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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Route:凛 〜真夜中の着信〜






 真っ暗な室内に鳴り響いた、無機質な着信音。
 その機械的な音にもぞもぞと身体を動かして手を伸ばした、一人の男。暗闇の中に浮かび上がる液晶の明かりを目印に男はそのスマートフォンを手に取ると、その液晶画面に浮かび上がった名前を見つめる。

 翡翠の様な瞳が液晶から漏れ出た光に照らされて浮かび上がる。その目は眠気を吹き飛ばし、その男の頭もしっかりと覚醒した事を示す。

「……もしもし」
《あ……ッ》

 電話越しに響いた第一声は、驚きとも取れる小さな声であった。

 それもそのはずだろう。
 この時間に電話に出るとは思っていなかった。詰まる所、たいして期待もせずに鳴らしてみた電話に、しっかりと出られてしまったのだ。驚きも仕方ないと言える。

「どうした、凛?」
《え……っと、ごめん、なさい。勇太、寝てました、よね》

 申し訳なさからかぎこちない口調で告げる凛の言葉に、フェイトは小さく呆れた様な笑みを浮かべる。

「そりゃ寝てたけどさ。なんかあった?」
《う……、ん……》

 言葉に詰まる凛の様子に、フェイトは何かあったのだろうと踏む。

「今からそっち行くよ」
《え……? で、でも時間も時間だし、何でもないから……――》
「――そんな事言われても、もう遅いから。じゃ、向かうよ」
《ちょ、ちょっと、勇太――!?》

 電話越しに叫ぶ声に聞こえないフリをしながら、勇太は凛に向かってそう答えるのであった。



 日本へと帰って来てから既に数年の月日が経った。もちろん何度かアメリカへと戻ったりもする機会はあったのだが、それでもフェアリーダンスの一件で日本へと帰ってきた頃から、日本にいる機会が増えたのは紛れもない事実である。

 IO2のエージェント用の宿舎――とは言い難い高級マンション。
 フェイトの庶民派の感覚では少々気後れすら抱いてしまう様なそのマンションでの生活を早々に脱したフェイトは、今では東京のとあるマンションで生活している。
 コンシェルジュサービスのエージェントにはかなり嘆かれる結果となってしまったが、おかげで自由に生活を送る事が出来ている為、それは仕方ない結果だったと言えるだろう。

 そんなフェイトは今、深夜の東京都内で車を走らせていた。




「フェイトさん、やっと帰って来てくれたのですね」
「いや、違うから」

 マンションのロビーへとやってきたフェイトは、久しぶりにあったコンシェルジュの一人である巡に向かってあっさりと断じる。
 そんなフェイトに対して巡は涙目になって抗議してみるものの、フェイトはそんな巡に一切の反応を見せる事もなく、エレベーターに向かって歩いて行く。

「どうかなさったのですか?」
「あぁ、凛に用事があって」
「こんな時間に、ですか……?」

 時刻は丑三つ時である。

「まぁ気にしないで」
「はい、かしこまりました」

 そうは言いつつも、巡は頬に朱を差して手を当てている。「ようやく進展が……」などと呟く声も、エレベーターを前に立っているフェイトの耳には聴こえていない様だ。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 凛は慌てていた。
 夜中に突発的に電話をしてしまい、あまつさえそれに応じたフェイトがこれから自分の部屋にやって来ると言うのだ。
 まさか空間転移で唐突にやって来るのではと考えていた凛だが、さすがにそれはないらしく、慌てて部屋を片付けた凛は気持ちを落ち着かせる様に椅子に腰掛けて座っていた。
 背筋をピンと真っ直ぐ立てているその姿に、落ち着きも何もないのはご愛嬌である。

 そわそわと辺りを見回しながら、ちらりと時計を見つめる。
 時間が時間なだけに、こんな時間に呼び出してしまう形になってしまった事を申し訳なく思いつつ、それでも来てくれるという事に思わず笑みを浮かべてしまう。

 ――何を話せば良いのだろうか。

 そんな事を考える凛。
 最近は同じ任務で動く事もなく、オフもそれぞれに合わないすれ違いの日々が続いている。

 そもそも一級と特級という特別な立ち位置にいる二人が同じ事件に動けるはずもない。それはよほど大きな事件でなければ、皆無と言えるだろう。

 そんな日々のせいか、凛はどうしようもなく心細くなっていたのだ。
 アメリカにいた頃とは違う。会える距離なのに会えない日々。それが凛にとっては、あまりに心細く、耐え難い日々になっていた。

 ――そんな事を思い返した凛の耳に響いた、呼び鈴の音。
 ついに彼がやって来たのだと、凛は小走りに扉へと駆け寄って行く。

「勇太……」

 扉を開いた凛は、申し訳なさから顔を俯かせて声をかけた。

「……こうして会うのは久しぶり、だね」
「……うん。入って」

 口数も少なく、二人は家の中へと入って行く。

 凛の部屋は整然としている。もともとたいして散らかってもいなかったのだが、一人暮らしである以上、僅かな油断が生まれる。脱ぎ散らかされる服などもあったのだが、それは既に片付けられている為、その形跡は見えない。

「勇太、飲み物は?」
「ん、じゃあアイスコーヒーもらえるかな?」
「はーい」

 なんとか平常心を保とうと凛は返事をしてフェイトと自分の飲み物を用意する。その間にフェイトはソファーに座り、小さく欠伸を噛み殺していたが、それを凛には見せまいと顔を背けていた。

 席についたフェイトへとコーヒーを手渡し、凛はフェイトの斜め横に座る。二人掛けのソファーと、その前には膝ぐらいの高さのテーブル。その横にある一人がけのソファー。それが二人の座っているソファーの配置だ。自然と斜めに向かう様な形で座る事になる。

「……ごめんなさい、勇太」
「え?」

 コーヒーを口にしていたフェイトに向かって、凛は小さく口を開いた。

「こんな時間に電話して、迷惑でしたよね……。気を遣わせてしまって、わざわざ来てもらっちゃって……」
「いいよ、そんな事。何かあったの?」

 淡々とした受け答えにも聞こえるが、心配そうにフェイトは凛の顔を覗き込んで尋ねた。

「……っただけ、です……」

 消え入る様な声で呟いた凛に、フェイトは首を傾げてもう一度言ってくれと口にする。すると凛は、赤くなった顔をあげ、フェイトを見つめた。

「……寂しかっただけ、です……」

 その目は気恥ずかしさからか、それとも寂しさからか涙を溜めていた。

「近くにいるのに遠く感じてしまう……。分かっています、それが自分のワガママだって事ぐらい。でも……、確信なんて持てないんです……」

 それは、フェイトの自分に対する想いに対して、だろう。

 この数年間という時間の中で、二人は何度も逢瀬を繰り返している。しかしそれでも何ら変わらない関係性。
 もう10年以上、二人の関係はそのままなのだ。

 凛が一方的に想いを募らせ、そしてフェイトは……。

 それを考えるだけで、凛にとっては不安が募る。そうでない方がおかしいだろう。

 何かがあった訳ではない。それに対して胸をほっと撫で下ろしたフェイトは、凛の髪にそっと触れると、ゆっくりと頬をなぞる様に指を触れる。

「何かあったら、いつでも俺を呼んでよ」

 その優しい言葉さえ、今の凛にとっては苛立ちを募らせるのだ。

 その優しさが、自分の心を勘違いさせる。
 その度に一喜一憂してしまう自分がいる。

 だからこそ、辛いのだ。苦しいのだ。

 そんな気持ちを口にしなければ分かってくれないのかと、凛は怒りすら胸に抱きたくなる。
 しかしそれは自分のワガママであって、それをぶつけて良いとは思えない。

 凛は立ち上がり、フェイトに背を向ける。
 それは自分の中の怒りが、フェイトに向かってしまわない様にと考えた凛の予防線だ。

 そうでもしないと、耐えられない。
 今の感情の波は、自分の制御をあっさりと超えてしまうだろう。

 そんな胸中であった凛は次の瞬間、勇太の取った行動に思わず呆然としてしまった。

 後ろから抱き締められていると気付くには、少々時間が必要だったのだ。

「え……っと……」

 最初に口を開いたのは凛であった。あまりに突拍子もない行動に、凛は戸惑いを隠せずに呟いた。
 いつもスキンシップは凛から行なってきた。それが唐突に自分を抱きしめて来るなどと予想出来るはずもなかった。

 恥ずかしさから、混乱から。凛は小さく言葉を紡いでは虚空へとその呟きを消していく。

「ゆ、勇太……。放して……」

 それは凛の拒絶であった。
 勢いのまま、自分のワガママでフェイトに抱き締められている様な、そんな偽物とも断じれる行為である気がしたのだ。

 それがどうしても、今の自分には耐えられない。
 冷静になればなる程に、そんな想いが生まれてしまったのだ。

 ――拒絶。

 そんな事をしたくないのに、と凛は泣きそうになる心を必死に抑える。
 本当なら、このまま身を委ねていたいのに、と。

 それでも今のこの形は嫌なのだ。
 なんと自分はワガママなのだろう、と凛は自己嫌悪を強く感じていた。

「――放さないよ」

 フェイトは続ける。

「俺は凛の為ならいつだって駆けつける。もちろん、寂しいだけで呼んだって構わない」
「……そんな、優しくしないで下さい」
「誰にだってそうじゃない。凛だから、俺はそうする。こうして駆けつける」

 ――それは、言われる事をずっと夢見ていた言葉だ。

「ずっと言わなくて、待たせたままでごめん」

 ――やっぱり卑怯だと、凛は小さく心の中で呟く。

 嫌いになってしまえば楽だった。
 もしかしたら今日は、その為に電話をしたのかもしれない。

 ――なのに……。

「凛、俺は凛が……――」






 ――その言葉を、ずっとずっと待っていた。







 堰を切った様に凛は泣き始めた。
 頬を伝う涙は、今までずっと溜め込んできたその想いを押し流す様に止まらない。

 咽び泣く、とでも言うのだろうか。
 凛は涙を流しながら泣き崩れる自分を、頭の何処かで客観的に見つめている様な気分でそう評した。

 ずっとずっと抱いていた想いは、この日。
 ようやく形になったのかもしれない。






 ――二人はようやく、十年以上の月日を超えて次の一歩を踏み出すのだ。









FIN