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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


三人の邂逅――理絵子






「お話を聞くぐらいでしたら……」

 それは理絵子なりの譲歩であったと言えるだろう。
 今しがた、曲がりなりにも自分が口にした言葉であったが、早計だったのではないかと理絵子はしばし逡巡していた。

 スカウトマンの土下座と必死ぶりに、思わず承諾する流れとなってしまった理絵子であったが、その胸中は後悔と疑念が渦巻いている。

 ネット依存の引き篭もり。

 もしも彼女を一言で表すのであれば、それが彼女の生き方であり、現状だ。とは言ってもその度合は以前よりもマシになり、メイクをしてしまえば人前に出られる程度には回復したと言えた。

 それでも、アイドルともなれば引き篭もりとは正反対な立ち位置であると言えた。

 突然告げられたアイドルグループへの勧誘ともなれば、理絵子とて不安が胸中を支配するのは至極当然である。そもそも彼女は自らアイドルを目指そうとした訳ではないのだ。その胸中たるは推して知るべしと言えるだろう。

 ――そんな理絵子は、現在スカウトマンに連れられて車の助手席に乗り込み、事務所に向かって移動している最中である。

「――ティア・クラウン、でしたっけ?」
「えぇ、そうですよ。今はまだ業界進出をして地位が安定する程の大手ではありませんが、それでも今ブレイクしているSakiなんかもウチの出身です。正真正銘、芸能界に名乗りをあげた期待の新星です」
「そうなんですかー」

 車を運転しながらもどこか誇らしげに胸を張るスカウトマン。そんな彼の説明を聞き流す理絵子に、スカウトマンも苦い笑みを浮かべていた。

(……ティア・クラウン……。あった)

 説明を右から左へと聞き流す様な理絵子が何をしているのか。
 それは彼女なりの防衛策とも呼べるだろう。


 元引き篭もりである彼女は、先述された通りに電脳世界に対する知識は半端なものではない。それはつまり、情報収集能力に長けると言っても過言ではないだろう。
 余談ではあるが、彼女は電脳世界に対して少々特殊な干渉方法を用いる事も可能だ。それ程までに、理絵子とネットというものは密接した関係であると言っても良いだろう。

 そんな彼女は今、自分なりに【ティア・クラウン】についての情報を調べていた。
 その結果、スカウトマンが言う事に、どうやら嘘や偽りはないようだ。

 アイドルユニットから、先程名前が挙がった歌手のSakiなど、今芸能界の話題を席巻している存在を次々と生み出している、新進気鋭の芸能事務所。
 その破竹の快進撃は留まる事を知らず、しがらみの多い大手芸能事務所よりも、アイドルや歌手志望の素人からは最も注目されている事務所であるそうだ。

 もちろん、同業者か或いはオーディションなどに落選したものの嫌がらせと思える書き込みもあったが、それはあまりに突拍子もない言い掛かりだろう。
 嘘や偽りが書き込まれるのが一般の情報交換のリスクであるが、これに惑わされる程、理絵子はネット初心者ではない。

 様々な書き込みから自分で情報を収集し、その統計を取った結果、【ティア・クラウン】は最近売れ出した芸能事務所であり、その裏に危ない背景を持っているという可能性もなさそうだ。

 名刺に書かれた住所とホームページを再確認しながら、地図機能で自分達が向かっている住所を割り出す。似た様な名前という訳でもなく、向かっているのは事務所には間違いないだろう。
 もともとあそこまで必死に追いかけてきた程だ。裏で働きかける事務所とは思えなかった理絵子だが、情報による裏取りは理絵子の心を落ち着かせる。あくまでもこれは確認に過ぎない事である。

「見えてきましたよ。まだ大きいとは言い難いですが、あそこのビルに我々ティア・クラウンの事務所があります」

 スカウトマンの言葉通り、そこは決して大きな事務所とは言い難い場所であった。

 雑居ビルがひしめき合うその場所に佇む、少しばかり年代を感じさせる一棟のビル。近くにあった月極の駐車場に車を停め、理絵子はスカウトマンに連れられてビルの中へと足を進めた。

 ビルの中は外観通りに、味気のない質素な雑居ビルそのものであった。所々に薄汚れた部分や、塗装が禿げて亀裂が入っている様に見える傷など、決して小綺麗で新しいとは言い難いビルだ。
 私立探偵でもいれば、それはそれで舞台としては上出来だろうと理絵子はその発想を脱線させつつ、スカウトマンの後をついて歩いていく。

 エレベーターに乗り込み、理絵子はついにティア・クラウンの事務所へと訪れたのであった。

「さぁ、お入り下さい」
「は、はい」

 スカウトマンに促されるままに事務所の中へと入り込んだ理絵子は、初めて訪れた芸能事務所の中の光景に目を大きく開けて周囲を見つめた。

 決して綺麗とは言い難い外装であったが、事務所の中はかなり綺麗に使われている。さながら一般的な会社と同じ様な造りであるが、扉を開けてすぐに少し高めのパーテーションが敷かれ、その向こうは事務机がいくつも向かい合っていた。

「この場所は以前から使われていた場所なので、まだまだ大きくはありませんけどね」

 そう自嘲気味に自分の所属している会社を紹介するスカウトマン。そんな彼の言葉を聞きながら、奥へと連れて行かれる理絵子は、自分が見知らぬ世界へと足を踏み入れた事に僅かに期待と、これまでの生活から激変するかもしれないという事に戸惑いを感じていた。

「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様です。最期の一人、ようやく見つけました」

 胸を張って他の社員と思しき男性へと報告をしたスカウトマン。そんな彼と話をする男性に視線を向けられ、理絵子はぐれむりんをギュッと抱きしめてスカウトマンの後方へと隠れる様に僅かに移動する。

「……いいですね」
「でしょう? 彼女しかいないとビビッと来たんですよ」
「ははは、僕も奈美さんじゃなくてその子を見かけていたなら、間違いなく声をかけたと思いますよ」

 どうやらスカウトマンと話していた男性もスカウトの人間であるらしい。理絵子はそう判断しながら不安そうにその男性を見つめていた。
 理絵子の判断した通り、彼は奈美をスカウトしたスカウトマンの一人である。

「他の二人はもう来てるんですか?」
「えぇ。奥の待機スペースにいますよ。って言っても、奈美さんは色々動いているみたいですけどね」
「相変わらずですね。理絵子さん、行きましょう」
「は、はい」

 ペコっと頭を下げ、小走りにスカウトマンについていく理絵子であった。

「この先の待機スペースにいるみたいですね。先に中に入っててもらえますか? 僕は他のメンバーや同僚に声をかけてきますから」
「え、あ、あの……」

 一人で入るのが不安な理絵子に対し、スカウトマンはそう言い残すとさっさと事務所の方へと戻って行ってしまった。
 残された理絵子は扉の前で一人で立ち止まり、その扉を見つめる。

 この先に、自分と同じアイドルになる仲間となる人がいる。そう考えると、うまくやれるのだろうかと緊張が走る。
 強張った表情のまま、小さく唾を飲んで理絵子は扉をゆっくりと開いた。

 扉を開いた理絵子は、「失礼しまーす」と小さく声をかけながら中へと入る。しかしそこに人の姿はなく、机とソファーが向かい合う様に設置された個室が広がるばかりだ。
 中にいると聞いていた理絵子は誰もいない事に首を傾げ、それでも中へと進んでいく。すると、入り口からは死角になっていたソファーの一角で丸まる様に眠る、一人の兎獣人の姿が視界に飛び込んできた。

「可愛い……!」

 抱いていた緊張は何処へやら、歩み寄った理絵子は眠っていたそのぬいぐるみかとすら思えるそれに唐突に近寄り、そして勢い良く抱き締めた。
 その突然の行動に驚いたのか、兎はもごもごと理絵子の胸の中で暴れ、必死にもがき始めているが、理絵子は一切それを気にする様子もなく、抱き締め続けていた。

「白兎ー、お茶持ってきたー……って、ん?」

 そこに入ってきた黒髪の女性が、理絵子を見つめる。抱き締めていた力を緊張から更に強くした理絵子に、胸の中の兎獣人がさらに強く暴れ出す。

「ちょっとちょっと、苦しそうだよ!?」
「え、あ、ごめんなさい!?」
「ぷはぁ……、し、死ぬかと思った……」

 黒髪の女性の言葉に慌てて抱き締めていた手を弱めて手を離すと、ソファーの上でようやく解放された兎獣人が言葉を漏らす。

「ご、ごめんなさい」
「いや、良いけどね。それで、あなたは?」

 少女の姿へと戻ったその姿を見つめながら、理絵子はその姿に僅かに違和感を覚えつつも、可愛さを前にその違和感は飲み込む事にしたようである。

「集まってるね」

 そんな三人へと声をかけてきたのは、それぞれのスカウトマンの三人であった。中へと入ってきた彼らを見つめ、白兎はお茶の入ったコップを机の上に置いて立ち上がる。

「因幡さん、伊座那さん。紹介しよう。彼女が最期の一人となる予定の、逸見・理絵子さんです」
「え、あ、あの。話を聞くだけのつもり……」
「へぇー、これで揃ったって訳か。この三人でやるのかー。楽しそうだな」

 紹介された理絵子の呟きを吹き飛ばす様に次に告げたのは奈美である。かんらかんらと笑う彼女の姿に、白兎も小さく笑みを浮かべている。
 理絵子にとっては予想外の展開であると言えた。何せ、自分はまだアイドルとなる事を決定したつもりもなく、話を聞きに来たに過ぎないのだ。

「よろしくな、理絵子」
「え、っと、はい……」

 黒髪の女性から差し出された手を取って握手に応じる理絵子。今更そうは言えない雰囲気に流されつつ、理絵子は小さく困ったように笑みを貼り付けている。

「それで、僕の事なんだけど……」

 そんな二人を他所に、今しがた抱き締めていた少女が口を開いた。その視線は入ってきた一人の女性に注がれている。

「あぁ、性別の事ね? 伊座那さん、逸見さん。因幡さんの性別の事なんだけど――」
「「男の子だろ(ですよね)?」」
「……え?」

 性別と言われ、先程飲み込んだ違和感をそのまま口にした理絵子。そんな理絵子と黒髪と少女の答えに、周囲は驚いている様だ。
 抱きしめた時の反応から、女の子とは違った反応だと感じた理絵子であった。その為、少女の姿になった時から違和感を感じていたのである。

「まぁ良いんじゃない? 面白そうだし」
「可愛いですよね!」

 それが理絵子の答えとも言える。
 可愛いという事に変わりはなく、そこに性別など些細な問題であると言えた。

「それじゃあ、問題はないみたいだし、早速三人の歌唱力や実力をテストもかねてレッスンといきましょうか」
「お、やっと始まるのか!」
「ふぇ……?」
「うん、良いよ」

 女性の言葉に、三者三様の返事が返される。

 あまりにトントン拍子に事が進む中、自分も参加が確定しているという事実を改めて突き付けられる事になった理絵子は思わず深い溜息を漏らした。

「うぅ……、また引き篭もりたくなりました……」

 ぽつりと漏らしたその言葉は、誰の耳にも届かなかったようである。

 こうして、理絵子は早速レッスンへと興じる事になったのであった。





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ご依頼ありがとう御座います、白神怜司です。

三人の邂逅、理絵子さん編です。
今回の三人の中で、初めて事務所へと訪れた理絵子さん。
その為、風景描写などはここに集約される形となりました。

それぞれの心理描写なども相俟って構成されています。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共よろしくお願い致します。

白神 怜司