コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


交わされたとある約束





 ニューヨーク。
 連なるビル群の外には多くの車が行き交い、そして喧騒にまみれている。全面ガラス張りのその部屋には、窓に背を向ける様に座る、ブロンドヘアの男性がいた。

 相変わらずの6対4でキッチリと分けられた金色の髪。そして、吊り上がっている緑色の瞳。スーツの上着を脱ぎ、ワイシャツ姿である彼はそのラフな様相のまま眼鏡を外し、電話機を耳に当てていた。

「そうか、そっちはまだ朝だったね。――あぁ、こっちはもう夜だよ。残業も良い所だ」

 いつもの口調からはずいぶんとかけ離れたフランクな口ぶりで、男は告げる。

《それにしても、アイツらしいとしか言えないな。まさか帰国の一発目がハイジャックとは》

 くつくつと込み上がって来る笑いを噛み締める様に、受話器越しの男性の声はそう告げた。

「何を言ってるんだか。あの機を手配する様に告げたのは君じゃないか、タケヒコ」

 対する男性――ジャッシュは少しばかりの呆れの混じった声で言い返す。

「まったく……。キミの頼みとは言え、特級エージェントを一般の旅客機に乗せるなんて……。IO2は特殊な機関だから、それなりのメンツってものもあるんだけどね?」

《くだらないメンツなんて、その辺のお偉いに取り繕わせておきゃ良いのさ》
「そう言えるのはキミぐらいなものだよ」

《ま、そう固い事言うな。おかげで、“フェアリーダンス”を使った凶悪犯が捕まっただろう? 警察組織にデカい顔をしてマスコミが騒ぎ立てる前に、日本のIO2にも連絡を入れておいてくれ》

「キミから連絡すれば良いんじゃないのかい?」

 ジャッシュの質問に、受話器越しに乾いた笑い声が響き渡る。

《そいつは無理だな。なんてったって、今の俺は――――》






◆◇◆◇◆◇◆◇





 乗客の無事を確認した鳳凰隊のメンバーはその後、乗客達の記憶を改竄するという荒業を行なってみせた。これは、4年前の虚無の境界との死闘によって、超常現象や超能力を見た者がそれを外部に吹聴し、徒におかしな噂が蔓延しない様に配慮したIO2の対策の一環である。

 鳳凰隊は犯人とネルシャを誤送する運びとなり、フェイトは凛の車の助手席に腰をかけて首都高を走っていた。
 目の前に映し出されるナビゲーション映像に思わず驚かされる事となったが、車の中での会話は、まるで空白だった4年間を埋める様にフェイトの話を色々と耳にする凛であった。

「噂は聞いてました。ニューヨークの凄腕特級エージェント、ですよね」

 凛の耳にもその噂は聞き及んでいた。
 そもそもその素性が明かされる事がなかった為に、海の向こうの噂話程度にしか心に留めていなかったのだが。

 いくら噂であっても、それが自分であるとなれば何ともむず痒い気持ちである。
 フェイトはそんな心境を抱きながら、今は凛に連れられてIO2東京本部へと向かっているのであった。

「百合さんと私も、今はIO2の一級エージェントなんですよ?」

 車を運転しながらそう告げる凛は、昔に比べて垢抜けた印象と、大人の女性らしい雰囲気が漂っていながら、何処か当時のままと変わらない様な柔らかい口調でフェイトへと告げた。

「百合って、アイツもIO2に入ったの!?」
「あれ、知りませんでしたっけ?」

 勇太がその事を知っているはずもない。
 百合がIO2に所属したのは、勇太が日本を発って半年程の月日が流れた頃であったのだ。
 改造された身体を、影宮 憂と言う名のIO2の科学者を筆頭に、馨と楓によって治療に成功。そして、リハビリを終えてIO2に所属したのだと凛は告げた。

「なんか、組織とかそういうのに入るとは思ってなかったから、ちょっと意外だなぁ。それに、IO2もよく百合の所属を認めたね」

「逆ですよ」
「逆?」

「百合さんのIO2への所属は、影宮 憂の提案だったんです。
 彼女ほどの能力者を野放しにするのも、逆に監視をつけて見張るのも容易ではない。だったら、自分達と同じIO2で生きてはどうか、と」

 確かに、その人物の言葉は的を得ている。

 百合の能力は、“空間接続《コネクト》”だ。
 自身の移動と、物質を操る戦闘方法。そして何より、冷静に戦いを進めるだけの頭脳の持ち主。
 幼い頃は怒りっぽく、激昂に身を任せるタイプだったのに。そんな事を考えながら、フェイトは小さく笑みを浮かべた。

 ――帰って来たんだ。

 そんな事を感じながら、懐かしくすら思えるその場所を進むフェイトであった。





―――。





 虚無の境界との熾烈を極めた戦いが行われた東京主要部の開発は、相変わらず続いている様だが、今となってはその本来の活気に満ち溢れている。

 東京郊外にあったIO2東京本部は、相変わらずの佇まいであった。

 巨大な三つの塔の様に佇む形状。三角形が三つ、上空から見れば並んでいる様に見え、その中央部には巨大な円柱状のエレベーターホールが佇んでいる。そのエレベーターは、渡り廊下によってそれらの三つのビルと繋がる中継地点に位置していて、一階ではなく地下へと直接繋がっている。

 表口の玄関を用意していた4年前とは、少々造りが変わった様である。

 地下へと続く駐車場へと入り車を停め、凛とフェイトは早速二人でIO2東京本部の中央エレベーターから、地上12階にあるというIO2エージェントの総合部署へと向かって歩いて行く手筈だ。
 いざエレベーターに乗って扉を閉めようとした所で、何やら甲高い声で「待ってー」と叫ばれ、慌ててフェイトが扉の開ボタンを押してその声の主を待つ。

「ふへぇ、せふせふー」

 エレベーターに乗り込んで来たのは、どう見ても小学校低学年程度の見た目をしている茶色い髪をした少女であった。何が楽しいのか、白衣を着て額を拭っている。

「子供……?」
「フフフ、ロリは正義だよ!?」

 ――意味不明である。

 首からぶら下げているIO2のスタッフカードを見る所、どうやら関係者である事は間違いない。とにかくフェイトと凛は互いに顔を向けて首を傾げつつも、そのままエレベーターに突如として訪れた客人を他所にこれからの段取りを話し合っていた。

「とりあえず、鬼鮫さんに挨拶もしなくちゃいけませんね」
「あー……、また出会い頭に斬りかかってきそうなイメージしか浮かんで来ないんだけど……」

 フェイトの思い出――もとい、記憶では、出会い頭で斬りかかって来そうな人物の筆頭とも呼べるのが鬼鮫である。

「まぁ、勇太にならやりかねませんね」
「……凛、否定してよ……」

 クスッと笑う凛の表情は、昔よりも大人びていた。そんな仕草に不意に胸を高鳴らせてしまうフェイトである。やはりアメリカでの経験はフェイトを大人にする、とまではいかなかった様だ。

 そんな様子を見ていたのが、突然エレベーターに同乗する事になった、子供であった。

「ふーん、噂通りだねぇ……♪」

 どこか楽しげにそう告げた少女は、ニヤニヤと笑みを浮かべてフェイトと凛の二人を見つめていた。

「え?」

 勇太が訊き返そうとした所でエレベーターが止まり、少女がクルっと白衣を翻しながらエレベーターから降り、二人を見つめた。

「楓ちゃんと馨ちゃんにも顔出す様に伝えとくよ、“工藤 勇太”クン?」
「は……?」

 閉まりかけの扉の向こうで、少女がそう告げると扉が閉まり、エレベーターが再び上階へと向かって動き出した。

「……な、何だったんだろう」
「さぁ……」

 この時、二人はこれから先に付き合う事になるだろう少女との邂逅に、些かの戸惑いを抱く事になるのであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 二人が歩いている姿を見て、IO2内部は騒然としていた。
 それは偏に、凛の知名度が大きく関わっている事ではあるが、見る者が見れば、その二人と言えば4年前の大戦を思い出し、思わず画面の向こうに佇むヒーローでも見たかの様な気分になっていたからである。

「な、なぁ。あれって……」
「あの時の子、か……?」

 ザワザワとどよめく周囲に困惑するフェイトは、持ってきたサングラスをかけたままその泳いだ視線を隠すという仕草に出ているが、そんなフェイトの一歩斜め先を歩く凛に至っては、涼しげな表情をしていて堂に入っているかのような歩きである。

 そんな二人を避けるように道が開き、騒然とした廊下で凛はある一室の前で足を止めると、コンコンと乾いた音をノックで響かせた。

「一級エージェント、護凰 凛。アメリカ・ニューヨーク本部から来た特級エージェント、ゆ……コホン、フェイトを連れて参りました」

 堂々たる宣言を前に、周囲はさらにざわついた。
 凛に至っては、その反応をどこか楽しんでいる節がありそうだが、フェイトはそれに気付きもしない様だ。



 ――フェイトはこの先に、鬼鮫。そして武彦もまた待っている様な、そんな気がしていた。



 扉を開き、そこにいたのは鬼鮫と、黒髪で目の大きな高校生ぐらいの少女だ。どこの学校の制服かは解らないが、それでも佇まいから普通の高校生とは到底思えない、長髪を後ろで一本に纏めた、どこか冷たさを感じる様な凛とした雰囲気を放った少女である。

 どうやら武彦はいない様だが、フェイトはその少女を見つめた後で、鬼鮫に振り返った。

「援交は犯罪だったと思う――って、冗談です。刀をしまってクダサイ」

 フェイトの一言に、鬼鮫から放たれた殺気と、甲高い音を立てた鞘から抜かれた銀色の刀身に、思わずフェイトが固い口調でそれを宥める。

「ったく、久しぶりに会って開口一番でくだらねぇギャグを言いやがって。おい、萌。お前も何とか言ってやれ」

「もえ……?」

「……お久しぶりです、勇太さん」

 少女が頭を下げる。
 百合の様な冷たく尖った様な綺麗さを携えながら、その瞳はどこか優しげに微笑んでいる少女。

 しかしフェイトは小首を傾げる。
 ――あんな美少女の知り合いいたかな、と。

 さすがの天然ぶりに、嫉妬どころか変わらないなと笑みを浮かべてしまう凛だが、少女は小首を傾げられた事には少々ご立腹な様だ。綺麗な顔の眉間に皺を寄せ、フェイトを見つめた。

「あの、萌です。茂枝 萌」
「……は?」

 思わずフェイトはサングラスを外して少女を見つめた。大人になったフェイトの姿にまじまじと見られて頬に朱を差す萌だが、フェイト自身、そんな萌の変化に気付く事はない。

「萌って、あの、忍者コスプレの?」
「コ、コスプレなんかじゃありません! あれはちゃんとしたパワードスーツです!」

 そんな反応に、フェイトは唖然としながら萌を見つめた。
 失礼ながら、今の萌があの服を来ている姿など想像出来ない、というのが本音である。特に成長した彼女には、色々な意味で厳しいものがあるだろう、と。

 当然、任務の時は着ているのだが、それを知る由もない。
 サプライズじみた再会は成功したらしく、鬼鮫はそんな萌に「綺麗になったなー」とか相変わらずの天然誑しを発揮している姿を見て、凛を見つめた。
 直属の部下の前途は相変わらず苦労が多そうだ、と思ってしまう辺り、鬼鮫もずいぶん丸くなったものである。

「そういえば、草間さんはいないんだ」

 フェイトの言葉に、一瞬にして全員が呆れたようなため息を漏らした。

「そうでした。まだ話していませんでしたね」
「知らなかったのか?」
「え? え?」
「勇太さん。草間さんは今……――」

 萌の言葉に、沈黙が流れる。




「――IO2によって指名手配されていますよ」




 ――日本の生活もまた、波乱に富んだものになりそうだ。

 そんな事を実感するフェイトであった。





to be countinued...