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奮闘編.9 ■ お化け騒動―A
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
相変わらずの甘ったるいブルース調が鳴り響く、草間探偵所。
零に差し出されたお茶を手に取った美香は、対峙する形になった草間武彦の顔をチラッと見つめた。
紫煙の向こう側で覗かせた顔は、どことなく険しい。
寝起きで不機嫌なのだろうか、などと当たりをつけつつ、美香は周囲を見回した。
――『怪奇ノ類、禁止』。
すでに剥がれかけている紙を見つめて、美香の顔面が青褪めていく。
(……え、えぇぇ……)
本日二度目の切ない心の声であった。
何せ自分が持ち込んだ依頼は、まさにその『怪奇ノ類』なのだ。
縮こまる美香を見つめながら、武彦は頭を覚醒させていく。
(……どうなってやがるんだ……?)
武彦は紫煙越しに見つめた、縮こまる少女とも呼べる美香を見つめ、嘆息した。
美香は知らないだろうが、武彦は美香の過去を知っている。
正確には、すでに調べがついている、とでも言うべきだろうか。
(あの危険な女――飛鳥――の差金とも思えねぇし、シラを切るか……?)
問題はそこであった。
例えば、美香が飛鳥の紹介でここを訪れたとだとすれば、飛鳥ならば必ず一報を入れるだろう。
その場合、自分が美香を調べさせた事についても飛鳥の口から告げられていると考えられる。
しかし、だ。
今回の来訪は正直言って予想外も良い所である。
どう対応するべきか悩みつつ、思考を巡らせる。
そしてそのタイムリミットとなった一本の煙草を灰皿に押し付けると、武彦は紫煙を吐き出して美香を見つめた。
「こうして正面から会うのは二度目、だな」
「え、あ。あの時はありがとうございました!」
ホテルでの張り込み。飛鳥の計略。
あの時は会話を交わすこともなかったが、武彦は先手を打った。
「今日はあれか? 飛鳥さんの紹介でここに来たのか?」
「い、いえ、その……。お客さんに紹介されて……」
チラッと零を見つめて美香が言い淀む。
年頃の少女然とした零の前で、水商売とはさすがに言い難いのだろう。
武彦は美香のその行動に当たりをつけ、「なるほど」とだけ返し、全部を告げる前に言葉を遮った。
(つまり、飛鳥の紹介じゃねぇって訳だ。飛鳥が調べていた事に関しては触れない方が良さそうだ)
美香の対応に武彦はそう判断した。
誘導尋問に近い形になってしまったが、これも仕方のない事だろう。
「改めて。俺は草間探偵事務所の所長、草間武彦だ」
「あ、深沢美香です」
互いの自己紹介を改めて済ませた所で、ようやく二人は本題へと切り出した。
―――。
「――……はぁ」
事情を聞いた武彦の口から吐き出された重い溜め息に、美香は身を縮ませた。
人外の何か――言うなればお化け騒動に繰り出されるという、何とも言い難い草間探偵所の因縁。
それがまたもや、図らずに、こうして舞い込んだのだ。
武彦は煙草を咥えたまま天井を仰ぎ、そして視界の隅で剥がれかけている『怪奇ノ類、禁止!!』と書き殴られた自分の願いを横目で見つつ、再び嘆息する。
そしてようやく座り直し、煙草を灰皿に落しつけて美香を見つめた。
「……す、すいません……」
「いや、まぁなんだ。まさかとは思ってたんだがな」
「お兄さんにとっては一つの宿命みたいなものだと思います」
「そんな宿命願い下げだが」
縮こまる美香。
嘆息する武彦。
断言する零。
なんとも言い難い雰囲気に包まれながら、美香はすでに依頼の却下を言い渡されるだろう事を予測していた。
「またお前みたいなのが来るか……」
「……え?」
重々しい空気の中で武彦が呟いた。
「お前、そこの壁に貼ってある紙の字、読めるよな?」
「はい……。『怪奇ノ類、禁止!!』ですよね……?」
「じゃあ聞くが、お前の話は“怪奇ノ類”だとは思わないか?」
「思います……けど」
「なら解るだろうが! 俺は基本的に探偵なんだよ!
怪奇現象ばっかり俺の所に狙った様に集まりやがって!!」
案の定、とでも言うべきだろう。
武彦の怒りは当然、そちらに向いたのである。
当然、美香も断られるだろう事は予測していた。
しかし、こうして怒声をあげて八つ当たりされるとなれば、些か素直に応じたくもなくなるというものだ。
「……紹介されたんです。あるお客さんから」
少し泣き出しそうな目をしながら、膨れっ面で言い返す美香。
「知るか。俺には関係ない」
そんな美香に対し、改めて武彦は煙草を加えて火を点けた。
もはやチンピラのような印象が拭えないが、武彦のそんな冷たい一言に、美香は引き下がろうとはしなかった。
「知るかって……」
「第一、お前の話を聞くと、それは明らかに怨霊や怪奇の類には間違いない。下手な事をすれば、危険が大きくなる可能性もある」
「でも……、じゃあ何処を頼れば良いんですか……? このまま、何もしないで放っておくなんて出来ません!」
「お兄さん。怪奇現象が本当に起こっているのかは分かりませんし、調査するのは探偵のお仕事と言っても差し支えないのではありませんか?」
白熱する二人の言い争いにも近い言い合いを見かねて、美香に助け舟を出すかのように零が口を挟んだ。
しかしどうして、今までもそうだが武彦はその言葉を一蹴出来ない。
それは、零がこういう言葉を告げるのは、ひとえに現在の草間探偵所の経営状況が関係しているからだ。
ジト目とも呼べる零の視線が武彦に突き刺さる。
『お兄さん。ここは調査をして調査代だけでも受け取るべきです。現在の経営状況はあまり良くないですし、相手は若い女性の方なのですよ』
(……まぁそんなトコか……)
言外に視線のみで告げられる零の言葉を、武彦は理解していた。
これが、武彦が『怪奇ノ類、禁止!!』と貼っているにも関わらずに受けてしまう本音といった所なのだ。
「……はぁ。わぁーったよ、零。そんな眼で見るな」
「気のせいですよ?」
「……?」
武彦と零のやり取りを見つめながら、美香が首を傾げる。
「さて、じゃあ引き受けてやるよ」
「ほ、ほんとですか!?」
「あぁ」
「お兄さん、引き受けさせて頂きます、です」
「……引き受けさせて頂きます」
零は武彦の姉なのではないだろうか、などと思いつつ、美香は引き受けてもらえた喜びに破顔した。
「ただし、お前も付き合え。そこが女子寮なら尚更だ。
お前を通した方が情報を集めるのも簡単だしな。引き受けてやるが、その代わり何が起きても責任は取らねぇぞ」
「……ッ! はい!」
武彦の言葉に、美香が勢いよく頷いた。
「さっきも言った通り、怪奇現象に対して下手な事をすればリスクは大きくなる。本来なら専門家に頼むのが一番なんだがな。今、この辺りじゃ怪奇現象が異様発生してるからな」
「そうなんですか?」
「あぁ。連続的に事件が起きているせいで、神社や寺も手を焼いているって話しだ。詳細さえ解れば、対処も出来る。とにかく、すぐ出るぞ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
同日。
武彦と美香は二人で問題となっている寮として使っているマンションの下へとやってきていた。
「一見すると、いかにもって感じではなさそうだな」
武彦がショルダーバッグを片方の肩に引っ掛けて煙草を咥えたまま続けた。
外観だけで言うならば、ここは武彦の事務所がある雑居ビルよりもずっと新しく見えるというのが本音だ。むしろ、雑居ビルとしてそれはどうなのかと言いたい所ではあるが、美香もさすがにそれは口を噤んだ。
「そういえば草間さん。その肩に背負ってるのって?」
「あぁ。今日は事情聴取と監視カメラの設置やらだ。これでしばらく様子を見て、対処出来るか出来ないかを調べるつもりだ」
なるほど、と美香は手を叩いて反応した。
よくテレビなどでやっている定点カメラの設置や、目撃証言の確認。
それが、武彦の打った初手という事になるのだろう。
「お化けだろうが何だろうが、何かしらの反応は見られるだろう。
だったら、それを理解させてもらうまでって訳だ」
ようやく、武彦と美香の調査が始まろうとしていた。
to be countinued...
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いつもご依頼有難う御座います、白神怜司です。
今回は進行がゆっくりなのですが、せっかくの邂逅なので、
以前書いた言葉などを引用しての会話を重点的に広げ、
二人の邂逅を描かせてもらいました。
なかなか懐かしいですね。笑
我ながら、当時の書き方と今ではだいぶ違いますね……。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後ともよろしくお願い致します。
白神 怜司
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