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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


トラブルメイカーの三人






 IO2、ニューヨーク本部。
 アメリカにいるIO2職員ならば、誰もが一度は栄転を夢見るする程のトップエージェント達が集められている、まさに全米の憧れの的。
 そんなニューヨーク本部から派遣されてきた、たった二人のエージェントと一つの戦闘部隊は、フロリダ支部が手をこまねいていた事件を難無く解決させた。

 ニューヨーク本部への憧れは更に熱を帯びる事になったと言える。

「えぇ、そうよ。予定よりも早く、ね。……え、珍しいじゃない。そうね、たまには羽を伸ばさせてもらおうかしら。分かったわ、明後日こっちを発つわね」

 フロリダ州と言えば、アメリカ合衆国の南東、メキシコ湾と大西洋に挟まれたフロリダ半島全域を指す。比較的気候も温暖な地域であり、海水浴には持ってこいの場所とも言える。

 今は真夏である事も関係しているが、その温暖な気候を身をもって体感したのは、三人の内の一人、ブザーという愛称で親しまれているヨーハンだろう。
 彼らGUNSと呼ばれる戦闘部隊は、何しろ銃器で武装し、そして防護服を着用して任務にあたる。
 冬はまだしも、夏の陽気はなかなかに体力を削ってくれる。

 おかげで、こうして任務を終えたヨーハンはその反動からかタンクトップにハーフパンツというラフなスタイルである。

「エルアナ、明後日発つって事は何か事件の後処理?」

 そこにいた三人の内のもう一人、東洋人特有の幼い顔立ちであり、黒髪の青年。しかしながらその瞳は緑色という違和感を携えた青年――フェイトが、最後の一人、電話をしていたエルアナに声をかけた。

「フェイト、ブザー。嬉しい発表よ」
「嬉しい……」
「……発表?」

 フェイトとブザーが手に持っていたドリンクをそのままに、立っていたエルアナに視線を送る。するとエルアナはメガネを指でクイっと押し上げ、そのレンズを光らせた。

「明日はオフよ!」
「オフ!?」
「マジかよ!? てっきりトンボ帰りかと思ったぜ!」

 ここはフロリダ州にある騒がしいバーの一角。
 三人は歓喜に乾杯し、そして勢いよく酒を口にした。
 若干一名を除いて、ではあるが。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 照り付ける真夏の太陽。燦々と煌めいた陽光は白いビーチに降り注ぎ、そして照らされた海は宝石を散りばめたかのように光の粒を揺らしている。南国特有のエメラルドグリーンに透き通った海の壮観さたるや、日本という島国では滅多に見られない真っ白な海の中の砂利が作り上げた幻想的とも呼べる光景だ。

 そんなビーチを走る水上バイク。サングラスをかけた黒髪の青年が、「ヒャッホー!」と歓喜の声をあげて水上を跳ねた。
 舞い上がる水しぶきまでもが陽の光によって煌き、さながらラメを散りばめたかの様に青年の周りを舞う。

 そんな楽しげな青年――ヨーハンを他所に、フェイトは思わず口を開けた。

「ほーら、フェイト。ちゃんとオイル塗ってくれなきゃ」

 何処か甘えた声をあげた、エルアナ。
 金色の長い髪をいつもの髪留めで留めずに横に流し、まるで白亜の陶磁器で作られたかの様なきめ細やかでなめらかな肌を顕にしている。
 黒く面積の少ないビキニタイプの水着で、パラソルの下に置かれた寝そべられる椅子の上でうつ伏せになり、フェイトへと声をかけながら、背中の紐をゆっくりと解く。

 女性にしては鍛えられているのだろう、白く引き締まった背中。それはまるで絵画のように整っている。

 そんな背中を前に、フェイトは顔を赤くしながら小さく唾を飲み込んだ。言い知れぬ緊張感が漂っているとも言える。

「フェイトが酔い潰れたのが悪いんだからね」

 クスっと笑みを浮かべて、ブロンドの髪を指でかき分けたエルアナがフェイトに向かって甘い声をあげる。

 昨晩、翌日が休みだと決まった途端に酒の量が増えた二人。さりげなくソフトドリンクをチビチビと飲んでいたフェイトを見逃すはずもなく、半ば強制的にお酒を飲まされたのだ。
 そして潰れた際に、エルアナが言質を取った。

 手に持っていたボイスレコーダーを再生する。

『じゃあフェイト、明日は私の身体にオイル塗ってくれるのよね?』
『……うん、塗るよ』
『ホント?』
『うん……、ホン、ト……』
『嘘だったら、私の言う事何でも聞いてくれる?』
『……うん』

(……卑怯だ……)

 潰れたフェイトは何でもかんでも返事する癖があるらしい。それをしっかりと把握しているエルアナが、こうして言質を取っていたのだ。

「……フェイト、早くしないと焼けちゃうわ」
「……わ、分かってるよ……」

 指先にオイルを垂らし、指だけで塗れば良い。幸いエルアナは自分を見ていないのだ。
 フェイトはそう考え、僅かに指先にオイルを垂らす。

「ちゃんと手のひら使ってしっかり塗るのよ?」
「……えっと、見えてた?」
「見えてないけど、なんとなく想像出来たから」

 再びクスクスと笑う上機嫌のエルアナを前に、フェイトは諦めてオイルを手のひらに垂らし、オイルを置いた。両手に広げ、目を閉じる。

(無心になれ……。心頭滅却すれば火もまたなんちゃら。よし、俺は今から、何も考えない。これは禅の心……!)

「きゃ……ッ!」
「え!?」
「冷たくて驚いただけよ」

(……確信犯だぁぁぁ……! 絶対エルアナ、俺が動揺してるのを想像して楽しんでるよぉぉぉ!)

 そうは言いながらも、いつまでもこうしていては進まない。
 フェイトは再び目を閉じ、エルアナの背中に手を置いて滑らせる。

「ん……、そんなに弱く触ったら、くすぐったいわ……」
「ご、ごめん」
「それに、さっきから背中ばっかり……。ちゃんと横も塗ってね?」
「……ハイ……」

 エルアナに言われるままにフェイトが手を横に滑らせ、そっと腰から上へと滑らせる。その手がもう間もなく、女性特有の双丘へと触れようという所で、ピタッとフェイトの手が止まった。
 水着は紐が外され、その膨らみは押し潰されているのだ。必然的にこのままでは触れる。

(……マズい。絶対このまま触れると、マズい……!)

 止まったフェイトが思考を巡らせる。
 目を薄く開くと、オイルによってなめらかになった白い肌が視界に映り込む。その様子に、フェイトは再びギュッと目を閉じ、手を離した。

「あ、あとは自分で塗れるよね!? って事で、俺もヨーハン達とあの水上バイクやってみたいから行って来る! ちゃんと背中は塗りましたから!」

 そう言うや否や、脱兎のごとくその場から駆けていくフェイト。そんなフェイトの様子にクスクスと笑みを浮かべ、エルアナはビキニの紐を付け直して身体を起こす。

(……フフフ、思ったより効果覿面だったみたいね)

 肌に直接触れるなど、まず普段なら有り得ない事だ。
 吊り橋効果にも似た緊張感を与える事で、フェイトの感情を揺り動かすエルアナの作戦である。

「まったく、ウブなんだから……って、何かしら……?」

 慌てて走って行ったフェイトから視線を逸らしたエルアナが海上に揺らめいた大きな影を僅かに見つめる。
 普通であれば気のせいだろうと捨て置く所であるが、そこはIO2のトップサポーターであるエルアナ。すかさず置いてあったイヤホンマイクをつけ、双眼鏡を構える。

「……チッ! フェイト! ヨーハン! 二時の方向に鮫よ!」

 例え海水浴であっても、突然の任務が生じる可能性もある。それを考慮してフェイトとヨーハンには小さなイヤホンマイクをつけていたのだが、これが功を奏したようだ。
 砂浜を走っていたフェイトと、水上を駆けていたヨーハンが一斉にエルアナが告げた方向を見る。

 ちなみに、この方角はエルアナのいる場所を中心と考えた位置取りであり、IO2の基礎となっている指示方法である。
 さすがにトップエージェントであるフェイト。そしてGUNSの若きエースであるヨーハンは、この指示に迷う事なく対応してみせたと言える。


「チィッ! おい、フェイト! 子供だ!」
「岸まで戻る時間はないわ! フェイト、能力使用を許可するわ! あの子を助けて!」
「そうこなくっちゃ! ブザー! なるべく近くに寄せてくれ!」

 どうやら近くにいるサーフィンをしている少女に真っ直ぐ近付いているだろう鮫に、もはや一刻の猶予もない。
 フェイトは「借りるよ!」と一声告げて近くにいたサーファーが置いていたボディボードを借り、そのまま海上へと飛び込む。するとヨーハンがそれを予測していたかの様にフェイトの手を取り、子供に向かってアクセルを回す。
 ボードの上で立ち上がり、そのまま水上バイクの後方を掴んだフェイトは、さながら水上スキーの様に水上を滑る。

「間に合うか!?」
「やってやるさ!」
「期待するぜ、フェイト!」

 フェイトやヨーハンの動きを追った海水浴に来ていた一般人達が、ようやく事態に気付いた。

「鮫だぁ!」
「きゃぁぁぁーー!」
「間に合えぇぇ!」

 声援と悲鳴が入り混じるビーチ。そのせいで注目を浴びたフェイト達に、エルアナは舌打ちする。

「マズイ! 今能力を使ったら!」

 しかしそんな悠長な事を言っている場合ではない。
 海上に現れ、捕食しようと開いた鮫の口。それが少女の背後に浮かび上がった。

 少女が振り向き、叫び声をあげ、目を閉じた。

 ――その直後、強烈な衝突音と共に鮫が水しぶきをあげながら吹き飛ばされていく。

 フェイトがヨーハンの水上バイクから手を離し、ボディボードをサイコキネシスによって加速。そしてぶつかる瞬間に、空気のハンマーで鮫を思いっきり殴り飛ばしたのである。

「ひょー、あれじゃやっぱ逃げてくれないか」
「嬢ちゃん、捕まれ!」

 ボードの上で立ったままのフェイトが腰に手を当てて鮫を見守る。その間にヨーハンが真後ろにいた少女を捕まえ、フェイトに声をかけた。

「おい、フェイト。どうする?」
「どうするも何も、まだ向かって来てるしね。先に上がっててよ」
「……あぁ。余計な心配かもしれないが、気をつけろよ」
「わぁーってるよぃ」

 フェイトがグーを突き出すと、ヨーハンがそれを同じくグーで上から叩き、そのまま少女を連れて岸へと向かう。

「フェイト、何してるの! 早くあなたも――!」
「ハハッ、近所の犬――もとい、虚無の相手の方が鋭い牙と速さだったよ!」

 向かってきた鮫に向かって、ずいぶんと無茶な比較対象をあげたフェイトが、鮫の身体の周りの水流を操り、鮫の鼻っ柱を掴む。

「どっせぇぇぇい!」

「……は?」
「え?」
「おいおい……」
「ママー、鮫が飛んでるー」



 ――それは、フロリダの夏。



 『鮫を投げる東洋の少年』という、いかにも三流ゴシップ記事の様な、本当にあった事件である。


 その後、フェイトやヨーハンは子供を救った英雄として拍手喝采に迎えられる事となり、エルアナを連れてフロリダの海を後にした。

「……フェイト。フロリダにはしばらく出入り禁止よ」
「ひど!?」

 もちろんエルアナに、派手にやり過ぎたとお灸を据えられたのは言うまでもない。





FIN