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Mission.2 ■ 女難の相
室内にいた勇太と凛。そしてそんな二人の姿を見つめて動きを止めたイギリスからやってきた一級エージェント、ネルシャ。
口火を切ったのはネルシャであった。
「えーっと……、お、お若い二人でどうぞごゆっくり……?」
「日本語の使い方間違ってるよ、ネルシャ……」
何処のお見合いだ、とでもツッコミたくなる気持ちを抑えつつフェイトが嘆息する。
「でも日本語話せたの?」
「えぇ、もちろんです。イギリスは英語の国ですが、多国語を扱えるのはエージェントとして当然です」
ネルシャとフェイトのやり取りを見つめていた凛がどことなく口を尖らせてフェイトの服の裾を小さく引っ張った。
「この方は知り合いだったのですか?」
「いや、ハイジャックの時に乗り合わせていただけ。最初は犯人グループの一人だと思ったけど、IO2って分かってね。ネルシャがいなかったら飛行機は無事に止められなかったと思うよ」
勇太が凛にそう説明している横から、ネルシャが凛に向かって近付いた。
「凄かったんです! もう、ババッと手を前に出してバーンって!」
「……そ、そうなんですか……」
何度も言う様ではあるが、このネルシャは凛やフェイトの年上なのだが、そうは見えない女性である。
「それでネルシャ、どうしたの?」
「あぁ、そうでした。引越しの挨拶はもちろんの事ですけど、あのハイジャック犯達についての情報を持ってきたんです」
「情報? とりあえず座ってよ」
「お茶入れますね」
真新しい部屋の中へと進んだ三人は、一度リビングで情報を交換する事となるのであった。
凛が用意したのは、もともと部屋に補充されているコーヒーや紅茶のセットから選んだものだ。紅茶の本場であるイギリスのテイストまでは知らないものの、ネルシャは元々そこまで紅茶を愛飲している訳ではなかったのか、特に気にする様子もなく口へと運んでいた。しかしその紅茶に角砂糖を4つも入れている姿を見た時はフェイトや凛は笑顔を強張らせていたが。
「まずはイギリスのフェアリーダンスに対する情報を開示しておきますね」
そう言ってネルシャが取り出したのは、タブレット端末であった。
テーブル上に置かれたタブレット端末には英語で様々な情報が書かれている。訛りがなければ読解程度は可能な凛も、フェイトと一緒になってそれを覗き込む。
「イギリスでのフェアリーダンス事件は、今から1年近く前からその被害が出ています。
アンダーグラウンドを牛耳る組織の介入もあったせいか、他国に比べてその被害は大きく、IO2全体がこの事件に対しては様々な調査を行なっている最中です。
今回ハイジャックした一人、カーリア・ミデス。彼女はフェアリーダンスを追っていた他のエージェントを殺害した、危険な人物でした。幸いにもフェイトさんが見事に先手を取ってくれたおかげで奇襲をかけれましたが、一歩間違えればあの場にいた人質は次々に殺されていたかもしれません」
おどおどとした印象を受けていたネルシャのハキハキとした言葉に、フェイトは少なからず驚きながらも素直に受け止めて思考する。
フェアリーダンス。
あのニューヨークでのバクが関係していた薬物を利用した催眠。そしてその裏にいたパイロキネシスを扱う能力者。
日本での虚無の境界との激しい戦いの後、東京海上にジオフロントを作り上げ、そこに能力開発都市を作り上げるというIO2の『能力者管理体制』という都市開発計画はフェイトの耳にも聞き及んでいる。
すでに着工も進み、今では建物が次々と開発されているとの噂ではある。
何故そんな事を思い出したのかと言えば、このフェアリーダンスは、まさに一般人が能力を得る危険性を孕んでいるからこそではあった。
能力の扱いや、その管理の為に、日本という国は他国に対して能力者に対する協力体制を一歩早く手に入れた事になる訳である。
もしもフェアリーダンスがその言葉の通りに、能力者を量産するのであれば。
そして、あの虚無の境界の騒動で能力者の存在が公になったこの国なら、能力者が潜み易いと考えた可能性もあるだろう。
鬼鮫が言っていたフェアリーダンスに対する任務とは即ち、そのクスリの出処と能力者を潰すという2つとなるだろう。
そしてそれは、思っていた以上に切迫しているのだ。
「……なるほどね」
フェイトの言葉に、凛とネルシャが思わず振り返る。
今しがた脳内で整理した事を二人に告げると、二人の表情は一瞬にして青褪めていくのであった。
「日本が悲劇の舞台になる、と……?」
「偶然とも思えない。俺が日本に渡る事になったのも、それにネルシャや各国のエージェントが日本に招集されている事も、その可能性を危惧してなら説明がつく。多分日本で大きな騒動が起きるっていう情報を掴んだんじゃないかな。
って事は、凛。やっぱり草間さんはフェアリーダンスの研究資料を盗んだんだね?」
フェイトの問いかけに、思わずといった具合に凛が頷いて肯定を示した。
「そういう事だね。虚無の境界とのあの大きな戦いみたいにはならなきゃいいけど」
フェイトはそう独りごちると、窓の外を静かに見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
IO2東京本部。
日本へとフェイトが戻ってきて一週間程が経った頃、フェイトと凛は共に招集を受けて東京本部へと訪れていた。どうやらネルシャもその一人である。
相変わらずの駐車場から続いたエレベーターに乗り込んだ凛とフェイトは、指定された階層へと向かっていた。
「今から行く所って、研究室があるんでしょ?」
「いえ、正確に言えばその階全てが、影宮 憂の専用ラボとなってます」
「……は?」
「とにかく、行けば分かりますよ」
「……うん」
凛がクスクスと笑みを浮かべて告げる。
この一週間、フェイトは叔父の家に行ってみたり、あのマンションの地下にあった射撃訓練場で銃の訓練をしたりと、オフとして過ごしていた。
つまりは暇を持て余していたのである。
久しぶりにIO2へと呼び出されたフェイトは、ついに自分も動き出すのかと考えると小さく武者震いを感じていた。
そんなフェイトを他所に、エレベーターが停まる。
「こっちです」
「うん」
フェイトと凛が真っ直ぐエレベーターホールから入り口へと向かう。三箇所ある研究室への入り口はどれも指紋・声紋・網膜・静脈をスキャンしなければ開かないらしい。
厳重なセキュリティを見る限り、やはりここはIO2でも大事な機関である事は窺い知れる。
入り口の前で呼び出しのベルが取り付けられ、その上には『ご用件のある方はこちらをポチッと』と書かれている。真剣味に欠けた言葉である。
「勇太、それを押して下さい」
「……ねぇ、凛。おかしいな。どうして耳を塞いでるの? これ押したら何が起きるのかな?」
「押せば分かりますよ」
「押したくないな!?」
思わずフェイトがツッコミを入れつつも、ため息を漏らしてそのボタンを押す。
――しかし何も音が鳴らない。
故障かと思い、フェイトがそのボタンをもう一度押そうとしたその瞬間、けたたましい火災報知機の様な音が鳴り響いた。
「な……ッ!?」
思わず驚いたフェイトが慌てて耳を塞ぐと、音がようやく止まった。
突然の轟音に驚かされたフェイトが中を見つめると、中から白衣を着たシルエットが近付いて来る。
スモークガラスの様な扉に映ったシルエット。
それを見たフェイトは思わず呟く。
「……子供?」
そしてようやく扉が開くと、そこに立っていたのは小さな少女といったぐらいの女の子であった。その身体には白衣を纏っているものの、裾が引きずられている。明らかに子供がコスプレした姿そのものである。
「フッフッフッ、待ってたよ、工藤 勇太クン!」
そこに立っていたのは、先日エレベーターで一緒になった一人の少女であった。
「……何で子供が?」
「勇太、その方がこのIO2研究機関の総合責任者である影宮 憂さんです」
「ドヤァ」
「口で言うな!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
IO2特別発着場。
フェイトと凛が影宮 憂との遭遇を果たしている頃、一台の飛行機がその場所に降り立った。
中から現れたブロンドヘアの女性は、ティアドロップタイプのサングラスをかけて一歩ずつ設置された階段を降りて行く。
そこに立っていた数名のスーツを着た男女が、その女性に向かって駆け寄っていく。
「飛行機での長旅、ご苦労様です」
「問題ないわ。それより、こんなに仰々しいお迎えが来るなんて聞いてなかったけど?」
ブロンドヘアの女性はその迎えの数に対してそう指摘する。
「東京本部に直接向かって欲しい、との上からの指示です。突然だったのですが、護衛もつける様に言われまして」
「……そう。別に構わないわ」
「ハッ。ではあちらの車へお願いします」
女を先導するエージェント達は緊張しつつそう告げる。
特級ではないにしろ、特級エージェントと組める人間。そしてそれを扱いきると言われているそのブロンドヘアの美女は、迎えに来たエージェント達にとっても尊敬に値する存在だ。
そんな彼女が降り立ったのだ。彼らの緊張は計り知れないものがあった。
「あぁ、そうそう。私のパートナーは何処かしら?」
「パートナー、と言えば……」
ティアドロップのサングラスを外し、自分の眼鏡につけかえた女性――エルアナは改めて口を開く。
「私の唯一のパートナー、フェイトよ」
この日、彼女は日本へと降り立ったのであった。
to be countinued...
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