コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.3 ■ ある日の出来事―V






 ――草間 武彦はその日、かつて自分に身辺調査を依頼してきた一人の女性からの依頼で盗聴器と監視カメラを用意していた。

 なるべく小さめの物で、身に付けていても偽装出来る物にして欲しいなどと言う無茶な依頼であったが、そういった物を手に入れられるだけのコネクションを彼は持っていた。

 取り付けられた監視カメラから届けられる映像を見つめながら、武彦はホテルの一室でその依頼をこなす。

 何の為の依頼なのか。
 どうにもきな臭い仕事であったが、報酬や内容を鑑みれば首を横に振る理由はなかった。

 そんな武彦の前で、盗聴器から聞こえた男の声。
 そのあまりに理不尽な要求を耳にした武彦は早速録音を開始し、依頼主に一件のメールを送る。

 裏方に徹するつもりであり、あとは依頼主がどうとでもするだろう。

 そんな感覚で映像を見つめていると、男が女性の胸ぐらを掴んだ。

「チッ、クソッタレが……ッ」

 武彦は急いで隣の部屋へと向かったのであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 勢い良く開かれた扉。
 薄暗い室内から、煌々と照らされた廊下に立つ人物の顔はしっかりと確認出来ないけど、線の細い男性のシルエットが私の視界に映った。

 慎太郎さんが慌てて私の胸ぐらから手を放し、声を荒げた。

「お、おい! ここは僕の部屋だぞ! 何を勝手に開けているんだ、お前!」

 逆光に浮かび上げられたシルエットの男性は何やら嘆息している様で、何も喋ろうとはしない。
 慎太郎さんがその人に歩み寄ろうとした所で、不意に足を止めた。

「うちの美紀ちゃんをずいぶんと可愛がろうとしてくれたみたいですね、慎太郎さん」

 涼やかな声が響き渡る。
 シルエットの男性の横から、飛鳥さんと蘭社長が姿を現した。

「な、何の事ですか? それより、何なんですか、この男は」
「しがない探偵さん、といった所かしら」

 飛鳥さんがそう言うと、男の人は何かを飛鳥さんに手渡した。
 飛鳥さんはそれを手で操作する。

 どうやらボイスレコーダーらしいそれは、先程の慎太郎さんと私の会話が録音されていた。

 再生されている音声を前に、蘭社長は肩を震わせ、慎太郎さんは後ろに一歩二歩と後ずさっていく。

「……やはり、お前だったのか」

 唸る様な低い声を発しながら、蘭社長が慎太郎さんへと歩み寄っていく。

 もはや言い逃れなんて出来ないだろう。
 蘭社長は慎太郎さんの頬を思い切り強く殴ると、慎太郎さんが座り込んでいた私の近くに倒れ込んだ。

 部屋の照明を再び明るくして、飛鳥さんと蘭さんが中へと入って来る。
 止めに入ってくれた探偵さんは、さっさと撤収してしまったらしい。

 現実味のなかった出来事のせいか、私は呆然としながらも、お礼を伝え損ねたと小さく後悔していた。

 そんな私の横に飛鳥さんが歩み寄り、私の肩を抱くように包み込んだ。

「美紀ちゃん、立てる?」
「え、あ、ハイ」

 慌てて立ち上がった私を、飛鳥さんがそっと抱き締めた。

「大丈夫?」
「はい……。でもこれって……」

 入ってきたタイミング。それに、探偵という存在。
 慎太郎さんの本性を引きずり出す為の囮として、私は利用されたという事だろう。

 なんだか釈然としない部分ではあるけれど、何かをされた訳でもない。
 怒って良いのか、よく解らない。



―――。



「騙す様な真似をしてごめんなさい」

 帰りのタクシーの中で、私は飛鳥さんに事の顛末を聞かされ、謝罪された。

 盗聴器はもともと私のこのドレスにつけられたコサージュに仕掛けられていたらしい。全く気付かなかった……。

 正直、私はそこまで怒ったり傷付いたりもしていない。

 もしも傷付いたのだとしたら、それは慎太郎さんの言った言葉が、私に冷たい現実を突き付けたような気がしたからだ。

 ――所詮私は、“水商売の女”なんだ。

 私は飛鳥さんには感謝しているし、こういった仕事は一種の必要悪だと割り切っている。
 それでも、世間一般から見られた時に、そう思われてしまう事もあるのだ、と。

 そんな冷たく非情な現実が、私の前に立ちはだかった。

「ねぇ、美紀ちゃん。騙す様な真似をした私が貴女にこんな事を言うのはおかしな事だと思うかもしれないけれど、貴女にお願いして良かったと思ってるわ」

「え……?」

 唐突な飛鳥さんの言葉に、私は困惑させられた。
 私にとっては碌でもない現実を突き付けられただけだった。それに、何か出来たなんて思えなかった。

 だけど、飛鳥さんは続けた。

「貴女がもし、あの権力者――とは言っても、親の脛をかじってるだけの男だけど、あれに取り入ろうとして抱かれる事を選んでいたら、こうもうまく物事は進まなかったわ」

 飛鳥さんの言葉は、あくまでも冷静に状況を見ている言葉だった。

 もしも私があの時、慎太郎さんに応じる様に身体を重ねていたら、それでは私を抱いただけだったと言い張り、秘書の妊娠に関する言質を取るには至らなかっただろう、と飛鳥さんは続けた。

 なら、最初からそう言ってくれたら良かったのではないかと思いもした私だったけど、飛鳥さんはそれを理解していたらしく、言葉を続けた。

「付け焼刃の演技で騙せる程、あの男はきっと甘くない。そう判断したのよ。
 敵を騙すにはまず味方から、って所かしらね」

 そんな言葉を告げた飛鳥さんに、私は特段怒りを感じる事もなく、むしろ感心する様な気分だった。

「飛鳥さん。私達って、底辺の人間なんでしょうか?」

 思わず私は尋ねてしまった。
 その言葉の刃が、私一人で受け止めるには重すぎた様な、そんな気がしたからだ。

 確かに私は借金をして、今に至る。
 ある意味底辺なのかもしれない。

 だけど、飛鳥さんを見ていると、それは違うと今は思える。
 だから尋ねた。

 僅かに逡巡した飛鳥さんが、やがて私の顔を真っ直ぐ見つめた。

「ある意味では、それが正解よ」
「……ッ」

 言葉に詰まった。
 まさか飛鳥さんがそんな事を肯定するとは思っていなかったのだ。

 だけど、飛鳥さんは私に向かって、優しく笑みを浮かべた。

「だって、私達はこうして生きているんだもの。
 嫌な事や苦しい事は、誰にだってどんな仕事にだって付き纏うわ。それは、蘭社長であっても、私や美紀ちゃんであっても、ね。

 人間に上も下もないのよ。同じラインに立っている私達をそうやって分けようと考えているのは、あくまでも小さい人間だけよ」

「え……?」

「人間の上下関係なんて、それはただの優越感によって造られた虚構に過ぎないの。
 そんなもの、たいした問題でもないわ。

 気に入らないなら、そんなものは壊してしまえば良いわ」

 飛鳥さんの言葉は、私にとっては不思議な言葉だった。
 この時の私には、その言葉を理解するには至れなかった。

 だけど、その自信に溢れる飛鳥さんの横顔を見て、私はその言葉がただの嘘なんかではないと実感した。

 それと一緒に、私は理解した事があった。

 ――きっと、誰よりも水商売が底辺だと気にしていたのは、他ならぬ私自身なのかもしれない。






◆◇◆◇◆◇◆◇





「――これ、依頼達成料よ」

 雑居ビルの一角にある私立探偵事務所に顔を出した飛鳥は、先日の一件への報酬を支払っていた。

「……確かに受け取った」

 報酬に対して領収書を手書きで用意した武彦は、相変わらず来客中であるにも関わらず煙草を咥えている。とは言え、既に飛鳥とのやり取りの最中に煙草を吸う事に関しては、もはや珍しい事でも何でもないのだが。

「なんだか無愛想ね」

 クスッと笑った飛鳥に対して、武彦は再びため息を漏らした。

「そりゃあ、な。
 あんな事件に巻き込む様な形で、まだ若い娘を利用した。

 アンタは確かに大物だが、そういう感覚は俺には理解出来ねぇな」

 どうやら武彦にとっては、美香を利用した先日のやり方が腑に落ちないものだった様だ。
 そんな武彦の言葉を聞いて、飛鳥は小さく息を吐いた。

「私にとってもあの子にとっても、大きな収穫ばかりだったけど?」
「……どういうこった?」

 武彦の問いに、飛鳥は答えた。

 美香が感じたであろう事。そして、そこから美香の意識が改善される可能性もあるだろう事。
 それらを踏まえた上で、さらに自分と蘭の間にあった細かった絆が、今まさに太いパイプになり得ようとしている事を。

「……恐ろしい女だ」

 思わず口を突いて出た武彦の言葉に、飛鳥は笑いながら立ち上がった。

「あら、褒め言葉としては最高の言葉ね」

 そんな言葉を残して、飛鳥は去るのであった。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

ご依頼有難うございます、白神 怜司です。

今回は美香さんの心理描写や、その他に飛鳥と美香さんの心が、
少しばかり距離が近づき始める展開です。

次回はついに、めけんこの登場ですね←

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共宜しくお願い致します。

白神 怜司