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<東京怪談ノベル(シングル)>


本当に恐ろしいのはっ……!

「う〜ん。ピンチな状況ね」
 藤田・あやこ(7061)はその日、いつものように連合艦隊旗艦USSウォースパイト号に艦長として乗っていた。
 いつもと違っていることは、どこから出てくるのか分からない攻撃を受けていることだ。
 熱源を追尾する魚雷に襲われており、USSウォースパイト号は右へ左へ上へ下へとギリギリに攻撃をかわし続けている。
「艦長っ! このままでは攻撃に当たってしまいます! どこかに逃げましょう!」
「ちぇー。本当は攻撃してくる者を見つけたかったけどな。では面舵いっぱい! 灼熱時代に航路をとれぇ!」
 あやこの指示の後、艦内に沈黙が流れた。
「……あの、艦長。『灼熱時代』とは何ですか?」
「やぁねー。太陽が膨張した時代のことよ。流石に魚雷も熱に弱いだろうし、攻撃されても太陽が守ってくれるわよ」


 USSウォースパイト号は無事に太陽が燃え盛る時代に到着し、乾いた大地にその身を置く。
 魚雷はなおも襲ってくるものの太陽の熱にやられて力を失い、ボトッと地面に落ちる。
「ふふんっ、計画通り! この熱さには魚雷もかなわないようね」
「……艦長、我々も暑さにやられております」
 クルー達を含めてあやこも滝のような汗を流しており、艦内なのに視界が歪んで見えた。
「くっ……! 確かに蒸し暑いわね。コンピュータを操作して、艦内を昭和時代の上高地に設定しなさい」
「了解です」
 赤い顔でクルー達はコンピュータを操作し、言われた通りに艦内を改変する。
 上高地は夏でも気温は二十度前後にしかならず、また自然が豊かな為に涼しく過ごすのに最適な場所だ。
「ふう、ようやく落ち着けたわね。とりあえずしばらくは様子見ということで、みんな、休んでいいわよ」
 あやこの突然の休暇発言に、クルー達は素直に喜ぶ。


 あやこは自室に戻った後、シャワーを浴びてスッキリしたところで、ノートパソコンを起動させる。
 するとゴーストネットOFFの管理人、瀬名・雫(NPCA003)からメールが届いていたことに気付く。
 メールの内容はホームページを更新した報告と共に、最近は怪奇現象の調査依頼が少ないので暇だという雫のコメントがあった。
「こちらも一段落ついたから、空き時間ができちゃったのよね。向こうの世界はまだ残暑が厳しいし、こっちに呼んであげようかな」
 あやこは良い考えだと言わんばかりに微笑みながら、雫へのメールを打ち始めた。


 そして一時間後。艦内にある時空を超える扉から、雫が現われる。
「うわぁ、こっちは涼しくて良いね! あやこちゃん、呼んでくれてありがとう!」
 上高地になった艦内を、雫は興味深そうに見回す。
「池と山もあるんだ。スゴイね」
「うふふっ。実は雫にお願いしたいことがあって、こっちに呼んだのよ」
 あやこは意味ありげに笑いながら、雫を試着室に案内した。そこで二人は浴衣に着替えて、出てくる。
「実は今、USSウォースパイト号は一歩も外に出られないほどの灼熱の大地の上にいるのよ。そのせいで艦内も最初は暑くてね。涼しくなる為に艦内に上高地を再現したんだけど、体だけじゃなくて心の方も冷たくなろうと思っているの」
「なるほど。百物語をするのね!」
「まあ似たようなものよ。クルー達を集めて、暗い部屋でロウソク代わりに懐中電灯を使って、怖い話を語りましょう」
「それも面白そうね!」
 そしてあやこと雫はクルー達に声をかけていくも、怖い話をして涼しくなるということを知らない異国の人々は丁寧に断ってきた。
「あの人達はハロウィンをした方が、怖くて楽しいんでしょうね」
「上高地を舞台にしたハロウィンパーティー……ね。アンバランスさが、逆に新鮮でいいのかな?」
 あやこと雫は楽しそうに仮装しているクルー達を見て、失笑してしまう。


「……でね、結局は止めたんだけど聞かなかったその友人は、問題の開かずの間に入っちゃったのよね。そしたら聞いてた通り、気が狂ってしまって……。逆に怖がって、途中で調査を止めた人々は無事で助かったの。好奇心は身を滅ぼすって言うけれど、それがよく分かった事件だったわ」
 懐中電灯の光を自分の顔の下に当てながら、雫はしみじみと語った後、光を消した。
 暗い部屋の中に、「きゃーっ!」と女性達の怖がりながらも楽しそうな悲鳴が響く。
 怪談話に参加しているのは全員女性で、雰囲気を出す為に誰もが浴衣を着て参加している。
 雫の番が終わった後も次々と怪談が語られていく中、突如部屋の扉が開かれた。
「艦長っ! 大変です! 艦内に怨霊らしきものが突然現れ、クルー達が襲われて命を落としています!」
「何ですって!?」
「現場はこちらです!」
 案内されたのは、ハロウィンパーティーが行われていた場所だ。仮装したクルー達が倒れており、心臓が止まっている。
「この時代はすでに、人類が滅亡した後の世界なのよ。怨霊なんているわけないじゃないっ!」
「えっ!? この世界って、そんなに怖い所だったの?」
 あやこのどさくさまぎれのカミングアウトに、雫は怪談話をしていた時よりも恐怖を強く感じた。
 しかしこの間にも、クルー達が次々と心臓麻痺で倒れたという報告は続く。目撃者の話では先程聞いた通り、『被害者達は怨霊に襲われて倒れた』らしい。
「……でも妙な話よね。怨霊ってアジア圏内の人々には馴染みがあるけれど、それ以外の国の人ってモンスターを怖がるのよね。何で怨霊ごときに驚くのかな?」
「あやこちゃんは感覚が麻痺しているみたいだけど、怨霊だって充分に怖いんだからね?」
 雫のツッコミが耳に入っていないあやこは、クルー達の亡骸を見てふと気付く。
「ん? この人達って、非戦闘員ばかりね。戦闘員達はみんな無事ということは……ハッ、そうか! みんな、気をしっかり持って! 『怨霊なんか怖くない』って思えば、大丈夫だから!」
「でも流石に目の前に現れたら、何とかした方が良いと思うわ」
「雫、それってどういう意味……って、きゃああっ!」
 あやこ達の目の前に、怨霊が突如現れた。
 雫は懐に手を入れて、一枚の札を取り出す。
「あやこちゃん、コレを使って!」
「分かったわ!」
 あやこは雫から札を受け取ると走り出し、怨霊に当てた。怨霊は白い煙をあげながら、消滅していく。
 しかしコンピュータがエラー音を出すのを聞いて、ようやく怨霊の正体を知ることができた。


 心臓麻痺で倒れたクルー達は、心臓マッサージで再び生き返る。発見が早かった為に、全員蘇ることができた。
 あやこはコンピュータを調べた後、大きなため息を吐く。
「このコンピュータは自律システムが入っているの。だから私達が怪談話をはじめた時、演出の一つとして怨霊を艦内に作り出しちゃったみたいね。でも本当の恐怖は、自分の中に存在していたのね。怨霊自体は何も力を持っていなかったけれど、非戦闘員のクルー達は怨霊を見て、心臓麻痺を起こしてしまったんだから……」
「と言うことは、怪談話をやろうと言い出したあやこちゃんが、この事件の原因なのね。とりあえず、逃げた方がいいと思うよ」
 雫の言葉を聞いて振り返ったあやこの眼に映ったのは、生き返ったクルー達が恐ろしい表情で自分を睨んでいる姿だった。
「艦長ぉーっ!」
「なっ何で私が悪いのよぉー!」
 ドタバタと艦内を走り出したあやことクルー達を見て、雫は深く息を吐いた。