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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.10 ■ お化け騒動―B







 『RabbTail』の従業員寮は、計3箇所に用意されている。
 美香の住まう一般的な一人暮らしに適した、築10年以内の白を基調にした〈第二寮〉は一般人も住んでいる為、完全なる寮とはなっていない。〈第三寮〉も同じく、そうして借りられたアパートを利用している。

 しかし〈第一寮〉――つまり今回美香が武彦に調査を依頼したその寮は違った。

 ここは昔、飛鳥が贔屓にされていたとある会社経営者が所有していたマンションをそのまま譲り受けた店だ。
 バブル崩壊後に似つかわしくない羽振りの良さを発揮していたその男性は、もうすでにこの世を去っているそうだ。

 飛鳥がそう話していた事情を美香を介して聞いた武彦は、その内観を見て納得していた。決して真新しい造りではなく、時代を感じさせる造りなのだ。
 武彦の事務所が存在するあの雑居ビルとは違い、補修された形跡は確かにある。しかしながら醸しだしている雰囲気は間違いなく古めかしさを感じさせるものだ。

「……はぁ。嫌な空気としか言えないな」
「そうですか?」
「まぁ、な」

 美香はもちろん気付いていない。

 武彦が『怪奇ノ類、禁止!!』と書かれた張り紙を事務所に貼り付けているのも、何もホラーを毛嫌いし、逃げているからではない。そういった類の事件が、何故か自分のもとへと舞い込んで来る事が多く、なんだかんだで引き受けるハメになっているからこその戒めであると本人は豪語している。
 そんな話を聞いている美香にとっても、その説得力などある訳もない。実際今こうして引き受けている武彦と歩いているのだ。そもそも戒めも何も、予防線にすらなっていないのではないだろうか、というのが美香の本音である。


 ――閑話休題。


 そんな武彦だからこそ、この寮に入った瞬間の言い知れぬ不穏な空気。淀む様に重苦しい空気の溜まり場の様なそれに、気付かされたのであった。

「こりゃ、嫌な予感が当たっちまった事を嘆くべきか、或いは勘が冴えてる事を喜ぶべきか。微妙な気分だよ、俺は。なぁ、帰って良いか?」
「え、だ、ダメですよ!? 調査はこれからじゃないですか!」

 さしもの美香もエレベーターホールに足を踏み入れて第一声、そんな言葉をかけられてはたまったものではない。労して説得したのだから、ここまで来た以上は何が何でも調べてもらえないのでは目も当てられない。

「それで、最初は何から始めますか?」
「まずは聞き込みから、だな。一応大家にも廊下にカメラやらの設置許可をもらう必要がありそうだが……。電話するか」
「あ、大家って事は飛鳥さんですよね。私から電話してみます」
「あー、いや。俺が連絡する」
「……? そうですか?」
「あぁ。お前さんはとりあえず、聞き込みに応じてくれそうな同僚に声でもかけてみておいてくれ」
「あ、そうですね。分かりました」

 美香の提案を振り切り、武彦は携帯電話を取り出すと飛鳥に向かって電話をかけた。美香も先に電話を入れて確認を取るつもりらしく、互いに背を向けて距離を空けた。

《あら、探偵さん。珍しいわね、アナタが電話してくるなんて》
「……アンタのトコのトラブルメイカーが来たんだが。アンタの差金じゃないだろうな?」

 電話越しの飛鳥も、最初はきょとんとして訊き返した。
 武彦から今回の事情を説明された後で、電話越しの飛鳥はさも楽しげにくつくつと笑いながら武彦に向かって口を開いた。

《そう、美紀ちゃんがそっちに行き着いたのね。でも残念。私の差金じゃないわ》
「……どうだか。まぁ良い。守秘義務ならしっかりと守ってやるから安心しろ」
《プロなら当然、でしょ? そんな事より、引き受けてくれたのかしら?》
「……まぁ、調査だけならって話でな」

 武彦が煙草を咥えて美香へと振り返りながら声を答える。美香はすでにこの寮に住んでいる同僚に確認を終えたらしく、武彦に向かってサムズアップしながら快諾を得た事を表現してきている。もちろん笑顔を浮かべて、だ。
 武彦は嘆息しながら再び美香に背を向け、エレベーターホールから出て咥えた煙草に火を点けると、紫煙を吐き出して気持ちを立て直した。

「それで、調査するにあたって幾つか許可をもらいたいんだが――」
《監視カメラとかかしら。別にそういうのは構わないわ。私から許可を得てるって伝えてくれれば、ウチの子達も素直に応じてくれると思うわ》
「……おいおい。普通こういうのは拒否反応が返って来るもんだろうが」
《あら、それは残念ね。ウチとしても大事な女の子達の体調がかかってるんだもの。悠長に構えてはいられないの。そういう事だから、あとはお願いね》
「あ、ちょっ! おい! ……クソ、切りやがったな」

 悪態混じりに武彦は小さく毒づきながら自身の携帯電話を一瞥して、武彦はポケットに携帯電話を突っ込んだ。
 相手が飛鳥。それでも敢えて自分から提案さえすれば断らせる事も出来るだろうと踏んでいた武彦であっただけに、あっさりと承諾――それも快諾されたとなれば断る理由が作れない。
 目論見は見事に外れてしまった、という訳だ。

「草間さん! こっちはバッチリです!」
「……あぁ、そうだろうな。こっちもどういう訳か快諾されたよ」
「さすが飛鳥さんですね。では行きましょう!」

 無視出来る程の温度差ではないのだが、美香の場合はこれにいちいち触れる必要はないらしい。皮肉混じりの回答というのは、あながち天然基質の相手には通じないという事を身を以て理解する事になった武彦であった。












 
 〈第一寮〉の内部は、まさに寮そのものと言っても過言ではなかった。
 廊下はホテルの様に通路となっており、外からは所々にある採光窓が光を取り込んではいるものの、日当たりの悪さからか中は少し暗い。非常口の場所を知らせる緑色と、消防の赤いランプが嫌に鈍い光を生み出しているその光景は、まさしくお化け屋敷そのものとも言えるだろう。

 昼だと言うのに薄暗さと淀んだ空気に満ちた廊下は、耳がキーンと音を立てる程の静けさに包まれており、不気味さのボルテージは実に順調に上がり続けている。




 ――――聞き込みの調査は順調に進んだ。




 と言うのも、比較的早い段階で怪奇の気配を感じていた武彦が、事細かく訊くつもりにはなれなかったというのが真相だ。
 あれよあれよと言う間に、見事に怪奇以外と形容し難い事象が次々と生まれていく。もはやそれを否定する要素を探すぐらいなら、早い所証拠を撮って陰陽師やら神事に強い神主、あるいは寺の住職などに頼んで祓ってもらった方が早い。

 諦めとも決意とも取れる武彦の潔いとまで言えるその態度に、美香は全く違った見解で武彦を見つめ、そして勘違いしていた。
 やる気を出してくれたのだ、と。

「良かったです、草間さんが引き受けてくれて」
「何だ、いきなり。言っておくけどな、俺だって悪霊をどうにか出来る様な実力がある訳じゃねぇんだぞ」

 そうは言ってみるものの、武彦にそれが出来ない訳ではない。
 事務所にいる零さえ連れて来てしまえば、決してそれも難しい話ではないだろう。物理的な意味で解決してしまう可能性もある。心霊相手でも、だ。

 とは言えそれを引き合いに出す心算はなく、武彦はさっさとこのホラーなマンションを後にしたいのだ。

 ――カツン

「ひ……ッ!?」

 思わず、その奇妙な物音に美香が小さく悲鳴をあげる。ホラー映画などを見た後と同じ様に、物音に過剰に反応してしまうのだ。

 しかしそれを咎める立場にいる武彦とて、それは無理もないと嘆息する。
 何せ証言そのものがホラーなのだ。


 ――曰く、廊下をズルッ、ズルッとゆっくりとした歩調で歩いている様な物音が聞こえる。

 ――曰く、そのタイミングで部屋の中で反応してしまうと、扉の前でその音が止まり、ドアノブがゆっくり回される。

 ――曰く、鍵を閉め忘れていると、ほんの数十センチ程度の隙間が空き、小さな子供が部屋の中を覗き込んで来る。

 ――曰く、曰く、曰く……。



 もはやそんなマンションに住んでいたいなどと誰が思うものだろうか。
 しかし引っ越そうにも、色々と準備が必要になる。それを済ませる前にノイローゼ気味になってしまうのだから身も蓋もない。




 ようやく機材の設置を終えた武彦と美香は、まっすぐ伸びた廊下を見つめて再び息を呑んだ。いつの間にやら時刻は既に夕刻を迎え、廊下が薄暗さを増したのだ。

「く、草間さん。帰りましょ……」
「あ、あぁ……。これはマジだな……」

 まさに寒気すら感じさせる廊下で、美香と武彦はエレベーターに乗り込んで1階へと向かった。
 ドアが閉まる瞬間、廊下の電気がチカチカと明滅を繰り返し、真っ暗に染まった廊下の奥を照らし出す。

 それを閉まるエレベーターのドアの隙間から見ていた美香は次の瞬間、大きく目を見開いて口元を手で覆い、慌ててエレベーターの後方に後退っていく。

「お、おい。どうした?」

 異常とも言えるその動きを目の当たりにした武彦が美香へと声をかける。

「……い、今、ま、真っ黒な、こど、も……の」
「おい、何言ってんだよ。子供なんて――!」

 ――武彦が美香の言葉を否定しようとしたその瞬間。






 ――動いていたエレベーターがギギギと音を立て、その動きを止めた。







to be countinued...



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いつもご依頼有難うございます、白神怜司です。
ついに奮闘編が進み……ホラーに……。

この時の美香さんにホラー耐性は皆無ですので、
この恐怖感情などの表現は美香さんの心情に合わせたものです。
今の虚無編の後の美香さんだったらこうはならなそうですね。笑

一応次回で解決を予定しています。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共宜しくお願い致します。

白神 怜司