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<東京怪談ノベル(シングル)>


罅割れた空

 何処までも広がる宇宙。そこに輝く蒼く美しい星。ここは水に恵まれ、緑に富み、数多の生物が住まうこの星――地球だ。
 綾鷹・郁はこの星にある『日本』と言う場所の『枚方市星ヶ丘』で、思わぬ事象を目にしていた。
「どうしてこんな……」
 そう零す彼女の目に映るモノ。それは空を割った不可思議な現象だ。
 実際に空が割れている訳ではないのだが、そう表現する以外にどう表現したら良いのか。

 ピピ、ピピピピピッ。

 突如鳴り響いた音に郁の目が落ちる。それが捉えたのは彼女が所属するティークリッパーと言う組織からの指令。
 彼女はティークリッパーの環境保護局員として働いているのだが、どうやら指令はその保護局からのようだ。
「……調査命令?」
 呟き視線を上げると、割れた空が見える。
 まるで漆黒のガラスを割って出現したもう1つの空が、何かを伝えるようにこちらを見下ろしている。
 良く見ると、一片数メートル程のガラス片があちらこちらに落ちている。つまり――
「空が割れて落ちて来た?」
 ガラス片に目を凝らすと星空が見える。そしてもう一度空を見ると、割れた場所には星なんてものはない。
 あるのは空虚な世界だけ。しかもそこには砂嵐のようなものが走っており、生命を感じる事は出来ない。
「うん。落ち込んでいる場合じゃないよね!」
 実は今、枚方市星ヶ丘は夏祭りの真っ最中だったりする。そして郁は意中の男性を祭りに誘ったのだが振られ、1人ふらふらと祭り会場を歩いていたのだ。
 今はちょうど、花火大会が行われると言うので、日本語の天の川の語源となった川辺に移動している所だった。
「そうと決まれば行動あるのみ!」
 彼女は青くクリンッとした瞳を輝かせると、それを隠すように瞼を伏せた。そうして手繰り寄せるのは、虚空を漂う何らかの『思念』。
 全ての事象には原因がある。そしてその原因には何らかの『思念』と呼ばれる意思があるのだ。
「――あった」
 郁は何もない空に手を伸ばすと、瞼の裏に映る事象に手を伸ばす。そして見えない糸を辿る様にそれを掴むと、意識をそこに流した。



――21世紀・地球。

「ここって……枚方市?」
 ふわりと地面に足を付けた彼女の目が瞬かれる。直後、彼女の耳に可愛らしい少女の声が響いた。
「連れてって下さい!」
 声を辿って駆け付けると、1人の少女が見るからに怪しい者と話をしている。その様子は真剣そのものだが、郁の表情は彼女の真剣な表情に比例して険しくなってゆく。
「あれって、アシッド族? こんな場所で何してるのよ」
 そう零す彼女の口から洩れた『アシッド族』とは宇宙進出を目論む、言わば郁の敵だ。
「どうせ悪巧みしてるんでしょうけど、そうは問屋が――って、ちょっとぉ!」
 展開早過ぎでしょ!
 郁の前で宇宙船に吸い込まれてゆく少女に目を見開く。そして駆け出すと、彼女は何処からともなくライフル銃を取り出して構えた。
「敵前逃亡厳禁! 即刻撤回を申し出ますっ!」
 宇宙船が虚空に消えようとした瞬間、郁の銃口が火を噴いた。直後、宇宙船が物凄い勢いで傾く。
「命中したわね!」
 やるぅ♪ 自分で自分を褒めながら駆け出した郁の目に、落ちて行く宇宙船と見覚えのある罅が見える。
「あれ? あんな罅あったかしら」
 そう首を傾げるも、今は落ちて行く宇宙船を捕獲するのが先だ。彼女は駆ける脚を加速させると、宇宙船が不時着したであろう東京へと急いだ。

   ***

「だから、何で私に逢ってくれないの? そんなに私が嫌い?」
 必死の形相でしがみ付く少女に、それを前に狼狽える男が1人。その様子は明らかに……修羅場?
 郁は息を切らせてその現場に駆け込むと、宇宙船が落ちている場所を確認した。
「宇宙研究所? 何だってこんな――」
「ふははは! これでこの娘は我々の虜だ! さあ、諸君もこの2人の愛を祝福したまえ!」
 こんな阿保な声を上げるのは間違いない。郁はげんなりした様子で視線を動かすと、不時着した宇宙船の上部から顔を覗かせて叫ぶアシッド族を捉えた。
「だいたい見えて来たわ」
 このアシッド族はどうにかして修羅場真っ最中の少女を連れて行こうとしていたようだ。その理由は不明だが、アシッド族にとってこの少女が何らかの希望に繋がるのだろう。
 そして今は少女の希望を叶えるべく、阿保な演説をしている。そんな所か。
「はいはい。ちょっとごめんなさいねぇ」
 郁は溢れ出る溜息を呑み込むと2人の元に歩み寄った。そして男と少女、その双方を見比べてハタと気付く。
「やだ、良い男♪」
 キラッと光った瞳に少女の眉が上がったが、勘付いた時には遅かった。
「君は?」
「あたしはこの子の友達よ。少しだけ付き合って♪」
 にこっと男好きする笑顔を浮かべると、郁は少女をチラリと見て駆け出した。これに少女の目が見開かれる。
「ま、待って! ヤダ、行かないでっ!」
 『ビシッ』何かが罅割れる音がする。けれど郁は立ち止まることなく駆けて行く。
「よーし、おいちゃん達が頑張っちゃうぞ〜」
 アシッド族は無駄に元気よく少女を励ますと、郁と男を追って駆け出した。そしてすぐさま二人の姿を掬い上げる。
「ちょっ、離しなさい! バッ――どこ触っちゅう! 離せ言うちょるやろ!」
「まあまあ。決着はあそこでつければOK☆」
 何が「OK☆」だ!
 郁は最後まで抵抗したのだが、結果は負け。
 アシッド族の思惑通り宇宙船に引き込まれた彼女等は、何故か天の川と呼ばれる川辺に来ていた。
「……逆戻りって、何の罰ゲームなの」
 はあ。と溜息を零す郁の耳に、少女の必死な声が聞こえてくる。
「アシッド族の技術を学べば、出世だってなんだってできるのよ? 私の方が何倍もあなたを愛しているんだから!」
「確かに彼等の技術には学ぶ事も多い。でも、結婚となると話は別だよ」
 なるほど、話が見えてきた。
 少女は男と結婚したい。けれど男の方は、いずれはするのかもしれないが、今はしたくない。
 こんな所か。
「こんな顔だけしか能の無さそうな女じゃなくて、私を選んで!」
「はい?」
 郁の米神がヒクリと揺れる。だが次の瞬間、彼女の口角が上がった。
「あぁら。顔しか能のない女に負ける女って言うのも惨めよね。だいたいそんな風に迫るから逃げられるんじゃないの?」
「んなっ!?」
 女の鋭い視線が絡み合う。それを傍から見ていたアシッド族は戦々恐々。対する男性の方は冷静な様子で2人を見ていた。
「あなたが選ぶのは私よね!」
「あたしでしょ?」
 鉾先を向けられた男が「ふむ」と呟き、暫しの間の後郁に手を伸ばした。
 その瞬間『ビシッ』と再び何かが割れる音がする。
「ひ、酷い……長年一緒にいた私じゃなくて、そんな顔だけの……つまらない女を、選ぶなんて……、…ぐっ、えぐっ……」

 ビシッ、ビシビシビシ――……パリンッ。

「この音!」
 反射的に外を見た郁は息を呑んだ。
「まさか……この娘が……」
 驚き半分、納得半分。
 何故アシッド族が彼女を欲していたのか。そして何故、彼等は彼女の言う事を聞いていたのか。
「ふはははは! 我々の思うつぼだな! いやはやいい気味だ!!」
 ガハハと笑うアシッド族に奥歯を噛み締める。
「このままじゃ空が崩壊しちゃう……完全に崩壊する前に、何とかしなくちゃ」
 どうにかしなければ。そう思考を巡らせていると、ある考えが脳裏を過った。
「あなたたち、あたしに付いて来て!」
 そう言うと、郁は航空事象艇を呼び寄せた。その姿にアシッド族が声を上げる。
「お、おい! 何を勝手な――」
「勝手な事をしたのはあなたたちでしょ! 黙って見てなさい!」
 郁はアシッド族に喝を飛ばすと、彼等を未来にいざなった。そうして見せたのは、先程自らが思い描いた幸せそうな男女の姿だ。
「あれは……」
「僕たち?」
 幸せそうに手を取り合う夫婦の姿に2人の手が自然と重なり合う。
「こんな風に添い遂げられるなら、君と結婚するのも悪くない」
 男の身勝手な言葉は聞かないふり。
 郁は顔を上げると、目に見えて修復してゆく空を見た。
 罅割れた破片が1ずつ納まる姿は、まるでパズルのピースが穴を埋めるように見える。それらは記憶を辿る様にゆっくり元の場所に戻ると、従来通りの輝きを取り戻した。
 だが1つだけ、昔と違うものがある。
「あら素敵♪」
 そう零した彼女の目に、ハート形の星座が飛び込んで来る。これは少女と男の愛が結晶化した物だ。
 郁はそれを眺めると「あついあつい」と呟きながら、幸せそうな笑みを零した。


――END