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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


海水浴に行こう!






 一定のリズムで揺られる電車内。
 外界を過ぎ去っていく景色を眺めながら、その目に映るその光景にいちいち感動する様に目を輝かせている小さな子供達。

 世間では夏休みという長期休暇期間に入った、8月の頭。
 公共の乗物の中には、平日のこの時間には姿を滅多に見る事もない小学生や中学生程度の子供達の姿も目に映る。

 電車の中から外を見つめ、ようやく見えてきた水平線。
 そんな光景に感動する様に声を漏らす子供達。

 そんな子供達のご多分に漏れず目を輝かせる隣に立っていた少年に、セレシュは小さく笑みを浮かべた。

「潮干狩り以来やな。楽しみやな、陽」
「うんッ」

 この日、二人は夏の風物詩でもある海水浴へと訪れたのである。

 事の発端は、この連日続いた猛暑日にあると言って良いだろう。長く続いた雨などで夏らしさとはなかなか縁がない。そんな事を考えた矢先に続いた、30度強の猛暑が続く日々だ。
 すっかり蝉も忙しなく鳴き出し、コンクロートは陽炎をゆらゆらと生み出す様な日々。
 そんな暑さを押しやる様な雨が恵みの雨だと思えてしまうのだから現金なものである。梅雨時期はあれほど鬱陶しさすら感じさせていたというのに、だ。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 海辺に設置された着替え用のロッカールーム。男女で分かれてそれぞれに水着に着替え、外で待ち合わせた陽とセレシュは、お互い水着に着替えて浜辺へと姿を見せた。
 バミューダパンツ式の水着を着た陽が先に着替え終え、砂浜の暑さに驚きながらも楽しげに足を踊らせて日陰へと入り込んだ。

 そんな陽の周りで一瞬、僅かなどよめきが起きる。
 一体何事かと周囲を見つめると、男性陣の視線が一点に集まっている事に気付かされた。

「砂浜は熱いやろ、陽」

 多くの視線を集めている事など意に介さずに現れたのは、水着に白いパーカーを着込んだセレシュの姿であった。
 金色の長い髪はそのままに、白いシンプルなビキニタイプの水着を着ている。肌の白さと、髪の金色。そして眼鏡の奥の青い瞳。それらはやはり、周囲の日本人とはかけ離れているコントラストを描いていた。

 決して女性の象徴が豊か過ぎる訳ではないにしろ、それらが整って細身の身体とバランスを保っているセレシュ。真っ白な過度の派手さがない水着姿も相俟って、周囲の男性陣はその視線を釘付けにされたのだ。

 美女、というよりも可愛らしい美少女といった表現が似合うセレシュだが、そんなセレシュと待ち合わせている相手が陽という一人の少年である事に気付いた周囲の男性の反応は様々である。

 ――これが世間で言う、「なんぱ」なんだ。

 そんな斜め上の解釈をした陽の心情などセレシュが知る由もない。

「セレシュお姉ちゃん、それ何?」

 陽が指差し、尋ねる様に口にしたのはセレシュが両手に持っている2つの道具についてである。

「パラソルとシートや。うちらの休む基地を作るんやで」
「基地?」

「せやでー。えぇトコ取らなあかんからな。ベストポジションは海と海の家の中間や! 行くで! こういう場所は早いもん勝ちやからな! ぐずぐずしとったらあかんよ!」

「おー!」

 まさか金髪美少女から流暢な関西弁が紡がれ、そして関東ではあまり見かけない堂々たる心情の吐露ぶりを見せられる関西人特有の強みが表れるなどと、誰が想像出来ただろうか。
 思わず周囲の男性達はその光景に苦い笑みを貼り付けながら、駆けて行く二人を見送るのであった。

 見渡す限りに広がる砂浜。開放的に広がったビーチは水着姿の男女がひしめき合っていた。セレシュは自身が考えるビーチの陣取りを遂行すべく、陽と二人で空いている場所を見つけ出すと、パラソルを立ててからシートを広げた。貴重品以外を全てシートの上に置くと、セレシュはパーカーをその上に軽く畳んで置くと、陽に向かって声をかけた。

「陽、うちが泳ぎ教えたる。おいで」
「うんッ」

 パーカーを脱いで顕となったセレシュの白い肌を見つめる周囲の男女。その視線は老若男女を問わないものである。
 セレシュの実年齢はともかく、彼女自身は21歳であると公言している。しかしながらその肌や顔つきから、もしもセレシュが21歳であるなら、それはあまりに童顔であると言えるだろう。

 事実彼女は、十代中盤に見えるのだ。

 金色の髪に青い瞳を携えた十代中盤の少女。そんな彼女と一緒にいるのは、至って普通の日本人らしい男の子だ。姉弟と称するには少々ミスマッチな二人である。

 セレシュの見た目と陽の存在が、一体どんな経緯で一緒にいるのかを周囲の人々には想像を巡らせる結果となっているのだが、そんな事はセレシュと陽には関係のない事である。

 比較的穏やかな波が押しては引き返す。それを間近で見るのは潮干狩り以来だが、その中に入るとなれば陽も少々戸惑いを見せていた。セレシュはそんな陽の手を引いて小さく笑みを浮かべると、足元に気をつける様に注意を促してからゆっくりと海の中へと足を進めた。

「わ……」
「いきなり深くなってる所もあるから、しっかり手握ってるんやで」
「う、うん」

 緊張した面持ちでゆっくりと進む二人は、波打ち際から少し沖へと進む。泳ぎを教えるのに、波打ち際では波が邪魔をすると判断したのだ。

「海水はしょっぱいから、飲まん様に」
「ん……、ホントだ」

 僅かに唇を舐めてその味を確認した陽に、セレシュは小さく笑った。


「じゃあまずは顔をつける事からやな。怖くはない?」
「怖い事なの?」
「当たり前や。水の中は息出来へんし……って、陽の場合は息出来へんくても問題ないんか……」

 当たり前に接してはきているものの、目の前の陽は付喪神である。もともと手鏡が具現化した陽は人間の形態を取り、少年らしく振舞ってはいるものの、呼吸が必要な訳ではない。食事も然りであるが。
 改めてそう考えるものの、それでも息継ぎなしに泳ぎ続けていては周囲の反応が大変な事になるだろう。人間らしく振る舞う必要があるのだ。

「ま、人間らしく生きるって決めとるんや。色々やろか」
「はーい」





 ――結論から言えば、陽はすぐに泳ぎを理解し、実践してみせた。
 泳ぎを覚えるのに必要となるものは、水への恐怖心を克服する事にあると言っても過言ではないだろう。
 本来であればこれは、水への恐怖心への克服と身体をどう動かせば浮くのかなどを考慮して行うものであり、なかなか一朝一夕で学べるかと訊かれれば普通は首を横に振るだろう。
 しかしながら、息が出来ない事に恐怖を感じる事もない陽にとってみれば、試行錯誤する余裕があるという事だ。

 ――詰まる所、陽は一切の苦労を必要とせずに泳ぎを覚えたのだ。

 二人は一度海から上がり、海の家で食事を取る事にした。
 訪れた海の家は簡素なテーブルと椅子が置かれ、そこで食事を済ませる事が出来る様だ。

 店内はちょうど昼時を迎えた事もあり、慌ただしく騒然としている。そんな中でセレシュと陽が頼んだのは、海の家の定番とも言える焼きそばである。

「…………」
「…………」
「……セレシュお姉ちゃん。これ、あんまり美味しく――」
「――陽、これが海の家や」

 なんとも言い難い感想を述べようとする陽に向かって、セレシュは静かにこの世の理を説くかの様に告げた。




 そんな一幕を迎えた二人であったが、腹ごしらえを終えた二人は今度は砂浜で砂の城を作ろうと画策する。海の醍醐味と言えば、こういった部類も堪能しなくてはならないだろう。
 砂の造形物とも取れる、さながらドイツにあるノイシュバンシュタイン城の様な立派な城造りに奮闘するセレシュと陽の二人に、思わず周囲の人々がその城を画像におさめるという珍事にも発展したが、これは完全にセレシュの悪ノリが原因と言えた。

 陽の中では、砂遊びはイコールして、造形物を創るというハードルとなったと言えるだろう。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 昼下がりには帰路へと着いた二人は、夕暮れまでに家に帰る事にした。海辺の電車を待つ人々は誰もが肌を赤らめ、日焼けした肌を痛そうにしているものの、セレシュと陽にはその兆候は一切見られない。

 日焼けし、肌が黒ずんで組織が死ぬという現象も、セレシュの自己回復能力を前にしてはダメージが蓄積される事もない。つまりは影響を受けないのだ。
 その横にいる陽に至っては、付喪神である。

 周囲が苦しんでいる様子を見る分には、そんな人外である自分達で良かったとも僅かに思えるのであるが、日焼けという夏の思い出を堪能出来ないのは少々残念とも言えるだろう。

「楽しかった?」
「うん、楽しかったよ!」
「陽は何が一番楽しかった? やっぱり泳いだ事?」

 セレシュの問いにしばし喉を鳴らしていた陽が考えこみ、そしてハッと行き着いてセレシュを見上げて答える。

「砂のお城作った事、かな?」
「あぁ、砂遊びやな」
「あんな立派なお城創るんだねー」
「う……、なんやろ。えらい勘違いされとる気がする……」
「セレシュお姉ちゃん?」
「ま、まぁまた来ような」
「うん!」

 研究家の性なのか、あるいはセレシュの悪ノリ故なのか。
 年甲斐もなく楽しんでしまったセレシュは、そんな自分の今日一日を振り返り、僅かにいたたまれない気分に襲われていた。

「……うん、歳を考えたらあかんな。これは空気や。空気を大事にしたんや、うちは」
「どうしたの?」
「何でもない!」

 自分に言い聞かせつつ帰路につくセレシュの表情は、何処か乾いた笑みを貼り付けていた。





 何はともあれ、夏はまだ始まったばかりである。










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いつもご依頼有難うございます、白神怜司です。

陽との海水浴編で明らかになった、セレシュさんの悪癖(?)
お楽しみ頂ければ幸いですw

前々回の潮干狩り以来の海だったので、
陽にとっては海=遊ぶ場所、と認知されていそうですねw

事実、猛暑が続いているのでお体にはお気をつけ下さい。

それでは、今後とも宜しくお願いいたします。

白神 怜司