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<東京怪談ノベル(シングル)>


トリック・オア・トリック


 ハロウィンに関して、松本太一は詳しい事を知らない。
 日本で行われているのは、元来のものとは異なる、単なるお祭りでしかないのだろうとは思う。
 クリスマスやバレンタインデーと同じである。どれほど神聖な宗教的行事も、この国に流れ着いた頃には、何だかよくわからないイベントと成り果てている。
『喜んでくれたわねえ、子供たち』
 太一の中で、女悪魔が面白がっていた。
「喜んで、と言うより珍しがっていただけでしょう。親御さんが好んで食べさせるようなものでもなし」
 ハロウィンだから、というわけではないが太一はアパートで1人、明るいうちから酒を飲んでいた。
 そこへ、何やら珍妙な集団が押し掛けて来た。
 近所の子供たちが、妖怪や魔女の格好をしながら「お菓子くれないと悪戯するぞ!」とやって来たわけである。
 菓子がなかったので、買い置きしてあった酒のつまみをプレゼントした。裂きイカにスモークチーズ、カルパス、ナッツの詰め合わせ。鮭冬葉などは、まだ子供の歯には固過ぎたかも知れない。
 ハロウィンが本来どのような行事であるのか、太一は知らない。ただ、子供に酒のつまみを食べさせるようなイベントではないだろう。
 苦笑しつつ太一は、残っていた缶ビールを一気に呷った。
「……どれ、開けてみましょうか。せっかくの頂き物ですし」
 部屋の片隅に放り出してある大箱を、太一はちらりと見た。
 昨日、宅配便で届けられたものである。
 送り主の欄には、何やら判読不能な言語が書かれている。
 読まずともわかる。あの夜会で知り合った、先輩魔女の1人である。
 当然、恐ろしいので開けていない。
『あら、どうしたの。あんなに恐がっていたのに。お酒が入って、気が大きくなっちゃってる?』
「かも知れません。それに……いつまでも開けないでいたら、それはそれで恐い事になりそうですからね」
 独り言のような会話をしながら太一は、まず包装を剥いた。
 包装紙の下から、匂い立つように魔力が溢れ出した。
「ふふっ。さーて、何が入ってるのかなぁっと……あれ?」
 自分が松本太一・男性48歳ではなくなってしまっている事に、太一はまず気付いた。
 胴が若々しく引き締まり、胸が柔らかく膨らみ、両脚がすらりと伸びている。
 そんな身体が紫系統の衣装にピッタリと包まれ、豊かな黒髪がふわりと揺れる。
 紫色の蝶を思わせる乙女……夜宵の魔女が、そこに出現していた。
 包装紙の下からも、何やら得体の知れぬものが出現していた。
 緑色の大箱。「キツネコスプレセット・女性用」と書かれている。
『なるほど。女性用だから、まずは女の子になっておきなさいと。そういう魔力ね』
「コスプレ、ですかぁ……」
 魔女の贈り物である。やはり開けるのはやめておいた方が良いのではないか、という気はする。
 だが「キツネコスプレセット」である。
 可憐な「夜宵の魔女」が、狐の耳と尻尾を付けて、愛らしくおどけている。その様を、太一は思い浮かべずにはいられなかった。
 可愛い、と思わずにはいられなかった。
 いそいそと、箱を開けてみる。
 中には、何だかよくわからない物体が入っていた。狐の付け耳も尻尾もない。
 はて、これのどこが「コスプレセット」であるのか。
 などと考えている場合ではなかった。
「きゃあああああああああ!」
 全身に、得体の知れぬ感覚が多い被さって来る。太一は悲鳴を上げた。
 箱の中の物体が、襲いかかって来たのだ。まるで邪悪な生き物のように。
 わけのわからぬものが、身体じゅうに貼り付き、蠢いている。
 紫色の衣装が、その蠢きによって揉みくちゃにされた。
 豊麗な胸の膨らみが、それに抗うように瑞々しく揺れる。むっちりと形良い左右の太股が、あられもなく暴れ続ける。
「なっ何、何なのよぉ! これ!」
 叫び、暴れながら、太一は見た。開けてしまった箱の側面に記された、小さな注意書き。
 妖精の呪いつき。確かに、そう書かれている。
『レア物を送ってきたわねえ……あなた気に入られてるわよ、あいつに』
「ひっ他人事みたいに言わないで下さい! 何なんですか妖精の呪いって!」
『だからレア物よ。下手すると悪魔の呪いよりタチ悪いのよねえ……ま、人間の呪いよりましだけど』
 女悪魔がそんな事を言っている間にも、変異は進行してゆく。
 太一の全身を包み込み、蠢きながら、それは着ぐるみのようなタイツのようなものとして固着していった。
 そして、夜宵の魔女の肢体にピッチリと貼り付き、その見事なボディラインを容赦なく際立たせる。
 食べ頃の桃を思わせる尻の双丘の間から、豊かな尻尾が伸びて揺れた。
 艶やかな黒髪を掻き分けるようにして、獣の耳がピンと立つ。
 愛らしく涙ぐんだ美貌が、鼻面の形に伸びてゆく。
 太一は、牝の狐と化しつつあった。
 それは、タイツまたは着ぐるみのようなものでありながら、今や太一の肉体と同化していた。何かを着ているという感覚がない。まるで全裸である。
『あらあら、可愛くなっちゃったじゃないの。しばらく、その格好でいなさいな。命に関わるようなものでもなし』
「うう……こんなの、コスプレって言いませんよぉ……」
 太一は泣きじゃくった。
 牝狐に変わりつつも、しなやかな体型には『夜宵の魔女』の名残がある。
 ただ、四つん這いの姿勢のまま立てなくなってしまった。
 前足となりつつある左右の細腕の間で、豊かな両胸が悲しげに揺れる。
 ハロウィンが本来どのような行事であるのか、太一は知らない。
 日本に流れ着いた時点で、本来の意味を見失った、お祭り騒ぎになっているのは間違いないだろう。
 が、ここまでわけのわからぬイベントではなかった、はずであった。