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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


再会の約束、俺の居場所





『――勇太。実は私は結婚する事になったんだ』

 今思い出してみても、飲もうと思ってたミネラルウォーターを画面に向かって噴き出しそうになったあの日の事は忘れない。
 いつも来る叔父さんからのメール。メールというものがどうにも苦手だと話していた叔父さんから送られて来るメールは、電報よりちょっとマシな程度。最初の頃なんて、何故か堅苦しい敬語だった。

 ――そんな叔父さんが結婚を告げたのは、俺がちょうどIO2ニューヨーク本部へと渡って一年ぐらい経ってからだった。

 ジャッシュ、エルアナ、ブザー。
 そんな個性的な面々に囲まれ、異国語で話し合う日々も一年も経てば珍しさは消えて、当たり前となっていた。

 この無駄に広いワンルーム。窓の外には日本の建物とは趣の違う建物や、僅かに入って来るネオンの光。すっかり俺の住む部屋の見慣れた光景となった頃だった。

 叔父さんの結婚は、俺にとってはどうしようもなく嬉しい出来事だ。

 ――なんせ、俺っていう叔父さんにとっても因縁のあった甥に構いっきりではなくなったんだっていう、そんな実感があった。

 叔父さんには、正直俺も頭が上がらない。






 あの日の事を思い出しながら、俺はこれから日本に出発するついでにお土産を選んでいた。勿論、これは叔父さんと義理の叔母さん。そして、半年程前に生まれたという俺の従姉妹へのお土産だ。

 叔父さんの娘が生まれたって聞いた時は、自分の事の様に喜んだっけな。

「……何が良いんだろ……」

 叔父さんだけなら面白い物を適当に見繕う事も出来るけど、写真でしか見た事のない叔母さんと、生まれたばかりの従姉妹に何を選べば良いのかを考えると、どうにも迷う。

「フェイト、いつまで悩んでるのよ」
「エルアナ」

 呆れ声で話しかけてきたエルアナ。
 どうやら俺は一時間近くも悩み続けていたらしい。

「まったく……。フライトの時間までもうあまりないのに。適当にめぼしい物を選んで買っちゃいなさいよ」
「そうは言うけどさ。初めて会う親戚とかもいるから選べなくて……」

 俺の言葉にエルアナが呆れた様に嘆息した。

「あのね。今時分、本当に欲しい物ならネットショッピングで手に入れるわ。海外から帰ってきた人間のお土産なんて、なくても良いけどあったらあったで嬉しいって程度でしかないのよ」

 身も蓋もない言い方である。

「ほら、親戚の叔母様と従姉妹のお土産でしょ? これとこれと、あとこれで良いじゃない」

 そう言ってエルアナは俺の持っていた買い物カゴの中にお菓子と人形を突っ込み、俺の背中を押した。

「搭乗に間に合わなかったらシャレにならないでしょう」
「まぁ、そうだよな。ありがと、エルアナ」
「……バカね。ほら、早く会計する」
「はーい」

 エルアナは時々こうして俺の背中を押してくれる。

 結局俺はエルアナに勧められるままに買い物を済ませて、日本へと飛び立った。


 ――ハイジャック、なんて面倒な物に巻き込まれたけど。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 日本へと戻ってきて数日が過ぎた。
 とりあえず俺の任務は、来週の頭から始まるとかで少しの間だけど休暇をもらえる事になった。これ幸いと、叔父さんに連絡を取る。

『だったら日曜日に来ないか? 妻にもそう伝えておこう』

 叔父さんからの誘いは、まさかの一家団欒への突入だった。
 まぁ子供もまだ小さいし、外で会おうよとは言えないよな。

 緊張する。





 そんな事を考えながら訪れた日曜日。
 俺は教えてもらった住所を訪ねる事にした。結婚を機に新居を購入したという叔父さん。閑静な住宅街に佇む、まだまだ新しい白塗りの家。

 表札に書かれた工藤という名前を見て、俺は思わず緊張しながらその呼び鈴を鳴らした。
 いきなり奥さんが出て来たらどうしよう。

「……待ってたよ、勇太」
「うん、ただいま、なのかな」

 扉から出て来た叔父さんは、以前より少し皺が深くなった様な気がする。
 優しい眼差しはさらにその深みを増した様で、そんな視線に懐かしさを感じてしまう。
 日本を離れて数年間、メールでのやり取りは何度かしてみたものの、こうして面と面向かって会うのは久しぶりで、何だか気恥ずかしい。

「ただいまで良いさ。さぁあがってくれ、妻と娘を紹介する」
「う、うん。お邪魔します」

 叔父さんに促されるままに家の中へと入った俺は、まだ真新しさを残したその家の中に混在する生活感。そんなものを感じながら、リビングへと進んだ。
 家を買う、なんてのはまだ俺には想像出来ないけど、これが俗に言うマイホームなんだろう。

 俺が子供の頃は、引越しばかりさせたせいで段ボールが積まれていたけど、この家にそんな物はないらしい。

「あら、いらっしゃい」
「お、お邪魔します」
「勇太クン、ね。弦也さんから話は聞いてるわ。私は“志帆”。貴方から見れば、叔母さんって所かしらね」

 リビングに向かう様に置かれたカウンターキッチンからパタパタとスリッパを踏み鳴らして歩み寄ってきた志帆さん。歳は叔父さんよりも若い、三十前後って感じだ。
 叔父さんやるな。そんな視線を向けてみたら、叔父さんは少し顔を赤くして咳払いしていた。

「これからも叔父さんの事、宜しくお願いします」
「ゆ、勇太。やめないか、そんな言い方は」

 照れ臭さに限界を感じたのか、叔父さんが慌てて俺に向かってそう言ってきたものだから、思わず笑ってしまう。志帆さんも笑いながら、「はい、分かりました」と答えてくれた。そんな志帆さんの言葉に、叔父さんは更に顔を赤くしてタジタジになっている。

「そ、そうだ。勇太、娘を紹介する。せっかくだから抱き上げてみないか?」
「へ?」
「ほら、こっちだ」

 どうやら叔父さんなりのエスケープのつもりなのだろう。
 俺はリビングの一角に置かれた小さなゆりかごの近くへと連れられ、その中に横たわる小さな少女を見つめた。

「私と志帆の娘、優だ」
「ゆう?」

「あぁ。勇太と名前の響きが似ているが、勇気の勇じゃない、優しさの優だ。私はな、勇太。この子もまた勇太の様に、名前に刻まれたその意味をしっかりと持って欲しいと思ってる」

 叔父さんはそう言って、優を抱き上げた。

「その子の名前、弦也さんが譲らなくて。響きも良いし、私も賛成だったけど」

 志帆さんがこちらへ歩いてきてそう言った。

 俺と同じ名前の響き。字は違うけど。
 なんだか照れ臭いな。

「勇太、ほら。まだ首が座ってないからしっかり固定してやってくれよ」
「え、あぁ……」

 柔らかなミルクの様な匂い。
 まだ小さいけど、その目はしっかりと開かれてジーッと俺を見上げていた。

 泣くんじゃないかなって思ったけど、大丈夫だったらしい。クシャッと笑顔を浮かべて、両手をバタバタと動かした。

「わ、わわッ、危ないよ」
「ハッハッハッ、どうやら勇太の事が好きみたいだな」
「あらあら。でも優、勇太クンはちょーっと競争率高いかもしれないわよー?」
「し、志帆さん。何言ってるんですか」
「あらあらあら、弦也さんから聞いてるのよ? 凛ちゃんと百合ちゃん、だったかしら?」
「お、叔父さん……」
「いやぁ、まぁ色々とな。それに志帆は、元IO2職員だ。お前達の事は勿論知っているさ」
「え……?」
「そういう事」

 志帆さんがそう言うと、優が志帆さんに向かって腕を伸ばした。
 俺はそっと志帆さんに優を手渡し、その柔らかくて温かい感触から手を放した。

「あらあら、優。おしっこしちゃったかしら?」
「ぬ。温かいタオルを用意しよう。勇太は少しゆっくりしていてくれ」
「う、うん」

 どうやら優がおしっこをしてしまった様だ。
 志帆さんが手慣れた様子で机の上に優を寝かせ、叔父さんが慌てて温かいタオルを用意してオムツを取り替える準備をしている。
 俺は遠巻きにそんな様子を見つめていた。

 幸せな家庭。
 叔父さんはやっぱり、俺と離れてから新しい人生を歩む事が出来たんだ。
 家族が増えた事に、無邪気に喜んでばかりいられない。

 叔父さんが守っていくべきこの家庭。
 そこに、俺の居場所は……。

 ……俺は、この場所が危険に晒されない様に見守ろう。
 IO2のエージェントとして、そして、叔父さんの甥として。

「……勇太、自慢の庭を見せよう」
「あ、うん」

 叔父さんがいつの間にか俺の近くへと歩み寄って来て、俺は叔父さんに誘われるままに庭先へと向かった。

 自慢、というのも頷ける。
 しっかりと手入れされた庭は芝が切り揃えられていて、白塗りの椅子と机が置いてあった。

 でもそこに置かれた椅子は三つではなく、四つだった。

「勇太と優、それに志帆と私の椅子だ」
「え……?」

 叔父さんは俺の肩を少し強めに叩くと、そう言って続けた。

「私と志帆にとって、お前も大事な家族なんだ。勇太の名前から優と名付けたのも、兄妹の様に仲良く育って欲しい、そんな気持ちを込めたからだ」

 ――叔父さんは、そう言って笑みを深める。

「ここは私の家。私達家族の家だ。それはつまり、お前の家でもあるって事だ。
 忘れるな、勇太。私達は家族だ。

 お前は兄さんの息子だが、俺の息子でもあるんだ。それを忘れるな、勇太」

 ――俺にはこの言葉が、どうしようもなく気持ちを擽られる言葉にしか聴こえなかった。

 俺の居場所はここにはない。
 そう思っていた。

 だけど叔父さんは、志帆さんもまた俺を家族として見てくれているのだ、と。
 その言葉が、どれだけ俺の気持ちを揺らしたのか。

 頬を伝う涙の感触に気付いたのは、歪んだ視界に我に返ってからだった。

「いつでも帰って来い、勇太」
「……うん」

 大人になったと、そう思っていた。
 だけど俺は、まだまだ叔父さんの子供なんだ。

 叔父さんに強く叩かれた俺の肩。
 その痛みは、まるでそんな事を改めて言っている様な力強さを感じさせるものだったんだ。







FIN