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Mission.5 ■ 再会の百合
乾いた銃声が鳴り響き、また一人の男がドサッとその身体を崩れさせた。
「……こんなモンかな」
衝撃弾と呼ばれる、銃弾の尖端が特殊な粘土のような材質を持った銃弾は、人間の身体に穴を空ける程には至らずとも、その威力は折り紙つきだ。意識を刈り取るには、十分過ぎる威力を誇っている。
スーツの下に着込んだホルスターに銃を差し込み、フェイトは耳に手を当てた。
「状況クリア。内部の映像には割り込めた?」
フェイトがイヤホン越しに連絡を取る姿を見て、凛は言葉を失っていた。
銃の扱い、無力化の早さ。無駄のない攻撃で、一瞬にしてその場を制圧。
その場にいた5人の犯罪者を取り押さえるのに、使った弾丸は6発。その内の一発は照明を砕く為だけに放たれ、あとは全て一撃で無力化させるという所業。
これを脅威的と言わずに何と言えば良いのか。
「――凛。凛ってば」
「え、あ、はい」
息を呑んで考えに耽っていた凛は、フェイトの声にようやく気付いて顔をあげた。
「中の様子がおかしいらしい。百合が突入した形跡がないのに、襲撃者達が倒れてるとかって」
「どういう事……?」
「分からない。裏切りによって誰かが奇襲したのかもしれないし――」
「――いいえ。中はすでに私達が掃除しましたよ」
月明かりから逃れるようにコンテナの陰から姿を現した、スーツ姿の男。三十前後といった所だろうか。身体の線が細い、アッシュカラーをした短髪の男。三白眼の男は眼鏡をクイっと中指で押し上げ、フェイトと凛の前に歩み寄る。
そんな男の横には、真っ白な髪をした10歳程度の少女が付き添っている。貫頭衣を着たその姿。くりくりと大きな瞳だが、どこか眠たげな様子をしている少女は、フェイトと凛の顔を見る訳でもなく、ただまっすぐ前を見つめている様に見える。
「……味方、ですか?」
「これは失礼。私はIO2フランス本部に所属しているルーシェ。そしてこちらは、私の助手をしているアリアと申します」
どこか嘲笑にも似た笑みを浮かべたルーシェと名乗る男が、凛の問いに答えた。
「そう、ですか。失礼ですが照会させて頂いても?」
「えぇ、もちろん」
凛とルーシェの二人が歩み寄り、互いにID証を見せ合う。
そんな二人を横目に、フェイトはアリアと呼ばれた少女へと視線を移した。
さながら入院患者のような、淡い水色の貫頭衣。そして白い髪の毛。
それらは月光に照らされて淡い光を反射し、神々しくも思える。
しかしフェイトは、アリアのその服装があまり好きではない、といった印象を抱いていた。
どことなく、その虚ろげな瞳も相俟って、アリアは過去の自分の姿をどこか彷彿とさせるものがあるのだ。
不意に、アリアの視線が自分に向けられていた事に気付いたフェイトは、英語で会話を試みた。
『初めまして。IO2ニューヨーク本部に所属しているフェイトだ。英語は分かる?』
フェイトの問いに、アリアはほんの僅かに首を縦に振って肯定を返した。
『……アリア』
『よろしく、アリア』
『……あなたは、敵?』
『いや、味方かな。同じIO2だからね』
『……そう』
フェイトとアリアが会話している横で、どうやらルーシェの身分証明は終わったようだ。
「ご協力感謝します、ルーシェ一級エージェント」
「いえ、こちらこそ。来日したばかりだったのでそちらには挨拶に行けなかったのでね。ここで不穏な動きがあるという情報だけを受けてこちらに向かってきたのです」
「そうでしたか。それで、中の者達は? 人数も減っている様ですが」
「あぁ、アリアの能力ですよ。彼らの数名は消滅しました」
「消滅……?」
穏やかではないその言葉に、凛が戸惑って声をあげ、アリアを見つめた。
『……怖い?』
不意にフェイトに向かってアリアが声をかける。どうやら凛の反応は慣れたものらしく、その反応からどういった感情を抱いたのか推測し、そう尋ねたようだ。
フェイトはアリアの前でしゃがみ込み、視線を合わせた。
『怖くないよ。能力者なら、俺と一緒だね』
フェイトの言葉に、アリアは僅かに目をむいた後で、すぐに視線を逸らしてしまう。
あまり口数が多い方ではないのか、そんな事を考えたフェイトが所在なさげに頬を掻きながら、苦笑を浮かべる。
そんなフェイトの目に、横を向いたおかげか、アリアの首についた黒く丸い首輪のような何かが月明かりに照らされて映り込んだ。
『ねぇ、アリア。それって――』
「――では、我々は挨拶もかねて東京本部へ向かいましょう」
「分かりました。ご協力感謝します」
フェイトが首輪について尋ねようとしたその瞬間に、男の声がそれを遮るように告げられ、アリアの手を引いて歩き出す。
フェイトはそんなアリアの目が、僅かに細められた一瞬の変化を見逃す事はなかった。それでもその時、それが一体どういった感情で行われたものなのかを理解出来なかったフェイトは、アリアとルーシェには何も声をかけずに見送る形になってしまった。
「中が片付いているなら、別働隊に連行をお願いしましょうか」
「……うん、そうだね」
「……勇太? どうしたんです?」
「いや、何でもない……」
どうにも、先程のアリアの目が気になったフェイトは、二人の姿を見送って立ち止まっていた。
しかし唐突にフェイトは銃を取り出し、コンテナの上空を見つめる。
「新手……ッ!?」
コンテナの上に立っていた、細いシルエットが空へと飛び上がり、フェイトと凛へと肉薄した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――時間は少々遡る。
「ある程度は片付いたみたいだけど、どうなってるのかしらね」
《そうね。協力者が来たみたい》
退屈げに歩いていた百合の耳に、エルアナの少々楽しげな声が聞こえてくる。
「ずいぶん楽しそうね」
《えぇ。こちらにも協力者の報告があがったわ。リン、とか言う日本のエージェントみたいよ》
「凛ね。知り合いだから合流するわ。何処にいるの?」
エルアナはすでにモニターに位置情報が送られてきた凛とフェイトの位置を確認した上で、笑みを深めた。
《ねぇ、ユリ。ちょっとした遊びに付き合ってもらえないかしら?》
「遊び?」
唐突なエルアナの提案に、百合は訝しむように尋ねて足を止めた。
《私の相棒が一緒にいるみたいなのよ。敵と間違えたフリをして、奇襲をかけてもらいたいの》
「な……、何よ、それ!?」
エルアナの言葉に、百合は思わず声をあげた。
確かに百合の能力は奇襲に向いていると言えるだろう。“空間接続《コネクト》”の能力は正面からぶつかるよりも成功率が高いのは、他ならぬ百合が一番理解している。
しかし、エルアナの出した提案はあまりに突拍子もなく、馬鹿げたものだ。
任務の最中にお遊びを提案するエルアナという存在が、あまりに突飛過ぎると言えた。
《大丈夫よ。彼、強いから。暗闇で間違えたって報告しておくわ》
対するエルアナは飄々と告げる。
エルアナの真横には他の搭乗員もいるのだが、もちろんエルアナに驚きと訝しげな視線を向けている。エルアナは「ね?」とだけ彼らに向かって告げると、軽くウインクをして黙秘を促す。
そういった人心掌握術に関しては、やはり慣れているようだ。黙殺された、とも言うが。
「……責任は取らないわよ」
《えぇ、大丈夫よ♪》
あまりにフザけた提案。
本来なら一蹴するであろう百合だが、エルアナと動いてみて、パートナーに興味が出たのも事実だ。
――恨むなら、パートナーを恨むと良い。
そんな事を考えながら、コンテナの上に姿を現した百合は、凛と一緒に立っている黒髪の男へと奇襲を開始した。
死角から上空へと飛び上がり、鉄製の釘を二本、手始めに投げ飛ばす。
それを“空間接続”によって飛ばそうとしたその瞬間、男は振り返り、銃口を百合へと向けた。
(――気付いていた!?)
銃声と共に放たれた銃弾が、二本の釘を弾き飛ばす。
百合は空間接続をさらに発動し、男と凛の後方へと現れ、背後から肉薄する。
(これで、チェック――)
しかし次の瞬間、僅かな空間接続の間に、男の姿は消えていた。
百合と凛の目が合うと同時に、百合の後ろで銃の引鉄が動くカチっという音が鳴り響いた。
完敗、といって良いだろう。
百合が両手を挙げて、口角を吊り上げた。
「まったく、久しぶりだっていうのにずいぶんな挨拶だね」
「あら、私達は初めて会った時からこうじゃなかったかしら?」
間違いない。そう百合は確信し、身体を振り向かせると、銃を構えていたフェイトをまっすぐ見つめた。
状況を飲み込めていない凛の横で、再会を果たした二人。
フェイトが銃をホルスターにしまい、苦笑を浮かべる。
「違いないけどね。……久しぶり、百合」
その顔は、数年前とは違っていた。
まだ幼さのあったフェイトの姿は、明らかに男の顔に変わっている。
「……久しぶりね、バカ勇太」
あえて憎まれ口を叩かなくては、百合も気恥ずかしさを押し殺せなかった。
百合はなんとなくではあるものの、気付いていた。
エルアナの状況把握能力。それに空間接続に関する利便性を理解しているという指示から、そんなエルアナの相棒は、もしかしたらフェイトなのではないか、と。
そしてそれを確信したからこそ、エルアナのお遊びに付き合ったのだ。
はにかんだ笑みを浮かべるフェイト。
再会を喜ぶ凛。
そして、相変わらず辛辣な言葉を告げる百合。
今ここに、数年前に虚無を止めた三人が再会を果たしたのであった。
to be countinued...
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