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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.24 ■ 刻まれる戦い






「――おっらぁッ!」

 普段の何処か緊迫感に欠ける口調には似つかわしくない、気合を乗せた一声。
 その声と共に手から放たれた強烈な衝撃が、大地を抉りながらファング目掛けて走って行く。

 獅子の様な見た目へと変貌したファングは、迫り来るそれを睨み付けて口角を釣り上げると、避けようともせずに右手を上にあげ、拳を作る。
 ギリギリと音を立てながら握られた拳が、勇太の放った衝撃波がもうすぐぶつかるという所で大地へと振り下ろされ、衝撃を生み出してそれを相殺してみせた。

「こんなモノか、小僧!」
「甘く見んなよ!」

 それは勇太にとって注意を逸らす為のフェイク。時間稼ぎの為の一撃であり、もとより効果など期待していなかった。もちろんあんな一撃を普通の人間が喰らおうものなら、その身体は数メートルは吹き飛ばされ、ダメージを受けるのは確実であっただろうが、相手がファングであれば、それは通用しない。

 勇太は空間転移を行う事で、ファングの右後方へと姿を現すと、その両手に具現化したバスケットボール大の重力球を2つ、一斉にファングに向かって放つ。しかしそれは空中で一斉に破裂する様に散らばると、四方八方へと展開した。

「――ッ!」
「――“鉄の処女”。これ、あんまり使った事ないんだけどね」

 周囲に展開していた重力球から一斉に槍が伸び、それがファングへと襲いかかる。逃げ場のない多方向からの攻撃。普段からこれを勇太が使わないのは、この攻撃は避ける事も出来ず、あまりに殺傷能力が高すぎる能力だからだ。

 ――この“鉄の処女”は、確実に相手を射抜くという性質を持っている。故に勇太は使わずに来た。過去にどこぞの吸血鬼にお見舞いしたぐらいである。

 ファングへとそれを放ったのは、ファングに対しては本気で殺しにかかっている、という訳ではない。

 勇太は確信している。
 ファングは恐らく、この攻撃を打破しにかかるだろう、と。

「小賢しい真似をッ!」

 ファングは何処へ逃げるでもなく、真っ直ぐと勇太に向かって肉薄する。

(やっぱそう来た……ッ!)

 ――そして同時に、勇太の布石が完成するのである。

 周囲に展開していた“鉄の処女”を消した勇太は、肉薄するファングの足元へと手を飾り、その場を爆発でもさせるかの様に吹き飛ばす。
 突然の行動に、ファングは僅かに逡巡する。

 その行動は足止めとも思えない。攻撃にしては弱すぎる。
 ――しかし、何も考えずに戦っているとも到底思えないのだ。

 それでもファングはその僅かに胸に生まれた不安を振り払うかの様に、勇太へ肉薄し、その獣の様な腕を振り下ろした。

 勇太はそれは横に避けると、その直進方向に向かって転移し、再び距離を取ってファングを睨みつける。

「逃げるだけか、小僧!」
「いや、違うね。場は整ったのさ」

 ――ファングは気付かない。

 先程ファングの足元が破裂した一撃。その上に、地面から吸い上げられていく様に光が集まり、球体となって浮かび上がっている事に。
 そしてそれが、今まさにバリバリとけたたましい音を奏でながら、今にも動き出す気配を見せているという事にも。

「――そこ、落光に注意してね」
「な……――」

 聞いた事もない単語に僅かに動きを止めたファング。
 そして同時に、球体となっていた光が一瞬にして槍となって飛び出し、ファングの身体を貫いた。

「――が……ッ!?」

 突然の攻撃。
 自身の強靭な身体に傷をつけたその攻撃に、ファングは目を丸くした。僅かに黄金色を纏った光の槍が、脇腹を貫いているのだ。

「神気の槍っていうより、攻城兵器のバリスタに近いのかも、ね」

 勇太が告げる。

 “鉄の処女”は重力を孕んでいる為、その負荷は周囲に影響を与える。ファングが勇太に向かう為に一部を突き破って進んだ事により、その負荷はその一部を覗いた周囲――つまりは中央から直線上に道を作る。
 そしてそこに、勇太は先程神気を吸い上げる為に念動力を発動させ、周囲に残っていた重力球を近くへと集めた。

 狭くなった一本の通り道は、銃身の役割を果たす。重力というベクトルを回転させ、射出力へと変換し、神気という弾丸を撃ち出す、強力な砲台へと作り変える。

 そしてそれは今、まさに成功してファングの強靭な身体を貫くに至ったのだ。

「……退きなよ。あんたのそんな身体じゃ、もう勝ち目はないだろ」
「情けをかけるつもりか……ッ!?」

 ファングは勇太を睨みつけ、そう告げる。
 満身創痍でありながらも、その鋭利な殺気を解く事はない。その気迫に僅かに戸惑いながらも、勇太は嘆息する。

「俺はあんた達とは違う。命を奪うつもりはないよ」
「後悔する事になるぞ……」
「しないさ」

 挑発する様なファングに向かって勇太は柔らかく告げると、表情から緊張が消え去り、そして僅かな笑みを浮かべた。

「もしまた襲って来るなら、次も返り討ちにしてやるから」

 ――それはまるで、近所の子供とゲームをしているかの様な気軽さだ。

 ファングはこの言葉に、思わず唖然としてしまう。
 命懸けの戦いの後で、こうもあっさりと引かれては毒気が抜けてしまう。自分でさえ戦闘を楽しむ事はあっても、こうも簡単に割り切る事は出来ないだろう。

「……その言葉は大器が成せるものか、或いはただの愚か者か……」

 ファングは誰に聞こえるでもなく呟き、空を仰ぎ見る。
 ただ戦闘に身を投じてきた日々。それは僅かな満足感を得る為だけの日々であり、それ以上のものなどはなかった。

 心はその僅かな満足感だけに潤い、そして日々の中で乾いていく。
 そんな日々を送っていたのだ。

 しかしファングはこの時、一つの僅かな想いに心を満たされていた。
 それは勇太ら対峙する者達にも、ファング本人にとってもこの時はまだ知る由もない。

「……俺の負けだ。ここは退かせてもらおう」

 敗北を宣言するファングの言葉は、悔しさにまみれた苦々しいものではなく、何処か納得しているかの様な口ぶりであった。
 その場から後方へと飛び去っていくファングを追いかけようともせずに、勇太はただその姿を見つめていた。

「勇太!」

 凛と百合がその激しい戦いを終えた勇太へと駆け寄る。
 未だにファングが飛び去っていった先を見つめていた勇太の横顔は真剣そのもので、凛と百合はそんな勇太の横顔に僅かに魅入っていた。

「勇太、ファングは――」
「――あああぁぁぁぁ〜〜〜〜、怖かった……」




「「……は?」」




「だって見たでしょ? 何あの変身能力。しかもやたらと強いし、おまけに顔も怖いし。ファングのクセに生意気だよ、まったく。昔は給食のパンとか帰りにあげた事もあったのに……って、え? 百合さん? ちょっと痛いんですけど」

「ねぇ、やっぱりバカなの? バカよね? バカでしょう?
 緊張感溢れる戦いも何も台無しだと思わないの? それともアンタ戦ってる間ずっとその近所の犬の事考えてたの? 何? ベストブリーダーでも考えるタイミングぐらい弁えるわよ?」

「百合さん百合さん、知ってるかな? その釘って、意外と鋭利なんですよね〜……。しかもちょこちょこ尖ってる方当てるとかやめてくれない!?」

「……はぁ。今の勇太と百合さんのそんな姿見たら、さっきのファングさんもやりきれない表情浮かべそうですね……。」



 ――見事に緊張感といった類は消え去っていたのであった。








 その様子を近くのビルの屋上から見つめていた、黒ずくめのコートを被った男が下卑た笑みを浮かべる。

「……フフフフフフフ、あのファングですら倒す能力……。実に見事ですねぇ」

 ゾクゾクと身体を走る興奮に打ちひしがれる様に身体を震わせた男は、勇太達に向けて視線を送りながらそう呟いた。

「あぁ……、良いですね……。青い果実はその実が熟れる前が一番美味しい……。あの子達もまた、どんな味を奏でてくれるのやら……」

 ――狂気にも似たその笑みは、突如として背後の扉が開いた音によって強張り、消え去った。

 男の身体を突き抜けた先程の興奮。
 それ以上に大きな衝撃が、身体の芯を駆け抜けたのだ。

 それは正しく恐怖。
 蛇に睨まれた蛙という言葉がある様に、男はそのあまりの恐怖に身じろぎ一つ赦されずに強張った。
 冷たく絡みつく様な殺気。
 既に身体中に鋭利な刃物を突きつけられている様な、そんな感覚である。

 頬を流れた汗が地面へと向かって落ちていく。
 それと同時に、男はようやく首を動かし、その殺気の正体を見つめる。

「……な、ぜ……!?」

 男はその言葉と共に、赤い華を咲かせた。




 そこに立っていたのは、今しがたファングと死闘を繰り広げていた少年によく似た顔をしている、無表情の少年であった。







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