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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.8 ■ お化け騒動―@






「困ったわね……」

 『RabbiTail』の事務所の中に、深い溜め息が一つ。
 溜め息の主の足元には、すっかり懐いた猫が身体をすり寄せ、「どうかしたの?」と尋ねるように「ナー」と喉を鳴らした。

「めけんこちゃんも、そういうの見えちゃうかなー?」

 めけんこを抱き上げてそう声をかけた飛鳥であった。



 『RabbiTail』は、現在20名近くの女の子と、7名の男子スタッフが働いている。
 近隣に設けた男子寮として使っている1つのマンションの数部屋や、女子寮として用意している数棟のマンション。
 その内の一つには美香も住んでいる。

 飛鳥が頭を抱えているのは、そんな寮の中でも築年数が経過した一つ。
 そこに住む3人の女の子が、ノイローゼ気味になっているのだ。

 原因は――

「あのマンション、出るんです……」

 ――そう、人外の何か。

 こう言うのも何だが、こういった水商売に足を踏み入れた女の子は何かしら抱えて生きてきている。情緒不安定気味であったりする子も決して珍しくはない。もしもオーナーが飛鳥ではなかったら「何を言っているんだ」と一蹴されるような内容だが、飛鳥はしっかりと休みを取らせ、落ち着かせようと対処した。

 しかし、それは一向に落ち着く気配を見せなかった。
 住んでいる女の子達が、勤務中に他の女の子にもその事を話したり、休んでいた女の子がさらにノイローゼになったりと、結果は散々である。

 その為、人数を合わせる為に休暇を削って協力している女の子もいるのだが、このままではそれも破綻してしまうだろうと飛鳥は予測している。



「おはよーございまーす。めけんこー、おはよー」

 頭を悩ませていた飛鳥に告げられた声は、そんな事態に直接的に関係はしていない美香であった。
 美香はもともと勤務時間が多く、休暇も少ない。直接的な被害を被っている立場ではない。

「おはよ、美紀ちゃん」
「あれ、飛鳥さん。どうしたんですか? なんだか疲れてるみたいですけど」

 めけんこを触っていた飛鳥が顔をあげて尋ねる。

「美紀ちゃんの耳にも届いているでしょう? 寮のお化け騒動」
「あ、なんとなく聞きました」
「そのおかげで今日も一人体調崩して休みたいって連絡が入ったの。これであの寮に住んでる子は全滅ね」
「えぇ……ッ、そうなんですか……。でもでも、この前お祓い頼んでませんでした?」
「頼んだけど意味がなかったのよね。そういうのはアテに出来ないってつくづく実感したわ」

 飛鳥が溜め息混じりにぼやく。

「あの、私で良かったら勤務時間もうちょっと増やしますけど……」
「ありがと。でも美紀ちゃんはもともと勤務時間多すぎるぐらいなんだから。これ以上増やしたら体調に影響が出ちゃうわ。気持ちだけ受け取っておくわね」








 飛鳥の言葉を思い返しながら、美香は今日も仕事に徹する事にした。
 何か飛鳥の為に出来る事はないだろうか。そんな事を考えながら接客していたせいか、美香を指名していたお客は、時折上の空になる美香の顔をまじまじと見つめ、声をかけた。

「何か考え事かい?」
「え……あ、すみません……。せっかくの時間なのに」
「なに、気にする事はないよ。いつも美紀ちゃんには元気をもらっているからね。もしも力になれるなら、何でも相談してくれて良い」

 美香はその言葉に逡巡した。
 いくら何でも突拍子もない話だ。寮に幽霊が出るなんて言った所で、お祓いを勧められるぐらいが関の山だろうと考える。

 しかし、美香が接客しているこの客は、実は飛鳥とも長い付き合いの客である。つまり、何かしらの繋がりを持っている事も多い。

 美香はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

「実は、寮にお化けが出るって騒ぎになって、何人かの女の子が体調を崩して休んじゃってるんです」
「ふむ、それで最近少ないのか」
「はい。飛鳥さんも対策を考えてお祓いをしてもらったりしてるみたいなんですけど、なかなかうまくいかないみたいで。私、飛鳥さんの力になりたいんですけど、何も思いつかないんです……」

 美香の言葉を聞いていた男性は、「ふむ、なるほどね」と小さく告げると、手元に置いてあった鞄から一枚の紙と万年筆を取り出し、そこに住所をさらさらと書いて美香に手渡した。

「ここにいってみてはどうかな?」

 そこに書いてあったのは、住所。
 そして、その下には――

「……『私立草間探偵所』?」
「あぁ、そうだよ。そこはね、ちょっと“普通じゃない”からね。きっとこういう仕事でも引き受けてくれるだろうね」
「そうなんですか?」
「あぁ。だけど、飛鳥クンには内緒にね。せっかくなんだから、驚かせてあげると良い」

 そう言って男性は服をゆっくりと着始める。
 整えられた服を着せながら、美香は込み上がってくる感情を噛み殺す。

 もしかしたら、飛鳥の力になれるかもしれない。
 そんな一縷の望みが、美香の心を弾ませた。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 ――翌日。
 運良く休日であった美香は、早速その住所を調べ、その場所へと向かっていた。

(探偵とお化け……。なんかお門違いな気もするけど……)

 歩いている最中、これで何度目かという疑問を抱き、美香は頭を振った。

(せっかく私の為に教えてくれた善意なのに、最初から疑うのは良くないよね)

 そんな事を考えた美香は、迷って足の進みが遅くなっていた自分の足を、また一歩力強く前に踏み出した。
 なんだかんだ言いながらあっさりと人を信じ、そう解釈してしまう美香は、まだあまり大きな成長を見せてはいないのかもしれないが、今回の場合は飛鳥の懇意にしている客であった事もあり、それは言うべきではないだろう。

 偶然にもお店からそう離れていない場所である事は住所からも判断出来るが、美香が足を踏み入れたのは決して繁華街と呼べる場所ではない。

 立ち並ぶ雑居ビル。それぞれが築年数を感じさせる造りとなっているのだが、そんなビルがいくつも連なっている。
 入り組んだ狭い道ばかりがあっちこっちに伸びては繋がり、方向感覚を狂わせていく。美香は一棟ずつの住所を確認しながら、入り口を見て看板を探し続けていた。

(あう……、こんな事ならビル名も聞いておけば良かった……)

 不覚であったと美香は自嘲する。

 平日の昼前という事もあってか、人の流れは閑散としているものだ。行き交う人々に尋ねようかとも考えるが、どうやらそれも期待出来ないだろう。
 電話でアポイントメントを取らなかったのは幸か不幸か、すっかり迷子の気分を味わうハメとなったのであった。
 細かい住所が書いていないビルが多く、あっさりと確認出来ないせいで時間ばかりが浪費されていく。

「あ、あった……!」

 気分はトレジャーハントに出かけた一人の冒険者といった所だろう。
 ようやく見つけたビルのエントランスホールで、美香は『私立草間探偵所』と書かれたビルをようやく見つけ出した。

 愛想のない古ぼけた鉄筋造りの雑居ビル。
 もしも紹介がなかったら、確実に二の足を踏む事になったであろうそのビルですら、今の美香にとっては桃源郷を発見した気分である。
 そんな自分の大袈裟な感情を、咳払いと共に落ち着かせた美香は、早速ビルのエレベーターへと乗り込んだ。

 古いエレベーター。久しぶりに見た、白背景に黒い階数の数字が書かれただけの簡素なボタンで、美香は探偵所のある階を指定する。
 しかし今度は、なんとも言えない緊張感が美香を襲った。

 美香にとっての探偵といえば、テレビで見てきたものの印象が強い。
 行く先々で殺人事件に巻き込まれ、仕組まれたトリックを破いていく名探偵などだ。まぁそれはマンガが原作のアニメばかりであるが。
 発生した事件にたまたま居合わせるなど、それはもはや容疑者にしか見えないだろう。



 ――閑話休題。



 これまで接触してこなかっただけに、美香の緊張は高まっていた。
 しかしエレベーターはそのまま指定された階につき、軽快な音を立てた後で扉を開いた。
 眼前には狭い申し訳程度の踊り場。そしてその先には、ステンレス製の扉。

 美香は扉をノックして、「失礼しまーす」と声をかけて中へと足を踏み入れた。

 事務所の中は、雑然としている。
 手前にはソファーが一つの低いテーブルを挟んで向かい合い、申し訳ばかりの応接セットが置かれている。

 奥には窓が一面に広がり、その前には事務机が一つ、ポツンと置かれている。
 その机に突っ伏して眠る、一人の男。男性のイビキが、ラジオから流れる甘ったるい女の歌声をかき消し、鳴り響く。

(……えぇー……)

 この光景に、美香は愕然としていた。
 心のどこかで、美香はこんなビルにいながら実力を認められている名探偵と評価していた探偵が、あまりにも不格好に机で眠っているのだ。
 言うなれば、「騙されたのかも」という猜疑心が生まれる程に、美香の心には衝撃を与えた。

「あ、いらっしゃいませ!」

 愕然としていた美香に声をかけたのは、頭の後ろに大きなリボンをした、自分よりも少しばかり年下であろう少女だ。

「どうぞ、そこにお座り下さい!」
「あ、はい……」

 少女に促されるまま美香は応接セットのあるソファーへと腰掛ける。
 少女は机に突っ伏していた男に歩み寄り、その身体を揺すって声をかけ始めた。

「お兄さん。お兄さん、お客様です〜!」
「……ん、あぁ……?」

 少女に身体を揺すられながら、顔を起こした男。
 手元に置いてあった眼鏡をかけ、男の視線と美香の視線が交錯する。

「あ……」
「……あ……」

 互いに見知った顔。たいした会話はないが、一度だけ見た事がある男の顔に、美香が思わず声を漏らすと、男も思い出したかのように声を漏らした。

「どうしたんです?」

 互いに固まる二人。
 少女の声だけが、その場に響いていた。


 これが、美香と、後に深い関わりになっていく男。草間武彦との正真正銘、初めての接触となるのであった。







to be countinued...





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いつもご依頼有難うございます、白神怜司です。

今回から、美香さんと武彦のお話をちょっとずつ出していこうと思い、
こうして書かせて頂きました。

これから絡んでいく二人の物語りです。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共宜しくお願いいたします。


白神 怜司