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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.39 ■ ユリカの怒り






「……終わったみたいね」

 相も変わらぬ銀色の髪をなびかせ、その端正な顔立ちに相応しい小さな笑みを浮かべ、ユリカがニーナを見つめた。
 同じ女性でも、ユリカのその艷やかな笑みを見たニーナは一瞬見惚れ、そして思い出したかの様に首を横に振ると僅かに腰を落とした。

「……ルジアの仇」
「襲ってきたのはアンタ達よ。言いがかりも甚だしいわね」
「……問答無用ッ」

 ニーナが弾ける様に肉薄する。

 毒の仕込まれたその爪を、まるで獣が引っ掻く為に腕を振るう様に振り下ろす。しかしユリカはそれは僅か後方に移動する事で、届かない範囲へと下がる。
 それはあまりの余裕を見せつける様な紙一重での避け方であった。

 ニーナは思わずその動きに唖然としていた。
 自分の能力を読まれてしまったのだと確信したからであった。

「幻覚を見せる能力、ってトコかしらね」

 ユリカはニーナの心情を見事に見抜き、そして続ける。

「自分の動きに合わせた幻覚を見せ、そのリーチを誤認させる。毒爪を説明したのは、受け止めさせない為の言葉の罠かしら」

 ニーナはこのユリカの言葉に嘆息し、思わず大きく目をむいた。

 たった一撃。
 ニーナの能力を知られる前の、先手必勝の一撃をあっさりと見抜かれ、その上能力を解析されてしまったのだ。

 ニーナの能力は『部分幻影』である。
 特殊な異能であり、ニーナの身体の位置を視覚が誤認してしまう。それを利用してニーナは奇襲をしかけ、初手で敵を封じる、というスタンスで敵と戦う。

 しかしながら、ユリカにはそれをあっさりと見破られる事になった。

 もしもこれが美香との戦闘であったなら、美香は初手で僅かに攻撃を喰らった可能性もあっただろう。まさかそんな能力を持っているなどとは最初から思う事はない。

 これは完全に相性の違いであった。

 ユリカは元来、視覚の情報に頼った戦いはあまり好まない。それは高速移動した際に、視覚情報を頼りにしていては、戦闘中の思考能力が追いつかない傾向があるからだ。

 そもそも、思考を加速させたからと言って、考えるのが嫌いなユリカにとってはあまりメリットなどないのだ。

 故にユリカは気配や敵の僅かな殺気を頼りに敵を判断する。
 ユリカに幻覚など、最も無意味な能力なのだ。

「運動能力も人間とは思えない程だけど、残念ね。こちとらバカみたいにデカくて早い冥府の番犬相手にケンカした事もあるのよ」

「……ッ」

「それに、その能力はそんな使い方しない方が良いと思うわ。だって……」

 ユリカが一瞬で加速し、ニーナの背後に立ち、その首に手刀を打ち込む。

「自分より速い相手に太刀打ち出来ないんだから、近づかれたら終わりでしょ?」

 朦朧とし、失われていく意識。
 悔しさすら感じない程の圧倒的な実力差によって、ニーナは心を折られたかの様に気絶した。







◆◇◆◇◆◇◆◇






「騎士と僧侶の意識が断絶。やはり相当の手練れの様ですな」

 IO2東京本部の最上階。シークレットルーム。
 そこに集まっていた七天の神託の一人がモニターを見つめて感想を漏らした。

「たかだか一介の能力者にも勝てないとは……。やはり“失敗作”の寄せ集めどもではたかが知れる」
「虚無の盟主の様に、魔神を人体に降臨させるべきだったのでは?」

「そんな真似を出来るのはあやつぐらいだ。遺伝子レベルでの操作をもってして、ようやく能力者を作り上げるのが現技術段階では限界、というものだ」

 次々に口を開く七天の神託。その円卓に座って話し込んでいる七人は、中央に映し出されたモニターを見つめつつも、どこか他人事の様に話を続ける。

「しかし、このままでは異能の子供達は全滅……。アイですら勝てないのでは?」
「それは問題ない。アイは唯一の成功例。他の出来損ないとでは根本的に違う」

 あっさりと言い放った、最も奥の席に座っている一人の老人の言葉に、他の全員がその老人を見つめた。

「だが、アイツには虚無の盟主を屠ってもらうという役目がある。こんな所で挫けてもらっては困るというものだ」

「“預言書”の通り、ですか」

「“異端の力に目覚めた麒麟児が、世界の破壊を止めた時。世界は大きく変わる”でしたか。酔狂な話ですな」

「世界の破壊などという真似を考えるのは虚無の連中ぐらいなものだ。思想こそあれど、破壊まで求める者などおるまい。何の為にあんな連中に我々が手を貸していると思うてる」

 ――七天の神託。彼らの目的は、その太古の予言を遂行する事にあったのだ。

 “預言書”。
 これには多くの諸説が存在している。

 ノストラダムスの預言書・マヤの予言書。そして死海文書。
 それらは別々に存在しているかの様に言われているが、そもそもは一冊の預言書の存在を解明しようとしたものこそが、それらである。

 言うなればその預言書とは、本物の預言書を“解読した書物”の一端に過ぎなかったのだ。

 IO2の上層部である七天の神託は、今回の虚無の境界との騒動を予言の遂行の為の手段として捉えているのである。

 世界を虚無へと返還する虚無。
 預言書の“破壊”を引き起こし、変革を求める七天。

 そもそも互いの目的は大きく異なるのだ。
 故に、そろそろ虚無を切ってしまえば良いと考えているのが七天であった。

 事実上の破壊が訪れた所で、七天の予言遂行の大儀の前には瑣末な犠牲でしかない。それを彼らは理解している。
 しかし虚無に返還されていまえば、予言は遂行されない。

 危険極まりない賭けに見えるが、それを成功させる為だけに“異能の子供達”を造らせ、そして預言書の“麒麟児”を作り上げようとした心算であったのだ。

 そしてその唯一の成功例――それがアイだと考えている。

 頭脳。そして彼女が持つ、特殊な能力。
 能力者の枠を超えた、圧倒的なまでの力。その潜在能力は、アイですら理解していない。

「いずれにせよ、虚無が動き出した。これ以上我らが賛同する必要はないだろう」
「――そう、裏切るのね」

 円卓のみが置かれた薄暗い室内に響き渡った凛とした声。
 それは少しばかりの嘲りを含む、艶っぽい声であった。

 聴こえるハズのない声。
 いないハズの者の声。

 それを聞いた事がある彼らだからこそ、その背筋を走った悪寒に身体を竦ませ、そして身を強張らせた。

 緑色の髪を揺らし、ヒールをカツカツと踏み鳴らしながら円卓の周りをゆっくりと歩きつつ、一人一人の肩に指を走らせていく。
 七天の者達が動こうと試みても、真っ黒な煙の様な何かが身体に巻き付き、そして離れようともしない。

 それらは人の顔のシルエットを作り出し、そして恨めしそうに口を開けて自分達を見上げて来るのだ。
 それに気付いた七天の数名が小さな悲鳴をあげる。

 対するそれらを聞いた侵入者は、その悲鳴を愉快だと言わんばかりに口角を吊り上げ、口元に三日月を作り上げた。
 再奥の住む男性、おそらくは七天の中でも最高権力者であろう男の後ろに立ち、侵入者は足を止めた。

「そんな事だと思ったわ」

「互いの利益の為の協力だ。慣れ合うつもりなど初めから持ってはいない。それにこんな所へ来るとは、一体どういうつもりだ――?」

 七天の長たる者が一切の気後れもせずに堂々と言い放つ。

「――巫浄 霧絵」

 名前を呼ばれた虚無の盟主。そして侵入者である霧絵は口元に作った三日月にそっと自身の人差し指を添えると、クスクスと声を漏らした。

「決まっているわ。要件は貴方達と一緒よ」

 そして霧絵は続ける。

「――邪魔になった駒の排除に来たのよ」

 長が僅かな隙を突いて霧絵へと反撃を試みようと企むが、身体に巻き付いていた黒い煙の様な何か。その顔が、一瞬で笑みを浮かべた。

「な――――ッ!?」

 その直後、それぞれの口の中へとそれらが入っていく。
 声なき声が悲鳴を奏で、そしてそれらが押し込まれていく様を見つめながら、霧絵は三日月を深める。

「……フフフ、麒麟児ね。ついでだから処分していこうかしら」

 霧絵がそう呟き、部屋の扉の前に立った途端。部屋の中からはドサドサと何かが倒れる様な音が響き渡った。
 そしてその身体からは黒い煙が立ち上り、そして再び霧絵の周りをグルグルと踊る様に舞う。

 それらを身に纏いながら、霧絵は歩いて行く。
 アイの元へと向かって――。






to be countinued...




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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回は美香さんの出番はありませんでした…。
しかしながら、物語りに動きがw

奮闘編とは大違いな展開となっていますが、
お楽しみ頂ければ幸いですw

奮闘編のプレも届きました!
なるべく早めにお届け出来る様に書かせて頂きますー。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司