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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.40 ■ 虚無の覚醒






 アンジェリータは薄れ行く意識の中で手を伸ばした。
 せめて、あと数分。それだけ時間があれば、きっと美香がこちらにやって来る。だからそれまでは、何とか自分が足止めをしよう、と。

 しかしそれは、叶わない。
 彼女がそのまま虚空へと伸ばした手は誰にも届く事もなく、無残に力なくその場に落ちていった。

「……抵抗しなければ良かったのに、ね……」

 金色の髪をした少女は呟いた。
 何処か自分と似た境遇で育ったアンジェリータ。そんな彼女を凶刃で襲った少女――エヴァはその自身の行為に僅かに顔を顰めると、気を取り直して顔をあげた。

 エヴァは現在、霧絵とたった二人でIO2の施設内へと侵入していた。

 ――『七天の神託』を処分する。
 そう、霧絵が判断したのだ。

 それに同行していたエヴァが、IO2の内部が少々騒々しい事に気付き、内部を捜索。そこでアンジェリータと遭遇した。
 戦闘系の能力保有者ではないアンジェリータなど、エヴァにとっては取るに足らない存在であった。ましてや戦闘能力はほぼ皆無。戦う気すら起きなかったエヴァであったが、『箱庭』へと引きずり込まれそうになったエヴァが慌てて反撃したのだ。

 そしてその一撃はアンジェリータの胸を切り裂き、今に至るのだ。

「――あああぁぁぁぁッ!!!」
「――ッ!?」

 獰猛な猛獣が叫んだかの様な声。そして身体を駆け抜けた殺気に、エヴァはとっさに身を翻してその場から離れた。
 空間を光の鞭の様な何かが切り裂き、まるで鋭利なシャベルで繰り抜いたかの様に地面が抉られた。

 あまりの威力に、もし一瞬でも判断が遅れたら、とエヴァに緊張が走る。
 しかし追撃は来ない。

 攻撃を仕掛けてきたその本人は、倒れて赤い華を咲かせていたアンジェリータを抱き寄せていた。

「……何しとんねん、アンジェ……。もうちょっとやんか……。あとちょっとで自由になれるんや……! それを目の前に、死んで良いハズないやろ!? なぁ! しっかりせぇや!」

 “異能の子供達”として育てあげられた中で、性格が真逆でありながら年齢が一緒であった二人は、いつしか姉妹の様に仲良くなっていた。

 互いに自由を望み、そして生きて来たのだ。

 それが今、ようやく待ち続けていたパートナーと呼べる存在――美香の登場により、ついに光明が見えてきた。

 ――だと言うのに……。

「……何でや……。何でうちらは、こないな目に遭わなあかんの……?
 やっと、やっと助かるって。自由になれるんやって思っとったのに、何でこないな目に……」

 ブツブツと呟くアイの後ろ姿を見つめ、エヴァは踵を返して歩き出す。
 復讐してくると言うならば、倒れた少女と同じ目に遭わせるまでだ。今のアイでは心が折れている為、かかって来ないだろう。
 そう判断したのである。

「――……全部全部、壊れたったらえぇんや……」

 その言葉と同時に、アイの身体からは真っ黒な靄が生まれ、その周囲を飲み込んだ。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 けたたましい警報音が、憂らのいた研究所内へと響き渡る。いつもの呼び鈴とは違う音に戸惑いながらも憂のもとへと駆け寄った美香とユリカは、憂がメイドちゃんの横でパソコン画面と睨み合う姿を見て思わず息を呑んだ。
 憂の表情からいつもの飄々とした様子は見て取れず、真剣なものに切り替わり、そして眉間に皺を寄せていたのだ。

「憂、さん……?」

 美香が声をかけるとほぼ同時に、憂が机を叩きつけた。

「……間に合わなかった……!」
「え……?」

 モニターに映ったエネルギー反応を示すグラフが激しく明滅を繰り返しながら、その異常を報せている。

「マスター、これって……?」

 メイドちゃんの問いに憂は深呼吸をして自身を落ち着かせると、改めてモニターを見つめて口を開いた。

「アイちゃんの生体グラフ。体内に彼女の身体の異変を報せる為にナノマシンを投与して、アイちゃんの体調を調べていたの。七天の神託が何かをしたら、すぐに対処出来る様に、ね。

 ――だけど、彼女の身体のデータを採取して、私はある可能性に気付く事になった」

「ある可能性……?」
「そう。アイちゃんの身体の構成は、人間と同じ様で全く違うの」

 憂は告げる。

 アイの身体は能力所有者特有の身体能力の数値変化がある訳ではない。そもそもアイの身体は人間とはかけ離れた存在――言うなれば人間よりも高位の個体である可能性が高い、というものであった。

 七天の神託がもしもアイをただの道具としてではなく、何か違う目的を持って生かしているのだとすれば。
 そして、異能の子供達という計画がそもそも、アイという一人の成功作を作る為だけのものであったならば。

 そんな仮説を立てた憂は、アイの体調に目を光らせていたのだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあ、“異能の子供達”という計画は能力者の量産じゃなくて……――!」
「――ある一人の“適合者”の作成。それが目的だったって事、かな」

 憂はそのまま続ける。

「そのアイちゃんの身体が、急速に反応を見せてる。何か大きな変化が生まれようとしているんだよ」
「……場所は、何処ですか?」
「詳しい場所までは解らないけど、多分……――」

 美香はアイを助けに向かおうと考え、そして尋ねるのであった。








◆ ◆ ◆ ◆ ◆








「……悲願の成就、かしら。随分とあっさりとしたもの、ね」

 霧絵は自身の悲願が叶った事を、そう淡々と述べた。

 彼女が使役する悪霊達が、“主の生誕”に歓喜しているのだ。
 それはつまり、霧絵がずっと願っていた“虚無”の誕生。全てを虚無へと還す存在がついにこの世に生まれたのだと告げる。

「長かったわ。それでいて、短かった」

 まったく逆の意味を指す言葉は、彼女の胸中を表していた。

 世界に異変をもたらせ、魔神を召喚する。
 死をばら撒きながら、世界のバランスを少しずつ圧迫する事によって、虚無はこの世界へと渡る事が可能となるのだ。

 ガルムを利用した大規模なテロも。
 そして今もなお続く、虚無の境界による世界各地への侵攻も然り。

「“適合者”が、私の作った者達ではなかったのが残念だけど……」

 霧絵は小さく独りごちる。

 虚無の召喚には、人間と魔が融合した肉体が必要であった。
 その為、魔神と人間の相性が良く、互いに干渉し合った肉体を必要としていたのだ。

 美香らは最終的に、虚無を召喚する為の人柱――言うなれば器として利用する心算でいたのである。

 とは言え、それをするには美香とユリカが、同一化する程に干渉しなくてはならない。
 別の個体として確立してしまったというイレギュラーな存在。それが美香とユリカなのだ。

「……それにしても、どうやって造ったのかしらね」

 霧絵は小さく笑う。

 まさかこのIO2に、“虚無”の器が存在しているとは思っていなかったというのが霧絵の本音である。
 故に霧絵は、その存在が七天の言う麒麟児と同一人物である事に、この時はまだ気付いていなかった。

 後にそれが、霧絵や美香らにとって大きな影響を及ぼす。それはまだ、誰も知りえぬ事である。


「まぁ良いわ……。ようやく始まるわ、この世界の再生が……!」










to be countinued...


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いつもご依頼有難う御座います、白神怜司です。

今回は繋ぎの会といった所でしょうか。
霧絵らの襲撃によって、予期せぬ所から虚無が誕生してしまいました。

次回あたりから百合や武彦らといった、
豪華?な脇役も動き出す事になりますw

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共よろしくお願いいたします。

白神 怜司