コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.5 ■ ねーみんぐせんす






 美香の部屋に招かれた客。その客が来て2日目を迎える事になった。
 美香にとっては初めて泊まりに来た客人である。

 ――猫ではあるのだが。

 それはさておき、朝を迎えた美香はまず迷う事なく部屋の窓を開け、換気扇を回した。正直な所、部屋の中が酷い臭いが充満しているのである。それは雨に濡れた獣臭さと、糞尿が処分されていなかったが故に奏でられた不協和音である。
 同じ部屋で寝ていただけの美香でさえ、その臭いに慣れる事もなくこうして目を醒ました訳だ。

「うぅ……、カルチャーショックだよぉ……」

 項垂れながらそう独りごちる美香に、三毛猫は「ニャ」と短く小さく鳴いて答えるのであった。少々言葉の使い方が残念ではあるのだが、確かに異文化ではあった。

 美香がショックを受けたのは、ドラマやアニメでは決して伝わって来ない臭いという弊害だろう。野良猫が雨に濡れているともなれば、その臭いはなかなか強烈なものがある。幸い眠らせていたダンボールの中で糞尿をしてくれたおかげで、そのあたりの処分は楽ではある。が、ここで一つ問題が発生するのだ。

「……さて、どうやって綺麗にしよっか?」

 猫に向かって尋ねる美香と、美香に向かって首を傾げる猫。なんとも似たもの同士なのかもしれないが、それに気付く者はここにはいなかった。




 ――結論から言えば。




 美香は三毛猫を洗う事に対して様々な思考を巡らせた挙句、プロに任せるという間違いのない無難な選択を選ぶ事にしたのである。
 早速ホームセンターで小型の犬や猫を入れて持ち運べるハウスを買い、三毛猫を連れて訪れた美香は、今までに見た事もないその金額に軽く嘆息しつつもお願いしたのである。

(……はぁ、私の美容室代とあんまり変わらないって……)

 所詮は犬や猫。ペットに過ぎない動物だというのにその金額はないだろう、と呟きたくもなるのが飼い主初心者の美香である。
 ちなみに、ホームセンターで見た猫用のペットシャンプーは、このトリミング代の1/4程度の金額であった。確実にそれを買って自分で洗うべきである事に気付いた美香であった。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「おはようございますー」
「あら、おはよう……って、何それ?」

 出勤した美香の右手に握られていた、携帯型のペットハウス。それを見た飛鳥は何事かと目を丸くして美香へと尋ねた。

「えっと、この子昨日拾ったんです。とりあえずトリミングショップで洗ってきたんで、ご迷惑じゃなければ裏に置いておきたいんですけど……」

 少々申し訳なさそうに美香が飛鳥を見つめる。

「あら、三毛猫ねー。最近はアメショとかが多いけど、やっぱり日本はこうでなくちゃねー。ちょっと太った無愛想な三毛猫とか、可愛いものね。
 置いておく分には構わないわよ。私が見ててあげるから、美紀ちゃんは仕事の準備して。またあのお客さんが待ってるわよ」

「あのお客さん?」

「ペットショップのオーナーさん」

 僅かにおどける様にそう告げた飛鳥に、美香は乾いた笑みを浮かべつつも着替え始める。いつも通りのバニーの衣装に着替え、美香はそのお客の元へと向かって行くのであった。
 そんな美香を見送った飛鳥は、その場に置いていかれた三毛猫のハウスを覗き込み、起きているのかと確認する。闇の中に光った目が、ニャーと小さな声と同時に飛鳥に向けられた。飛鳥はハウスの入り口を開けると、チチチと舌を慣らして手を差し出す。すると三毛猫はハウスから恐る恐る出てくると、飛鳥の指をネコパンチの如く爪を立てて引っ掻こうと振り下ろした。

「つーかまーえた」

 その手を捕まえ、爪を見つめた飛鳥はため息を漏らす。

「やっぱり。爪の手入れもしてないのね、あの子ってば……。自分の肌はお客様に見られるものなんだから、そういう事は気をつけて欲しいわねー……」

 猫もタジタジになる飛鳥の洞察力とその行動に、無駄な抵抗は出来ないと悟った三毛猫はその後、飛鳥にされるがままに爪切りで爪を切られる事になった。






 接客用に割り当てられた個室。その一室で、美香と向かい合う様に大きめのベッドマットの上であぐらをかいた男性は、顎に手を当てて考えこんでいた。

「――名前、ねぇ……」
「はい。猫ちゃんに名前をつけてあげようと思ったんですけど、どういう名前が良いんでしょう?」
「うーん、なかなか難しい質問だなぁ……」
「難しい、ですか?」

 尋ね返す美香に向かって男は困った様に頭を掻きながら笑みを浮かべた。

「例えばだけど、名前ってのはその子の特徴とか、自分が好きにつけるものだろう? それを一番誰が口にして呼ぶのかって言えば、当然キミだろう?」

「あ……、そういえばそうですね……」

「だからさ、僕が横から助言してあげるっていうのも難しいのさ。パートナーとして、しっかり名前をつけてあげないと、ね」

 サムズアップしながら何故か爽やかな表情でそう告げる男。どれだけ格好つけたとしても、このお店はそういうお店なのだが、本人としてはその自覚がないのではないかと美紀ですら心配になってしまう相手である。
 なにせ彼は、一切そのプレイを強要してこないのだ。変わった客、というのはまず間違いないだろう。





―――
――






「お疲れ様でーす」
「お疲れ様」

 美紀としての仕事を終えた美香が事務所へと立ち寄る。飛鳥に預けていた三毛猫を迎えに来たのだ。

「みっけねっこちゃーん」
「本当に動物好きね、美紀ちゃん……」

 呆れにも近い笑みを浮かべながら、飛鳥は美香の横顔を見つめていた。
 そして一度咳払いをすると、美香に告げなければならない現実を告げる事になる。

「美紀ちゃん」
「はーい? おいでおいで」
「あのマンション、ペット禁止って知ってる?」
「……え……?」

 今しがたまでの美香の笑顔は何処へやら。みるみる顔を青褪めさせていく美香である。ギギギと鈍い音でも奏でそうな程のゆっくりとした動きで飛鳥へと振り返った美香に、飛鳥は嘆息しながら額に手を当てた。

「……やっぱり、知らなかったのね」
「…………はい」

 困った様な表情を浮かべる美香に対し、飛鳥は逡巡する。

 寮としているマンションは、賃貸という名義にはなっているものの、所有者は他ならぬ飛鳥である。つまり、ペットを許そうと思えば許せるのだ。
 しかしながら、それを許してしまえば、あの場所にいつまでも居着いてしまう可能性もある。美香のいるマンションは、どうしようもないスタートラインを立つ子の為に飛鳥がキープしている物件でもある。

 それはつまり、行き先もなく、帰る場所もないような、そんな社会のはみ出し者の為に残された場所だ。

 ペットを飼う程の余裕があるならば、そこを出てもらう。
 それが飛鳥の設けたルールでもあった。


「……飛鳥さん、この子飼ってもらえませんか……?」
「えぇ!?」

 突然の申し出に、飛鳥は思わず声を張り上げた。
 飼いたいとごねる訳でもなく、寮を出るという訳でもない。ならばどうするのかと思えば、突然のこの申し出である。

「……どういう事?」

「私は飼えません。もともと借金もありますし……。
 だから、飼い主を見つけてあげようと思ったんです。せめて、大事にしてくれる飼い主を。それまでは責任持って世話しよう、って思ってたんですけど……」

 寮がペット禁止ならば、それも難しくなった、という事である。

 どこか涙すら浮かべているかの様な美香の表情に、飛鳥は僅かに戸惑い、そして眉間に皺を寄せて再び嘆息したかと思えば、その直後に小さく笑い出す。

「まったく……、しょうがない子ね」

 呆れた様に椅子から立ち上がった飛鳥は、自分のサイフから1万円札を取り出し、美香に差し出した。

「良いわ。この子はここで飼って、防犯に一役買ってもらいましょ。このお金でペットシートやキャットフード、そういった必要な物を買ってきなさいな」
「……ッ! 良いんですか!?」
「えぇ。足りなかったら立て替えておいて」
「有難うございます!」

 頭を下げる美香に、飛鳥はひらひらと手を振って応える。

「ねぇ、美紀ちゃん。そういえば名前って決まってるの?」
「名前、私も悩んでるんですよねぇ……」

 頭をあげた美香が、あのペットショップのオーナーとの話を切り出した。
 困った様に乾いた笑みを浮かべる美香であったが、飛鳥もどうやらそのオーナーの考え方には概ね同意であるらしい。

「……そうね。だったら、名付け親にはなりなさい」
「え、良いんですか?」
「えぇ。アナタが連れてきた猫だもの。それにその顔、もう何か思い浮かんでる名前もあるんでしょ?」

 図星です、とでも言わんばかりに美香は恥ずかしそうに後頭部を掻いてみせる。

「えへへ……、実はあるんですよね……」
「じゃあそれにしましょう。名前は?」

 美香はもったいぶる様に大きく息を吸い、そして真っ直ぐ飛鳥を見つめた。




 ――「……めけんこ、です!」




 …………。

「……は?」

「え? 「三毛猫」ってゆっくり呼んでると「みーけーんーこー」ってなりません? それをちょっとかわいくして、「めけんこ」です! って、なんですか。その可哀想なものを見る様な目は!?」

「え……、あ、うん。うん、かわいいかわいい」

「棒読みですよね!?」

「……ぶふッ」

「!?」

「く……クククッ……! み、み、美紀ちゃん……ッ」

「な、何ですかぁ!?」

「……センスないわね……、ぶふッ!」

「あーーーー! 酷いですよ、飛鳥さん!」




 その後、飛鳥は美香が買い物を終えて帰って来るまで笑いを殺しきれず、ようやく落ち着いた頃に帰ってきた美香が「めけんこ、ただいまー」と声をかけたせいで再燃。

 飛鳥にとっても美香にとっても、鮮烈な印象を与えた美香のネーミングセンスであった。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。
めけんこ、ついに名付けられました!

それまでの飛鳥と美香の信頼しあう上下関係の流れ。
それを名前だけで台無しにする、それが美香さんのセンスの光る所ですね←

お楽しみ頂ければ幸いですw

それでは、今後共よろしくお願い致します。

白神 怜司