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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.41 ■ 卵






 無機質なまでの白が広がるここは、憂の研究室であった。激しいアラート音が鳴り響く中、メイドちゃんがその人間型の容姿で憂に向かって駆け寄った。

「緊急事態につき、パーソナルモードを凍結。状況を報告します」
「続けて」
「この建物内で爆発的な増大を続けるエネルギー反応が検知されました。ベクトル・シータ。数値化……失敗。予想数値……計測不能。異常事態につき、当ラボ内の全データを移行します。よろしいですか?」
「うん。メイドちゃんの中に全部移動させて」
「了解しました。自動防御プログラムを始動」

 非常事態に対応出来るように搭載させていた、全データの移行モード。
 これは最悪、憂が七天の神託に睨まれ、美香らが失敗した際に雲隠れする為に用意していた機能であった。

「最悪な事態の為に用意していたけど、それ以上に最悪な事態かも……」

 モニターに映し出されたのは、アイの生体データとアンジェリータの生体データグラフであった。

「アンジェちゃんの生命危機。それにアイちゃんの異常な数値上昇。何が起こってるのか分からないけど、まずいよね……」

 データが示しているのは、明らかな異常。アイは原因が一切見当もつかず、アンジェリータに至っては、明らかに生命活動が維持出来そうにない状態だ。

「報告します。全データの移行が確認されました」
「よし、メイドちゃん。このままここのセキュリティレベルを上げて。すぐにアンジェちゃんを回収するよ!」
「了解しました」

 美香は既に位置情報を確認し、そこに向かっている。
 憂は当たって欲しくない推測を改めて想像し、そして呟いた。

「メイドちゃん、戦闘モードに切り替えて、バックパックを装備してね」
「……了解しました」
「……相手は、もしかしたら神の一柱、だからね」

 憂はそう言うと、携帯電話を無造作に取り出し、ある男に電話をかける。

「予定が少し狂っちゃったみたい。援護お願い」
『……分かった。俺達もすぐ向かう』
「うん。よろしくね、武ちゃん」








◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「……まさかこんな所で会うなんて、思ってなかったわ」
「それはこっちのセリフです」

 IO2の廊下で、対峙する美香と霧絵。すぐさま美香の隣りへと具現化したユリカが、そのまま美香と背中を合わせて後方を見つめた。

「……気付いてたのね」
「それだけ気味の悪いものぶら下げてれば、嫌でも気付くわよ」

 ユリカの視線の先に立っていたのはエヴァだ。その手には死霊・怨霊を変質させて作り上げた巨大な鎌が握られている。

「ユリカ――」
「――分かってるわ」

「「ここで決着をつける!」」

 二人が同時に、その場から弾けるように飛び出した。美香は霧絵に向かい、ユリカはエヴァに向かって肉薄する。

「甘く見ないで欲しいわね」

 真っ黒な影が突如として浮かび上がり、霧絵と美香の間を遮った。しかし美香はそれを横から壁を蹴って移動し、更に加速し、霧絵の後方へと回り込み、霧絵の背中に打撃を加えようと腕を振る。
 加速し、勢いの乗った一撃はまたも浮かび上がった真っ黒な何かに掴まれ、霧絵はそれをクスクスと笑い、振り返りもせずに口を開いた。

「その能力、怖いわね」

 まるで馬鹿にするかのような霧絵の言葉だったが、それと同時に影という影から刃が生まれ、美香に向かって突き進む。
 後方に跳んでそれを免れた美香が、霧絵を真っ直ぐ睨みつける。


 その一方で、ユリカはエヴァに肉薄し、狭い廊下の壁や天井を足場に縦横無尽に攻め続ける。防戦を強いられたエヴァは霧絵の近くへと飛び、今度は美香とユリカが二人を挟み込むような布陣へと変わっていた。

「明主様。いかがしますか?」
「……ここで消しておきたい相手だけど、今はそれどころではないわ」
「逃げるんですか?」
「安い挑発は似合わなくてよ、深沢美香さん?」
「挑発じゃありません。ただ、忠告しておこうと思っただけです」
「……忠告?」

 美香の言葉に、霧絵が眉を吊り上げた。

「何処に逃げたって、私はあなたを追い詰め、必ず止めます」
「……フフフ、無理よ」

 美香の意志の篭った瞳を見つめながら、霧絵が嘲笑を浮かべて続けた。

「だって、もうこの世界は終わるもの」

 同時に、二人の足元から闇が吹き上がり、二人の姿を飲み込んだ。
 闇が消えると同時に、その場には美香とユリカが残される。

「……美香、行くわよ」
「うん。急ごう」

 霧絵を逃したのは惜しいが、今はアイの容態が心配であった。美香とユリカは憂に言われたそのポイントへと急ぐ事にした。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「どうしたの?」

 IO2の建物の近くで待機していた百合が、武彦に向かって声をかける。

「合図だ。何やら予定外の事が起こってるみたいだが、俺達も動くぞ」

 その言葉に、百合と、その場にいた翔馬やスノーらが頷いて応えた。

 彼らは今日、IO2で大きな動きがある事を憂から聞かされ、急遽こちらへと向かって来ていたのである。
 そもそも、憂と武彦は同じIO2で面識があったのだ。美香と武彦が繋がっている事も既に理解していた憂が改めて武彦に連絡を取り、今日の事を伝えていたのである。

 七天の神託を捕らえ、虚無の境界に直接攻撃を仕掛けるタイミング。それが今日であると考えていたのである。

 美香がIO2に潜入している間、武彦らは虚無の境界が繰り返し起こすテロ活動を未然に防ぐべく、戦いに明け暮れていた。それだけの長く激しい戦いの日々も、言ってみれば防戦一方の展開であったと言える。

 何せ虚無の境界が狙うのは、この日本という島国の何処か。
 対する武彦らは僅か数名しかいないのだ。

 ずっと堪えながら、美香に託したIO2の内部調査。そしてそこで味方となった憂の存在が、今の武彦や百合にとっては心強い味方であると言えた。

「まぁ、感動の再会って程に悠長な事は言ってられなそうだが、久しぶりに美香とご対面って事になるだろうな」
「そうね。ずいぶん長い間会っていなかったように感じるけど、ね」
「それだけキッツイ戦いだったからなぁ」
《なんやけったいな空気が流れてきとるで》
「……臭いは元から断つ」
《うむ、スノー殿の言う通りでござる》

 口々に声を掛け合い、そして大局を前に自らを鼓舞する者達。

「さて、殴り込みだ」






◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「――憂さん!」
「お、来た来た」

 霧絵との僅かな交戦の間に、どうやら憂達は先にこの場に到着したようだ。憂の傍らにはメイドちゃんがアンジェリータを手当てしている姿が目に入る。

「……そんな……」
「大丈夫。まだ何とかなる。だけど、問題はあっち、だよ」

 憂の視線の先を、美香もまた見つめる。

 そこには、真っ黒な球体が繭のように壁や地面にその手を伸ばし、中空に丸まっている。時折脈打つように動いているそれを見て、ユリカが眉を寄せた。

「……美香、あれを壊すわよ」
「待って。あの中に、アイちゃんがいる」
「――ッ!」
「……どういう事?」

 ユリカの質問に、憂は静かに口を開いた。

「……さっきも言った通り、アイちゃんが恐らくは適合者。そのアイちゃんがあれを生み出し、その中で孵化しようとしているの。最悪の神の一柱、虚無が」

「……ならなおさら時間がないわ。今あれを壊さないと、この世界は滅びるって事じゃない」
「で、でもユリカ! このままじゃアイちゃんが――!」

「――そんなの分かってるわ! だけど、このまま指を咥えて見てろっていうつもり!? このまま孵化されれば、アレはアタシなんかよりもヤバい存在なのは間違いないわよ!?」

「お困りのようですね」

 声を荒らげたユリカ。それに言葉を飲み込んだ美香の耳に響いた、この切迫した状況に似つかわしくない声。
 その声の主に、憂は静かに振り返った。

「……止められなかったよ」

 そこには、相変わらず不気味なまでに不自然な笑みを浮かべた、シンの姿があった。






to be countinued...




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いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回は再会、とまでは進められず、
次回こそは再会という流れになってしまいました。
それでも久しぶりに全員の登場です。

虚無がアイを媒介に生まれようとしている中、
第三勢力であったシンの登場。

物語も終盤に向かいつつあるので、これから先はシリアスになるかもしれません。

ちなみに、アンジェリータは完全退場にならずに済みそうです。

お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後共是非とも宜しくお願い致します。

白神 怜司