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運動会!
夏のうだる様な暑さももうすっかりと感じなくなり、段々と朝の布団が恋しい時期へと変わる頃。
営業終わりの閉店準備に取り掛かっていたセレシュの耳に、来客を報せるベルの音が軽やかに鳴り響いた。
「はいはーい」
慣れた様子で返事をして入り口へと姿を現したセレシュの前には、商店街にある八百屋の奥さんが立っていた。
ふくよかな女性で面倒見が良く、昔ながらの母親らしい雰囲気を漂わせた女性である。
「セレシュちゃん、こんばんはー」
「あら、こんばんはー。どないしたんです?」
「これ、持ってきたのよ」
八百屋の奥さんが手に持っていたA4サイズの紙をセレシュへと手渡した。
パソコンを使って誰かが自作したのだろう。少しばかりセンスに欠ける、素人が作成した感が否めないポスター。
そこには、『商店街秋の運動会』とでかでかと書かれ、子供の写真が張り付けられていた。
「運動会?」
「そうなのよ。ほら、陽ちゃんはこの近くの公立小学校じゃなくて、少し離れた私立の学校に通ってるって言ってたじゃない? 商店街の運動会ならこの辺りに住んでる子供達も参加するから、陽ちゃんも参加出来ると思って」
それは、まだ陽がこの世界に生まれて間もない頃。
陽の学校はどうしてるのかという話に及んだ際に、苦し紛れに答えた内容である。
苦い笑みを浮かべながらセレシュはその紙を手に取った。
「あはは……、憶えていてくれはったんですかー」
「そりゃそうよ! セレシュちゃんも陽ちゃんも、この商店街の仲間なんだから!」
まったく、商店街という繋がりは仲間意識を育んでいるというのは、昔から変わらない様だ。
何はともあれ、これは陽にとっても嬉しい提案だ。陽と同い年程度の子供と交流が出来ると言うのであれば、陽の常識を知る勉強にも繋がるに違いない。
「来週の日曜日だから。参加してね」
「はい、ありがとうございます。陽と一緒に行かせてもらいますー。あ、せやったら保護者は設営の手伝いとかせなあかんのとちゃいます?」
「良いのよー。そういうのは男連中にやらせるんだから。セレシュちゃん達は気にせず参加してね」
力仕事ならセレシュが本気を出せば話にもならないのだが、この際何も言うまい。
八百屋の奥さんが帰った後、早速セレシュは陽に、地域での運動会について説明する事になった。
「うん! 出てみたい!」
「まぁ陽にとってもえぇ経験になるやろ。最近は歳の近い子と話もしてるみたいやしな」
買い物に出た際には歳の近い子供達とも少しは交流を深めている陽。そんな陽にとって、こうしたイベントは楽しみなのだろう。
常識を学び、一般的な生活に慣れて来たのだから学校に行かせるのも手だろう。
その際には、人外の力を用いてでも戸籍を作らなければならないだろうが。
それは今は置いておこう。
楽しみだと言わんばかりに目を輝かせる陽を見つめ、運動会当日はお弁当を作って参加しようと告げるセレシュであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
運動会当日。
秋晴れの爽やかな陽気となったこの日、陽とセレシュはお弁当を持って会場へと訪れた。
結構な参加人数を募ったらしく、小学生に成り立ての子供から、中学生ぐらいで明らかに不本意な参加を強いられた子供まで、多くの子供達が集まっている。
「おー、セレシュちゃんのトコの陽じゃねぇか!」
「おはようございます」
「おう! 今日はめいっぱい楽しんでくれよ!」
運営委員として今回の運動会を仕切っている商店街の面々。
陽へと声をかけたのは、八百屋の主人だ。奥さん同様、商店街の中心となっている人物である。
「陽は高学年の部だな。徒競走やらもあるし、借り物競走なんかもあるんだ。まぁ緊張しないでめいっぱい楽しんでくれや」
「はい!」
「あっはっはっはっ! いいねぇ、気合い入ってるじゃねぇの!」
大音量の声に周囲から注目を浴びる陽と八百屋の主人であった。
陽もなんだかんだと商店街の子供達は少しは話している。
交流のある子供が駆け寄り、陽の腕を引いて行く。
セレシュは戸惑う陽の視線に頷き、行って良いと促して陽を見送ると、子供達の輪の中へと溶け込んで行った。
セレシュも何処か観客席に使えそうな所はと視線を巡らせると、八百屋の奥さんが自分に向かって手を振り、何やら呼んでいる姿に気付かされた。
歩み寄っていくと、どうやらセレシュと陽の為に場所を確保してくれていたらしく、ビニールシートを指差していた。
「セレシュちゃん! ここ使うと良いよ!」
「えぇんですか?」
「もちろんよ。セレシュちゃん達の為に用意しておいたんだから。それに、商店街のアイドルのセレシュちゃん達はやっぱり目立つ所に居てくれなきゃ」
「ア、アイドル?」
八百屋の奥さん曰く、若い外国人の鍼灸師で、可愛らしい女の子として商店街で密かに有名なセレシュだそうだ。もちろん本人にその気がないのだが、小さな弟を連れて買い物をしている若いお姉さんという印象が強いらしく、密かに人気だとか。
21歳と公言しているにも関わらず、15歳程度に見られがちなセレシュは、綺麗な女の子という印象が強いのである。
まさか自分が数百年という時を生きる人外だなどと言えるはずもなく、セレシュは所在なさげに頬を掻きながらその言葉を受け入れる事になったのであった。
「ホント、男の子に人気なんだから。まぁ鍼灸院で働いてるし、ジイさん達にも人気なんだ。魔性の女だねぇ、あははは!」
「は、はぁ……」
まったくもって嬉しくなかったりもするのだが、セレシュはそう言いかけて口を噤む。
そんなやり取りを遠目に見つめた陽は、その言葉を耳にして周囲を見回した。
もちろん、会話の声だけでは聞こえるはずもないのだが、彼もまた人外なのだ。そういった会話を聞き取るのも難しくはない。
(……セレシュお姉ちゃんって人気者なんだ)
改めて再確認する。
少女達からは「人形みたいで綺麗な髪と目」として羨ましがられ、男の子達はチラチラと美少女然としたセレシュを見つめている。
セレシュにそんな人気が確立している事など、一緒に暮らしている陽も知らなかったのである。本来この年齢層の子供なら占有感にも似た感情が生まれるだろうが、陽はそういった人間特有の狭量を持ちあわせてはいない。
せいぜい、素直にその人気が羨ましいと感じられる程度である。
「陽! 来たんだな!」
「うん、今日は宜しくね」
「おう! みんな、こいつが陽だ! あの金髪のねーちゃんの弟……だっけ?」
「甥っ子、だよ」
「おう、なんかそんなんだな!」
八百屋の息子、ガキ大将らしき少年の紹介に苦笑を浮かべながら、陽が訂正を入れる。
少年は今年の春に小学5年生となったばかりだ。小さい子供達を引き連れて遊ぶ、面倒見の良い少年である。少しばかり残念な性格をしているものの、周囲の人から好かれやすいその性格は親譲りだろう。
ともあれ、陽はその紹介を皮切りに、周囲の子供達から質問攻めに遭うのであった。
主にセレシュとの関係や、セレシュについてだ。
改めてセレシュの人気を確信する形となった陽であった。
運動会が始まり、子供も大人も巻き込んだ運動会は盛り上がりを見せていた。
ついに借り物競走が始まり、陽に向かって声援を送っていたセレシュ。すると、陽は手に持った紙を見ると、まっすぐセレシュに向かって駆け寄ってきた。
「セレシュお姉ちゃん! 来て!」
「ん、なんや、うちが行くんか?」
「お、セレシュちゃん頑張りな! それぞれ1位になった子には商品が出るんだしね!」
「よっしゃ、陽! この勝負、勝ちはうちらでもらったろうやないの!」
ばりばりの関西弁で叫ぶ金髪の少女。それがセレシュの人気の一つかもしれない。
周囲の大人達がセレシュに向かって声援を送り、思わずセレシュも乗り気になって陽と一緒になって駆け出した。
――――が。
「セ、セレシュお姉ちゃん! 速過ぎる!」
「あ……」
ほんの数歩、思わずスピードを出してしまったセレシュに陽からツッコミが飛ぶ。
セレシュはゴルゴーン。
身体能力に特化した人外ではないにしろ、その速度たるや人間の比ではないのだ。
体内の魔力をブースター代わりに使えば、それこそ車と同等程度の速度でさえ出す事は可能かもしれない。
しかしこれはあくまでも運動会であり、人外のスピードなんて使おうものなら悪目立ちも良い所である。
「せやったな。陽、手抜きに見えへんぐらいで手抜くから陽のスピードの合わせるわ」
「む、難しそうだね……」
「うちなら大丈夫や! それより、勝負するんやったら優勝狙わなあかんで、陽! 急ぐで!」
「うん!」
結局、陽のスピードに合わせて誤魔化す事にしたセレシュであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
帰り道。
一日通して楽しんだ運動会も、あっという間に終わってしまった。
祭りのあと、とは良く言ったものだ。盛り上がりを見せたイベントの後では、なんだか静けさが寂しさへと変わってしまう。
2つ並んだ大きさの違う影を追う様に歩きながら、セレシュは思い出したかの様に尋ねた。
「なぁ、陽。そういえば借り物競走の紙、何て書いて会ったん?」
「ん、ナイショ」
「お、なんやそれ。かえって気になるんやけど」
「だめだよ、教えないー」
今でも手に握られていた、陽の手に取った紙。
そこに何が書いてあったのか、それは陽だけが知っていた。
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いつもご依頼ありがとうございます、白神怜司です。
今回は秋の風物詩とも言える運動会でしたね。
なんだかんだで時間の流れを感じさせるセレシュさんの日々ですねw
陽が学校に通う事になったら、戸籍を作るのだろうか、とか
そんな事を改めて考えてしまいましたw
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後とも機会がありましたら
宜しくお願い致します。
白神 怜司
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