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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


今日の余興は『絵本』の中で。

 …とある経緯で入手した、とある『絵本』が、シリューナ・リュクテイアの手許に一冊ある。
 気まぐれにめくったのはほんの数ページ。暫し『絵本』の中を眺め見て――彼女は満足そうに小さく頷いた。

 そして。

 シリューナは、次の行動に移る事にする。



 次の行動。

 いったい何をするのかと言えば、ちょっとした実験。
 別世界から異空間転移してこの東京に訪れた、紫色の翼を持つ竜族であるシリューナ・リュクテイアの営む魔法薬屋の店内には――元々、普段から魔法実験の為に特殊な異空間を作ってある一室がある。
 今回は、この一室を利用して。
 この『絵本』――御多聞に漏れず特殊な代物でもある――と部屋自体を魔法的に組み合わせる事によって、『絵本』の中の世界をこの場所に異空間としてまるごと再現させてみてはどうか。
 シリューナはそんな事を思い付いてしまい、実際に試みている、と言う事の次第である。

 そして今回の場合――いや、「今回の場合」とわざわざ言うより、単にいつもの事とでも言うべきか。ファルス・ティレイラもまた、シリューナを手伝う為にこの場に居合わせている。…ティレイラはシリューナの同族にして妹のような存在であり、同時に魔法の弟子でもある。そんなティレイラにしてみれば、師匠でもあり、姉同然でもある大好きなシリューナから手伝いを頼まれれば否やは無い。と言うか、むしろティレイラの方がシリューナのする事に何かと興味津々で――今回の『絵本』を基にした実験についても、知った時点で手伝わせて下さい! と自分から頼みそうなところでもある。
 まぁ、初めからその辺見越して師匠が先に弟子へと声を掛けている可能性も無くは無かろうが。

 ともあれそんなこんなで、シリューナとティレイラの――主にシリューナの、でもあるが――手により、異空間の再現自体はひとまずの完成を見る。

 で。
 ひとまずの完成を見たその異空間内の、再現率等の微調整をシリューナがしているところで。
 いよいよティレイラの好奇心がむくむくと湧き上がってくる。ひとまずの完成、と暫定的ながら目の前に当の異空間は出来上がっている訳で――しかも特に師匠から禁則事項を言い渡されている訳でもなく――ティレイラにしてみれば湧き上がったその好奇心を我慢する方が難しい、とも言える。

 …まぁ、これもまたいつもの事と言えばいつもの事の気がするが。



 シリューナが微調整の方に集中している最中、そ、とティレイラは当の部屋の扉を開け、興味津々で中を覗き込んでみる。…『絵本』の中の世界が再現されている異空間、になっている筈のその部屋。ダメとは言われていないけれど、まだ一応完全に完成、じゃないから。…お姉さまに断りを入れての行動でもないし。…だから。遠慮がちに恐る恐る。ちょっとだけ、覗いてみるだけ――そのつもりだったのだが。
 覗いてみた時点で――好奇心の方があっさり勝った。

 …なんか、すごく大きい。

 覗いてみて、いきなり目の前にあったのはまず靴。それも横から見たところ――踝の辺りと言うか底の縁と言うか、とにかくすぐに全体像が見えない事に驚いた。そもそも目の前にあった「それ」が「靴」だとわかったのも――実際、異空間の中に足を踏み入れてしまってから紫色の翼を生やして飛翔、少し離れて上から見下ろしてから――の事。
 ティレイラは「これ」は何だろうと思った時点で少し考え、人型を取ったままながらも竜族としての特徴を一部明かした姿――翼と角と尻尾を生やした姿に変わってみている。…何でもかんでも超巨大化してるみたいなこの異空間。ならこの姿で居る方が、色々見て回って冒険し易い。…そう思い。
 靴の全貌を確かめてからまた移動。…そもそもが魔法薬屋の裏口、の辺りのように見えた。今の「靴」。今日お姉さまが履いてた靴と同じだったような? と思わず小首を傾げる。
 思いながらもゆっくり移動。翼を緩やかにはためかせながら、外に出る。外の景色もまた大きい。大きな樹木の一本一本――かと思えば本来はごく細い草葉や茎じゃないかって離れてみて初めて気付く場合もある。花の一つ一つも万博とか何か、そんなテーマパークとか大きな公園にあるような大掛かりな前衛芸術――何かのオブジェみたいで。街灯とかも、こうやってみると何かの巨大なホールかタワーみたいに見える。まるで中に空間があって入れるんじゃないかって思えそうなくらい、大きい。
 多分、裏口から外に出た辺りがそのまま――再現されてるんじゃないのかな? と言う気だけはする。ただ、はっきりとは言えない。魔法による異空間は異空間。大きさが違えばいつも見慣れてるものの筈なのに、どれもこれもいちいち新鮮な気がする。凄いし、面白い。
 また、移動する。何となく選んだのは草木の多い方。体感としてまるで地形の一部みたいに大きな樹木――本来枝や幹なのだろうごつごつした茶色の飛び地と、葉なのだろうさざめく緑色の波――の合間を気持ちよく滑空する。滑空する中、それらが間近に見えるとなかなかにスリルもある。スピードを上げてみる――と。

 目の前にいきなり白い壁が現れた。

「っ!?」
 と、息を呑みつつティレイラは慌てて急停止。ギリギリのところで激突を避け、改めて――目の前に聳えるその白い壁を見上げる。ごつごつとした――けれど、木の幹でも無く。また違った感触の――まるでお城みたいな、凄く大きな――建造物。
 そう、今ぶつかりかけた「それ」は、木の幹のような自然物じゃなく、どうにも建造物のような感じがあった。…何かしらの手が加えられて作られている感じ。目の前にある白い壁――ティレイラはそっと触れてみつつもこれは何だろうとぐるぐる考える。そんな中、淡く黄味がかった暖かい白と、建造物らしさからして一つの仮説が頭に浮かんだ。確かめる為に白壁から離れ、ティレイラはまた上方へと飛んでみる。
 少し離れて、やっと「白壁」の全貌を確認。

 …蜂の巣だ。

 すごーい、とティレイラは本気で感心する。大きさにか、細部までの手の加えられようにかその両方か。これだけの大きさの巣となると住んでる蜂さんの方も多分巨大なんだろうなとは思う。この白い壁は――特殊な蜜蝋が原料か。無造作に塗られているようでいて、その実、とても精緻なのではとも思えてくる不思議に惹き込まれる造形。
 と。
 感心しているところで、殆ど反射的に鼻がひくついた。
 同時に、ティレイラの嗅覚が拾っていたのは――。

 ――すごく、いいにおい。

 いったい何処から――問うまでも無く目の前の『お城』、もとい蜂の巣の中からそんな匂いが漂ってくる。蜂の巣から漂ってくるいいにおい。…それは勿論、蜂蜜の匂いで。
 これだけの大きさの蜂の巣に蓄えられている蜂蜜。想像するだけで、うわ〜、と感嘆の声が出る。想像するだけでも美味しそう。それに、多分これだけの大きさがある巣なら――蓄えられている蜂蜜だってきっとたくさん。…私がちょっとくらい舐めさせて貰ったって、多分、バレないくらいたくさんある。

 うん、と元気良く頷き、ティレイラは心を決める。
 この『お城』の中も、探検してみよう!



 この異空間に入った時と同様、そ、とティレイラはまず顔だけで中を覗き込む。
 蜂の巣の周囲を注意深く巡って、取り敢えず中に入れそうな小さな入口――と言うより空気穴か綻びか何か?――を見付けた後の事。…中に誰(?)も居ないと確認してから、今度こそこっそりと足を踏み入れた。お邪魔しま〜す、と潜めた声で言うだけ言って、入り組んだ構造の巣の中を蜂蜜の匂いだけを頼りに進んで行く。ちょっと味見させて貰うだけだからね〜、と誰にともなく言い訳しつつ、ティレイラは奥へ奥へと向かっていた。
 そして。
 誰にも――と言うか何にも会わずに、蜂蜜の匂いが一番強い気がする一角にまで辿り着く。そのまた奥を覗いてみれば――そこにはたっぷりの蜂蜜が。
 わ、とティレイラは思わず声を上げてしまう。凄い量。艶々の、文字通り蜂蜜色をした、水飴状の――恐る恐る指を突き入れてみるととぷんと沈み、引き抜くと贅沢なくらいの量が指先を包むように指先に付いてくる。付いて来たそれをぺろりと舐める。…極上の甘さとコク。それが、目の前のこの量あって。すごいすごいとティレイラは思わずはしゃぐ。

 うん、やっぱり産地直送――いや、直送じゃないけど――モノは違うなあ〜、美味しい。うん。



 はっ、と我に返る。

 どのくらいここに居ただろう。蜂蜜をちょっとだけ味見の筈が、そのままつい、じっくり堪能してしまったらしい。…勝手に入った上にあまり長居をしていてはここの蜂さんに申し訳無い、そんな気持ちも無くは無いので――ティレイラは慌てて蜂蜜貯蔵庫?から表に出た。
 …と言っても『表』とは言え相変わらず『お城』の中なのは変わらない。出たところで、はてどっちから来たんだったっけ? とティレイラは暫し思案。来る時は蜂蜜の匂いが頼りだったが、帰りは――目印が無い。今更になって、はっ、と気が付き、ティレイラは青褪める。…この入り組んだ構造、何処をどう行ったら元の道になるのか、『お城』から外に出られるかなんて…わかる訳が無い!
 どうしよう。えっと、えっと…確か…斜めのこっちの道だった気がする! 殆ど当てずっぽうに近い頼りない記憶を元に、ええい! とばかりに道を決めてティレイラは移動を開始。けれど進めば進む程、選んだ進路にどんどん自信が無くなって来た。…えぇと、こんなところ通らなかったような。
 そうだ! 空間転移を使って外に行けば――思い付き、実行してみるが、何故か空間転移で出た場所は元居た場所とまた似たような――まだまだ『お城』の中の道。あれえ!? とティレイラは思わず大声。上げた途端に場所柄に気付いて慌てて両手で口を塞ぎ、辺りをきょろきょろ。
 見回してみたところで――大あごを具えた仮面のような顔とあろう事かばっちり目が合った。…それが顔だとすぐわかった。こちらを見ているともすぐわかった。身体が頭と胴と尻で三つに極端にくびれて分かれているようで、ティレイラの竜の翼とは違った形の翅を背に具えていて――身体の色は黄色と黒の縞模様で――…。

 そんな形や色自体なら、ティレイラとしても見覚えは無くも無い。
 が、その大きさ足るや…体長が自分と大差無い。どころか、下手すると自分より大きい。
 そんな「巨大な蜂」が――自分から大して離れているでもない場所に居る。
 それも――こちらの存在にばっちり気付かれた。

 ティレイラはその事実にまた青褪めて、ひっ、と悲鳴を呑み込む。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! と内心で叫ぶように謝りつつも、行動の方ではただ遁走。ひたすらに闇雲に――何処に繋がっているのか見当も付かない道を必死で逃げ回る。が、元々道に迷っていたところ。そして逃げるティレイラを追う方はこの『お城』の本来の住人である巨大蜂。となれば勿論、巨大蜂の方は迷いはしない。そして巨大蜂の方にしてみればティレイラは侵入者。何とか排除しなければならない対象で――結果、逃げ回るティレイラの後を追う巨大蜂の数は時を追う毎にどんどん増えてくる。
 後ろから来るものも一体増え二体増え、曲がろうとした脇道からもまた別の個体が顔を出し、慌てて別の道へと次に選んだ方からもまた別の巨大蜂が飛び出して来る――気が付けばティレイラの周囲を埋め尽くす程の数、巨大蜂が集まって来てしまっている。
 ティレイラ、最早内心で謝り倒すどころか殆ど恐慌状態。…捕まったらどうなっちゃうんだろう。…ええいこうなったらっ、と今度は巨大蜂の群れに向かって威嚇のつもりで炎の魔法を撃ち放つ――が、その軌道上、一度は波が引いたように巨大蜂の姿が消えるが、その結果に、よし、と思って進もうとした途端に――再び巨大蜂の戻る波が押し寄せている。…なら、連続で撃ちまくれば突破口が開けるかも! そう考えて実行もするが――甘かった。
 何より、数が多いのかもしれない。…幾らやっても巨大蜂の数が全然減らない。減ったと思ったらすぐ戻って来る。これでは移動も出来ない。このまま炎の魔法を撃ち続けていたら自分の方が消耗して動けなくなるだろう事は目に見えている。さっきの時点で一回空間転移まで使ってしまっている事だし、ひょっとすると余計に消耗は早いかもしれない。

 逃げても駄目、炎で威嚇しても駄目、となると――!
 もう、本気で強行突破する以外に無い!

 そう決めて、ティレイラは人型の姿から竜族本来の姿に戻る。翼や尻尾と同じ――人型を取る際の髪の一部とも同じ、紫色の体躯の竜。この異空間内であっても元のティレイラの人型の大きさが基準であったのか、竜型の今は巨大蜂と比べても中々大きな姿になっている――変化に伴い巣の壁の一部も破壊してしまっている。その事にちょっと気が引けもするが、それより自分の身の安全が先になる。今の自分。完全に竜の姿に戻ればその分に応じた物理的な力も上がる――紫色のその大きな肢体でまず間近の巨大蜂へとタックルするように体当たり。そのまま力尽くで道をこじ開けようと、一体のみならず複数の巨大蜂を巻き込み、力任せで押し退けつつ進んで行く。
 よし、これなら行ける――思い、ティレイラは力任せのそのやり方でずんずんと進む。

 が。

 …ティレイラは――何と言うか、頭ではわかっていたのだろうが、感覚の方で忘れていた。
 自分が迷子だと言う事を。
 こうやって力任せで進んだとして――いつになったら外に出られる? 突破出来る? 目標は何処?
 その辺の見当も付かないこの状況では、力強い竜の姿であったって――いつかは力尽きてしまう。ある程度は先に進めていたって、巨大蜂の数は全然減らない。…むしろ竜の姿になった後は、巨大蜂からも脅威が増したと判断されたのか――更に増えて来てさえいる。
 結局、これでもろくに先に進めない。…どころか、巨大蜂の方が先に次の行動を起こし始めた。侵入者の排除。ティレイラの竜の身体に巨大蜂たちが一気に纏わり付き始める――と言うか、ティレイラが満足に動けないように、手足を押さえ、その身を覆うようにして一定の方向に押し出し始めている。抵抗しようと思うがし切れない。一個体としての力は竜型のティレイラの方が上だったかもしれないけれど、巨大蜂たちの物量の力の方が結局大きい。
 そして――そのまま壁際にまで押し込められてしまったかと思うと。

 ティレイラを直接押し込めていた巨大蜂がさっと撤退する――と同時に。
 …淡い黄味を帯びた透明な液体が、これでもかとばかりにティレイラに大量に浴びせかけられた。

 えっ、と面食らう。これは何事かと思う。思う間にも浴びせかけられたその液体が、己を覆ったまま少しずつ固まり始めるのに気が付いた。押し込められたそのまま、その液体が接着剤か何かでもあったように、壁に貼り付けられて――。

 ――と言うか。
 壁に貼り付けられるようになっている部分は、もう殆ど壁と同化しているような。となるとこの液体は、壁の材料そのもの――恐らくはこの巨大蜂が作り出す蜜蝋で。
 そんな事を考えている間にも、己の身がどんどん動かなく――動けなくなっていく事にティレイラは気付く。

 ――――――わ、ちょっ…! これ、どうするの〜〜っ!!!

 このべっとりとした液体を払おうと、壁から抜け出そうとティレイラはじたばたともがくが――もがき切れない。手を足を、動かそうとしたそこがもう、さっきより動ける範囲が狭くなっている。何度試みても同じ。いや、同じどころか、次第に液体の粘度は上がり――身体はどんどん動かせなくなって行き。
 最後には、嘆く顔の先まで蜜蝋で覆われ完全に固化してしまい、巨大蜂の巣の一部になってしまう。

 後に残るのは、蜂の巣の壁に施された、嘆く竜を模ったレリーフの如きティレイラの姿だけ。



 …それから暫し後の事。

 蜂の巣の一部と化したティレイラの前に、今度は、シリューナの姿があった。
 シリューナは巨大蜂に見付からないようにと魔法で気配を消してここまで来たのだが――そこでティレイラの姿を認めるなり、思わず笑みがこぼれそうになっている。

 ティレってば。本当に相変わらず。

 …ティレイラが自分の意思でこの異空間の中に入ったらどんな行動を取るだろう。
 本日の「実験」は、実は結局その辺が本当の主題だったりする。見慣れた周囲にあるものが巨大化したような世界が構築された異空間。…そんなものを前にして、このティレが興味を持たない訳が無い。だから、そんな中でティレには好きなように冒険をして貰って。最終的には『絵本』の中に幾つか設定されている仕掛けのどれかにでも嵌って、いつもみたいに可愛い姿を私の前に晒してくれたなら――その姿を思う様堪能出来たならなんて素敵――そんな思惑で、シリューナは『絵本』の世界を異空間内に再現してみたのだが。
 可愛いティレイラは、こちらの思惑通りに見事に仕掛けに嵌ってくれた。

 それも、普段の人型ではなく、本性である竜の姿の方で。

 蜂の巣の壁に半分埋まっている形なティレイラの姿。今にも泣き出しそうなティレイラの――竜の姿の顔。足掻いた跡も明らかな、綺麗な曲線を描くすべらかな紫色の肢体。でたらめに扇がれた形のまま固まっている翼もまた、パニック状態だっただろうティレイラの感情を示しているようで。

 眺めれば眺める程に、シリューナはその出来栄えに吸い込まれそうになる。そしてその感動から生まれる衝動の赴くまま、ティレイラの姿に手を伸ばした。そ、と触れる。仄かなぬくもりと蝋壁の感触。そこにある造形。…ああ、本当に。なんて素敵なのかしら。

 …いつもと違う姿も中々上出来じゃないの。
 こんな素敵なティレイラの姿――すぐ戻してしまうのも勿体無いから、まだ暫く、このままで。

【了】