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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Lesson ― 理絵子







 ――PiPiPi


 電子音が車の中で鳴り響いた。

 [ティア・クラウン]芸能事務所。
 近年売れ出し始めたばかりの事務所には専用スタジオを併設させるだけの設備投資には至っておらず、新アイドルユニット『プロミス』に所属する予定である理絵子らを連れて、現在スタジオに向かって車を走らせている最中である。

 先程から幾度となく頭を打っては苦い笑いを浮かべる奈美。そして、不運にも理絵子の餌食となってしまった白兎の三人は、初対面で軽く挨拶をしたのみで連れられているのだ。

(……はぁ……、ホント帰りたいよぉ……)

 ――PiPiPi

 再びの電子音。
 先程から手持ち無沙汰に車中の暇を持て余し、理絵子はメールを続けていた。
 勿論、彼女の特有の能力を用いた、ぐれむりんとのメールである。

 ぐれむりんからのメールは理絵子を激励し、慰める内容ばかりだ。
 理絵子が放つ負のオーラが徐々に緩和しつつあるのだが、それに気付いているのは奈美と白兎の二人ばかり。近くに座っている二人の目には、明らかに気落ちしている理絵子が、先程から忙しなくメールを繰り返している、という事ばかりだ。

「り、理絵子ちゃん。これから歌唱力とダンスの実力チェックをするつもりなんだけど、そういうの自信あったりするのかな?」

 奈美と白兎が他愛ない会話に花を咲かせている横で、たった一人スマホを抱え込むように両手で握り締める理絵子の様子を、さすがにスカウトに携わった男も不安に思ったのだろう。優しく声をかけた。

「……はぁ……」

 返答なのか、あるいは溜息なのかも理解し難い理絵子の反応に、男の言葉は虚空へと消え去っていくのであった。

 理絵子としては呆けながら返事をしたつもりだ。
 ただし、尋ねられた内容に対して頭をフル回転させている、完全なる内向的なシフトであった為、それが伝わらないというのが本音である。

(……そりゃ、ネットアイドルしてたんだし歌は自信あるけど……。歌だって動画でアップしてたんだし。だけど、ダンスって……。元引き篭もりにそれを求められても……)

 これが声に出ていれば、会話にもなっただろう。スカウトの男もフォローしてみたり、励ましてみたりも出来たのは間違いない。しかしこれはあくまでも理絵子の心の声であり、スカウトの男はともかく、奈美や白兎にだって聞こえているはずもないのであった。

 ――PiPiPi

 三度鳴った電子音に、理絵子は再び文面を見つめた。

 それをそのまま伝えたら良い、と書かれている文面ではあるものの、それが出来れば苦労はしない。
 理絵子は何度目かの溜息を漏らした。

(……もともと話を聞きに来ただけだし、そこまで本気でやらなければ良いよね……。そうすれば才能ないって事で引き篭もり生活に戻れそうだもんね……)

 実に後ろ向きな決意と共に、理絵子を乗せた車は一路スタジオに向かって走り続けるのであった。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 練習スタジオについた三人は早速ロッカーに案内され、白兎以外の二人は女性用のロッカーへと案内された。ちなみに白兎は扱いが難しいので、今回はそのまま男性ロッカーが誰も使っていない事を確認した後にそこに入り、スカウトの人間が他の利用者が来ないかを見張るという形になった。

「……うん、大丈夫」

 何度目かの電子音に対し、理絵子は小さく答える。
 決してこれまでと違って気持ちを引き締めたという訳でもなく、今理絵子の脳内にあるのは「引き篭もりたい」の一言に尽きるだろう。
 とは言え、今の理絵子にそれを告げる勇気などあるはずもなく、今はただ流されるばかりである。

「おーし、行こうか」
「あ、は、はい」

 いつまでもロッカーを閉めずにぐれむりんと向き合っている理絵子に、奈美が声をかける。

 予定通り外に出た所で、ちょうど斜め向かいに入り口がある男性用のロッカールームから白兎が出てきた。

「ごめん、待たせた?」
「い、いえ、今出て来た所ですー」
「やっぱ白兎はそういう格好してても女の子にしか見えないなぁ」
「当然でしょ?」

 クルッと回ってみせた白兎に、理絵子も思わず目を見開いた。

 白色の長くゆるやかにまとまった髪を揺らして舞う姿は、さながら貴族の令嬢のような気品と美しい所作を感じさせるものだ。

 そう感じているのは理絵子だけだったりもする。
 なにせ三人の今の服装は、至って普通なシャツとハーフパンツ。そして用意された内履きなのだ。これに気品も何もあったものではないのだが、理絵子の脳内フィルターによって純白のドレスを彷彿とさせられているに過ぎない。

 とにかく、三人は見張りをしていたスカウトマンに連れられて練習用スタジオの中へと足を踏み入れたのであった。







 練習用のスタジオは、長方形の広い部屋で、すぐ一面が鏡張りになっている一般的なスタジオだ。部屋の一角にはスピーカーなどと一緒に音楽機器が立ち並び、その手前には簡素なピアノが置かれている。

 広々とした室内でそれぞれの姿を鏡でチェックしながら、理絵子は再びこれが現実なのだと直視するハメになり、重い溜息を漏らす事になった。

 この時、白兎から少しばかり冷たい視線が送られていることに理絵子は気付いていなかった。

「じゃあ最初に、まずは発声練習からするわね。その後でダンスチェックして、最後に歌唱力チェックをするから。
 まずはピアノの音程に合わせて「ア」で声を出してね」

 白兎をスカウトした女性がそう告げて、理絵子達は返事を返した。

 早速音階をなぞるように理絵子達が声を出していく。

 奈美はその性格のままに、パワフルなストレートタイプ。音程を特別外す事もないが、時折上下する音程から迷子になってしまうクセがあるらしい。

 続いて白兎は、その見た目とは裏腹にボーイソプラノ特有の透明感ある声を出している。ファルセットなどがしっかりと通る、まるで聖歌隊さながらの凛とした伸びやかな声をしている。

 理絵子はそんな声をしっかりと判別しながらも控えめに声を出している。可も無く不可も無くといった所だろうが。そこまで本気でやっていないのは一目瞭然と言えた。

 初日のボイストレーニングはだいたいそんなものだとスカウトマンは小さく苦笑しつつ、それを特別注意する訳でもなく口を噤んでいた。





 次に始まったのはダンスだ。
 奈美のスピード感あるしなやかなダンス。そして、白兎のその長所を魅せるような小さくも可愛らしい動きが綺麗に決まっていく。

 これには、力を抜く以前にやる気もない理絵子は、のろのろとそれに合わせるだけであった。
 初日ではこれも珍しい光景ではなく、スカウトの三人も嘆息するに留まった。

 ――しかし、白兎は違った。

「ねぇ」

 白兎は冷たく睨み付けるように理絵子を一瞥すると、ピアノの前にいた女性に向かって口を開いた。

「ねぇ、やる気ないんなら一緒にやる必要ないんじゃないの?」

「え……?」

「理絵子ちゃん、だよね? あんな嫌々やらせるんだったら、僕やりたくない。実力に自信がないんだったら、こうして無理に付き合わせるのも可哀想だと思うけど?」

 白兎は皮肉の混じった言葉を、皮肉を感じさせずにまるで心配しているかのように告げた。
 その言葉は、明らかに理絵子に対する当て付けであり、神経を逆撫でする言葉だ。

 理絵子が肩を震わせる。

 それはただ単純に、自分のやる気のなさを咎めるものだったならいざ知らず、ネットアイドル「LIKO」として活動している自分に対しての挑戦状、そして侮辱だ。
 そこまで言われて、理絵子とてヘラヘラと笑っている心算など一切ない。

 理絵子は鏡に向かって身体を向けると、小さく始める。

 ――彼女なりの、変身を。

「おい、大丈夫か……?」

 心配して奈美が声をかけると、先程までのおどおどとした弱々しい態度の理絵子とはまるで別人かのように鋭い目つきを携えた理絵子が振り返った。

「良いわ。そこまで言うなら、見せてあげる。ネットアイドルをなめないで。
 歌唱レッスンに入ってもらえますか?」

「え、えぇ……」

 その言葉に、スカウトの女性は慌てて音源を再生させる。
 歌詞が書かれた紙を手渡された理絵子はそれを慣れた様子でサッと受け取ると、目を閉じてその場の空気を造り上げた。

「〜〜〜〜♪ 〜〜♪」

 その実力を初めて目の当たりにしたスカウトの三人。そして奈美と白兎は思わず息を呑んだ。

 そこには、先程までのたどたどしく、弱々しい雰囲気を一切感じさせない少女。そして、先程とはまるで別人かのように自信に満ち溢れた様子で笑みを浮かべて歌ってみせる、一人のアイドルがいると言えたのだ。

 曲の抑揚をしっかりと表現してみせるその様は、まさに別人だと誰もが心の中で強く感じさせられる。
 そんな彼女らの驚きと、僅かな羨望の眼差しを感じながら、理絵子は歌を一曲、まるまる歌い終えてみせた。

 余韻が残るスタジオの中で、理絵子が静かに目を閉じる。

 ――途端、突然の拍手が舞い上がった。

「スゲーな! 理絵子!」
「うん、うまかったよ」

 声をかけてきた奈美と、先程までの行動がまるで嘘だったかのように、白兎は素直に賞賛して、「挑発するような真似してごめんね」と小さく謝罪する。
 そこで理絵子は、ようやく先程の白兎の行動の真意を理解した。

(……あ、そっか……)

 理絵子は白兎の狙いを理解した上で、思わず胸に手を当てて「ううん」と首を横に振った。

 白兎は嫌われ役を買って出てくれたのだと、素直に理解した。
 理絵子自身がやる気が出せず、これから先も仲間としてやっていくには、何かのきっかけが必要だったのだろう、と。

「ありがとう、白兎ちゃん」

 理絵子はそう言うなり、白兎を抱きしめ、再びの窒息を促しかけるのであった。
 もちろん、その状況に気付いた奈美によって大事には至らずに済んだのだが。

 わだかまりが溶けた所で、奈美が唐突に口を開いた。

「見た所、やっぱり理絵子も普通じゃないんだね」
「え……?」

 理絵子にはいまいち奈美の質問が理解に及ばなかったようだ。それでも奈美は気にせずに続ける。

「あたしは先祖返りの【尼天狗】。まぁ言う所、半妖ってヤツなんだ。んで、白兎はさっき理絵子も見た通り、【兎夢魔】」
「そうだったんですか……」
「ハハ、やっぱり驚かないんだね。それで、あんた一体何者なんだ?」

 奈美の質問の意味を理解した理絵子が、小さく笑みを浮かべる。
 すでに先程までのアイドルモードから戻っていた理絵子はその問いかけに静かに答えた。

「私、は……――」

 小さく笑みを浮かべ、答えた。

「――ちょっと不思議な友達がいっぱい居る普通の子ですよ」

 理絵子の答えに、奈美も白兎も僅かに固まり、そして笑い出した。

「まぁ良いか、それで」
「うん。気になるけどね」

 奈美と白兎がそれぞれに告げる。

 理絵子はそんな二人を見て、思わず笑みを湛えていた。
 引き篭もりに戻りたい。そんな事を思っていた自分が、まるで遠い過去のように感じたのであった。







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ご依頼ありがとう御座います、白神怜司です。

理絵子さん視点でのLesson、
キレて実力を発揮するという理絵子さんのキャラクター性が、
なかなかに予想外でした。笑

お楽しみ頂ければ幸いです。

まずは歌唱レッスンにスポットを当てて書いてみました。

それでは、今後ともよろしくお願いいたします。

白神 怜司