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Mission.3 ■ 研究者達
IO2の研究機関。その中枢とも言えるのがこの憂の研究室そのものであると言える。一般人はおろか、IO2の上層部ですら立ち入りを禁止されている。もしも憂が外出しようものなら、彼女はその外出に対して数名の護衛と届け出を出さなければ許されない。ちょっとコンビニ行って来る、などと言おうものなら、他の研究員が代わりに買いに出なくてはならない。
憂にとっては不自由にすら思えるその境遇であるが、憂はこれといって不自由はしておらず、むしろ研究に没頭出来るこの環境を気に入っている程だ。
研究所内は白塗りの壁や天井で、他の色はほぼ存在していない。ところどころ、壁に文字が書かれた形跡があるが、これは憂がメモを書き取る暇もなく書きだしたものだと憂自身が説明した。
白と銀ばかりが視界に広がるその空間は、少々フェイトにとっても嫌な記憶と重なる部分もある。それを顔には出さないフェイトであったが、凛はそんなフェイトの横顔を見て心配そうに表情を歪めながら憂の後ろをついて歩いていた。
「さて、まずは勇ちゃんに謝らなくちゃいけないね」
「ゆ、勇ちゃんって……」
憂が足を止め、フェイトの顔を真っ直ぐ見つめる。
凛はてっきり、昔IO2が楓と共にクローン実験をしていた事を改めてトップとして謝るのかと考える。当のフェイトはきょとんとした表情を浮かべているが。
「悪いけど、私の若さの秘密については答えてあげられないんだ!」
「いや、聞いてないから! 気にはなるけど!」
憂が何故か胸をはって堂々と告げるその姿に、思わずフェイトのツッコミも冴え渡る。
見た目小学生の憂の謎についてはどうしようもなく気になる所ではあるが、その幼児体型で胸をはって答えられても困るというのがフェイトの本音である。
その横で凛はなんだか疲れた顔を浮かべているようにも見えるのだが、憂は一切そんな事を気にしていない様である。
「フフフ、ただ一つ言える事はね、勇ちゃん。
子供料金で公共の乗り物に乗れるっていうのは、お得感よりも敗北感が強いって事だね……」
…………。
「ねぇ、凛。この子って天才なんだよね? 物憂げな表情で、哀愁漂う雰囲気で言ってくれてはいるけど、言ってる内容は果てしなくアレな感じだよね?
天才と馬鹿は紙一重って言うけど、紙一重で後者になっちゃったんじゃないのかな?」
「勇太、この方はこういう方ですので」
もはやフォローですらない凛の一言である。
そんな三人のやり取りに、思わず笑い声をあげていたのは、近くにいた二人の女性であった。
「相変わらずね、勇太クン」
「さすがの勇太クンも、影宮さんのペースには完全に呑まれちゃってるねぇ」
最初に声をかけたのは、IO2に以前から所属していた女性。そして、フェイトのクローン計画を進めようとしていた相沢楓である。
そしてそんな彼女の隣りで笑みを浮かべて告げたのは、そんな楓の姉であり、一時は死んだと思われていた、馨の姿であった。
「おぉ、お久しぶりです」
「あら、敬語なんて使わなくて良いのよ。今じゃ特級エージェントのあなたに敬語を使われる立場じゃないものね」
楓がフェイトに向かってそう告げると、憂がそれに続いた。
「特級エージェントは、その階級の特殊性から立場が高いの。まぁ勇ちゃんはそこでふんぞり返るタイプでもなさそうだし、人を使うなんて出来なそうだけどねー」
「辛辣だね!?」
再会の挨拶もそこそこに、5人は机を囲んで座り込んでいた。
既に話はフェアリーダンスに対する話に発展し、その錠剤のサンプルがテーブルの上に置かれている。
「――成る程ね。アメリカでも動きがあるってなると、世界的に出回っているみたいだねー」
「世界的に、ですか?」
フェイトからアメリカでの事件の詳細を聞いた憂はサンプルを手に取って告げる。それに尋ね返したのは凛である。
「アメリカは良くも悪くも多民族が暮らせる国だからね。アメリカから海外に渡ってる可能性は高いわね」
「でも姉さん。この薬の成分を見る限り、一般的な麻薬とあまり変わらない様な気がするけど……」
今度は馨と楓である。
麻薬とはそもそも、ケシの実から抽出したアルカロイドを合成したオピオイド系の薬物の総称である。
「私が見るには、βエンドルフィンを大量に注入した状態――つまりは興奮状態で自身に自己催眠をかけて能力を自発的に開発させるきっかけにしてると思うんだよね」
憂の言葉に、フェイトと凛が顔を顰める。
「あの、さっぱりなんですけど……」
フェイトの言葉に同意を示すように凛が頷く。馨や楓は苦笑を浮かべ、その横で憂が笑みを浮かべた。
「フェアリーダンスは麻薬でしかないって事。これを投与した状態で、能力開発の準備段階になるんじゃないかなって事なんだよね」
「……えーっと……?」
「わかりやすく言うとね、これは手術前の麻酔と同じって事。幻覚状態に、ある作用をもたらす事で、自身の脳に変化を与える。それが能力の覚醒になっているんじゃないかなって事なんだよね」
まだいまいち理解していないフェイトであったが、一つだけ気になる事があった。
それはつまり、フェアリーダンスを服用しただけでは能力は生まれない、という事だろう。
「じゃあ能力者が生まれるっていうのは偶然って事?」
「違うよ、勇ちゃん。フェアリーダンスを服用した状態で、何かを行う連中がいる。つまりそいつらが能力者を量産しているって事」
憂は細かく説明を続ける。
フェアリーダンスは能力開発の為の麻酔であり、下地作りに使われる。つまる所、フェアリーダンスだけでは能力は開発されず、あくまでも一般的な麻薬と何ら変わりはないのだと。
それでも能力者が生まれるのは、その下地に対して外的要因を与え、変化をもたらす何かがあるという事だ。
つまりそれは、裏で糸を引いている存在がいなければ有り得ない事だと憂は付け加える。
「――裏で能力者を量産する為に、フェアリーダンスをアンダーグラウンドに蔓延させる。それはそいつらにとっても隠れ蓑になるって事だね。つまり、フェアリーダンスの出処を突き止めてもトカゲの尻尾切りにしかならないかもしれない。
多方面から調査をしないといけない、っていうのが今回のIO2の見解なんだよ。その為に、各国からエージェントが呼ばれ、世界的に捜査を行うって事」
憂の説明によってフェイトはようやく理解する。
フェアリーダンスはただの囮にしかならない可能性もある。それでは途方も無い調査になるだろう。
しかし――否、ならばこそ、疑問が浮かぶ。
「だったら、各国で調べるべきだったんじゃない? わざわざ日本に集まる必要があったの?」
「……日本の能力開発都市。ここを隠れ蓑にする可能性が高いからだよ、勇ちゃん。日本は島国だしね。捜査の手が伸びにくいんだよ」
「……成る程ね。ようやく合点がいったよ」
日本に隠れている可能性が高い。
それを逸早く察したからこそ、武彦は先に動いたのだろう。
フェイトはそう確信する。
そこへ、室内に呼び出し音が流れた。呼び鈴とは違うそれに、憂が立ち上がって近くにあった巨大なモニターの前に手を翳すと、空中に映像が浮かび、人の顔が映った。
「緊急回線なんて珍しいね。どうしたの?」
《ハッ、そちらに特級エージェントのフェイト氏はいらっしゃいますか?》
「俺?」
フェイトが椅子から立ち上がり、憂の隣りへと歩み寄る。
《出動要請です。任務ランクはA。至急データを送りますので、エージェント凛と共に現場へ急行して下さい!》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――海外から来たエージェントがサポートに?」
赤みがかった茶色い髪を肩より少し下まで伸ばしたスーツ姿の女性が耳に手を当て、怪訝そうにそう尋ね返した。
《えぇ、よろしく》
「何でも良いわ。私の能力にサポート出来る人間なんていないと思うし、意味ないもの」
《あら、そういう心配ならいらないわ。生憎、私はアナタと似た能力者と組んでいるからね》
イヤホンから聞こえる流暢な日本語。
突然入った緊急の任務にあてがわれた、海外のサポーター。その自信の溢れる口調に、女性は思わず呆れる。
どうせ自分の能力をサポート出来る者はいないのだ。それは彼女がこれまでの経験から理解している。
――それにしても、自分と似た能力者。
そう聞いた彼女は僅かに脳裏に浮かんだ一人の男を思い返す。
「……ニューヨークから来たって言ったわね」
《えぇ、エルアナよ》
「エルアナ、ね。私は百合」
《ユリ、ね。よろしく》
日本の一級エージェント、百合。
そしてフェイトのサポーターとして動いていたエルアナ。
何の因果か邂逅を果たした二人は、その足で現場へと直行するのであった。
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