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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


アイドル道を極めよう?






 ネットアイドル「LICO」。
 電脳世界に舞い降りた天使。二次元に舞い降りた三次元。そんな、望んでもいない二つ名を囁かれている少女、逸見・理絵子は現在、走っていた。

 走り、という行動は幾つもの種類に分類されるだろう。

 時間に間に合わない為、最後のあがきとも取れる走り。
 終わらない自分との戦いとも呼べる走り。一般的にはマラソンであるが。
 そして、何かを得るべく走るという事。

 その他にも数限りない表現が存在するであろう走りだが、理絵子が只今絶賛行なっている走りは、言うなれば逃亡と呼ばれるもの、とでも言った所だろうか。

 ――そう。現在彼女は逃げているのだ。

「な、何で追いかけて来るんですかーー!」





―――
――






 この日、理絵子は買い物をしに街中へと出て来た次第である。

 いつもながら、化粧によってその姿は変えられており、独特の緑色の長い髪は頭の横で一本に結われ、その髪留めには蝶をあしらった綺麗なものが使われている。
 服装はさながら、和装とでも言うべきだろうか。浴衣を改造した様なその和装姿には、夏の風物詩としても見られる為、奇異な視線を向けられる事もない様だ。

 それでも理絵子が注目を浴びるのは、その独特な容姿故である。

 本来女性としては嬉しい限りの注目であるのだが、彼女はネットアイドルという一面は持ちつつも、その本性には引き籠りという要素も抱えている。それは言うなれば、人見知りの強化版という何かでもあるのだ。

 それでも彼女がこうして外に出られるのは、その腕に抱えられた赤いぬいぐるみである「ぐれむりん」の存在。そして、化粧をする事によって容姿や印象を変える事が出来るという、さながら変身能力にも近い彼女の特技があるから故だろう。

 さながら少女の様な雰囲気を放った理絵子が、その容姿に相応しいとも取れる鼻歌混じりに髪を揺らして歩いて行く姿。
 それを見ていた一人の男性が理絵子に向かって声をかけたのであった。

「すいません、そこのお嬢さん」

 そんな声を自分に向かってかけられているとは露知らず、理絵子は歩みを止めずに歩いて行く。

「あ、あの! そこのお嬢さん!」

 人が人に声をかけるという事はよくある。ましてやここは繁華街であり、それなりに色々な職種の人々が路行く人へと声をかけるのは、日常茶飯事である。迷惑防止条例などというものも存在しているのだが、なかなか減らないのが現実というものだ。

「そ、そこの緑色の髪をした和装少女さん!」
「ふぇ?」

 そこまで自身の特徴を口にされなければ自分に対して声をかけて来ているとは思いもしなかっただろう。
 理絵子はようやくその声の主に気付いた様に振り返る。そこに立っていたのは、スーツを着た真面目そうな男性だ。何故か息が荒く、汗をかいている、という点を除けば至って普通の男性である。

 しかし理絵子は自分が声をかけられたその理由を知る訳はない。

「……あ、あの。なんですか……?」

 明らかに怪しむ様に尋ねた理絵子に、若い男性は慌てて咳払いをする。

「怪しい者じゃありません! こ、これが名刺です!」

 慌てて胸ポケットから名刺入れを取り出した男性は両手で名刺を差し出した。その名刺を恐る恐る受け取った理絵子は、名刺に書かれているその名前を読み上げた。

「……芸能プロダクション?」

 そこに書かれていたのは、そんな名称であった。もちろんれっきとした名前があるのだが、そこよりもその下に書かれていたその言葉が理絵子の眼に映ったのである。

「はい。お嬢さん、芸能界に興味はありませんか?」
「ありません」
「そうでしょうそうでしょう。誰もが羨む華やか……な……。えっと、今なんと?」
「興味ありません、けど」

 理絵子の一言に、男の眼が見開かれていく。

 彼の所属している芸能プロダクションといえば、今人気沸騰中のアイドルグループも在籍している。知名度で言えば、間違いなく一般人にも知れ渡っている程だ。

 つまりそれは、デビューが近いという事をアピールしている。悪徳プロダクションや無名のプロダクションなら露知らず、自分がこの名刺を出しているのにここまであっさり断じられるなどとは思ってもいなかったのである。

「そ、そんな……バカな……」

 まるでこの世の終わりを迎えたかの様に落胆を顕にする男性に、理絵子は困った様に視線を送りつけていた。

「……あのー……、もう行っても良いですか?」
「だッ、ダメです!」
「えぇ!?」

 後退る理絵子。そんな理絵子を追って歩き出す男性。

「お、お話だけでも!」
「い、いやーーーー!」







――
―――





 ――という次第で、彼女の現状に至るのであった。

 路地を何度も曲がり、ようやく視界から外れてしばらく経ったと安堵しつつ、荒々しい息を整える理絵子。人通りのまばらな閑静な住宅街付近にまで逃げてきた理絵子は、ようやく撒いたのだと安堵し、歩き出す。

「見つけましたよぉぉ!」
「な、何でぇぇーー!?」

 不意に路地から姿を現す男に向かって絶叫しつつ、理絵子はまた走って逃げ始めるのであった。

 逃げては逃げ切り、撒いては見つかり、そしてまた逃げる。

 そんなやり取りが何度も何度も続き、よもや自分の身体の何処かに発信機でも取り付けられたのではないかと考え始める理絵子は、自分の身体を見回してみる。
 しかしどうやらそんなものは取り付けられている訳ではないらしい。

 あまりの執着ぶりに呆れを通り越して感心する程の男の追跡であるが、理絵子はそれでも話を聞くつもりはないのだ。

 ――ネットアイドルという立場で活動していたとは言え、それが普通のアイドルとしてと言われても、理絵子にとっては嬉しい話ではない。
 そもそも彼女は、引き籠り体質の持ち主である。

 そんな理絵子が外に出て、ましてやテレビに出て芸能活動などという慌ただしい日々を送れるはずがないのだ。それは誰に言われずとも理絵子もまた理解している。

「はぁ……。何でこんな目に合わなきゃいけないの……」

 思わずひとりごちるのも無理はないだろう。

「見つけ、ました、よ……」
「ひ……ッ」

 再び現れる男。とは言え、さすがにここまで逃げ回られるとは思っていなかったのか、満身創痍な様子である。
 とは言え、それは理絵子も同じだ。走り回って逃げていたにも関わらず追われてしまう今の状況では、堂々巡りも良い所である。

 ここは一つ、素直に諦めてもらう為にももう一度断ろうと口を開きかけたその時、男は急に膝を折り、その場で地面に額をこすりつける様に座り込む。
 土下座であった。

「お願いします! 一度だけ! 一度だけで良いので詳しいお話をさせて下さい!」
「な……、何でそこまでするんですか……?」
「ビビッと来たんです! 貴女は売れる! 私達が今度から着手する新アイドルグループ、“プロミス”に是非貴女を加えたいのです!」
「プロミス……?」

 男の執念に気圧されたのか、理絵子がその名前を訊き返す様に男へと声をかけると、男は意気揚々と説明を始めた。

 どうやら男の所属しているプロダクションで、今度から売り出す予定であるアイドルグループ、“プロミス”。そこに所属している者達は特色豊かであり、そこに理絵子も是非加えたいとの事である。

「今やアイドルは量産物状態です! ウチとしては今度のアイドルグループ、プロミスには今後の社運を賭けていると言っても過言ではありません!
 お願いします、是非一度だけでも! 詳しい話を聞いてはもらえませんか!?」

 男の張り上げた声に、周囲の人々が明らかに奇異な物を見る様に視線を投げつける。そんないたたまれない視線によって針のムシロと化したその場に、理絵子が耐え切れる訳もなかった。

「あ、あの。話を聞くぐらいでしたら良いので、顔を上げてもらえませんか……?」
「ほ、本当ですか!?」

 現金なものである。男は立ち上がって理絵子に向かって言質を取ったとでも言わんばかりに声をかける。そのあまりの迫力に理絵子も言葉を失いつつ、小さく頷いて答えるのであった。

「いや、助かりました! さすがに人外のグループなので……」
「人外……?」
「あ、あぁ! いえいえ! ささ、事務所でゆっくりとお話しましょう!」
「は、はぁ……」

 こうして、たった一度だけ話を聞く事になった理絵子は、その男と共に歩いて行くのであった。
 それが、彼女の運命を大きく変える事になるだろうとは、この時の彼女が知る由もなかった。







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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
お届けが遅くなってしまい、申し訳ありません。

今回は理絵子さんの今後に関わる最初のファクターということで、
色々と書かせて頂きました。

人外のアイドルグループに、何故普通の少女である理絵子さんが迎えられるのか。
今後のフラグになりそうですね……。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは今後とも、よろしくお願い致します。

白神 怜司