、美香とユリカの姿が視界から消える。

「――な……ッ!?」
「え……!?」

 これに戸惑ったのはルジアとニーナであった。

 異能の子供達であるルジアとニーナだが、自身達と同じ異能持ちと対峙する経験は浅い。それは偏に、“七天の神託”によって手駒として動いている彼らは、実戦の経験が浅い故とも言える。

 そんな彼らは、この状況にただ困惑するしかなかった。

 対して、ユリカはもちろんの事、美香もまた戦闘には既に“慣れている”のだ。
 虚無の境界との幾度かの死闘を超えた美香にとって、能力を用いた戦闘は既に自身の身体に染み付いている。

 僅かな困惑に身体を動かせずにいたルジアとニーナは、それが失敗だったと数瞬後に自覚する。
 二人を個々に連れ去る様に左右に離れる事で、協調して戦わせる事を避けるという美香の判断が、ルジアの身体を引っ張り、そのまま研究室内のはるか後方にルジアを移動させたのだ。

 この動きに目を輝かせているのは憂だ。
 隣で呆然としているメイドちゃんと共に、突如現れた美香とルジアを見つめ、そのデータを自身の脳裏に焼き付けようとしている。

 研究者魂の成せる業である。

「クソッ、異能持ちだなんて聞いてない!」

 慌てて体勢を立て直したルジアが、美香を睨みつける。

 それもそのはずだ。
 美香はこのIO2の内部に入って以来、能力を一切使役していない。それはIO2の上層部に自身の能力を悟られる事を嫌ったからだ。

 しかしその布石も、もはや意味を成さないのだ。
 この戦いをきっかけに、美香は『七天の神託』を急襲する心算だ。

 もはや隠す必要はないと踏んだのだ。

「ニーナ!」
「大丈夫。殺したりしないよ」

 慌ててニーナのもとへと駆け出そうとしたルジアの目の前に、美香が移動して静かに告げた。

「邪魔すんなよ!」

 ルジアが手を上に掲げ、美香に向かって振り下ろす。

 到底届く位置にいないのに何をするつもりなのか。そんな事を考えた美香が、僅かに耳に届いた空気を切り裂く音を捉え、その場から横へと飛ぶ。
 すると、美香の立っていた地面が鈍い音をあげ、まるで巨大な鉄球が空から降ってきたかの様に窪みを作り出した。

「げ、初めて避けられた……」

 ルジアが思わず声を漏らした。
 ルジアの能力は、どうやら空気――もしくは風を押し付けたものだと美香は当たりをつける。

 重力を操るのであれば、おそらくあんな音はしないだろう。

 対するルジアは、美香の能力を肌で感じた為に“加速”である事に気付いている。
 飄々とした出だしの雰囲気が一転、焦燥感に駆られるルジアである。一撃目の先手必勝は、ルジアにとっての勝ちのリズムである。

 それをあっさりと覆されてしまったのだ。

 その上、視認出来るか定かではない速度での移動。
 そういった相手との相性の悪さを埋めるのが、近接戦闘型のニーナであったが、美香の奇襲によってそれが隔離されてしまった。

「クッソォ!」

 やけくそ気味に次々に風を操り、美香を押し潰そうと試みるルジアであった。しかし、美香はそれを理解し、ルジアの攻撃パターンを分析する。

 手を振り下ろす事で攻撃の発動を促しているのなら、あとは耳を頼りにしなくてもその場から移動すれば良い。
 ルジアの攻撃は、やけくそ気味のワンパターン化された攻撃だ。読むのは容易い。

 ――しかし次の瞬間、ルジアは手を強く振り上げた。

 キーンと甲高い音を聞いて、美香は咄嗟に加速の段階を一段階繰り上げ、遥か横へと移動する。
 美香の判断は正しかったようだ。

 ルジアの振り上げた手から直線にあった壁に、縦に亀裂が走った。

「風の刃って所、かな?」
「な――ッ!?」

 次の瞬間、背後に回った美香が声をかけ、ルジアが慌てて振り返って裏拳を試みるが、美香はそれを腕で押さえ込み、そのままルジアの足を払って地面に背中を叩き付けた。

「が……あッ!」

 受け身も取れない体勢で地面へと背中を叩き付けられたルジアの肺から空気が漏れだし、美香が更にルジアの顎を強く横に揺らす。

「ごめんね」

 脳を強く揺すられ、その場で意識を刈り取られたルジアに美香が小さく声をかけた。





 憂はその一連の動きを見て、美香の戦闘能力を大幅に上方修正する事を小さく心に刻んだ。
 異能の持ち主である能力者は数多く見てきた憂であったが、美香の戦い方は能力にかまける物ではなく、あくまでも能力を自身の補助に使っているものだったのだ。

 能力者はその能力の強さから、どうしても能力頼りの戦い方になりがちだ。
 しかし美香には、その法則が通用しないのだ。

「……メイドちゃん、あの状態の美香ちんに勝てると思う?」

 隣で食い入る様に二人の戦いを見ていたメイドちゃんは、唐突な憂の問いかけに首を横に振った。

「……不可能です。センサーが美香を捉えたのは、どれも美香が立ち止まった後でした」

 マスターからの質問に、性格情報を無視した冷静な報告が返す。
 機械である彼女ですら、この状況は軽視出来ないと判断したのである。

「でも、これならやれちゃうかもね」

 思わず憂が小さく獰猛な笑みを浮かべる。
 僅かに垣間見えた、確実な実力。それは、七天の神託を下す大きな勝機の光明なのだと、憂は実感していた。






to be countinued...



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いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回は美香さんとルジアの一騎打ちをメインに
描写させて頂きました。
次回はユリカの描写と、ついに『七天の神託』へと
動き出す場面の予定です。

お楽しみ頂ければ幸いです。

奮闘編とはまた違った美香さんですが、
なんだか成長したなぁ、とか思っているのは私もだったりw

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司