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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Mission.1 ■ Fairy Dance





 IO2東京本部。
 懐かしい再会を果たしたフェイトの耳に入ってきた言葉は、なんとも言い難い現実であった。

「――草間さんは今、IO2で指名手配されています」

 かつて日本にいた頃。まだ何処かあどけなさがあった凛だが、今では大人の女性に相応しい、まさに名前の通り、凛とした雰囲気を放った女性となっている。

 長く美しい黒髪。髪型は少々変わった様で、真っ直ぐにおろしていた前髪も、今は6対4で分けている。烏の濡羽色、と称するよりも、どちらかと言えば青みがかる程の綺麗な黒髪。
 身体つきも、心なしか身体が引き締まり、ピシッと着たスーツによって身体のラインが浮き彫りになっている為、少々胸が強調される形にはなっているものの、それも女性らしく格好良く見える。
 僅かに青いストライプの入ったパンツスーツ姿だ。

 ――しかしその表情は、苦笑を浮かべて貼り付けている、といった表情であった。

「どういう事?」

 次にフェイトが見つめたのは鬼鮫である。
 この男に至っては、特に特筆すべき変化はない。相変わらずと言うべきか、見た目に一切の変化も見えないのだ。

 ジーンキャリアである鬼鮫に混ざった遺伝子配列。それが関係しているという理由があるのだが、フェイトからしてみれば、それもまた鬼鮫らしいの一言に尽きるだろう。

「ディテクター……いえ、元ディテクターである草間さんは現在、とある研究資料を持ちだしたとしてIO2に指名手配されているのです。とは言っても形式上ですので、一切追手を放っている、という訳ではありませんが」

 そう答えたのは萌であった。

 フェイト曰くの忍者コスプレをしていた萌も、今となっては端正な顔立ちをした美少女と呼ぶのが相応しいだろう。
 さすがにパワードスーツでIO2の施設内を歩き回る、というのは最近は抵抗があるらしく、その上フェイトが帰って来ると鬼鮫に告げられた為に、しっかりと薄くファンデーションを乗せてナチュラルにメイクして大人ぶっているという努力を怠ってはいない。もちろん、唇にはリップクリームまで持参している、今では女の子らしい、の一言に尽きるのだが。
 そんな努力にフェイトが気付けるだけの男性力があったならば、凛や百合、そして萌。更にはエルアナは苦労をしていないだろう。そこにプラスされる金髪の少女もいるのだが、それらをフェイトが知る由もない。

「それで、勇太。『フェアリーダンス』というクスリについては知ってるか?」

「えぇ、知ってますよ。俺がニューヨークで捕まえたバクっていう能力者の背後にいた男達が使っていたクスリです。中毒性・依存性の高い薬物で、かなり危険だとか。
 現在IO2の科学捜査研究所で解析をしていると報告されてますね。って言っても、エージェントである俺にはそこまでしか情報は渡されてません」

 エルアナから説明された言葉の受け売りであるが、こんな答えが返って来るとは思っていなかったのは鬼鮫だけではない。

 昔の天然ぶりに、戦いの時だけは頼りになるという印象を持っていた萌は、思わず大人になったフェイトに胸の高鳴りを強め、思わず頬に朱を差して目を背けた。
 凛もまた、何処か抜けていた印象であるフェイトがそんな回答をするとは思ってなかったのか、昔から抱いていた尊敬や敬愛にも似た想いを更に募らせる。

 偏にエルアナの教育の賜物であるが、それを知る者はここにはいない。

「その通り、だろうな。その細かい情報提供者と、今回お前に当たってもらう任務のサポートとして、世界のIO2から協力者が招かれている。偶然にもお前がハイジャック機で会ったネルシャ=オーフィアもその一人だ」

「ネルシャが?」

「そうだ。詳しい任務の説明は明日、ブリーフィングする。今日はお前が住むマンションに凛に案内させるから、そこで休め」






◆◇◆◇◆◇◆◇






 萌と鬼鮫に挨拶を済ませ、凛の車に乗り込み東京本部から車で一時間程。閑静な住宅街へと訪れていたフェイトは目の前の巨大な高級マンションを見上げて口を空けていた。

「ここが私も住んでいるIO2エージェントの第一等級マンションです」
「……は?」

 住宅街を惜しげもなく敷地を陣取った、どう見ても真新しいマンション。その入口は車に取り付けられた信号を受信し、重厚な鉄柵で閉じられた門を開ける。

 時代錯誤も良い所だ、とフェイトは嘆息する。

 庭の部分はさながら洋風の館を彷彿とさせる噴水が佇み、その傍らにはベンチが設けられている。そんな光景を横目に、地下駐車場へと入り込んでいくと、そこは車を停めれば後は自動で格納してくれる全自動駐車場である。

「……税金の無駄遣い……」

「何を言っているのです。IO2は国営ではなく、言うなれば世界運営です。こういった施設にお金をかける事で、地域の経済効果にも影響を与えなくてはいけないのですよ」

 フェイトの言葉に凛が説明をする。

 実際、IO2は国家という枠組みに捕らわれない組織だ。そもそもその資金源となるのは、一つの国ではなく、世界の国家である。それぞれの国の経済効果を刺激する為にも、それなりにお金を使う為だけに投入される予算。
 IO2自体は優遇され、国の経済は活性化される。世の中うまく出来ているものだ。

 余談ではあるが、虚無の境界とIO2の戦争によって、借金大国である日本はその経済に打撃を受けると共に、一般市場には復興事業などによって活性化を受けた。おかげで日本のIO2本部には、多くの報奨などが舞い込んで来たのだが、その殆どが影宮 憂らの研究資金に導入された為、フェイト達の与り知らぬ事となった。

 そういう点で、憂はフェイト達には感謝しているそうだ。


 ――閑話休題。


 地下駐車場からマンションのロビーへ行くと、そこはさながらホテルのロビーの様な光景が広がっていた。カウンターと、その近くにはソファーとテーブルが数セット。そしてカウンターには黒服のピッシリとスーツを着込んだ男女数名が常駐していた。

「お帰りなさいませ、凛様」
「ようこそおいで下さいました。お待ちしておりました、フェイト様」

 ロビーを歩いていた凛とフェイトに歩み寄り、左胸に手を当てながら礼をする二人の女性。

「ただいま」
「……ど、どうも」

 平然と装う凛に対し、明らかに挙動不審になりがちなフェイトである。フェイトは凛に向かって顔を寄せ、耳打ちする。

「だ、誰……?」
「誰って、一級エージェント以上になれば住まいにこうしたコンシェルジュがつくんです」
「は……? コンシェルジュって、ホテルとかにいる?」
「えぇ、そうですけど……。あれ、アメリカではいなかったのですか?」
「いやいやいや、いる訳ないって……」

 そう言いつつも、フェイトは目の前に佇む二人を見つめた。

「フェイト様。私はこの一等級マンションでの一級エージェント様を担当させて頂いております、“巡”と申します。以後お見知りおきを」

 ショートカットの黒髪の女性。しかしその顔つきはキリッと引き締まり、いかにも仕事が出来そうな巡と名乗った女性がフェイトに向かって挨拶する。

「私は特級エージェントであるフェイト様専属のコンシェルジュ、“深紅”と申します。フェイト様のスケジュールからお部屋の片付けなど、あらゆる面でのサポートをさせて頂きます」

 巡の横にいた赤みがかった髪の女性、深紅がフェイトへと深く頭を下げる。年齢はフェイトとそう変わらない様に見えるが、今のフェイトが気にしているのはそこではない。

「……専属?」
「特級エージェントとなれば、それぐらいは当たり前かと」
「……え、いらないんだけど……」
「――ッ!!!」

 いかにもガーンと効果音が鳴り響いたかの様にフェイトの言葉にショックを受けた深紅が顔を青褪めさせた。

「……そ、そんな言い方しなくても」

 深紅のリアクションに、思わず凛が慌ててフォローする。凛にとっても、フェイトの身の回りの世話をするのが同年代の女性であれば歓迎はしたくない所である。
 もちろん、一級エージェントの全てを数名で管理し、それらを統括する巡に対し、フェイト一人に深紅がつく、というのは驚いた所ではあるのだが。

「…………うっ……ぐすっ」
「……え……」

 俯いた深紅が肩を揺らしながら鼻をすする音に、巡と凛、フェイトが固まる。

「そ、そうですよね……。特級、ですもんね……。わ、私なんかがいなくても、身の回りの事もスケジュールも管理出来ます、よね……。
 いいえ、良いんです……。フェイト様に仕える事が出来る日を、楽しみにしてましたけど……、いらないなら……」

 深紅の言葉に巡と凛からフェイトへと「何とかしろ」とでも言わんばかりの視線が飛ぶのは言うまでもないだろう。
 いたたまれない気分になりながら、フェイトは慌てて声をかける。

「あー……、うん。助かるなー。よろしく、深紅さん」
「……ほ、本当ですか……?」
「あ、うん、ホントホント」
「言い方が嘘っぽいです……」
「どーしろっつーの……」

 予想外の深紅のキャラクターに、早くも心が折れそうになるフェイトの邂逅であった。






「しっかし、コンシェルジュって……」

 ようやく巡と深紅と別れ、フェイトの部屋へとやってきた凛とフェイト。
 フェイトの部屋は3LDK。とは言っても、リビングが二十畳もある広い部屋で、他の部屋も十二畳である。正直な所、フェイトにとっては落ち着かない程の広さであり、無意味だとすら感じる程だ。

 ちなみに、ニューヨークに住んでいたフェイトの住まいは、このリビング程の広さのワンルームであり、トイレ・風呂は一緒であった。その程度の広さの方が落ち着く、というのがフェイトの本音である。

「無理もないです。特級エージェントになれるのは本当に数万人に一人、ですから」

 苦い笑みを浮かべた凛がフェイトへと告げる。
 そして部屋を見回していたフェイトの後ろへとそっと歩み寄り、背中にピタッと身体を寄せた。

「凛!?」
「……ずっと待ってたんですよ。これぐらい、許して下さい」

 背中に感じる温もりと、その切なく甘い声に思わずフェイトが身体を強張らせる。

「え、っと……」
「……勇太」

 フェイトを振り返らせようと、凛が声をかける。
 その憂いを帯びた視線に操られる様にフェイトが身体を振り返らせ、凛の顔を真っ直ぐ見つめる。
 凛が僅かに顔を寄せる。そんな事にも、動揺しているフェイトは反応出来ずに固まっていた。痺れる様な感覚に、熱に浮かされながら唇が触れるその瞬間――。

 ――呼び鈴が鳴り響いた。

 僅かに動きを止めた二人。それでも凛が構わずに再び動こうかと言う所で、扉が開かれる音が聞こえ、勇太と凛が慌ててそちらへと振り返る。

「フェイトさーん、私も今日からここに住む事になりまし……た……って、あれ……?」

 部屋に入ってきたのは、ハイジャック被害者でもあったネルシャその人であった。





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