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Lesson ― 白兎
「どういうこと?」
[ティア・クラウン]芸能事務所。
近年売れ出し始めたばかりの事務所には専用スタジオを併設させるだけの設備投資には至っておらず、新アイドルユニット『プロミス』に所属する予定である奈美らを連れてスタジオに向かう予定だ。
車に乗り込む前に奈美を呼び止めた白兎に、奈美が改めて声をかけたのであった。
「だから、放っておいて良いって言ったの」
「だって、馴染めてないだろ?」
「そう。だから放っておくべきなの」
白兎の言葉に、奈美は訝しむように眉間に皺を寄せた。
「あの子はまだ気持ちが整理出来てない。やる気がないのに縛り付けたってしょうがないでしょ?」
「ふーん……?」
「……はぁ。とにかく、車の中では無理に話しかけなくて良いからね」
「はいよー」
これから車に乗って移動する上で、白兎はそう奈美に告げたのであった。
白兎にとって、理絵子という存在はまだ不安定過ぎるという印象を受けたのだ。
確かに白兎は、あられもない姿を見られ、あまつさえその姿の方が今の人型の姿よりも気に入られたという事実があった。それは理絵子のあの抱きしめぶりからも理解出来るし、そんな自分の正体を知っても何も動じない理絵子の存在は嬉しい存在であると言えた。
しかし、それはあくまでも理絵子個人への印象に過ぎず、ビジネスとしての目線で見るのは些か難しいのではないか。そんな、誰も予想だにしていない程のしっかりとした目線で理絵子を評価しているのが白兎であった。
遅れてやってきた白兎は車に乗り込み、理絵子の様子を最後部の座席から眺めていた白兎は、その考えに確信を持った。
(難しいかも、ね……)
改めて自分から喋ろうとはしない理絵子に、白兎はそんな印象を抱いていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……そうね。確かに理絵子ちゃん、だったかしら。あの子は少し、そんな印象があるかもしれないわ」
練習スタジオについた三人は早速ロッカーに案内され、白兎以外の二人は女性用のロッカーへと案内された。ちなみに白兎は扱いが難しいので、今回はそのまま男性ロッカーが誰も使っていない事を確認した後にそこに入り、スカウトの人間が他の利用者が来ないかを見張るという形になった。
白兎は自分をスカウトした女性に、自分なりの見解を告げたのであった。
「だから、ちょっと発破をかけてみようかなーって」
「発破? どういうこと?」
「まーまー。それはレッスンが始まってからやるから。だから、もし揉めるような雰囲気になっても止めないでね♪」
「ちょ、ちょっと!?」
白兎はさっさとそう告げるなり、男性用のロッカールームへと入って行くのであった。
ロッカーの中に荷物を入れながら、支給されていたシャツとハーフパンツ、それに靴下と、内履きに履き替える。
シャツの中に潜ってしまった長い髪を手で払いのけると、白兎はロッカーに備えつけられた鏡を見つめた。
(……うん、僕なら出来る。僕は完璧だもの)
それは決して慢心から生まれた言葉でもなく、常日頃完璧で在ろうとしている自分だからこそ身についた、当然の自信といえるだろう。
白兎は小さく「よし」と呟くと、着替え終わって時間が経っていた事に気付き、ロッカールームを後にした。
予定より少し時間がかかってしまったせいか、すでに奈美と理絵子は廊下に出ていた。白兎は小走りで駆け寄り、声をかける。
「ごめん、待たせた?」
「い、いえ、今出て来た所ですー」
「やっぱ白兎はそういう格好してても女の子にしか見えないなぁ」
「当然でしょ?」
それは自信の裏打ちから出る言葉であると同時に、理絵子に対するちょっとしたアピールでもあった。クルッと回ってみせた白兎に、案の定理絵子は目を輝かせている。
(自分もそうなろうとしなくちゃ、ね)
理絵子の気落ちした表情を変えさせる為のワンモーション。それが白兎なりの、理絵子に対する牽制の一つであった。
練習用のスタジオについて、キョロキョロと周りを見回す理絵子と、鷹揚に頷いている奈美。その後ろから白兎が続く。
スカウトの女性が、明らかに「やり過ぎるなよ」とでも言わんばかりに白兎に視線を送るが、そんなものは何処吹く風とでも言わんばかりに白兎は目線を逸らして中へと入って行った。
視線の先には、重い溜息を漏らす理絵子。
(さて、演技スタートだね)
白兎は表情を無にすると同時に、奈美の視線に気付きつつも冷たい視線を理絵子に送ってみせた。しかしどうやら、理絵子はそれに気付いていないようだ。
(もう、完璧な僕の演技に気付きなよッ)
小さく心の中でツッコミを入れる白兎がプイッと顔を逸らしてスカウトの女性を見つめる。どうやら奈美の方が機微には鋭いらしく、苦笑を貼り付けていたが、それはそれで仕方ない。奈美には犠牲になってもらう心算だ。
白兎はスカウトの女性に向かって小さく頷き、レッスンの開始を促した。
「じゃあ最初に、まずは発声練習からするわね。その後でダンスチェックして、最後に歌唱力チェックをするから。
まずはピアノの音程に合わせて「ア」で声を出してね」
言われるままに、早速音階をなぞるように声を出していく。
奈美を挟んでしまった白兎は、その立ち位置に僅かに後悔した。恐らく奈美が自ら間に入り、自分と理絵子の衝突を避けようとしたのだろうと推測するが、結果として白兎の耳には理絵子の声が聞こえてはこなかった。
実直な性格のままに、声を出してそれを歌いあげていく奈美。しかしどうにも音の出し方というものを理解していないようで、思っている音と違う音がたまに出てしまっているせいか、なおさら聞き取りにくいのである。
(聴こえない……。なら、聴こえないなりに方法もあるかな)
逡巡した白兎が、理絵子を刺激するポイントを練り直すように思考を巡らせながら、再び音階に合わせてそのボーイソプラノを奏でていた。
次に始まったのはダンスだ。
奈美はここぞとばかりにアップテンポなその動きに合わせて身体を跳ねさせた。従来の運動神経も相俟って、しなやかで長い両手両足を動かし、体幹がブレないその動きは、ダンスコーチをしている男にもしっかりと焼きついたらしい。
途中転んでは苦い笑いを浮かべているものの、やはり中途半端に投げ出すようなタイプではないのだろう。また一から順にステップを踏んでいく。
(さて、僕もここは魅せる側だね)
白兎のその長所を魅せるような小さくも可愛らしい動きが綺麗に決まっていく。スローテンポでも、そつなくこなしつつ、表情を作り上げてみせた。これにはスカウトの三人も思わず見とれてしまう。
しかしながら、その動きはなかなかに我が強く、あくまでもソロ向けなのかもしれないと思われたのは、白兎の予想しえなかった所であった。
続いた理絵子を見て、白兎は確信する。
(……やっぱり責めるならここ、かな)
力を抜く以前にやる気もないだろう事は一目瞭然で、のろのろとそれに合わせるだけの動き。まともにその突破口を見つめた白兎は、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇ」
白兎は冷たく睨み付けるように理絵子を一瞥すると、ピアノの前にいた女性に向かって口を開いた。
「ねぇ、やる気ないんなら一緒にやる必要ないんじゃないの?」
「え……?」
「理絵子ちゃん、だよね? あんな嫌々やらせるんだったら、僕やりたくない。実力に自信がないんだったら、こうして無理に付き合わせるのも可哀想だと思うけど?」
白兎は皮肉の混じった言葉を、皮肉を感じさせずにまるで心配しているかのように告げた。
その言葉は、明らかに理絵子に対する当て付けであり、神経を逆撫でする言葉だ。
勿論白兎はワザとこうして言葉をぶつけている。
やる気がないのなら、これから先ビジネスとしてやっていくにはプロ根性が足りないと言える。
嫌われ役を買って出ても、奈美のあの大きく包み込むような優しさがあれば、これで嫌われる程度、痛くも痒くもないと言えた。
肩を震わせる理絵子を見つめ、白兎は呟く。
(さぁ、どうする……?)
「ちょ、ちょっと白兎ちゃん――」
「――本当の事だよ。誰かが言うべきだと思う」
宥めようとしたスカウトに、白兎はあえて厳しい言葉をぶつける。
そしてようやく、奈美が動いた。
奈美は理絵子に歩み寄り、声をかけようと手を伸ばした。
「おい、大丈夫か……?」
理絵子が振り返った。
――その瞬間、白兎の身体をゾクリ、と悪寒が駆け抜けた。
先程までの弱々しさは一切感じられず、さながら獰猛な肉食獣とでも対峙しているかのような感覚。
それは一瞬別人かと錯覚する程だった。
「良いわ。そこまで言うなら、見せてあげる。ネットアイドルをなめないで。
歌唱レッスンに入ってもらえますか?」
「え、えぇ……」
その言葉に、スカウトの女性は慌てて音源を再生させる。
歌詞が書かれた紙を手渡された理絵子はそれを慣れた様子でサッと受け取ると、目を閉じてその場の空気を造り上げた。
「〜〜〜〜♪ 〜〜♪」
その実力を初めて目の当たりにしたスカウトの三人。そして奈美と白兎は思わず息を呑んだ。
(……は、ハハ……。何これ、とんでもない……。人外とは言ってたけど、ここまでなんて……)
白兎は動揺して傾いだ心を立て直しながらも、笑みを浮かべた。
発破をかけてみて正解だった、と心から白兎は実感する。恐怖こそ感じなかったものの、その実力は本物だと理解させられた。
自分のやった悪役が、ただのヒールで終わらずに済んだこと。
それはつまり、自分の演技が完璧だったのだと改めて実感する程度には、白兎は気持ちを取り戻す。つまりは正常運転、という所だろうか。
(……面白い……ッ)
自分と、奈美。そしてこの理絵子が組んだら、一体どんな世界が作れるのか。
それはひとえに、白兎にとって大きな興味の対象となっていた。
歌が終わり、余韻が残るスタジオの中で、理絵子が静かに目を閉じる。
それに合わせるように、奈美と白兎が大きく拍手を始め、スカウトの三人もそれに続いた。
「スゲーな! 理絵子!」
「うん、うまかったよ」
戸惑う理絵子だったが、何かを理解したのだろうか。
白兎の顔を見た理絵子の表情から緊張が抜け落ち、白兎を見つめた理絵子が、「ありがとう、白兎ちゃん」と言うなり、白兎を抱きしめた。
「んーッ! んんーッ!」
(わー! だからこれ、胸ー!)
、意趣返しかのように再びの窒息を促しかけるのであった。
もちろん、その状況に気付いた奈美によって大事には至らずに済んだのだが。
わだかまりが溶けた所で、奈美は更にもう一歩踏み込もうと決意し、声をかける。
「見た所、やっぱり理絵子も普通じゃないんだね」
「え……?」
理絵子にはいまいち奈美の質問が理解に及ばなかったようだ。それでも奈美は気にせずに続ける。
「あたしは先祖返りの【尼天狗】。まぁ言う所、半妖ってヤツなんだ。んで、白兎はさっき理絵子も見た通り、【兎夢魔】」
「そうだったんですか……」
「ハハ、やっぱり驚かないんだね。それで、あんた一体何者なんだ?」
奈美の質問の意味を理解した理絵子が、小さく笑みを浮かべる。
すでに先程までのアイドルモードから戻っていた理絵子はその問いかけに静かに答えた。
「私、は……――」
小さく笑みを浮かべ、答えた。
「――ちょっと不思議な友達がいっぱい居る普通の子ですよ」
理絵子の答えに、奈美も白兎も僅かに固まり、そして笑い出した。
「まぁ良いか、それで」
「うん。気になるけどね」
奈美と白兎がそれぞれに告げる。
正体を知られ、そして自分は正体を知らない。それは不公平とも言えるだろうが、それもまた白兎の中では一つの味となって、興味となっていた。
これから先が、どうしようもなく楽しみだと感じる白兎であった。
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ご依頼有難う御座います、白神怜司です。
これで白兎さん編のLessonが終了しました。
白兎さんマジ策士←
そんな感覚で書いてましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。
なんだかんだで白兎さんがリーダー向きな予感ですが、
そのポジションをやりたがるかは不明ですねw
それでは、今後ともよろしくお願い致します。
白神 怜司
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