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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


蘇る記憶






 しとしとと降り始めた雨も、今では視界にノイズを走らせる様な本降りとなってきていた。記憶の淵に落ちて行くイリエの姿。足元を見ている様で、一切自分の事を見ている気配すら感じられない事にスノーは眉間に皺を寄せて訝しむ。

(……何を考えているの……?)

 過去に対峙してきた闇の住人には一切見られない反応に、スノーは警戒を強めていた。

 本来闇の住人は己の欲望のままに魂を喰らう。
 それはさながら餓えた獣の様だと言える。

 知性を持っているとなれば、タチの悪さに磨きがかかる様にすら思える者が多い。

 ――だからこそ、スノーは警戒する。
 闇の住人特有の獰猛さの一切が、イリエからは感じられないのだ。

 闇の住人にもそれぞれの特徴はある。しかしながら、決してイリエは弱いと断じられる程の弱さを感じさせない。

 影や闇を凝縮させ、物質化させるあの能力。
 そして自身の身体を守るべく発動された結界。

 これらを鑑みても、イリエの能力は有用性が高く、打ち破りにくい。

《迷ってる場合とちゃうで、スノー。叩くんなら今や!》
「……分かってるッ」

 ヘゲルの声を皮切りに、スノーが弾ける様に飛び出し、イリエへと肉薄する。
 それでもイリエはブツブツと何かを呟いている様で、自身を見つめようともしない。そんな姿に僅かに戸惑いながらも、スノーは大鎌を斜めに振り下ろした。

 ――しかしそれは、甲高い音を奏でてイリエの目の前で動きを止めた。

《チィッ、こいつの結界は常時発動か!》

 スノーは大鎌と結界がぶつかり合い、後方に押し出される様なその衝動を利用してくるくると廻りながら後方へと飛び、着地する。大鎌を掲げ、頭上でゆっくりと回転させると、遠心力によってその速度が上昇していく。

 手足の様に扱っているスノーであるが大鎌――ヘゲルの重さは数十キロにも及ぶ。

 遠心力はあっという間に周囲に風を切り裂く音を奏でる程にその速度を増し、スノーですら身体のバランスを崩しかねない程の力を生み出す。
 そしてスノーはそのままの体勢を維持し、再びイリエへと急襲する。

 普通の攻撃では結界に阻まれる。
 ヘゲルとスノーの特有の力である氷雪も、結界を前にしては意味を為さない。

 ならば、力を以ってこれを打ち砕いてしまえば良い。

 空中へと飛び出し、回転させていた大鎌の柄を握る。身体にのしかかる遠心力。その速度を更に加速させる様にスノーは自身の身体を回転させ、イリエへと横薙ぎする。
 力の乗った強撃。結界を打ち砕けなければ、少なからず自分の身体にも負担がかかる一撃となるが、それは瑣末な問題であった。

 そして振りかぶり、スノーがイリエを睨みつけたその途端、イリエの赤い瞳が自身を真っ直ぐ射抜く様に向けられている事に気付き、背筋に悪寒を走らせた。

 それでも振り抜いた大鎌が、虚空を切り裂いた。

「な……――ッ!」
《なんやと……!?》

 空振りに終わった一撃。遠心力を殺しつつ、スノーは大鎌を身体ごと回転させて地面の突き刺し、そして後方を振り返る。

 その視界の先では、黒い前髪を異常な程に白い手が額の上でぐしゃりと握りしめられ、肩を震わせているイリエの姿があった。

「フ……、フフフ……」

 それは笑みを孕んだもの。
 肩を震わせていたイリエの姿が、一体何をしているのかと逡巡していたスノーであったが、その声に確信した。

 ――そして同時に、スノーはこれまでに感じた事もない程の禍々しいまでの力の奔流に気付き、大鎌を抜いて身構える。

「そうか。おまえはあの時の小娘か……」

 光る様な赤い瞳。虚ろげだったイリエの声には力強さが増し、その視線がスノーを射抜いた。

 ――そして同時に、スノーはとある記憶をフラッシュバックさせる。




―――
――





「――贄を糧としてその姿を現せ!」

 窓もない、真っ暗な地下。壁には四方に松明が置かれ、そしてそこでは一人の黒いローブにフードをつけた男が、目の前に横たわる若い女性の前で叫んだ。

 女性の腹部には銀色が突き立てられ、その周囲にはその血を使って彼女を囲む様に陣が描かれている。その周囲に描かれた文字はルーン文字。
 一人の女性を贄として、悪魔を召喚する者の姿がそこにはあったのだ。

 男の呼びかけに呼応する様に光り輝いた血塗りの陣。そして女性の身体を飲み込んだ真っ黒な闇が浮かび上がり、その場に浮かび上がる。

 ――儀式は成功したのだ。

 男は笑みを浮かべる。
 これで自分の目的は達せられる、と。狂気にも似た笑い声を上げていた。

 悲願。執念。
 そんな紙一重の想いが、その悪魔を呼び出す事を成功させたのだと言える。

 ――しかし次の瞬間、闇はその中から腕を伸ばし、召喚をしたその男の身体を大きな手の様に変形させて縛り上げた。

 闇の中に浮かび上がった真っ赤な瞳が、召喚させた男の眼を射抜いた。

『貴様が俺を喚んだのか。ハッ、神に仕える神父が俺を喚ぶとはな……』

 響き渡った声。
 闇によって身体を締めあげられた男のフードははだけ、そしてその首元には青い宝石が連なる様に意匠として施された十字架が光る。

「な、何をする! 私は貴様を召喚したのだぞ! この拘束を解け!」

 神父は声を荒げる。
 対悪魔において、気持ちの弱さを見せてしまえばそれは悪魔に付け入る隙を与える事になるというのは常識であった。

 皮肉にも、悪魔と対立する立場である彼だからこそ、この悪魔召喚を成功させる事が出来たと言っても過言ではない。

『フフ……、フハハハハハ! 脆弱な虫にも劣る塵芥風情がこの俺に命令とは!』
「な……ッ!?」
『具現化するには、まだ血肉が足りなくてな。ちょうど良い、貴様のその身体を以って、俺はそちらに降り立ってやろう』

 神父の心は絶望に染まる。
 悲願であった悪魔召喚の成功。それは、対悪魔である彼ら――エクソシストが、悪魔を討ち滅ぼす為に悪魔を飼おうなどという発想が始まりであった。

 罪人である女性を贄にし、そして召喚を果たした彼ら。
 しかしそこに現れた悪魔は、下等な悪魔ではなく、明らかに上級。自身の言葉も力も一切影響を与える事すらないというのだ。

『美味そうだ、その絶望』
「ヒ……ッ」

 そしてそこには、赤い花が咲かされた。
 胸に掲げられていた十字架が無機質な音を奏でてその場に転がった。

「――神父様!」

 そこへ駆け込んできた一人の少女。
 身体にはおおよそ似つかわしくない大鎌を掲げた少女は、その場に落ちていた肉塊を見て、それが神父であると悟った。

 少女は神父が悪魔を召喚しようとしている事に気付き、それを止めに来たのだ。
 しかしそれは遅すぎたのだと知らされる。





――
―――





「――……どう、して……」

 スノーの顔に動揺が生まれる。
 その身体を走った悪寒。その力の波動。それらは、かつて一度だけ感じた事がある物と同じだった。

 ――間違いない。間違えるはずもない。

 スノーは対峙しているイリエこそが、あの時の悪魔なのだと唐突に理解する。

「どうして生きて……。あの時あなたは私が滅したはず! それにその姿は……!?」

 スノーがイリエの正体に気付かなかったのは、その見た目があまりに違い過ぎる事と、放たれていた力の大きさが一切違った事が原因だ。

 それでもスノーは思い出す。
 先程イリエの胸元に僅かに見えた、さながらバーコードの様な跡。

 ――確かにスノーが過去に倒したその悪魔は、その場所に刺青の様な紋様が刻まれていた。

 姿や形は全く違っている。
 それでも忘れた事のない、圧倒的な力。

 スノーはイリエに問いかける様に再び口を開いた。

「何故あなたがここに……! こんな時代にいる……!?」

 大鎌を構えた少女は問いかける。

 かつて自分がその手にかけた脅威が、今再び目の前にいるという理不尽に。
 しかしイリエは当時とは全く違った静かな口調で紡ぐ。

「さぁ、ね」

 決してはぐらかしている心算などない。

 イリエもまた、自身が何故こんな姿になってこの時代に蘇ったのか、それを知らないままなのだ。

 ――十字架が関係しているとなれば、この十字架がどうしてあの店に持ち込まれたのか。そしてそれが、恐らく自分の復活と関係しているとしか思えない。

 イリエは冷静にその現実を見極め、そしてスノーへと告げる。

「悪いけど、急用が出来た。お遊びはここまでにしてもらうよ」

 過去に出会った時とは違ったイリエの口調に困惑しながらも、スノーは大鎌を構える。
 逃がす訳にはいかない理由がまた一つ、スノーの中に生まれたのであった。







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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

プレイングでの過去。
十字架を持つ者の悪魔召喚という事だったので、
理由はこちらで考えさせて頂きました。

これもまた後でストーリーの流れから本来の狙いを明らかに、
変更する事も可能です。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共よろしくお願い致します。

白神 怜司